【2983】 ツッコミ不在ゲーム対決!  (柊雅史 2009-07-18 03:07:44)


『さっよなら三角、まった来て四角〜♪』

 ビスケット扉の向こうから聞こえてきたのは、そんなリズミカルな掛け声だった。間延びしたその声は、嫌になるくらいに聞き覚えのある声で、中腰で聞き耳を立てていた瞳子は、その姿勢から前のめりに床に沈みこみたい気分に陥る。

『四角は豆腐〜♪』

 そんな瞳子を打ちのめすように、祐巳さまのリズミカルな掛け声は続いた。
 けれどそれはまだ、脱力するような展開の序の口だったのだ。

『豆腐は白い!』
『白いはうさぎ?』

 祐巳さまの豆腐に続き、由乃さまの気合い満点の声、そして志摩子さまのおっとりとした声が続く。三薔薇さま揃い踏みの展開に、瞳子の心は床を突き破って地下まで沈みこみそうなほどだった。
 確認のため、瞳子と同じ体勢で聞き耳を立てていた二人に視線で問いかける。乃梨子と菜々ちゃん――同じつぼみの二人は、瞳子の問いに応えるように頷いた。
 どうやら間違いなく、この扉の向こうで連想ゲームをしているのは、生徒代表にして憧れの的、偉大なる三人の薔薇さま方のようである。

『うさぎは志摩子さん♪』
『志摩子さんは天然!』
『て、天然……? 天然は……うなぎ』

 ごぶふっ、と口を押さえた菜々ちゃんの手の下から、妙な音が漏れ聞こえてきた。気持ちは分かる。うさぎから志摩子さまの連想はともかく、その次は酷い。分からなくもない展開だけど、由乃さまもノータイムで答えるのはどうだろうか。
 ちょっと乃梨子の口元が、ひくひく動いているように見えたのは、気のせいではないだろう。

『ね、ねぇ、由乃さん。どうして私が天然なの? えっと、どういう意味?』
『まぁまぁ。そこで意味が分かってない時点で天然じゃない』
『う、うーん……とりあえず、続けようか、志摩子さん』
『え、ええ……』

 扉の向こうでは戸惑っている様子の志摩子さまを、由乃さまが華麗にスルーして、祐巳さまがフォローを放棄していた。中々酷い関係だ。

『じゃ、続けるよ。うなぎはぐにょぐにょ』
『ぐにょ!? ぐ、ぐにょぐにょは……祐巳さん』
『祐巳さんは……』
『ちょっと待ってよ! なんで私!? ぐにょぐにょで、なんで私!?』

 ごぶふっ、と菜々ちゃんに続き乃梨子の口元からも音が漏れる。そんな二人の反応に、瞳子の眉がぴくりと動くけれど――ぐにょぐにょから祐巳さまを連想したことに、ちょっと納得してしまった自分もいたりする。なんとなく、イメージ的に。

『良いじゃない、別に。ただなんとなく、ぐにょぐにょって言ったら祐巳さんっぽいなぁって思っただけよ』
『だからなんで!?』
『連想なんてそんなものよ。良いから続けるわよ! ぐにょぐにょは祐巳さん』
『ふふふ……。それじゃあ、祐巳さんは可愛い』
『え……?』

 おっとりとした笑顔が思い浮かぶような口調で志摩子さまが言うと、祐巳さまがびっくりしたように言葉を詰まらせた。何でしょうか、この展開。
 乃梨子の口元から「ぎりぎりぎり」と凄まじい歯軋り音が聞こえてくる。

『え、えと……か、可愛いは子猫!』
『子猫は……丸い?』
『丸いは太陽』

 どうやら志摩子さまの『祐巳さんは可愛い』発言は流すことになったらしい。志摩子さまによる『祐巳さんは可愛い』発言の詳細解説が始まらなかったのは、乃梨子の歯にとって幸いだった。
 そして連想ゲームは、ここでクライマックスを迎える。

