【3007】 ひとり  (パレスチナ自治区 2009-07-29 15:46:10)


ごきげんよう。
性懲りもなく新シリーズ。
「雪美」がある程度落ち着き、「出雲」はなかなかまとまらず。
気分転換程度のつもりです。
このシリーズはシリアスといいますか、全体的に少し暗めで…
最後にはハッピーエンドになるようにしたいと思っています。

『……ちゃ…ん、いままで…こど…くだったわた…しに、ひかり…をあたえて…く…れてありがとう。……あ…なたとすごした…ごねんか…んとてもしあ…わせだった…わ』
『お母さん、そんなこと言わないで!お願いだから!!』
『ご…めん……ね、もっとあな…たと…いっしょに……いたか…た』
『だったらそんなこと言わないでってさっきから言ってるじゃない!!』
『……ちゃん、ありがとう。そ…して、ご…め………』
『お母さん!ねえ、お母さん!!どうしたの?!!何か言ってよ!!ねえ!!』
『………』
『……お…かあ…さ…。………あ、……ああ、……あああああ!!いやーーーーー!!!』

がばっ

「はぁはぁ……。夢か……」
最近、たった一人の家族だったお母さんが死んでしまってから、お母さんが臨終した時の出来事ばかりを夢で見るようになった。
毎晩、毎晩この夢。もう疲れてしまった…
はっきりいって、わたしもお母さんの後を追いたくてしょうがない。
しかし、自分で絶った命というものは必ず奈落へ落ちるとの事。
それはそうだろう。自分を「殺す」ということなのだから、神様が許してくれるはずがない。
わたしはあくまでお母さんのそばに行きたいのだ。それでは意味がない。
一人だったわたしを引き取り、5年もの間、わたしを育ててくれた、愛情を注いでくれた人なのだから、地獄に落ちるはずがない。
わたしに看取られながら、ただ静かに穏やかにひとしずくの涙とともに息を引き取ったお母さん。最後の最後までわたしに愛情を注いでくれた。
それを無駄にするわけにはいかない。
「……でも、また一人なのね、わたし…」

こうなったのはすべてわたしを産んだ親が悪いのだ…

まだ中学に上がる前、お母さんと出会う前。
まだわたしは産みの親を怨んではいなかった。孤児院の先生方からいつか迎えに来てくれるよと教えられていたから。
いつか金銭面で余裕が出来たら必ずわたしを迎えに来ると言い残して去って行ったらしい。
わたしは双子らしい。わたしが生まれたころ、実の両親は凄く貧乏で、とても二人の子供を育てる余裕が無かった。そこでわたしが犠牲になった。
双子ということでどちらが孤児院に預けられてもおかしくなかったが。

ある日わたしは、町をぶらぶらしていた。孤児院は古く、少し辛気臭かったので一日中いると気が滅入りそうだった。
経営も微妙で必死にやりくりしている先生方は毎日疲れ切っていた。
それでは最高の笑顔なんて出せるはずもなく、辛そうで、無理やり向けてくる彼女たちの笑顔はわたしを更に不幸にした。
この頃、お小遣いは2か月、あるいは3か月に一回しかもらえなかったので、買い物するつもりはなく、ただ適当にぶらぶらしていた。
気分転換のつもりだったが、幸せそうなカップルや家族連れ、友達同士であふれかえっている町は、わたしの孤独を呼び覚ましただけだった。

更に……

わたしは見てしまった。
わたしと同じ顔をした女の子が幸せそうに親と寄り添い合っているのを…
その女の子は、似たような顔をした男の子と母親を取り合っていた。
わたしは実の親たちの第一子、二子と聞いていた。
つまりあの男の子はあの女の子の弟で、つまりはわたしの弟でもあって……
彼らを見た時、あの人たちがわたしの家族だと確信していた。
母親もわたしと似ているところがあったから。
そして、もうひとつ確信したことがあった。それは…
実の両親に裏切られたということだ。
惨めだった。とても惨めだった。
今まではいつかお父さんとお母さんが迎えに来てくれると信じていた。
だからこそ孤児院での暮らしに、先生方の辛そうな笑顔に耐えてこられた。
でも…今、たった今それが崩れた。音を立てるように崩れ落ちた。
憎い!憎い!激しく憎い!!
弟が!!それ以上に両親が!!
一番憎かったのは……わたしの事など知らないで育ったであろう、あの女の子だった。
生まれた時点では、どちらがわたしの立場になるなど神にしかわからなかっただろう。
幸せそうな笑顔を見ているのがとても辛かった。
もう、誰も信じられない…そう思った。
絶望の帰り道、わたしは自分があの女の子を憎んだことが辛かった。あの子が悪いわけじゃないのに…そんなことを一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしくて、情けなくて…
孤児院に帰ったらなぜわたしが泣いているのか、先生方は真っ先に質問してくる。
それが嫌で、途中公園に寄った。もうすぐ夕方なので誰もいなかった。好都合だった。
声をあげて泣きたかったから…
夢中で泣いた。このまま体中の水分が抜けてしまえば、楽になれるだろうか。そう思って夢中で泣いた。
誰かが近寄ってくるのも気づかずに…

