幻想曲シリーズ
※注意事項※
登場人物が天に召される描写があります。
パラレルワールドを題材にしています。
連載で【No:2956】→【No:2961】→【No:2964】→【No:2975】→【No:2981】→【No:2982】→【No:2996】→【これ】→【No:3013】→【No:3015】→【No:3020】(完結)になります。
以上を踏まえて、お読みください。
夕食はドルチェが有名なイタリアンレストランだった。
「家でお母さんの手料理でも」と提案したのだが、「それは明日ね」とまた強引に連れてこられて、である。
最後のデザートは早くもクリスマスを思わせるケーキだった。もう、そんな季節なんだ。
「お父さんも叔父さんもフラフラだから、タクシー呼ぶって言ってる」
店の外で星空を見ながら夜風に当たっていると令ちゃんが出てきてそう言った。
「大人の皆さんは、毎晩、はしゃぎすぎだよね」
由乃がこちらの世界に来てから3日連続でお食事会である。
お父さんの肝臓とメタボなお腹が本当に心配になる。
「由乃がいてくれるから、嬉しいんだよ」
令ちゃんが笑う。
「伯父さんがはしゃいでるのは令ちゃんが学校に通うようになったからだよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
学校に通うのは由乃がこっちにいる間だけなんて言わせない。令ちゃんにはこのまま頑張ってもらって次の選挙に出て黄薔薇さまになってほしい。
「……ねえ、電車で帰ろうよ」
どうせ支倉家、島津家の計6名は1台のタクシーには乗りきれないし、今日は一緒に帰らなかったし。由乃は令ちゃんのジャケットの袖を引っ張って言った。
「うん。そうだね。じゃあ、そう言ってくる」
令ちゃんが中に入っていく。
ちらりと時計を見る。この時間ならいつも見てるドラマの時間に間に合うな、こっちでも全くおんなじ内容をやっていてくれててラッキー。ぼんやりとそんな事を考えていると令ちゃんが戻ってきてOKと合図をする。
行こう、って。
歩き始めた令ちゃんの背中をちょっとだけ見送って、由乃は小走りで令ちゃんに追いついて手をつなぐ。
並んで歩ける幸せは、それがかけがえのない事だと知っているからこそ。
他愛ない瞬間だけど、この時の事をいい思い出として思い出せるように、由乃は優しく微笑んだ。
その翌日。
この日の過ごし方で残りの3日間が決まると言ってもいい。
由乃は気合を入れて登校し、朝、日出実ちゃんに声をかけた。
「リリアンかわら版の号外は出来た?」
「今日印刷の予定よ」
予想どおりである。
「じゃあ、申し訳ないんだけど、それを止めて明日号外が出せないようにしてちょうだい」
「ええっ!?」
日出実ちゃんは叫び声をあげる。
「あれ、出されると作戦が狂うのよ。明日出せなければなんでもいいわ。プリンタの電源落としたり、わざと紙を挟んだりして、とにかく間に合わせないようにして」
日出実ちゃんは無言で首を横に振る。
「そうね。確かに今なら全部聞かなかった事にして何もしないっていう手もあるでしょうね。でも、私はこっちの世界を変えるためにこっちにきたの。土曜日にはいろいろな事が起こるでしょうけれど、あなた一人だけそれに乗り遅れて、お姉さまのいない学園生活を送る事になってもいいのかしら?」
「別に私はお姉さまを作るために入部したんじゃないわ」
胡散臭いものでも見るように日出実ちゃんは睨んでくる。
「じゃあ、聞くけど、真美さんの事はどう思ってるの?」
「な、何を唐突に!?」
「ねえ、日出実ちゃんは真美さんの姉妹になりたいとは思わない?」
由乃は日出実ちゃんの肩を抱くと耳元でささやいた。
「真美さまの?」
「私はね、『島津由乃が死ななかった』パラレルワールドから来たの。死んだ人間が生き返るだなんておかしいでしょう? そういう事なの。信じられないでしょうけど。で、向こうの世界ではあなた、真美さんの妹なの。あなたがどうやって真美さんの妹になったか、私は知っている。私についてくればそう悪い事にはならないから」
「え、え、え〜」
驚いた表情で唸り声なのか驚きの声なのか微妙な声を出す。
