【2956】 島津由乃、幻想曲  (bqex 2009-05-27 02:07:55)


幻想曲シリーズ

※注意事項※
登場人物が天に召される描写があります。
パラレルワールドを題材にしています。
連載で【これ】→【No:2961】→【No:2964】→【No:2975】→【No:2981】→【No:2982】→【No:2996】→【No:3010】→【No:3013】→【No:3015】→【No:3020】(完結)になります。
以上を踏まえて、お読みください。



 由乃は薔薇の館に1人でいた。
 ギシギシと音を立てて誰かが階段を上ってくる。
 ビスケットの扉が開き、祐巳さんが入ろうとして──

「……」

 大きく目を見開いて、持っていたカバンを落として、そして──

「ぎゃああぁぁ!!!!」

 悲鳴をあげて尻もちをつくように倒れた。

「ちょっと! どうしたのよ、祐巳さん!」

 駆け寄って見ると祐巳さんは気絶していた。

「祐巳さん! しっかりして!」

「う……う、ん?」

 由乃の呼びかけに祐巳さんが反応する。
 よかった、変な所は打っていないようだった。

「よかった、祐巳さん。気がついたのね」

 由乃がホッとすると次の瞬間祐巳さんは叫んだ。

「あああぁっ!! 由乃さん! 由乃さんっ!」

「どうしたのよ、祐巳さん」

 指を指して叫ぶ親友に由乃は驚く。
 だが、次の祐巳さんの言葉を聞いてもっと由乃は驚いた。

「由乃さん、迷わず成仏して!!」

「へ?」

 祐巳さんは目をつぶって手を合わせて、ナムアミダブツ、ナムアミダブツ……と繰り返している。
 おいおい、ここはマリア様のお庭のリリアンだよ? いくら弟が仏教の学校に通っているからって、念仏って。
 しかも成仏してとまで来るとは。
 面食らっていると薔薇の館に誰かが入ってくる気配があった。
 ギシギシと音を立てて上がってくる途中でその人物は祐巳さんに気がついて声をかける。

「ごきげんよう、どうしたの?」

 志摩子さんだ。
 志摩子さんは階段を登りきって由乃と目があった。

「……」

 志摩子さんは見てはいけないものでも見たかのように目をそらし、ゆっくりと階段を下りて行った。
 ちょ、ちょっと、どこへ行く気よ?

「志摩子さん!」

 由乃が大声で呼び止めるとビクウゥ、と志摩子さんは体を震わせ振り返った。

「……由乃さん、なの?」

 恐る恐る志摩子さんが聞いてくる。

「決まってるでしょう」

 今さら何を言ってるんだか。
 由乃の答えを聞いた志摩子さんは鞄から素早く聖書を取り出すとその一節を音読し始めた。
 それは映画で見た悪魔払いの神父みたいだった。

「お姉さま、何をやってるんですか?」

 後ろから乃梨子ちゃんが現れて志摩子さんに聞いた。
 しかし、志摩子さんは聖書を読むのをやめない。むしろ声を張り上げて必死になっている。

「ゆ、幽霊なの! 由乃さんの幽霊が出たのよ!」

 祐巳さんが悲鳴のような声で乃梨子ちゃんの問いに答える。
 わが親友達よ、人間と幽霊の判断もつかないのかい?

「ゆ、幽霊!?」

 乃梨子ちゃんが由乃の顔をしげしげと見つめる。
 幽霊なわけないでしょっ!

「お姉さま、あの、とにかく落ち着いてください」

 乃梨子ちゃんが冷静に志摩子さんに呼びかける。

「そ、そうだったわね」

 志摩子さんはパタンと聖書を閉じると乃梨子ちゃんに鞄と聖書を預けて階段を上りきり、由乃の脇を抜けて中に入る。
 すぐに戻ってきた志摩子さんの手には食塩があった。

「こういう時は塩よね。塩っ!」

 パッ、パッと志摩子さんは由乃に食塩を振りかける。
 志摩子さん、あなた一体どこまでボケれば気が済むんだ?

