【2981】 いつもと違う雰囲気妹がいる意地  (bqex 2009-07-08 06:45:31)


幻想曲シリーズ

※注意事項※
登場人物が天に召される描写があります。
パラレルワールドを題材にしています。
連載で【No:2956】→【No:2961】→【No:2964】→【No:2975】→【これ】→【No:2982】→【No:2996】→【No:3010】→【No:3013】→【No:3015】→【No:3020】(完結)になります。
以上を踏まえて、お読みください。



 着替えてもう寝ようかと思っていた時間に令ちゃんから電話があった。

「どうしたの?」

 令ちゃんももうパジャマに着替えている時間だろう。ちらりと時計を見る。

「祥子からさっき電話があってね、話があるから明日、8時くらいに学校の古い温室に来てくれないかって」

 島津・支倉両家でお食事会に行っていたのでこんな時間までつかまらなかったのだろう。お気の毒な祥子さま。
 ん? 令ちゃんがこうして電話くれるって事は、私も? と思って由乃が聞くと、そう、と令ちゃんの返事が返ってくる。

「どんな話?」

「いや、行くって返事したら切れちゃった。こんな時間だから気を使ったんだと思う」

「ふうん」

 祥子さまが令ちゃんにならわかるが由乃にまで用があるとは。
 しかも、わざわざこんな時間につかまえなくてはいけない用とは。
 向こうの世界なら分かるが、こっちじゃあと5日ちょいでいなくなる、言ってみればお客さまなのに。

「用って、何だろう? 祐巳さんの事かな?」

「……そうかもしれないね」

 令ちゃんはちょっと考えてからそう言った。
 今日、「山百合事変」について聞かされた時はショックだった。
 あの2人、向こうの世界じゃ、学園祭の頃はなんだか盛り上がってたけど、最近はピタリと音沙汰なし。
 なのに、こっちの祐巳さんときたら瞳子ちゃんと姉妹になって、おまけにマリア様の前でロザリオを返されただなんて。
 ピンとこないけど、そりゃあ、ヘコむだろうね。乃梨子ちゃんも言ってたけど、よく泣くのはそれを引きずってるって事なんだろう。

「祐巳さんねえ。こっちじゃ私たち、どうだったんだろう?」

「由乃は入院してた時、呼び出していろいろお世話になってたようだよ。……お葬式の時、弔辞は祐巳ちゃんにお願いした」

「へえ」

 お葬式、と来たか。さりげなく方向修正しよう。

「でも、私と祐巳さんの付き合いって、山百合会に入ってからだよね?」

 由乃が死ぬほどの違いのある世界だが、黄薔薇革命の間に起きた出来事は向こうと変わらない事が多い。
 まるでその頃から分岐してしまったみたいだ。

「うん。でも、長いとか、短いとかじゃなくって、どれだけ深く付き合ってたか、じゃないかな?」

「そうかな」

 向こうでの祐巳さんと由乃の仲まで祥子さまはわかるんだろうか。祥子さまならそんなのもわかるような気がしてくるから不思議である。

「そうだよ」

「うん」

 そういえば、お昼に祐巳さんと祥子さまが2人で何か話をしてたけど、明日の事に関係あるのかな。
 あんまりいい話じゃないのかもしれない。

「じゃあ、明日は寝坊しないでね」

「わかってる。今寝るところ」

 それが言いたくてわざわざ電話してきたんでしょう。

「令ちゃん」

「何?」

「おやすみ」

「おやすみ、由乃」

 電話を切って眠りに就いた。



 翌朝。
 学校に着いた。背の高い門をくぐりぬけ、人もまばらな銀杏並木を歩いて、マリア様の前に来て手を合わせるとそのまま古い温室に向かった。
 奥の棚の鉢の隣に腰かけて祥子さまがすでに待っていた。

「ごきげんよう。朝早くから呼び出してしまってごめんなさい」

 祥子さまは由乃と令ちゃんが入ってくると立ち上がる。朝が弱いという割にはしゃきっとしていた。

「ごきげんよう」

「ごきげんよう。全然構わないよ」

 扉を閉める。早朝のひんやりとした外気とは違って、温室の中はほんのり暖かかった。
 祥子さまが切り出す。

「話というのは祐巳の事よ」

 やっぱり祐巳さんか。
 予想していたので冷静に受け止められる。

「聞いているかどうかは知らないけれど、祐巳は松平瞳子ちゃんという1年生を妹にしたのだけれど、瞳子ちゃんにロザリオを返されてしまったの」

 祥子さまは淡々と事実だけを述べた。

「それで、私は荒療治に出ようと思って」

 それって、向こうで志摩子さんにやった「マリア祭の宗教裁判」みたいなもの? 一体何をする気ですか、祥子さま。

「土曜日、明後日の放課後に高等部の全校集会を開くわ。表向きは『冬季の生活の諸注意』という事になっているけれど、そこで祐巳に真意を問おうと思って」

「それって、全高等部の生徒の前による薔薇さまつるしあげじゃないですかっ!?」

「由乃」

 びっくりして不穏当な言葉を口走ってしまい、令ちゃんに注意される。
 でも、マリア祭の時は新1年生と式典出席者くらいしかいなかったもの。
 それを全校生徒の前でとは。祥子さま、そこまでやるかっ。

