【2963】 乙女の食事会仲間に入りたいとろけました  (bqex 2009-06-03 05:22:09)


マリア様がみてる「リトル ホラーズ」(2009年7月1日発売予定。一部地方で多少異なります)を盛り上げたいSSです。



 昼休みの薔薇の館。
 祐巳、志摩子、由乃は3年生となり、薔薇さまと呼ばれるようになった。
 隣にはそれぞれの妹瞳子、乃梨子、そして菜々がいる。
 6人はお弁当を食べるところだった。

「お姉さま」

 瞳子が祐巳にお弁当を差し出す。

「はい、瞳子」

 祐巳は瞳子のお弁当を受け取り、自分のお弁当を差し出す。

「あら、何をやってるの?」

 由乃が聞くと瞳子が答えた。

「優お兄さまが高校時代によくお弁当を後輩と取り換えっこして食べていたんですって。それで、その話をしたらお姉さまが私達もやらないかっておっしゃるので」

「えへへ。夕べから仕込んで作っちゃった。祐麒ったらハンバーグつまもうとするから死守するの大変だったよ」

 祐巳がはにかみながら答える。

「まあ、お姉さまったら」

 まんざらでもない表情で瞳子が弁当箱の蓋を開ける。

「うあ……」

 思わず瞳子は感嘆の声を上げた。
 一口ハンバーグ、ポテトサラダ、フルーツが並び、チキンライスには旗が立っていた。

「テーマは『お子様ランチ』」

「まあ、お姉さまったらご自身が食べたい物を作ったんですね」

「可愛い妹のために張り切っちゃいました」

 笑顔で言う祐巳の言葉に瞳子の耳が赤くなる。

「お、お姉さまも開けてみてください」

 照れ隠しのようにきつく言う瞳子に促され、祐巳は弁当箱の蓋を開ける。

「おお〜」

 祐巳も感嘆の声を上げた。
 混ぜ御飯のコアラと海苔でパンダに仕上げられたおにぎり、タコさんウィンナーなど食べ物で作られた動物が並んでいた。

「瞳子のは『動物園』がテーマだね。じゃあ、早速いただきまーす……美味しい!」

 祐巳は満面の笑みで瞳子のお弁当を頬張った。

「では、私もいただきますわ……まあ、お姉さまって小母さまに似てお料理が上手で」

 瞳子も笑顔で祐巳のお弁当を食べ始めた。
 紅薔薇姉妹は互いのお弁当を褒め合いながら楽しいランチタイムに突入した。
 咲き乱れる紅薔薇の幻、そして、その様子をじっとりとうらやましそうに眺めながら2組の姉妹は黙々とそれぞれのお弁当を食べた。



 翌日の昼休みの薔薇の館。
 6人はお弁当をそれぞれの前に置く。

「お姉さま」

 乃梨子が志摩子にお弁当を差し出す。

「はい、乃梨子」

 志摩子は乃梨子のお弁当を受け取り、自分のお弁当を差し出す。

「あれ、志摩子さん達も?」

 祐巳は志摩子に聞いた。

「ええ。私達も真似してみようかと思って。乃梨子は毎日自分のお弁当を作ってるけど、私は自分では作らないから、うまく出来てるかしら」

 ちょっと不安なのか志摩子が乃梨子の顔を覗くように見る。

「お姉さまのお菓子を何度か頂きましたが、お姉さまの作ったものは口に合いますよ。むしろ、私の方がうまく出来てるかどうか」

 はにかむように乃梨子が言う。

「まあ、乃梨子ったら謙遜しなくてもいいのよ」

 志摩子は弁当箱の蓋を開けた。

「まあ……」

 志摩子は思わず感嘆の声を上げた。
 西京焼き、ひじきと大豆の煮物、かぶの即席漬けなどがプロ並みの美しさで並んでおり、ご飯は型で抜かれていた。

「私の好きなおかずばかり入れてくれたのね」

「どうせなら好物をと思いまして」

 乃梨子も弁当箱の蓋を開けた。

「うわあ……」

 乃梨子も感嘆の声を上げた。
 アスパラのベーコン巻き、卵焼き、きんぴらが可愛らしく並び、豆ご飯のコントラストが綺麗だった。

「私も、これ大好物なんです!」

 うふふとほほ笑み合う白薔薇姉妹。
 昨日と同じくお弁当を交換し合う紅薔薇姉妹。
 2組の姉妹は互いのお弁当を褒め合いながら楽しいランチタイムに突入した。
 咲き乱れる紅薔薇と白薔薇の幻、そして、その様子をじっとりと眺める由乃の横顔にちらりちらりと菜々の視線が突き刺さった。