「それに、あの号外を出して恥をかくのは真美さんよ。真美さんの事嫌いじゃないなら真美さんのためを思って止めるべきよ」
日出実ちゃんは悩んでいるようだった。
「あの、あの号外の何が問題なんですか?」
「私が支倉令さまの妹である事を書かれたかわら版が明日の全校集会前に出るのが問題なのよ。だって、あのロザリオ、明日の放課後には私の首には掛かっていないと思うもの。あ、そうだ。私が『黄薔薇革命』の島津由乃だって事、忘れてるんじゃないでしょうね?」
由乃は意味ありげに微笑んだ。
「よ、由乃さん……また」
「まあ、とにかく号外はどんな手段を使ってもいいから止めて」
そう言うと日出実ちゃんを解放し由乃は背を向けて歩き始めた。
日出実ちゃんが走っていく足音がした。
計算通りであれば、昼には事が動くはず。
それまでに次を片付けよう。
教室に行くと笙子ちゃんに声をかけられた。
「由乃さん、昨日は掃除しないでどうしちゃったの? 心配したのよ」
サボり、とすぐに言わないのがリリアンの生徒。笙子ちゃんも例外ではない。
「ごめんなさい。急用が出来てしまって。笙子ちゃんには言っておくべきだったわ」
しおらしく謝って、その場はやり過ごす。
授業を受け、笙子ちゃんのご機嫌がよろしいあたりで切り出す。
「笙子ちゃん。2人で話があるんだけど、いい?」
そう言って非常階段のところまで引っ張っていく。
「土曜日の午後に高等部の全校集会があるのは知ってる?」
「ええ。聞いているけど」
「そこで、祐巳さんの身に何かが起こるらしいの」
ふうん、と笙子ちゃんは気のない相槌を打つ。
「でね、詳しく知っているわけじゃないんだけど、武嶋蔦子さんがどうやら1枚かんでるらしいのよ」
「えっ」
笙子ちゃんが驚く。
「私、祐巳さんの事を思って、蔦子さんの動きを止めようと思って。でも、1人じゃどうにもならないから、力を貸してくれる人がほしいんだけど」
嘘は言ってない。ちょっといろいろと言葉が足りないだけ。いろいろ、の部分が肝心なのだけど。
笙子ちゃんを上目遣いで見つめる。
「つ、蔦子さまを……」
「笙子ちゃんなら出来ると思うの。私が合図するから、止めましょう」
由乃は笙子ちゃんの手を取って言う。
「で、でも……」
笙子ちゃんは目を白黒させている。
「2本目の紅薔薇と私は友達で、蔦子さんとも私は友達で。だから、私はやらなきゃいけないの。でも、今頼りに出来るのは笙子ちゃんくらいしかいなくて……」
「……」
笙子ちゃんはうつむいて考えている。
「ごめんなさい。やっぱりこんなこと言われても困るわよね。いいわ。忘れてちょうだい」
手を離すと由乃は非常階段に笙子ちゃんを残して教室に戻る。
「待って、由乃さん」
追ってきた笙子ちゃんに声を掛けられてから、ちょっと間を開けて振り返る。
「私、やらないとは言ってないわ」
笙子ちゃんが言う。
「やってくれるの?」
由乃が確認すると笙子ちゃんはうなずいた。
「ありがとう。嬉しい」
もう一度笙子ちゃんの手を取って教室に戻った。
順調。順調。
昼休み、お弁当を持って薔薇の館に行こうとすると真美さんに捕まった。
「ちょっと来てもらうわ」
由乃は引っ張られてクラブハウスの新聞部の部室に連れ込まれる。
「何よ」
「何よ、じゃないわよ。号外を止めろ、って言いだすわ。日出実ちゃんを使って実力行使にでようとするわ」
真美さんは不機嫌そうな顔で仁王立ちしてそう言う。
他の部員たちもいるのだが、壁際に張り付いて恐る恐る様子を窺うように見ているだけで積極的に2人の間に入ってくるような者はいない。
「大きな声ね。隣の蔦子さんに聞こえるわよ」
「プリンターが動いているから多少は平気よ」
真美さんがプリンターを指して言った。
なるほど。これだけの音がしていれば多少は大丈夫だろう。
「真美さん、私は号外は止めた方がいいとは思ってるけど、それだけが目的じゃないわ」
「何かあるわけ?」
「真美さんと、二人きりでお話がしたかったのよ」
壁際にいる部員たちを真美さんはちらりと見た。そして、ちょっと考えたのち、その部員たちを外に出した。
「二人きりで、って、何の話?」
