【2986】 誰にも言えない現実  (朝生行幸 2009-07-20 20:19:30)


 今、内藤笙子は、藪の中に潜んでいた。
 リリアン女学園高等部、自身が所属する写真部の先輩にして、敬愛して止まない上級生でもある武嶋蔦子に出された課題をクリアするため、ターゲットである新婚姉妹、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳とその妹松平瞳子を、こっそりひっそり追跡中というワケだ。
 蔦子に従い、彼女の様々な技術を学び、また盗んでは来たが、やはり理論と実践の間には、埋めることの出来ない深い溝がある。
 特に、絶対相手に見付からないポイントを有効活用しつつ追跡する、なんてのは、こりゃもう経験あるのみだ。
 現在も彼女は、悪戦苦闘しながら、いちゃつく紅薔薇姉妹を追いかけているという状況だった。

 ガサ。
(しまった……!?)
 ターゲットを意識するあまり、周りが疎かとなり、スカートの裾が枝葉に引っ掛かって、大きな音を立ててしまった。
『だ、誰!?』
 祐巳が、妹を庇うようにして、誰何の声を上げる。
 祐巳の警戒心を含んだ視線は、明らかにこちらを向いていた。
(ダメ、何とかしてこの状況を凌がないと……)
 素直に出て行くか、煙に巻くか誤魔化すか。
 気分は数十秒だが、実際は一秒も経たずに下した決断は。

「く、くぴぷー」

『な〜んだ、ガっちゃんか……。私はまたてっきり、蔦子さんかと思っちゃった』
『蔦子さまなら、音を立てるようなヘマはなさりませんわ』
『それもそうだね』
 警戒を解いた二人は、そのまま元の様にいちゃつきながら、その場を立ち去った。

(はぁー助かった、なんとか誤魔化せた……。でも、まだまだ蔦子さまには及ばないなぁ)
 安堵の溜息を吐きつつ、藪から姿を現した笙子は、身体のあちこちにくっ付いた葉っぱを払い落としながら反省する。
(もっともっと経験を重ねて、少しでも蔦子さまに追いつかないと、ね)
 グっと握り拳を作って、決意を新たにした笙子は、再び紅薔薇姉妹を追いかけた。

「おーい祐巳さん。本当にそれでいいの〜?」

 可愛い後輩をこっそり尾けていた蔦子は、『ガっちゃん』であっさり誤魔化された友人の様子を目の当たりにして、笙子よりも祐巳のことを、半ば本気で心配してしまった。


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