注意:原作・アニメなどのネタバレと宣伝しかありません
「全員、揃ったわね」
薔薇の館の2階には祐巳さま、由乃さま、志摩子さま、乃梨子さま、瞳子さま、そして菜々が集まっていた。
「本日の議題は新刊の『マリア様がみてる リトル ホラーズ』についてです」
由乃さまの言葉に全員がうなずく。
「皆様にご愛顧いただいている『マリア様がみてる』ですが、『ハロー グッバイ』の本編の後に『─了─』、加えてあとがきに『形を変えて』とあった後に『お釈迦様もみてる 学院のおもちゃ』が発売されて本気で焦りました」
しみじみと由乃さまが言う。
「これから先、『釈迦みて』の本編の後ろに短編が載っていくのかと思いマジ泣きしちゃったよ」
祐巳さまが言うとすかさず突っ込みが入った。
「まあ、あのBL本の脇役の祐巳さんがマジ泣きって、それはネタかしら?」
「さすが脇役とはいえBL本の出演者ですね。祐麒さんのためとはいえ頭が下がります」
白薔薇姉妹だった。
「わ、私に選択権はないんだよ! 『学院のおもちゃ』での出番なんて祐麒にパン食べられて終わりだったのに、表紙に出ろって強要されちゃったんだから! それって『マリみて』でいえば桂さんが表紙になるようなものでしょう? 確かにパンダのぬいぐるみに入った事はあるけど、私は客寄せパンダじゃないのにっ!」
祐巳さまはそれこそマジ泣きしていた。
瞳子さまがそっとハンカチを差し出していた。
由乃さまが言う。
「安心して。桂さん同様、祐巳さんの出番はきれいに消えて、いつの間にかギンナン王子やらアンドレやらが表紙になっちゃうBL派にはたまらない感じの本になるから」
「全然安心できないよ! 百合派の読者にとっては別の意味でたまらない本になるよおっ!」
興奮しながら祐巳さまが叫ぶ。
「あの、今回の議題は『釈迦みて』叩きではありませんよね」
たまらず、菜々が突っ込む。
「話を元に戻しましょう」
咳払いをしながら志摩子さまが言う。
「『マリみて』には『お釈迦様もみてる』という脅威が出来てしまったわ。更に、『─了─』のおかげで最終巻と勘違いしてチェックを怠っている常連読者がいる上に、長編ではなく、雑誌に収録された短編集という事で今回は苦戦すると思うの」
乃梨子さまが補足する。
「ここは大人気シリーズの看板に胡坐をかく事なく、ガンガン押していきましょう」
全員がうなずく。
「では、具体的な販売戦略を決めましょう」
はいっ、と祐巳さまが手を挙げて発言する。
「多くの人に手に取ってもらえるよう、瞳子と一緒に『リトル ホラーズ』のCMを作ってみました」
ほおっと一同が注目する。
「では、実際にご覧ください」
【福沢祐巳・松平瞳子案のCM】
薔薇の館の二階は、賑やかになっていた。
「由乃っ!」
扉を開けて現れたのは、黄薔薇さまこと支倉令さまだった。
「ど、どうしたの。令ちゃん」
「由乃、これ」
文庫本のような物に見えた。
「ええーーーーーっ!?」
マリみて新刊、フライングゲット!?
それも、卒業した黄薔薇さまの手により!