「土曜日の高等部の全校集会、祐巳さんに関してドッキリが仕掛けられるのは知ってるわね」
「ええ」
真美さんは顔色一つ変えない。
「でも、それは私に対して言っているだけで、実際の狙いは私。仕掛け人は山百合会全員、プラス瞳子ちゃん、可南子ちゃん、蔦子さん、真美さん、それに令ちゃんもってところかしら?」
真美さんはピクリと眉を動かした。
「私は月曜日の放課後ぐらいには向こうの、パラレルワールドに戻らなくてはならない。その事は何度も言った。でも、パラレルワールドを信じる信じないは別にして、みんなは由乃の意思で戻るのであれば、それを翻意させようと思っている」
由乃は続ける。
「そこで翻意させるためのイベントが仕組まれた。祐巳さんが幸か不幸か姉妹別れしていたのを利用して、祐巳さんのためと言って私を動かして、そこをうまく利用してしかけてくる。祐巳さんたちの件は実はそんなに深刻じゃない。いや、ひょっとしたら祥子さま、瞳子ちゃん、真美さんがグルになって祐巳さんにしかけているんじゃない?」
真美さんは黙って聞いていたが、静かに言った。
「それで? それで、そうだとして、由乃さんは何をしようとしているの?」
由乃はにやりと笑いながらこう言った。
「紅薔薇さま、2本目の紅薔薇にドッキリをしかける。驚くでしょうね。自分達がひっかけようという相手にだまし討ちにされるなんて」
「それだけじゃないでしょう?」
さすが、真美さんは分かっている。わかっていてその先をしっかり由乃の口から言わせようというのだ。
「ええ。真美さんにはこっちについてもらおうと思ってね」
それを聞くと真美さんは、フッと笑った。
「何を言ってるのよ、由乃さん。無理無理。相手はあの紅薔薇さま姉妹だよ? 仮に私が由乃さんについたところで変わらないでしょう? やめておいたら?」
カチーン!
「無理」だの「やめておいたら」だのという言葉は由乃にとってはむしろ青信号。こっちの真美さんは付き合いが浅い分だけわかってないのだ。
「何を、無理じゃないわ! だいたい、真美さんは自分たちの都合で山百合会の予算使って全校集会開いちゃうような薔薇さま達を許すわけ? いつから新聞部は山百合会広報部になったのよ? 祐巳さんたちとなあなあの関係になって適当に出された情報を尻尾振ってホイホイとリリアンかわら版に載せれば記事には事欠かないでしょうけど、それがジャーナリズムってやつなのっ!」
「な、なんですって!?」
「いい事言うじゃない」
ふいに後ろから声がして振り向くと築山三奈子さまが立っていた。
「お姉さま!」
「真美、今回はあなたの負けよ。私たち新聞部は何のために存在しているの? 何のために毎週リリアンかわら版を出しているの?」
ずん、と部屋の中央に進み出て三奈子さまが言う。
「お言葉ですが、読者の皆さんは山百合会幹部の情報を望んでいます。ある程度うまく付き合って、より多くの情報を引き出すことだって、必要な事なんです」
真美さんは冷静に反論する。
「あなた、祐巳さんと同じクラスになってからいいように取り込まれたわね。今のあなたのやってる事は山百合会報道官の仕事であって、リリアン女学園高等部の新聞部の仕事じゃないわ。一般生徒のためを思うなら、薔薇さま方がどんな事をしているのか常に見極めて、間違った時は間違ってるって書くのがジャーナリズムでしょう?」
これが本当にあの築山三奈子さまなのかっ!?
由乃が死んで影響が全くないと思っていたのに、こんなところに影響が出てるのかっ!?
由乃はびっくりして口をはさむ事が出来なかった。
「そ、そうですが……」
「友達だからって、書かなきゃいけない事は書くのがあなたの立場よ。情に流されて記事が書けないようなら、新聞部なんてやめなさい」
「いいえ、お姉さま。私は友達だからこそ、祐巳さんたちが間違っている時は間違っているっていう記事を書きます! 今回だって、情勢を見極めてあくまで中立の立場としていろいろと──」
「じゃあ、中立の立場で由乃さんに乗っても問題ないじゃない。『潜入ルポ、山百合事変・黄薔薇の乱の舞台裏』でネタのないこの時期を乗り切れるのよっ!」
とどのつまりがそれか。
一瞬でも、不覚にも、湧きあがった由乃の感動を返せ!