「失礼しました」

「いいのよ、令。その通りなんだから。祐巳は変に度胸のあるところがあるから、それぐらいでちょうどいいのよ。そこで丸く収まれば、それでよし。壊れるならば、仕方がない。でも、中途半端に誰かを傷つけて終わってしまうようならば、私も覚悟を決めるわ」

 祥子さまの目は何かの決意、というより覚悟のようなものを語っていた。

「まさか……」

 令ちゃんが呟く。由乃と同じことを考えてしまったようだった。
 祥子さまは静かに微笑んだ。
 か、却って怖い。ものすごく怖いです、祥子さま。

「それで、あなたたちにお願いというのは、それに協力してほしいのよ」

 祥子さまの覚悟を知って令ちゃんはすぐに頷いた。
 だが、由乃は。

「あの、お話を聞いた後で何なんですが、ちょっと保留にさせてもらえませんか? 祐巳さんに計画の事は言いませんから。私、祐巳さんにいろいろと聞いて、確かめてからお話を受けるかどうか判断します」

「それで、由乃ちゃんが納得できるのなら、それでも構わないわ」

 祥子さまはそう答えた。
 由乃は祥子さまと令ちゃんを残して温室を出た。
 祐巳さんに会わないと。



「ごきげんよう」

 2年松組の教室に祐巳さんがいたので有無を言わせず非常階段のところに引っ張ってきた。
 祐巳さん、相変わらず暗い。

「ねえ、どうなってるの?」

「何が?」

 祐巳さんはわざとはぐらかすように答える。

「瞳子ちゃんの事。聞いたわよ。祐巳さんって、妹にロザリオ返されたんですって?」

「ええ」

 静かに祐巳さんは言った。

「で、何があったの?」

「何がって?」

 逆に祐巳さんは聞いてくる。

「何かわからないから聞いてるんじゃない」

 祐巳さんは何か言葉を探すような顔をして、黙った。

「答えられないような事でもあったの?」

「いや、何も……」

「何もしてないのにロザリオ返されたって言うの?」

 祐巳さんは動揺するというより、一方的に責められて困惑しているような表情である。

「祐巳さんは、そもそもどうして瞳子ちゃんにロザリオを渡したの?」

「それは……」

 祐巳さんは視線をそらした。

「ねえ、祐巳さんにとって、瞳子ちゃんって、何なの?」

「……」

 祐巳さんは黙ったままだ。
 まもなく朝拝の時間になる。
 うつむいて黙ったままの祐巳さんを残して由乃は、時間だから、と言って教室に戻った。



 由乃は祐巳さんに腹を立てた。
 何故、何も言わないの?
 言われっぱなしで悔しくないの?
 そもそもどうして答えられないの?
 祐巳さん……
 そんな態度じゃあ瞳子ちゃんじゃなくたって、本気で怒るよ?



「ねえ、松平瞳子さんって、どんな感じの子?」

 移動時間に笙子ちゃんに聞いてみた。
 祐巳さんが駄目なら、瞳子ちゃんを、という作戦である。
 そのために同じ1年生にリサーチしてみてるのだ。

「瞳子さんですか? 中等部の頃、同じクラスだったのだけれど、演劇部に所属していて、その頃は、明るくて、世話好きで。そうだ、紅薔薇さまのご親戚って聞いた気がする」

 それは由乃も知っている最低限の情報だ。元クラスメイトなら、もっとないのか、もっと。

「紅薔薇のつぼみって聞いた気がするのだけれども」

「『元』がつくけれど」

 声をひそめて笙子ちゃんが言う。

「へーえ、そうなの?」

 と、由乃は相槌を打った。知ってる情報しか出てこないので瞳子ちゃんは一旦棚上げする。

「もしかして、山百合事変ってやつ?」

「ああ、この前のリリアンかわら版の号外ね。でも、あの話にはリリアンかわら版に書かれていない噂があって、2本目の紅薔薇(ドゥジエーム・ロサ・キネンシス)が紅薔薇のつぼみにロザリオを返された原因は細川可南子さんとの二股がバレたからだって」