『太陽はまぶしい』
『まぶしいは菜々のデコ頭っ!! よっしゃー!!』

 祐巳さまの連想の後に、由乃さまの勝ち誇ったような叫び声が続き、ついに瞳子の口元からも「ぶふっ」とはしたない音が漏れた。いやだって、デコ頭って。まぶしいデコ頭って。
 思わず無表情に扉を見詰める菜々ちゃんの額に目をやって、ぶふふっと笑いを漏らす。

『由乃さん、10ポイント。これで私と同点だね』
『20対20対0ね。志摩子さん、頑張らないとダメよ』
『ええ。でも、難しくて……』

 どうやらこの連想ゲーム、既に四回戦のようだ。そういえば、瞳子が薔薇の館にやってきた時、既に菜々ちゃんと乃梨子はビスケット扉で聞き耳を立てていた。瞳子はそんな二人に誘われて、聞き耳を立てたのである。
 恐らく菜々ちゃん辺りが最初に来て盗み聞きを開始したのだろう。
「どうやら連想ゲームをして行って、特定のキーワードでしめると得点がもらえるようなのです」
「それが菜々ちゃんの場合、デコ頭ですのね?」
「……不本意ですが、そのようです」
 菜々ちゃんが不満げな顔で説明してくれる。なんともまぁ、くだらないお遊びである。
 時々、今年の山百合会は大丈夫なのだろうか、と不安に駆られるのは、こんな薔薇さま方の奇行を目の当たりにする時だ。どうにも暇になると、祐巳さまや由乃さまを中心にして志摩子さまを巻き込みつつ、変な遊びを開始する傾向が今年の薔薇さま方にはある。

『じゃ、次行くわよ。今度は私からね! さよなら三角、また来て四角! 四角は豆腐!』
『豆腐は白い』
『白いはマシュマロ』

 瞳子が頭痛を覚えている内に、第5回戦が始まってしまった。突入して止める機会を逸したらしい。今度は由乃さまから開始して、志摩子さま、祐巳さまが順に続く。

『マシュマロは甘い!』
『甘いはお団子』
『お団子は丸い♪』
『丸いは時計!』
『時計はまわる』
『回るは瞳子の縦ロール!! やったー!』

 撃沈。
 スムーズに終了した5回戦のしめとなった祐巳さまの勝利宣言に、瞳子は思わず床に両手をついていた。
 縦ロール……そうか、縦ロールか……。
 菜々ちゃんがデコ頭だった時点で、瞳子のキーワードは半ば決まったようなものだったのだ。というか、それ以外にあり得ない。誰がキーワードを決めたのかは分からないが、祐巳さまにしろ由乃さまにしろ、嬉々として縦ロールをピックアップしたに違いない。
「……止めましょう、とっとと」
「お待ちください、瞳子さま。気になりませんか……乃梨子さまのキーワードが」
 扉に手を掛けようとした瞳子を、菜々ちゃんが押しとどめる。
 言われてみれば……と、瞳子は乃梨子を見た。乃梨子が凄く嫌そうな顔になっている。
「確かに……気になりますわね」
「ですよね」
 デコ頭、縦ロールとくれば……果たして、乃梨子のキーワードはなんなのだろうか。
 そして唯一の良心とも言うべき志摩子さまが、果たしてキーワードに到達できるのだろうか。
 ちょっぴり期待が沸き起こる中、6回戦が開始した。

『じゃ、今度は私から行くよ〜。さよなら三角、また来て四角♪ 四角は豆腐』
『豆腐は脆い』
『脆いは……えっと、脆い……?』

 由乃さまの連想でいきなり止まる。確かに突然『脆いは?』と言われても、中々連想できるものではない。

『脆い……脆い……ごめんなさい、パスするわ』
『え、えぇ? うーんと……脆い……ダメ、思いつかない』
『なによ二人とも情けないわねー。仕方ないわね、続けるわよ』

 そこで由乃さまがコホン、と一つ咳払いを入れ、嬉しそうに続ける。

『豆腐は脆い♪ 脆いは令ちゃん♪』

「確かに支倉令さまって脆いですよね、精神面」
 菜々ちゃんが納得したように頷く。孫にまでそんな風に思われている令さまがちょっと不憫だけれど、令さまが脆いのは事実なので、フォローのしようもなかった。
 案の定、扉の向こうでも由乃さまの連想に異議は出ず、ゲームは再開している。

