「そういえばさ」
毎度おなじみ薔薇の館。
由乃さんがそう言ったのは祐巳達2年生トリオがホワイトディのお返しを作る為に集まっている時だった。
さらに言うなら「さん付け」問題とかの話が話題に上ったあたりのこと。
「最近瞳子ちゃん、乃梨子ちゃんのこと呼び捨てにしてない?」
「えっ!? 本当?」
「そうみたいね」
「むう」
あ、なんか由乃さんが難しい顔してる。やだなあ。
「これは由々しき事態だわ」
由々しきの由って由乃さんの由と同じなんだよね。由乃さんが2人分? ……それは凄く大変そうだ。
「ちょっと祐巳さん、聞いてるの」
「き、聞いてるよ」
「あいかわらず私達は『さん』付けで呼び合っているというのに、1年生に先を越されて悔しくないの」
「別に悔しくは……」
「とにかくっ! ここは先輩としての沽券に関わる問題よ」
「沽券とかは関係ないと思うけど」
「それに、乃梨子は随分前から瞳子ちゃんのことを呼び捨てにしていたわ」
「いいのよ! その頃はまだ瞳子ちゃんはまだフリーだったんだから。今とは状況が違うわ。ここは今一度例の計画を再考すべきではないかと思うわけよ」
「じゃあ、言い出しっぺの由乃さんからどうぞ」
「えっ!?」
手を差し伸べられて、由乃さんは思いっきり怯んだ。
祐巳とて呼び捨てで呼び合うことに反対したいわけではない。蓉子さま達、先代の薔薇さま方が名前で呼び合うのはちょっとあこがれもしたし、3年になったらあんな風になりたいとも思ったものだ。……なりたい自分に簡単になれたら苦労は無いよね。っていうか思うだけなら自由でしょ!
「まあ、こういうことは無理矢理変えるものではないし」
逃げたな、由乃さん。
「そういえば、といえば」
「由乃さん、なんだか言い回しが変だよ?」
「いいのよ、そんなことはどうでも! それよりも祐巳さん、瞳子ちゃんのことはわりとあっさり呼び捨てにしたよね。ちょっと意外だったかな」
「そ、それは当然だよ! 姉妹になったんだから」
その瞳子自身に突っ込まれて呼び方を変えたのだ、とは言えない。
「姉妹になっても祥子さまのことはしばらくは祥子さまって呼んでたじゃない」
「それはそう、なんだけど、あの頃はまだ慣れてなかったし、急に呼び方変えるのってほら、ねえ?」
ここは由乃さんに倣って話題を変えよう。
「そういえばといえば、といえば」
「……突っ込まないわよ?」
「……酷いや」
由乃さんにあわせて言ったのに、由乃さん酷いや。
「それで祐巳さん、何を言いかけたの?」
「……ああ、ええとね」
何事も無かったかのようにスルーしてくれる志摩子さんは、酷くないけどちょっとキツイかも。
「志摩子さんは乃梨子ちゃんのこといつのまにか呼び捨てにしてたじゃない?」
「そうだったかしら。よく憶えていないのだけど」
「そうだったわよ!」
由乃さんが勢い込んで言いつのったけれど。
「でも、由乃さんだって菜々ちゃんのこと呼び捨てだよね」
「え?」
一瞬きょとんとした表情を見せる由乃さん。ついで赤くなった。
あれ? ひょっとして、自分で気付いていなかったとか。志摩子さんのこと言えないよ?
「そ、それはアレよ!」
ドレよ?
「菜々は、なんとなく菜々っていう感じがするじゃない」
意味不明だよ由乃さん。なんとなくわかるような気はするけど。
「ふふふ」
「志摩子さん、何がおかしいのよ!」
「あら?」
凄い勢いで食って掛かる由乃さんに、少し驚いた表情を見せる志摩子さん。
「別におかしかったわけではなくて」
今度は少し考えるような表情。そして笑顔。
「なんだか嬉しかったのよ」
「は?」
ああ、うん。よくわからないけど、なんとなくわかるような気がするよ、志摩子さん。
「祐巳さんまで何笑ってるのよ!」
「なんだか嬉しかったのよ」
「なんだかってなによ。明瞭に述べよ!」
「あれっ?」
志摩子さんの真似をしたのに、何故祐巳にだけ突っ込みが? 笑顔の差?
「うふふ」
「志摩子さんも、うふふ禁止!」
「あらあら」
「あらあら禁止!」
「うふふ」
「だーっ!!!」
由乃さんがちょっとアレな感じになったりしたけど、結局、3年になったらまたみんなで試してみようか、ということでとりあえずは落ちついたのだった。