「……なんですって!?」

 思わずきつい口調で言ってしまい、笙子ちゃんがびくりとする。
 慌てて誤魔化して、由乃は考える。

 事実であれば、まさに「事変」だ。1年椿組は乃梨子ちゃんが頭を抱える紛争地帯になっているだろう。
 このパラレルワールドはカオスだ。
 あと4日以上もいるのに、こっちの人たちは、もう、本当におかしいよ。
 頭痛くなってきた。

 さて、昼休みをどうしようか。

 祐巳さんを糾弾する。
 これは土曜日に祥子さま主導で行われる事だし、今朝の感じではこれ以上は出てこないと思う。
 なので、パス。

 真美さんに話を聞く。
 しかし、こっちじゃそれほど仲良くもないし、秘匿義務だとかって追い払われそうだ。
 なので、×(バツ)。
 三奈子さまは論外なので初めから外す。

 瞳子ちゃんと話す。
 いや、こっちじゃ初対面だし、あの子と由乃はそりが合わない。うまく話なんかできないだろうな。
 なので、ボツ。
 同じ理由で可南子ちゃんと話すも、ボツ。

 薔薇の館に行く。
 きっと祥子さまがいるだろうから、土曜日にどうするかの返事をしなくてはならないだろう。
 なので、これは後回し。

 島津由乃さん、手詰まりですか?
 どうしますか?
 ああーっ、私はどうすればいいのっ!? っと由乃はここで名前を呼ばれたような気がして顔をあげる。
 気のせいではなく、とっくに授業が始まっていて、先生に当てられたのだ。
 質問内容を逆に質問して答える羽目になる。
 ああ、何をやっているんだ、由乃。
 何とか答えると次に笙子ちゃんか当てられた。

 ……そうだ、彼女に聞こう。



 昼休み、由乃はクラブハウスの1室に来ていた。
 向かいに座ってパンをかじっているのは蔦子さんである。
 笙子ちゃんの顔を見ているうちに向こうでは何かと噂される蔦子さんを思い出したのだ。
 蔦子さんに勧められ、由乃もここでお弁当を食べる。

「なるほど、由乃さんは『山百合事変』と祐巳さんの周りに起こっている事を知りたい、と」

 蔦子さんとは黄薔薇革命前までにそこそこのお付き合いがあった。もし、こちらの由乃と思った通りの関係ならば少しはましな情報が得られるのではと駆け込んだのである。

「単なる好奇心なんかじゃなくって、事実を正確に知って、その上で祐巳さんの力になりたいから。だから蔦子さんに聞きに来たわけ」

 蔦子さんは紙パックのコーヒー牛乳を飲んで、一息つくと隣に座り直した。

「まあ、私だってすべてを知っているわけじゃないけれどね」

 そう前置きしてから蔦子さんは控え目な声で話してくれた。

「新年度、3人で薔薇の館はスタートしたんだけど、当然やっていられないからって2年生の2人に妹をって話になって、1年生で山百合会のお手伝いをしてくれる有志をリリアンかわら版で募集して、集まってきたのがこの子たち」

 蔦子さんは何枚か写真を取り出して見せてくれた。向こうの茶話会に相当する出来事だろうけど、こっちでは時期と趣旨が違うので微妙にメンバーが違う。写真には瞳子ちゃん、乃梨子ちゃん、可南子ちゃんが混じっていた。

「結構集まったんだけど、ついていけなくなったのかすぐにみんな脱落していって、で、残ったメンバーの中から志摩子さんが乃梨子ちゃんを選んだ。これが梅雨の頃ね」

 マリア祭のアレがなくても志摩子さんはちゃんと乃梨子ちゃんを選んだ。
 向こうの世界を知っているから志摩子さんが乃梨子ちゃんを選ぶのは当然のように思ってしまうが、本当は凄いことだと思う。
 あの2人ってなるべくして姉妹になったんだ、って事だもの。

「志摩子さんに妹が出来たら、祐巳さんも、って話になったのだけど、祥子さまと祐巳さんがすれ違って、元の鞘には収まったのだけど、妹づくりどころではなくなって1学期が終わってしまって。2学期になって花寺の学校祭の手伝いの時、お手伝いとして残っていたのは瞳子ちゃんと可南子ちゃんの2人だったのだけど、可南子ちゃんが嫌がったから瞳子ちゃんと真美さんがお手伝いとして一緒に行く事になったのよ」

 出ました、真美さん! そんな近くで渦中の2人を見てたのか。

「体育祭、学園祭と祐巳さんは瞳子ちゃんに絞ってアタックしてなんとかロザリオを受け取らせた。でも、一方を選ぶという事は一方を捨てるという事で、可南子ちゃんは薔薇の館を去った。そして、『山百合事変』が起こるわけ」