「私は料理というものは全くダメなのよ」

 薔薇の館から引き揚げる時に由乃が言った。

「唐揚げを作れば中は生焼け外はぼた餅。キャベツの千切りのつもりで短冊のようなものが出来上がる。そんなものでもいい?」

「え?」

 菜々が聞き返す。

「明日のお弁当、あなたも自分で作るのよ。いい?」

「はい」

 何をしたいのか理解した菜々はそう返事をした。



 そして、その翌日の昼休みの薔薇の館。
 6人はお弁当をそれぞれの前に置く。

「菜々」

 由乃が菜々にお弁当を差し出す。

「はい、お姉さま」

 菜々も由乃にお弁当を差し出す。
 他の姉妹も互いのお弁当を取り換えながら黄薔薇姉妹を見る。

「ねえねえ、どんなお弁当?」

 祐巳が菜々の手元にある由乃のお弁当を覗きこむ。
 菜々は弁当箱の蓋を開けた。

「……」

 そこにはウィンナーに海苔が巻かれてるのかと思ったら焦げていたり、ゴーヤチャンプルーかと思ったら玉子焼きだったりというものが必死に詰め込まれている。唯一大丈夫そうなのはプチトマトぐらいであろう。

「な、菜々ちゃんのお弁当はどんなの?」

 空気を変えようとしたのか志摩子が由乃の手元にある菜々のお弁当を覗きこむ。
 由乃は弁当箱の蓋を開けた。

「……」

 そこには白いご飯の上に梅干しが1つ乗っているだけだった。いわゆる日の丸弁当というやつである。

「いただきます」

 由乃はご飯を口に運び始めた。

「……ねえ、これ、変わった味しない?」

 由乃が聞く。

「そ、そんな事はないと思いますよ? だって、ちゃんと洗剤で洗いましたもの」

「せ、洗剤!?」

 菜々の答えに黄薔薇姉妹以外の全員が思わず叫んだ。
 由乃は黙って食べ続ける。スピードをあげ、むしろ、かっ込む。

「よ、由乃さん。気持ちはわかるけど、それは流石にやめた方が──」

「せ、洗剤って危ないんじゃ──」

「お腹壊しますよ、由乃さま」

「由乃さん、私のでよかったらわけてあげるから──」

 仲間達の心配をよそに由乃は完食した。
 しかし。

「由乃さん!?」

 由乃は倒れた。
 その日、由乃は久々に学校を早退し、翌日も学校を休んだ。



 由乃が休んだ日の夕方、菜々が由乃の家を訪ねてきた。

「紅薔薇さまがプリントを渡して欲しいとおっしゃって」

 祐巳の気遣いで菜々は見舞いに来たらしい。

「ありがとう。明日は行けそうだから大丈夫よ」

 由乃は笑顔で答える。

「ごめんなさい、お姉さま。私、実は料理苦手なんです」

 菜々は白状した。

「私の育ての母と生んでくれた母、姉が3人もいてキッチンに入る隙なんてない上に、過保護で、私が包丁を握ろうとするとさっと取り上げられて全くやった事がなかったんです」

 由乃も似たようなものだったからよくわかった。

「家庭科の授業はどうしてるわけ?」

「調理実習はグループで行うでしょう? 器具や食器を用意したり、盛り付けるだけで乗り切ってきたんです」

 由乃は思わず噴き出した。

「それじゃあまるで私と一緒じゃない。流石にご飯を洗剤でとぐなんてしなかったけど」

 菜々はしゅんとした。

「でも、お味噌汁は出汁をとらないで味噌だけで味付けした事がある」

「そうなんですか?」

 菜々は少し安心したように笑った。

「でも、明日からどうしようか? まだみんなお弁当交換してるんでしょう?」

 由乃が言う。

「こうなったらどなたかに習いますか?」

 菜々が真顔で聞く。

「う〜ん。でも、私達の腕前じゃあお互いに安心して食べられる物を作れるようになるまでに結構かかるかもしれないわね」

 それまでの間、あの空間で普通にお弁当を食べる黄薔薇姉妹。
 想像すると寂しさを覚える。

 その時、部屋をノックする音がして、令が入ってきた。

「菜々ちゃんこんにちは。由乃、具合はどう?」

「平気よ。もう胃袋の中は空っぽだし、お腹空いたかも」

「そう言うと思って、はい」

 令が差し出したのは綺麗に剥かれたリンゴだった。

「じゃあ、私は道場で稽古があるから。菜々ちゃん、食べさせてあげてね」

 ニヤニヤ笑って令はとっとと出て行く。

「食べさせてあげてねって……」

 令を見送って菜々は呟く。

「……それだ」

 由乃は何かひらめいたように呟いてから菜々に言った。

「菜々、明日のお弁当の事なんだけど──」

 由乃は思いついた事を菜々に言う。菜々は目を輝かせて更に提案し、由乃と二人で笑った。



 そして、翌日の薔薇の館。
 紅薔薇姉妹と白薔薇姉妹は早速それぞれのお弁当を取り換えて食べ始めている。

「遅くなりました」

 黄薔薇姉妹が揃って登場する。
 見ると手にはミルクホールで売っているパンがいくつかと、コンビニで買ったらしい牛乳パックがあった。
 2人は着席すると牛乳パックの口を開け、ストローを差し込み、パンの袋を開けて食べ始める。

「あら、菜々の食べてるパンって初めて見るわね」

 少しして由乃が言う。

「はい。新発売のいちごミルクパンです」

「ねえ、少し頂戴」

「いいですよ」

 由乃のおねだりに菜々は答えると、パンをちぎった。

「はい、あーんしてください」

 菜々はちぎったパンを由乃の口に入れた。
 その瞬間、紅薔薇姉妹、白薔薇姉妹の動きが止まる。

(あ、あーんですって!?)