『令さまは強い』
『強いは馬場さん』
『馬場さんはあっぽー』
『あっぽーはりんご』
『え……!?』

 思わず祐巳さまがゲームを止めた。確かに今、超展開を瞳子も聞いた。

『? どうしたの、祐巳さん?』
『え、いや……だって今……え、りんご?』
『仕方ないわ、祐巳さん。志摩子さんは天然だから……』
『え? 私、変なこと言ったかしら?』
『あー、平気平気。志摩子さんは変なこと言ってないって。ただ志摩子さんらしいこと言っただけだから』
『そうなの。良かった』

 全然良くないけど、志摩子さまが安心したようなのでゲームは再開する。

『じゃ、じゃあ……りんごは赤い』
『赤いはポスト!』
『ポストは手紙』
『手紙は……ラブレター?』
『ラブレターは……恥ずい!』
『え、恥ずい……?』

 ここで再びのストップ。どうやら『恥ずい』の意味が志摩子さまには分からない様子。
 どうにもこの6回戦、スタートの『脆い』で躓いたことで、思考の迷宮に迷い込んでしまったらしい。連想があっちへ行ったりこっちへ行ったりと、変な跳躍をしてばかりだ。

『とりあえずパスで良いわよ、志摩子さん。祐巳さん、恥ずいね、恥ずい』
『うん、分かった。えーと……恥ずいはセクハラ』
『セクハラは聖さま!』
『お姉さまはマイペース』

 志摩子さま、セクハラ=聖さまと言う連想はスルーですか。

『マイペースは由乃さん』
『私!? ちょっと祐巳さん、どういう意味!?』
『マイペースは由乃さん』
『いやだから、どうして私がマイペース……』
『マイペースは由乃さん』
『う……分かったわよ……えっと、私でしょ? とりあえずパス。なんか自分ってやり難いから』

 祐巳さまの色々な感情を込めて強固に主張した連想に、由乃さまが敗北した。
 なんだろう、祐巳さまも色々と溜め込んでいるのだろうか。気持ちは凄く分かるだけに、今度妹としてフォローして差し上げよう、と思う。

『そう? じゃあ、由乃さんは剣道』
『剣道は竹刀』
『竹刀は……あ! 竹刀は真っ直ぐ!』

 思いついたように由乃さまが力強く言い。
 そして志摩子さまが嬉しそうに続けた。

『真っ直ぐは乃梨子のおかっぱ頭!』
『おおー! 志摩子さん、おめでとうー!』
『やったじゃない、志摩子さん!』
『祐巳さん、由乃さん、ありがとう』

 盛り上がるビスケット扉を挟んでこちら側。
 乃梨子がぴっちり揃えた前髪を手で隠しながら、ちょっと涙目でぷるぷる震えている。
「おかっぱ頭、と来ましたか」
「それも真っ直ぐな、ですわ」
 菜々ちゃんと共に乃梨子にトドメを刺してから、瞳子はよいしょ、と立ち上がった。
 乃梨子のキーワードも確認できたので、そろそろ突入して止めるべきだろう。
 誰かが止めなければ、きっといつまでもあの三薔薇さまは、この脱力系連想ゲームを続けるに違いない。

『さよなら三角、また来て四角。四角は豆腐』
『豆腐は白い♪』
『白いは電灯!』
『電灯は光る』

 7回戦に入った室内へ突入するべく、瞳子は大きく息を吸い、ノブに手を掛けた。

『光るはかみなり♪』



 かみなりは瞳子の大激怒、だ。


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