「お嬢ちゃん、どうして泣いているの?」

それが、お母さんとの出会いだった。
それから間もなく、わたしはお母さんに引き取られることになった。
お母さんの所に行ってすぐの頃は、何も信じられなくて、拒絶していた。
でもお母さんはそれでも根気強くわたしと向き合ってくれた。
わたしが拒絶するとお母さんは悲しそうな顔をした。
わたしを寝かしつけた後、どうすればわたしが心を開いてくれるのかと深夜遅くまで考えていた。
それも毎晩。
それからだんだんお母さんの悲しそうな顔を見るのが辛くなった。
もう無理だと思った。
この人を拒絶するなんて無理だと思った。
わたしがお母さんに謝って抱きついたとき、幸せを感じた。生まれて初めて幸せを感じた。泣きながらも嬉しそうにわたしを抱きしめ頬ずりしてくる。
この人なら、お母さんなら信じることができると心の底からそう思った。
わたしに愛情を注いでくれた初めての人だったから…

お母さんと買い物したり、旅行したり、料理をしたり、他にもたくさんいろんなことを一緒にした。
今までになく最高の時間が流れて行った。
わたしはお母さんの言いつけはすべて守った。
唯一つ反発したものといえば、「リリアン女学園」に入ることだ。
お母さんが卒業した学校、「リリアン女学園」。
それだけなら断る理由など存在しなかったが、この学校は「母親」が出た学校でもあるのだ。あの女が踏み入ったところなんて絶対に入りたくなかった。
ただこの反発は、わたしを一生後悔させることになるのだが…

しかし、この幸せは長くなかった。
お母さんが肝臓がんを患っていたからだ。
わたしを引き取る前のお母さんは、好きだった人に裏切られ、酒におぼれた生活を送っていた。
わたしと出会う数年前には立ち直っていたのだが、既に病魔は確実にお母さんとこの幸せな生活を蝕んでいた。
そして、わたしが高校生になった今年、ついに力尽きた。

また、一人になってしまった。
ただ、お母さんを怨むことはできなかった。
お母さんはわたしにかけがえのない時間を与えてくれたから…

わたしはふとお母さんの思いでを辿ってみたくなった。
もう少しだけ、お母さんと一緒にいたかった。
だから、わたしはわたし自らの禁を犯すことにした。

最近、学園祭で賑わいを見せていた「リリアン女学園」。
その行事も終わり、再び静かな生活を取り戻している。
そんな時期にわたしは、この学園に転入する。

わたしのクラスメイト達はざわついている。
無理もないと思う。こんな時期に転入生なんて…

「それでは、今日から私たちとともに勉強する、新しい仲間を紹介するわね。さあ、自己紹介をなさって」
新しい仲間ねぇ…わたしはそんなつもりはない。この今まで苦しみや悲しみとは無縁そうな連中となれ合うつもりはない。まあいいや…
「ごきげんよう、わたしは松原祐沙です。よろしく…」
仲良くするつもりなんてないからこんな程度でいいだろう。
「え?ええっと祐沙さん、他には何かないの?」
一番手前の姫カットの女の子が訊いてくる。
「他に何があるの?名前だけで十分でしょう?」

ざわっ
わたしの一言にクラス中でざわめきが起こる。
「何あの人、あんな言い方…」とか、「麗華さんが優しく訊いたのに、返事がきつすぎるわ」とか、「わたくし、あの人とは仲良くなれそうにありません」とか。
『仲良くなれそうにない』ねえ…ふん。わたしだって仲良くするつもりなんてないわよ。
だから、そう言った子の前をわざと通り過ぎて、
「よかったわ、わたしだってあんたと仲良くするつもりなんてないからさ。まあ所詮お嬢様も人間ってことよねえ?」
って睨みつけながら言ってやった。
ふふふ、何こいつ、人に聞こえるようにあんなひどいこと言っておいて、自分が同じこと言われたら怯えてやがる。馬鹿みたい。
まあいいや。わたしはここに学生だった頃のお母さんに会いに来たんだから、いけすかないクラスメイトとのなれ合いなんて必要ない。

放課後、ホームルームと掃除をさぼり、学校のなかをぶらぶらしていた。
朝、一応お祈りをしたマリア像の近くまで来た。
そこで見たものは、お下げ髪の子がボーイッシュカットの子にネックレス(あとで聞いた話だがロザリオというそうだ)を渡している(返している)光景だった。

このあと、これが原因でひと騒動起こることになる。

あとがき
このシリーズの設定は、祐巳ちゃんに双子の妹がいたら…彼女らが生まれた時、両親がとても貧乏だったら…数年経って両親が孤児院に預けた主人公の事を忘れてしまっていたら…というありえないifの世界です。
別に福沢さんちが嫌いなわけではないです。
自治区初の原作の時間軸。うまく出来たらいいなと思っています。
原作は「黄薔薇革命」と「レイニーブルー」が好きです。
あのまま、寄りが戻らなかったらどうなっていたんでしょうね?

※2009年8月8日、文字の色を変えました。


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