「……いい加減にしなさいっ!!」

 由乃の絶叫に志摩子さんがひっ、と小さく悲鳴をあげて固まる。
 次に動いたのは乃梨子ちゃんだった。

「失礼します」

 乃梨子ちゃんが冷静にそう言うと由乃の体を触ったり手をかざしたりして調べてからこう言った。

「……あの、この方、生きているのですが」

 祐巳さんと志摩子さんがびっくりしたように由乃と乃梨子ちゃんの顔を見つめる。

「……由乃さん、生きてるの?」

 祐巳さんが絞り出すように言う。

「生きてるわよ」

 ええ、ピンピンしてますとも。

「由乃さん!」

 祐巳さんがいきなり由乃に抱きついて涙を流す。

「ぅわああぁん……生きてたんだ! 生きてたんだね、由乃さん! 私、お葬式に出て、弔辞も読んだから、もう、てっきり」

 その後は嗚咽に変わる。

「由乃さん、生きてたのならどうしてもっと早く言ってくれなかったの? 私達がどんな思いでこの1年間過ごした事か……」

 志摩子さんはそう言って座り込む。一気に気が抜けたらしい。
 乃梨子ちゃんが駆け寄り、志摩子さんの両肩を抱いて、中に運ぶ。
 由乃は泣き続ける祐巳さんを引っ張って席に着かせる。
 由乃が入れたお茶を飲んで祐巳さんと志摩子さんは少し落ち着きを取り戻したようだ。

「あの、ところで」

 乃梨子ちゃんが聞いた。

「あなたさまはどういったお方なのですか?」

 由乃が説明をしようとすると祐巳さんが泣きじゃくりながら説明を始めた。

「由乃さんはね、心臓の手術に失敗して、天国に行って、でも、生きてて……」

 相変わらず要領を得ない説明だこと。
 祐巳さん、それじゃあ、何が何だかさっぱりわからないってば。

「島津由乃さんは」

 志摩子さんが説明を始める。

「去年の黄薔薇さま鳥居江利子さまの妹の支倉令さまの妹だった方で、私達と同じ学年だったのよ。1年前に心臓の手術のために入院したのだけれど、その手術がうまくいかなくて亡くなったと聞かされて……みんなでお葬式にも行ったのよ。でも……」

 乃梨子ちゃんは理解できた、というように頷いた。
 由乃も自分がなぜこんな扱いを受けたのかを理解した。

「で、由乃さんは今までどうしていたの? どうして死んだ事にまでなっていたの?」

 志摩子さんが聞いてくる。

「いや、たぶんその……私、この世界では死んだんだと思う」

 由乃の言葉に全員がキョトンとした顔をする。

「私、別の世界から来たんだよね」

 由乃は説明した。
 由乃の世界では由乃の手術は成功し、無事に退院したのがやはり1年前である事。
 そして、1週間だけこの世界にやってきた事。

「そっか、この世界での私って死んじゃったんだ」

 しんみりと由乃が言うと全員が沈黙する。

「由乃さん」

 志摩子さんが口を開く。

「死んだ事になってしまって気まずいのはわかるけど、そんな誤魔化し方は良くないと思うわ」

「誤魔化してるとかじゃなく、本当の事よ」

 全員の目が「嘘だあ」と語っている。

「じゃあ、聞くけど、死んだ人間が生き返るのと、死んだ人間と偶然同じ人間がパラレルワールドからやってくるのとどっちを信じる?」

「……そりゃあ」

「ねえ……」

 祐巳さんと志摩子さんは顔を見合せて言いづらそうにしている。

「常識的に考えて、どちらもありえませんね」

 バッサリと切って捨てたのは乃梨子ちゃんだった。

「『なんらかの事情』のせいで由乃さまは死んだ事にされてしまった。でも、由乃さまは一時的に戻ってくる事が出来た。しかし、『なんらかの事情』のせいで長くはいられないからそういった下手な言い訳を思いついた。そう考えるのが自然ではないでしょうか」