(みんな、冷静になろうよ)
祐巳は心の中でつぶやいた。
それ、本物とは違うんじゃないの、って思う。
「……れ」
由乃さんは顔を真っ赤にして身体を強ばらせたままぷるぷると震えていた。
そして、たっぷり溜めに溜めてから、いつもの口癖が爆発した。
「令ちゃんの、ばかっ! ばかばかばかっ、何やってるのよ本当にっ」
「由乃さん、そんなにばかを連発しなくても」
志摩子さんが仲裁に入ったが、それくらいで鎮火する由乃さんじゃない。
「ばかにばかって言って、何が悪い」
「とにかく、落ち着いて」
真美さんが間に入って、必死で収めようとする。
「これが落ち着いていられますか、って。このばか、何持って来たと思うの?」
「何だったの?」
「見せてやりなさいよ、みんなに」
由乃さんに促されて、令さまは渋々手にしていた文庫本を真美さんに渡した。
「失礼します……『お釈迦様もみてる 学院のおもちゃ』……?」
淡々と読もうと真美さんも心がけているようだったが、最後の「おもちゃ」あたりにくる頃には、「何じゃ、そりゃ」って顔にも声にも出ちゃってた。
「それは、あの。本屋で店員さんに新刊を探してもらったら、この作家さんの最新刊はこれですって手渡されて」
令さまはもじもじと言った。
「だから、真っ先に読もうと思ったんだけど」
「け、ど?」
「どうせ読むんだったら、由乃と一緒に読もうかって、何ていうか……ね?」
最後の「ね?」に添付されていたおちゃめな笑顔が、由乃さんの怒りのスイッチのど真ん中を押した。
「そういうことは、出演しない人は考えなくていいのっ」
「えっ」
ビクッと飛び退く令さま。
「『マリみて』ファンなら『マリみて』ファンらしく、『マリみて』のことだけ考えてろ、ってことよ。百合派だったら、『釈迦みて』なんて買うな。本屋行って、新刊の予約しろ。盾ロール誤植あさって出版社から図書カードなんてせしめるな」
地団太踏んだ後、その場でしゃがみ込んでうなだれた。
祐巳が黄薔薇姉妹を眺めていると。
「中身は何か知っていて?」
「うわっ」
「うわって、何よ」
「いえ、失礼しました、お姉さま」
「『リトル ホラーズ』はどんな感じなの、って尋ねているのよ。それとも、あなたも出番がないの?」
「あ、出番はあります」
令さまと違って、新3年生だから。
「バラエティギフト4ともいえる短編集だそうです」
「あら、そうなの? 新展開って盛り上がっているから、ものすごく手間のかかった大作なのかと想像してしまったわ」
「でも、予告曰く、書きおろしもあるとか」
「書きおろし……」
「収録される短編はおそらく『私の巣』『ワンペア』『チナミさんと私』『胡蝶の夢』『ハンカチ拾い』です。今までどおりでしたら表題作ののりしろ部分、書き下ろし短編があるので、7つの不思議な物語……7不思議の物語、なな不思議の物語、菜々不思議の物語ではないでしょうか」
祐巳がそこまで説明すると、祥子さまは「──はっ!」と声をあげた。
「それは、すごいわね」
「でしょう?」
まさにその時。
ものすごい音と振動が、部屋の外から中へと伝わってきた。
「何事?」
祥子さまが扉の方を振り返る。
バタン。
扉は、階段を上ったのと同じ勢いで荒々しく開かれた。
「読者さまっ!」
「瞳子ちゃ……」
ドスドス、ドスドス。
祥子さまが、瞳子ちゃんの迫力に押されて一歩脇に退いた。
その空いた空間に足を止めると瞳子ちゃんはガバッと頭を下げた。
「『ハロー グッバイ』が『マリみて』最終巻であるかのようなまぎらわしさ、お許しください」
ちょっと待って。
「その上で」
瞳子ちゃんは、最敬礼の姿勢から一旦頭を上げた。
「『マリア様がみてる リトル ホラーズ』を1人10冊ぐらい買っていただけませんか」
「……って、これは『クリスクロス』のパロディじゃないですか。どうして私がメインのはずなのに私の出てないエピソードでCMを作るんですか? 更に、出演が見込めない卒業生をどうして使うんですか?」