(しまった、なんで今日のメニューに冷製パスタなんか選んだんだ、私)

(何故今までそんな簡単な事に気づかなかったのかしら……)

(不覚!! こんな事なら茶巾寿司にしたのに……)

 ギャラリーの4人の視線を無視して由乃は菜々に食べさせてもらったパンを美味しそうに頬張った。

「……美味しいね! じゃあ、お返しに私も食べさせてあげる。リリアン名物、マスタード・タラモサラダ・サンド」

 あーんして、と手ずから由乃はちぎったパンを菜々の口に入れる。

「……辛っ!」

 慌てて菜々は牛乳を一気に飲む。

「だ、大丈夫?」

「大丈夫です。でも、牛乳がなくなっちゃいました」

「じゃあ、私の飲む?」

「でも、そうしたらお姉さまのが──」

「じゃあ、こうしようか」

 由乃は悪戯っぽく笑うと菜々の牛乳パックのストローを引き抜いて自分の牛乳パックにさした。

「2人で飲もう」

 由乃の笑顔に再びギャラリーの視線が集まる。

(ひ、1つのパックにストローが2本ですって!?)

(なるほど。自販機のパックじゃストローは1本しかさせないもんね。なんて恐ろしく計画的なんだ)

(よ、由乃さん、なんて大胆な……うらやましい……)

 見ると乃梨子は瞬間移動したかのような速さで戸棚ところに移動してストローを探していた。そして2本のストローを手に入れると再び瞬間移動のような速さで志摩子の隣に戻ってきて、自分のお茶に2本のストローを差し込んだ。

「し、志摩子さん」

 欲望にまみれた視線で乃梨子は志摩子を見つめた。
 志摩子は真っ赤になりながら乃梨子を見つめ返し、意を決したようにうなずいた。

 白薔薇姉妹は同時にストローからお茶をすすった。

 そして地獄に落とされた。

 この季節まだ冷たい麦茶は用意されておらず、当然それは暖かいお茶で、口の中が大惨事になってしまった。勢いよく飲んだ乃梨子は転げまわっている。

 ちなみに、紅薔薇姉妹が後を追わなかったのは、先先代の7つの冬の実体験が現紅薔薇さまに伝わっていて、戸棚にダッシュしようとした妹の手をつかんで止めたからに他ならなかった。

 由乃達はギャラリーの喧騒を無視して次のパンを食べ始める。

「あら、菜々ったら。ほっぺに食べカスがついてるわよ」

 由乃はそう言って菜々のほっぺについたデニッシュのかけらをつまんで取るとそのまま自分の口に放り込む。

(あっ!! あっ!! あっ!!)

(うわあ!! 冷製パスタを選んだ私! なんでこんなもの選んだかな!? だって、瞳子が好きって言ったんだもん! そうだった!)

「お姉さま、汚いですよ」

 菜々が由乃を諌める。

「あら、妹の顔が汚いもんですか」

「ふーん。じゃあ、お姉さまの顔にもクリームが付いてますよ」

 そう言って菜々は由乃の顔に自分の顔を近づけると頬についていたクリームをさっと舌で舐めとった。
 想定外だったのか由乃は真っ赤になって固まってしまった。

「ちょ、ちょっと!? な、何してるのよお!!」

 菜々は何事もなかったかのようにすましている。

 その瞬間紅薔薇姉妹は食べかけのお弁当をむさぼるように、ガツガツとかき込んだ。
 頬に食べカスがつくくらいの勢いで、一心不乱にお弁当を食べる紅薔薇姉妹。
 しかし、どんなにガツガツと食べても、所詮は育ちの良い福沢家のお嬢さんと松平家の令嬢、完食しても期待した事態にはならなかった。

(こ、こんな事ならもっと味わって食べれば良かった……)

(瞳子、冷製パスタを蕎麦のようにすするには抵抗があったんだね。いや、そんな瞳子は可愛いよ……)

(ああ、せっかくのお弁当なのに火傷で味がわからなくなってしまったわ……)

(口の中は大惨事ですが、一緒にお茶が飲めただけで私に悔いはありません)

 どんよりとしたギャラリーを尻目に黄色の薔薇が咲き乱れ、その日の昼食は終わった。



 翌日、昼休みのミルクホール。

「きゃ! あれ、紅薔薇さまじゃない?」

「紅薔薇のつぼみも一緒よ!」

「えっ!? 白薔薇さま」

「白薔薇のつぼみもいらっしゃるわ!」

 一般生徒にもみくちゃにされて4人は目的のパンを買う事すらままならなかった。

「あらあら。パン当番にお願いしなかったのかしらね」

 ニヤリと笑う黄薔薇姉妹は悲鳴と歓声が上がるミルクホールを一瞥すると薔薇の館に向かった。


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