 全員がうんうんと頷く。

「『なんらかの事情』ってのは何よ?」

 由乃は聞いた。

「『なんらかの事情』とは『なんらかの事情』です」

 乃梨子ちゃんの答えに祐巳さんと志摩子さんが満足した。
 何故2人とも納得するんだ。全然論理的じゃないでしょうが。
 由乃は突っ込んでやりたかったがその時祥子さまが入ってきた。

「ごきげんよう。遅くなってごめんなさい」

 祥子さまと由乃の目が合う。
 祥子さまは目が合ったそれを由乃と認識した瞬間に、これぞお嬢さまの模範的気絶というように、優雅に倒れて意識を失った。
 由乃はため息をついた。



「……で、由乃ちゃんは、自分はそのパラレルワールドから来た偽物由乃ちゃんだと主張するのね」

 祐巳さんに介抱され、どうにか復活して説明を聞いた祥子さまはそう言った。

「偽物って、なんか引っ掛かりますけど、まあ、そう思っていただければ手っ取り早いかと思います」

 えー、こんなにそっくりなのに偽物なの? とばかりに祐巳さんも志摩子さんも急にシュンとしてしまった。

「そんな顔しないでよ。そうだ。それより、れ……私のお姉さまはどうしたのかしら?」

 由乃は話題を変えようとしただけだったのだが、場の空気が明らかに変わってしまった。祥子さま、祐巳さん、志摩子さんからピリピリとした気配が感じられる。

「私のお姉さま、いないの? どうなの?」

「いるけど……今日は来てない」

 祐巳さんが目を合わせないで呟く。

「今日はって事は生きてるのね。じゃあ、部活?」

 聞きながら由乃はちょっと不安になってきた。

「あの、私のお姉さまって、この世界でも支倉令さまよね?」

 祥子さま、祐巳さん、志摩子さんがお互いをチラチラ見た後、祐巳さんが言った。

「うん。由乃さんのお姉さまは確かに令さまだよ。でも、令さまに最後に私達が会ったのは半年前の事で、それからは会ってない」

「えっ!?」

 由乃は心臓を捕まえられたように驚いた。
 代わって祥子さまが話し始めた。

「令はね、由乃ちゃんが亡くなる直前に由乃ちゃんと喧嘩別れして落ち込んでいて、それでも学校には来ていたのよ。ところが、由乃ちゃんが亡くなってひどく塞ぎ込んでしまって、学校どころか自宅の部屋にこもったきりになってしまったのよ」

「令ちゃんが、引きこもりに!?」

 由乃は思わず令ちゃんと呼ぶが祥子さまは注意せずに話を続ける。

「それで、江利子さまや私達が何度か訪ねたのだけど全然会ってもらえなくて。ある時、放送部のインタビューに由乃ちゃんの声が残っていたのを見つけて、それを使って部屋の扉を開けさせたのが半年前の事よ。でも、それが令を更に傷つけてしまったみたいで、もう、それ以来誰も会っていないの。ご両親の話だと、その日以来、気配はするのに姿は見られなくなったそうよ」

「何やってるのよ、令ちゃんってば!」

 由乃は思わずテーブルを叩いて立ち上がっていた。

「ごめんなさい」

 祥子さまが思わず謝る。
 原因を作ったのは自分たちだと気にしていたのだろう。

「いいえ、祥子さまもみんなも悪くありません。悪いのは令ちゃんです。みんなに心配かけて、学校にも来ないなんて、ヘタ令もいいとこだわ!!」

 由乃は言った。
 そうだ。
 手の込んだドッキリを仕掛けられるほどに心配させておきながら、そんな事もわからないで引きこもっちゃうだなんて、令ちゃんのばか。

「今から令ちゃんをここに連れてくる」

 由乃の宣言にええっと一同が声を上げる。

「1時間だけ待っていてちょうだい」

 由乃はビスケットの扉を開くと階段を駆け下りて薔薇の館を飛び出した。
 令ちゃん、首を洗って待ってなさいっ!

続く【No:2961】


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