菜々は思わず突っ込んでいた。
「祐巳さん、どさくさにまぎれて『お釈迦様もみてる』をアピールするのはいいかげんにして」
志摩子さまがうんざりしたように溜息をつく。
「まったく、話になりませんね。仕方がありません。こうなったら私達白薔薇が正統派の『マリみて』CMを用意したのでそれをご覧ください」
乃梨子さまがそう言った。
【藤堂志摩子・二条乃梨子案のCM】
瞳子は社会科準備室に来ていた。
「残念ながら通常版ではないわよ」
「そのようね」
「瞳子はアニメはストーリーさえわかればいいと思っているの? だから、通常版を買うの?」
「自惚れている、って笑う?」
「違うよ。そうじゃない。瞳子がそう思っているとしたら。私は教えてあげなくちゃいけないから」
「何を──」
「瞳子は、豪華特典を甘く見すぎている」
ジャケット見開きは中嶋敦子エンディングイラストなんだから。封入特典は松島晃描き下ろしイラスト使用ピンナップなんだから。──乃梨子の目はそう言っていた。
「私、わかった。DVDコレクターズエディションはLPサイズジャケットで、普通のDVDラックに入らないくらいずっと大きくて。だから瞳子には、買えないんだ」
乃梨子は鼻をすすった。
「原作派だから豪華声優陣の凄さがわからないんだ」
泣いているのかもしれない。でも、どうして乃梨子が泣くのだろう。
「全員のスケジュールを抑えるために3年かかる人たちなんでしょう? なんでCDドラマを買おうとしないの」
乃梨子が、瞳子の手を取ってきつく握った。
「7月発売の『ロザリオの滴/黄薔薇注意報』を買わないようじゃ、白薔薇ファンは名乗れない」
乃梨子は一通り宣伝した事で満足したのか、出入り口の扉に向かって歩きだす。
「宣伝したいだけ宣伝してくれるじゃない」
「絶賛発売中の4期DVD4巻のオーディオコメンタリーは白薔薇ファミリー(の中の人)だからね。宣伝しなくちゃならないのよ」
乃梨子の消えた部屋で、瞳子は大きなため息をついた。
少しだけ一人で笑ってから、瞳子は社会科準備室を出ていった。
(出ていって、それからどうする?)
決まっている。
買いに行くのだ。
「……って、また『クリスクロス』じゃないですか。内容も『リトル ホラーズ』とは関係ないアニメとCDドラマのCMですし。志摩子さま、ご自身は出演せずに瞳子さまに買わせるだなんて黒すぎます」
菜々は思わず突っ込んでいた。
「2人とも、影が薄いからって白薔薇のみをアピールするのはいいかげんにして」
由乃さまがこめかみをぴくぴくさせる。
「みんな、全然わかってないわ。こうなったら私が黄薔薇の魅力がわかるCMを用意したのでそれを見てちょうだい」
【島津由乃案のCM】
一年菊組は、帰り仕度をする生徒でざわめいていた。
「支倉さんを、呼んでちょうだい」
程なく「支倉」は首を傾げながら廊下に出てきた。
「単刀直入に聞くわ。『マリア様がみてる リトル ホラーズ』を買わない?」
「は?」
「どうかしら?」
「あの……何かのお間違いでは?」
「どうして? 今月の新刊に『リトル ホラーズ』は2つあって? それとも、あなたはフライングゲットしたのかしら?」
「いえ」
江利子は、それは重畳とうなずいた。
「いったい、どうして私なんかに?」
「そうね。私は『リトル ホラーズ』に収録されている短編を読んだ事はないけれど、楽しそうだから」
「た、楽しそう?」
「そうよ」
江利子は笑った。
「あなたは、どうかしら? 由乃ちゃんが3年生になった学園生活を、想像してみて?」
「……それは、かなり楽しそうですね」
「OKの返事と受け取っていいわね」
確認して返ってきたのは「はい」というはっきりとした声だった。
「買うって、いったいどうしたらいいのか……」