「そうですね。由乃さんの記事も載せやすくなりますしね」
真美さんも、転んでもただでは起きない性格であった。
その後、由乃は祥子さま達には内緒という条件で、計画の仔細を白状させられた。
しかし、三奈子さまと真美さんが向こうの計画にも何もしないで中立の立場でいる事と号外の中止を約束してくれたのだから、一定の成果と思う事にする。
放課後。
由乃は掃除の後、由乃は中等部の校舎に寄って、その後薔薇の館に向かった。
「ごきげんよう」
「由乃、遅かったけど何かあったの?」
令ちゃんが聞いてくる。
「ちょっとね」
「さあ、明日の準備にとりかかりましょう」
祥子さまの号令で講堂に向かう。
明日の全校集会は講堂で行われる。
卒業式などの高等部の生徒以外に来賓を迎える行事は第1体育館だが、それ以外の始業式とか選挙の立会演説会などは講堂が使われる。椅子が備え付けてあり、準備といっても放送機材の確認とかで簡単に済んでしまう。それすら放送部の担当で、こちらがやるべきことはない。
祥子さまがざっと明日の流れを説明する。
『冬季の生活の諸注意』という内容で、冬はすぐに暗くなるから防犯ブザーを持って歩くようになんてありきたりなものだったが、実際に防犯ブザーを鳴らしたところその音が思いの外大きくてちょっと驚いてしまった。
「……と、まあ、こんな感じかしら?」
実演してみて不都合はない。
特に何もないという事で黄薔薇姉妹は解放された。
「令ちゃん、のど乾いたから、ミルクホールにいこうよ。りんごジュースがいい」
「うん。いいよ。行こうか」
カバンとコートを持ってミルクホールに移動する。
中途半端な時間なので人はあまりいない。
ジュースを飲んでいると「由乃」と呼ばれた。
「何?」
令ちゃんが微笑みながら由乃の顔を見ている。
「日曜日は、まだいてくれるんだよね?」
「うん」
「日曜日は、何をしたい?」
「うーん、日曜日ね。どうしようかな?」
7日間、学校だけじゃないのは理解していても、そうやって改まって聞かれるまで思い当たらなかった。充実していたっていうよりは、パラレルワールドの違いに驚きっぱなしでそんな暇なかったから。
「2人で行きたいところはある? やりたい事でもいいし」
「令ちゃんは、何かある?」
由乃は逆に聞く。
「いっぱいありすぎて、決められなくて」
そう言って笑う。由乃も実はいっぱいあるのだが、どうせなら2人でないと出来ない事をしたい。
「剣道は? 向こうで剣道始めて、最近、竹刀を持って防具も付けて練習に出てるんだよ」
「剣道? 由乃は剣道がいいの?」
令ちゃんはちょっと嫌そうに言う。
竹刀でパシンパシンと叩きあうのが楽しいというのはある程度実力があっての話。由乃は残念ながら半年ほど前に初めて剣道の世界の門を叩いた超初心者。それに引き換え令ちゃんは引きこもっていてブランクがあっても江利子さまをKO出来る二段の腕前。一方的に殴られるか、手加減してもらうかで、それはきっと楽しくないだろう。
「うーん。やっぱりやめとく」
「それがいいよ」
ほっとしたように令ちゃんが言う。
「思いつかないから、じっくり考えていい?」
「いいよ」
令ちゃんは嬉しそうに笑った。
マリア様に手を合わせて、銀杏並木を歩いていると向こうから見た事のある人と見た事のある人の奇妙な組み合わせを見た。
乃梨子ちゃんと、志摩子さんのお姉さまでリリアン女子大に通う佐藤聖さまである。
「あっ、由乃ちゃん! 令も」
聖さまは珍しいものを見たかのように頭の先からつま先まで視線を送る。
「お久しぶりです」
「ごきげんよう」
令ちゃんと二人で由乃は挨拶した。
「江利子の言う通り、もの凄く元気そうだね」
笑顔で聖さまが言う。
「ええ。ご覧のとおりの健康体で闊歩してます。残念ながら期間限定ですけどね」
サービスしてぐるりと回って見せる。
「聖さまも相変わらずというか、何というか」
一方の聖さまは、というと、乃梨子ちゃんを後ろから抱えて、猫でも撫でまわすかのように乃梨子ちゃんのおかっぱ頭を撫でていたのだった。
