【2943】 頑張って演じた熱き鼓動の果て  (朝生行幸 2009-05-08 20:50:59)


 ※中の人など居ないのです。



「その方たちには申し訳ないのですけれど、頭に入ったセリフ、全部忘れていただきます」
 紅薔薇さま小笠原祥子の、そのあまりにも唐突なお言葉に、
『え─────っ!?』
 一同の口から、驚愕の叫び声が飛び出した。
「一体、どういうことなの?」
 同僚であるにも関わらず、一切聞かされていなかった黄薔薇さま支倉令が、祥子に詰め寄る。
「つまり、とりかえばや物語は中止ということね」
『なんですと──────っ!?』
 再び絶叫する一同。
「今回、私たち山百合会の劇は……」
 一体何を言い出すのか、気が気でないまま、祥子の次の言葉を待つ。
「『咲─Saki─』に変更します。……いいわね?」
 反論を許さない、高圧的で尚且つ底冷えするような笑みを口の端に浮かべた祥子の顔を見た全員は、打ち揃って諦めの溜息を吐いた。

 相変わらず祥子の主導で、キャスティングが発表されることに。
「さて、主人公の『宮永咲』役だけど……」
 いつの間に作ったのか、台本が既に彼女の手に。
「祐巳にやってもらうわね」
「へ!? そ、そんなの無理ですよぅ」
 困惑の表情で、祥子に詰め寄る紅薔薇のつぼみ福沢祐巳。
「大丈夫よ、祐巳。何故なら、声が似ているのだから」
 慈愛の微笑を祐巳に向けた祥子から、理由になっていない理由が飛び出した。
「次に、『片岡優希』役だけど……」
 なんじゃそりゃー!? ってな表情の祐巳はそのままに、祥子は次の配役に移った。
「瞳子ちゃんね」
「な、なんで助っ人の私が、主役級キャラクターの一人を……?」
 誰かさんと同じように困惑しているのは、演劇部所属、松平瞳子。
「決まっているじゃないの。声が似ているからよ」
 再び祥子から、理由になっていない理由が飛び出した。
「そんなこと言われても困るじぇ……」
「そうそう、その調子よ」
 思わず呟いた瞳子のセリフは、祥子の期待を裏切らなかった。
「そして、『原村和』役は可南子ちゃん、『竹井久』役は令にお願いするわ」
 二人して、肩をすくめつつ鼻で軽く息を吐く令と、山百合会のもう一人の助っ人、細川可南子。
「そう来ると思いました……。でも、あえて聞きますが、なぜ私が?」
 可南子の隣で、令もうんうん頷いている。
「それはもちろん、あなたたち、声が似ているからよ」
((そうかー?))
 声にこそ出さなかったが、祥子以外は皆、頭に疑問符を浮かべていたが、どうせ何を言っても無駄なんだろうなと、結局諦観せざるを得なかった。

 そして始まった学園祭にて、山百合会版『咲─Saki─』が披露された。
 演壇上では祐巳、瞳子、令、可南子の四人が雀卓を囲み、その他はギャラリーとなって解説しながら、祐巳が嶺上開花(リンシャンカイホウ)で和了るまで、ひたすらジャラッパチジャラッパチと牌をいじくり続けるという、リリアン史上稀に見る地味なステージが、数時間に及び展開されることに。
 ちなみに花寺からは、生徒会長にして祐巳の実の弟福沢祐麒のみが『京ちゃん』役で出演していたのだが、観客の殆どは、そのことに気付かなかったらしい。


 この後リリアンでは、空前の麻雀ブームが巻き起こるのだが、それはまた別の話……。


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