【296】 突然祐巳が  (まつのめ 2005-08-03 20:34:37)


二人になっていました。まる。

「それで納得できるかーっ!」
「だってねぇ」
「うん」
 祐麒の前には二人の祐巳がいた。
「っていうか何でそんなに落ち着いてるんだよ」
「えーっと、もう一通り慌てちゃったから」
「うん、もうこれ以上慌てても変わらないし」
 『ねーっ』なんて仲良く声を合わせたりしてる。
「なんか馴染んでるし……」
「祐麒なんか怒ってる?」
「というか、何が気にいらないの?」
「あのさあ、この異常事態の原因を探るとか、対応策を考えるとかないの?」
「こんなの原因判るわけ無いじゃない」
「開き直る以外対応策って思いつく?」
 見てると互いになにやら合意が出来てるのか、代わる代わる返事をしてる。同一人物が二人というより双子の姉妹のようだ。
「じゃあどうするんだよ……って二人で学校行く気か?」
 二人ともリリアンの制服を着ていた。
「だって今日から山百合会の仕事あるし」
「祐麒にも言ってあったじゃない」
「そういう問題じゃねぇよ! わざわざ混乱を広げるなっての!」
『混乱って?』
 声をそろえて聞いてくる。
 本気で判ってないらしい。祐麒は頭を抱えた。
「祥子さんとかにどう説明するんだよ?」
『え?』
「『突然二人になりました』なんていって納得してくれるか?」
「うっ、そういえば」
「難しいかも」
「だろ? 下手すると卒倒モノだぞ?」
「どうしよう」
「ねえ、祐麒?」
 不安そうな上目遣い。しかもダブルで見つめられた。
 これはこれで良いかも。じゃなくて!
「……う、嘘でも言いから常識的な言い訳考えてから行けよ」
『常識的な?』
「たとえば、夏休みで遊びにきてる従姉妹とか」
「なるほど」
「それならいいかも」
「でもどうする?」
「どうしよう」
 なんか互いに見合ってる。
「もしかして、どっちがって悩んでる?」
『うん』
「そんなのじゃんけんでいいだろ?」

 だが、じゃんけんが何回やっても決着つかなかったため祐麒が適当に決めることになった。
「じゃあ恨みっこなしでこっちが従姉妹」
 祐麒は自分の近くにいた祐巳を選んだ。
「えぇーっ!?」
「やったー」
 指されなかった方は両手を上げて喜び、指されたほうは半泣きで祐麒を睨んでる。ある意味祐巳らしい反応である。
「そんな恨みがましい顔すんなよ。交代にすればいいじゃん、今日から毎日いくんだろ?」
「それもそうか」
「えー、ずっとじゃないんだ」
「それはずるいよ。ちゃんと交代して」
「んー、しょうがないな」

「じゃあ名前はどうしようか」
「祐麒、それむり」
「結論早っ!」
「違う名前でちゃんと反応する自信ないよ」
「まあ祐巳だからな」
「そうよね」
 と同意したのは従姉妹役じゃないほうの祐巳。
「なんか他人に言われると不快」
 あれ。なんか性格に差が?
 祐麒に従姉妹と指定された祐巳がなんか不満顔。
「私は私じゃない」
「今、同じ名前の他人って気がしたよ」
「そうなの?」
「だって今の『そうよね』って他人事みたいだったよ?」
「そういえば……」
 なにやってんだか。二人で腕組んで考え込んでる。
「はい、じゃあ名前は偶然同じって設定で従姉妹役は髪を解く!」
「祐麒なに仕切ってるの?」
「祐麒の癖になまいき」
「決めないといつまでもやってそうじゃん。時間は大丈夫か?」
『あっ!』
 とりあえず『従姉妹役はツインテールなし』を採用して、二人になった祐巳は慌しく出かけていった。

で、場面は変わって薔薇の館。
「従姉妹なんだ」
「うん」
「で、名前が一緒?」
「うん。偶然ってこわいね」
「ふうん」
 由乃さんはなぜか驚きもせず、むしろ疑いの目で祐巳たちを見てる?
「あの……」
 薔薇の館には祥子さま、令さまに始まって乃梨子ちゃんまで揃ってたのだけど。
 このなんとも居づらい雰囲気はなに?
 祐巳がもう一人の祐巳を紹介した瞬間からいやーな沈黙と言うかしらっとした空気と言うか。
 祥子さまはなにか硬い表情でじっと祐巳たちを見つめているし、令さまはその隣でなにか言いたいけどいえないみたいな雰囲気でやっぱり祐巳の方を見ている。
 乃梨子ちゃんはなんか目をそむけて前髪の陰になった表情は読めない。
 その隣で志摩子さんはいつもと変わらない気がするけど。
 そして由乃さんは祐巳たちの前まで来て憮然とした表情で交互に二人を見比べてる。
 そんな沈黙がしばらく続いた。

 やがて沈黙に居たたまれなくなったのか、令さまが椅子を鳴らして立ち上がり、祐巳たちに近づいて、悲しそうな哀れむような目で二人を見つめた後、両の手でそれぞれ二人の肩をぽんと叩いた。
「もういいのよ」
 なんというか首を横に振りながら。
「な、なんなんですか?」
 続いて祥子さまが張りのある大き目の声で言った。
「入って」
 その声を合図にビスケットの扉が開き、山百合会のメンバーがもう一組入ってきた。


糸冬(投げっぱなし)


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