乃梨子ちゃんはひたすら耐えている。
「ん? ちょっとした孫とのスキンシップよ」
聖さまが手を緩めると素早く乃梨子ちゃんが脱出する。
「志摩子さんは?」
「ちょっと、雑務が残ってまして薔薇の館です。私は大学の購買部にお使いに行ったら……はーっ」
由乃の問いに乃梨子ちゃんがため息をついて答えた。
「聖さまと遭遇しちゃったのね」
「はい」
聖さまはそんな言い方をされてもへっちゃらで、ニヤニヤしている。
志摩子さんには手を出さないくせに、乃梨子ちゃんには平気なんだ。何をやってるんだか。
「聖さま、ご迷惑とご心配をおかけしました」
令ちゃんが丁寧に詫びる。
聖さまも令ちゃんが引きこもっている間に来てくれたみたいだ。
「いや。元気そうでなにより。江利子もほっとしてた」
片手をあげて聖さまはそれに答える。
「蓉子も会いたがっていたよ。由乃ちゃん、期間限定って事はどこか行っちゃうの?」
聖さまはさらりと言ったキーワードでも絶対に逃さない。
「パラレルワールドから1週間ほどこちらに出張中で、月曜日には帰るんです。あ、そうだ」
由乃はひらめいた。
「聖さま、明日はお暇ですか?」
「え?」
「お暇があったら、お昼頃に蓉子さまも誘って高等部に遊びにいらしてくださいよ」
「ん? ああ、蓉子には言っておくよ」
意味ありげに聖さまはそう答えた。
なんだろう。
急に申し出た事だから、用事があるのかもしれない。
「では、お待ちしてます。また明日。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
聖さまと乃梨子ちゃんに見送られて由乃は令ちゃんと手をつないで帰った。
電話をかけた後の夕食は、久しぶりにお母さんの肉じゃがだった。
御馳走もいいけど、こういうのも、なんていうか、いいものである。
向こうの世界ではちょくちょく食べてるけど、こっちの世界じゃあと何回お母さんの手料理を食べられるのか。
それを考えるとお食事会なんてもったいないと思うのだが、月曜日には帰ってしまうので、日曜日には盛大なお別れ会をやると言われてしまった。
お父さんがタヌキを通り越してブタになってしまいそうである。
クリーニング店から向こうの世界から着てきた制服が返ってきていた。向こうの世界から履いてきた上履きも綺麗になってそこにある。
由乃は首にかかっていたダークグリーンの石のついたロザリオを外すと向こうの世界の制服のポケットにしまった。
そして、昨日買った「勇者の剣」の包みを開ける。
中から出てきたのはダークグリーンの石のついたロザリオ。
向こうの世界から持ってきた、そして令ちゃんがかけてくれたのと全く同じデザインのロザリオである。
由乃はそれをこっちの世界の制服のポケットに入れた。
これですべての準備が終わった。
朝が来た。
こっちの世界の制服を着て、朝食を食べ、令ちゃんと登校する。
「ごきげんよう。蔦子さん」
初冬の早朝という寒い中カメラを片手に登校風景を撮る蔦子さんに声をかける。
「蔦子さん、今日、高等部の全校集会が終わったら、記念撮影をしてほしいのだけど、いいかしら?」
「ええ。もちろん」
蔦子さんはにっこりと笑う。
「じゃあ、マリア像の前でね」
約束して教室で普通に授業を受ける。
授業が終わって、講堂に向かう。
普通なら1年菊組の列に入るのだが、祥子さまに言われた通り瞳子ちゃんの側にくっついている。
同じ椿組の乃梨子ちゃんをわざわざ壇の下に呼んで、由乃をここに配置する不自然さ。
祥子さまは本気で由乃が気づかないとでも思ったのだろうか。
それとも、これも祥子さまの策略なのだろうか。
由乃はどっちでもいいと思った。
だって、青信号は綺麗に点いてしまっているのだから、もう計画をやめる気なんてさらさらない。
先手必勝。
由乃はしかけた。
「ちょっと待ったーっ!!」
由乃の叫び声が講堂に響き渡った。
続く【No:3013】