「可南子ちゃんがいなくなるのと、どう関係があるの?」

 由乃が聞く。

「薔薇の館は慢性的な人手不足で、貴重なお手伝いを自分の行為で逃がしたと思い込んだ祐巳さんは可南子ちゃんを連れ戻そうとした。その時期に瞳子ちゃんと喧嘩になってロザリオを返された」

 あー、なんとなくわかるわ、それ。
 せっかく妹になったのに、かつての妹候補に接触する姉。
 気分のいいもんじゃないわね。
 そんなの他の人にやらせなさいよ、祐巳さん。

「それで祥子さまが事態収拾を図るんだけど、うまくいってない。つまり、『山百合事変』は薔薇さまと元つぼみの対立がきっかけで2人の薔薇さまの仲までもが怪しくなって現在進行形で続いている、『事件』どころじゃないから『事変』なのよ」

 蔦子さんはため息をついた。
 蔦子さんも真美さんも表に出ないところで苦労してるのかもしれない。
 だから、由乃の復活号外で話題を変えようってしたのかも。

「なるほどね。ありがとう」

 由乃はクラブハウスを出ると薔薇の館に向かった。
 ちょうど祥子さまと令ちゃんが2人で出てきた。

「祥子さま、お時間よろしいですか? 今朝の続きなのですけど」

「いいわ。こっちへ」

 祥子さまに促され、薔薇の館の裏手に回った。

「あの、祐巳さんと瞳子ちゃんの喧嘩の原因ってなんですか?」

 由乃は聞いた。本当に祐巳さんが悪かったらどうしようというより、純粋に知りたかった。

「祐巳は、何もしなかった。何もしなかったのが原因よ」

 何もしなかったのが?

「そう、姉妹としていろいろとやらなければならない事はいっぱいあるのに、何もしなかった。瞳子ちゃんには今までどおりの『お客様の瞳子ちゃん』として接しているようだったわ。瞳子ちゃんは瞳子ちゃんなりによく頑張ったのよ。祐巳に『瞳子ちゃん』と呼ばれる度に『瞳子と呼び捨てにしてください、お姉さま』と何度も言っていたし」

「え、祐巳さんって、妹を呼び捨てにできなかったんですか?」

 たかがそれだけと思うなかれ、それって籍だけ入れて夫(あるいは妻)扱いしないって宣言されるようなものなのだ。少なくてもリリアン女学園高等部では。

「ええ。更に、瞳子ちゃんが我儘を言いだすと祐巳は注意すべきところなのに、なんだか下手に出るのよ。誤解される事が多いけれど、瞳子ちゃんはむやみに我儘をいう子ではないの。祐巳に我儘を言ったのは、祐巳に自分を叱らせる事で姉妹の関係がどうあるべきかをわからせようとしただけよ」

 お姉さまになりきれない不出来なお姉さまを健気に正そうとする出来た妹。あの瞳子ちゃんとは思えないいい話だ。

「それは祐巳さんが悪いと思います!! 妹にそこまでさせるなんてっ! 我儘な妹を叱れないわ、妹に振り回されて下手に出てご機嫌とるわ──」

「ごめん」

 横から情けない声がすると思ったら、令ちゃんだった。何、身につまされてるのよっ。

「祥子さま、土曜日はぜひ手伝わせてください」

 祐巳さんの目を覚まさせてやるんだ。

「ありがとう。由乃ちゃん」

 祥子さまは微笑んだ。

「詳しい内容はあとで。さあ、教室に戻りましょう」

 促されて3人で歩き始めた。

「あれ、そういえば令ちゃん、今日はクラスメイトとお昼食べなくてよかったの?」

「うん」

 時間はなくなっていたし、教室の方向が違うのでそこで話は終わった。
 教室に入るとクラスの子が駆け寄ってきた。

「由乃さん、大丈夫だった?」

「何が?」

 クラスの子に聞き返す。

「何がって、令さまの事。知らない?」

「知らない。何なの!?」

 思わず話し相手の腕をつかむ。

「お姉さまに聞いたのだけれど、令さまがクラスメイトと喧嘩になったって」

「ええっ!?」

 人畜無害で由乃以外の人との喧嘩なんて無縁の令ちゃんがっ!?
 それで今日は薔薇の館でお昼食べたのっ!?
 何やってるのよっ、令ちゃん!
 由乃はすぐにでも教室を飛び出して行きたかったが、先生がやってくるのを見て諦めた。
 こりゃあ、午後の授業も身が入らないだろう。
 早くこい、放課後。

続く【No:2982】


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