「そうね……、教えてもらおうかしらね」
江利子が言った。
「『リトル ホラーズ』の発売日を」
「えっ」
「支倉」改め妹は一瞬絶句し、それから笑いながら宙に右手の人差し指を走らせた。
「2009年7月1日。一部地域で異なります」
「……って、だからどうして私の出てない『黄色い糸』なんですか。ファンサイトのキャラクター人気投票で武嶋蔦子さまに負けるような2人のエピソードをわざわざ使わないでください」
菜々は突っ込みに疲れていた。
「こうなったら、私がCMを作ります。皆さんでご覧下さい」
【有馬菜々案のCM】
由乃が教室の扉を開けると、菜々は一人でぽつんと席に着いていた。
「ごめん。待ちくたびれた?」
「はい」
「もしかしたら、『ハロー グッバイ』からずっと待ってたの?」
「いえ、『ハロー グッバイ』が最終巻だと思ってました」
「あ、……そう」
「思い込んで当然です。『─了─』って書いてあったんですから」
でも、そんな過去、もう遥か昔のことのように思われた。
「行こうか」
「はい」
「あー、ドキドキする」
「なぜ、由乃さまがドキドキを?」
私ならともかく、と菜々は首を傾げる。
「えっ。だって、あの、やっぱり短編集なわけだし、みんなに何て言って宣伝したら……とかね」
「それって、そんなに難しい事なんですか?」
「いや、そんなことはない……けど」
そう。少なくともどう言ったらいいかわかっている。
2009年7月1日『リトル ホラーズ』発売でしょ、『リトル ホラーズ』。
「悩むほどのことじゃなくて。どうかな、くらいのことよね」
「はあ。どうかな、でドキドキですか……」
「じゃ、聞くけれど。菜々は、どうして自分ならともかくなわけ?」
「表紙は主役たちが勢揃いなさっているのでしょう? 臆して当然です」
「そうは見えないけれど」
「ですから、私ならともかく、なんです」
「なるほど、一般論なわけだ」
「ええ」
菜々にとって、メインで表紙登場はきっと彼女の言うところの、アドベンチャーの一つでしかないのだ。
「買うよ」
由乃は口に出して言った。
「菜々ちゃんは表紙の凄さを分かってない! お姉さまでさえピン表紙がないのに!」
祐巳さまがテーブルを叩いた。
「そうよ! 私だけ、私だけ白薔薇ではピン表紙がないのよ!」
志摩子さまが立ち上がった。
「志摩子さん! ピン表紙になればいいってもんじゃないです! 私なんかそれ1回で表紙に登場出来てないんですから」
乃梨子さまが慌ててフォローする。
「表紙と言えば、私は新3年生トリオの中で外される率が圧倒的に高いのよ! これってどうなのっ!?」
志摩子さまが珍しく怒っておられる。
「私なんか、キャラクターデザインとイラストの先生が同一のはずなのにお姉さまと2ショットだと幅を取るって言われるし」
瞳子さまがむくれる。
「いや、瞳子の髪型に縦ロールを設定したのはイラストの先生じゃないから」
乃梨子さまが突っ込む。
「い、今のは本編のパロディで私の本音では……」
菜々の釈明など誰も聞いていない。
「人気で言ったら、白薔薇2ショットが絶対に1番売れるのに」
「新紅薔薇に決まってるでしょう?」
「ピンのためなら、脱いでもいいわ」
「れ、冷静になろうよ、みんな……」
「あら、祐巳さん。それって余裕? 先生のブログに『最近、乃梨子ばかり描いている』ってあったから、期待してたのに……」
「ふ、ふっふふっふふ……」
いかがわしい笑い声がすると思ったら、瞳子さまが壊れていた。
「こうなったら、今から『リトル ホラーズ』の販売を差し止めて、表紙は祐瞳に変えさせるわ!」
「それは、本末転倒だ!」
追いすがる乃梨子さまを振り切り、瞳子さまは扉の向こうに消えてしまった。
「マリア様がみてる リトル ホラーズ」は2009年7月1日に菜々がメインの表紙で書店に並ぶ予定である。
何事もなければ。
……まさか、ね。