【3019】 男の気配がしない警部補 水野蓉子  (ピヨ吉 2009-08-09 01:33:59)


―――とある秋の日の午後。
学園祭も終わり、リリアン女学園高等部はまったりした秋の空気が漂っているようだ。


「とは言っても、差し迫った問題もあるのよねぇ」
「う〜〜ん」
「・・・・・」


場所は薔薇の館。
集うは薔薇の蕾である三人の乙女。
島津由乃、福沢祐巳、二条乃梨子の三人がテーブルを囲みながら顔を突き合わせていた。


「下級生と親しくなる切欠が多い学園祭も終わっちゃったしさ」
「そうだよね〜」
「・・・・・」

「剣道の練習試合までに何とかしないといけないし」
「あんまり残って、ないもんね」
「・・・・・」

「どこかに手頃なイイ娘いないかしら」
「イイコはいね〜か〜♪イチゴはうま〜か〜♪」
「・・・・・」

「何よ祐巳さん。“悪い子はいねぇか”のノリで言わないで真剣に考えてよね!」
「その“ノリ”は乃梨子ちゃんの“ノリ”とかけてる?」
「・・・・・」

「かけてない!ていうか、さっきから無視するなっ!そこの一年!!」
「それ、美味しいよね♪」
「・・・・・」


至って真面目な話題を展開しようとしていたはずだが、ご覧の惨状である。



一名は完全無視。

というか、昼休みが始まってすぐに購買で買ったイチゴミルクを飲んでいて会話に参加していない。
先程の幸せな思い出に浸りながら、さっき新たに自分の好物の1つに追加されたイチゴミルクを飲みながら、先輩二人の話を聞いており「自分にはまだまだ先の話ですから」的に全自動で受け流していただけだ。
余談ではあるが、薔薇の館でイチゴミルクを取り出した瞬間に「それ、私も好きなんだ♪」と言ったお姉さまの親友である先輩に手を握られ、一緒にくるくる回るダンスを強制的にやらされた。
ちょっぴり嬉しかったが顔には出さなかった。
もちろん、お姉さまにも先輩のお姉さまにも知られては大変だから。
大切な思い出だし、二人だけの秘密にしておこうと心に決めた。
二条乃梨子、まだまだ命は惜しいのだ。



もう一名は天然狸娘。

親友の切実な悩みに大いに共感する部分があるものの、いかんせん今日は話に集中できないでいる。
隣でイチゴミルクを飲む後輩にどうしても意識がいってしまうのだ。
イチゴミルク。アレは、マジで美味しいのだ!
それを普段仏頂面の後輩が持っていたので思わず、手と手を取って踊ってしまった。
先輩の行動としては如何なものかと一瞬頭によぎったが
「もともと威厳なんて自分には似合わないし、親友の妹は自分にとっても可愛い後輩であるからして、素直に喜びを分かち合おう」
という、独自の理論展開によって看破された。
始めは後輩もイチゴミルクが気に入ったか感想を聞こうと思い注意を向けていたが、黙々と飲み続けるのを見ているうちに「私も一口欲しいなぁ」と思うようになり、今現在はその旨を視線にのせて強烈にアピールしている最中である。
なお、同時に頭の中で「もし一口もくれなかったら、その味が残っているであろう唇を奪ってやろうか」などという、大変危険な会議が開催されていた。
福沢祐巳、甘いものは譲れないのだ。



最後の一名は猪突猛進。

体育祭の時にしてしまった約束を何としても、何としてでも達成したい。そこにはプライドや何やら色々しがらみもあるけれど、純粋に妹が欲しいというのも一応はある。
一応は。
真剣に考え、真剣に悩みを分かち合い、真剣に相談しあう、そんな場面。
しかし自分の仲間である親友と、もう一人の親友の妹である少女は何やら自分達の世界にそれぞれが浸っている。
その理由はわかっているというか、その場面に自分もいたのだ。
何だか視線がイチゴミルクから後輩の唇へと移行しつつある親友と、表面上は無表情だがどことなく嬉しそうなオーラを発して自分を無視している後輩。
「お姉さまにバラしてやろうかしら?」そう呟くまでのカウントダウンはすでに開始されている。
それはそれで面白そうだ。
島津由乃、将来の妹より目先の娯楽が好きなのだ。




「そうですね、何か今までにない新しい事でも始めてみてはどうでしょうか」

イチゴミルクを飲み終え、渋々といった感じで乃梨子が提案する。
( 祐巳は何か落胆したようだが、一瞬怪しい光が目にやどる。 )

「「新しい事?」」

二重奏で答える二年生コンビ。
せっかく可愛い後輩が話題にのってきてくれたのだ、お姉さん達としては大いに喜ばしいことである。
( 祐巳はゆっくりと体を乃梨子のいる方へと向けていく。 )

「はい、例えば趣味とか」
「趣味、ねぇ〜」
「しゅみ、ね〜〜」

後輩の提案に、何かいいものはないかと思考を巡らす二人。
( 祐巳は何か機会を伺う様にゆっくりと気配を断つ。 )

「それを切欠に一年生と話が出来たりするかもしれませんし」
「なるほどねぇ〜。う〜〜ん、趣味かぁ〜」
「・・・・・ッ!(今だっ!)」

「同じ趣味なら話も弾む・・・って、うわぉ!!!」
「・・・・・」
「くっ!ミスった・・・」

「いきなり何するんですか、祐巳さま」
「どうしたの祐巳さん、飛び掛ったりして。一年生のクセに生意気なのはわかるけどさ」
「イチゴ、ミルクの、味の残ったその唇を」

「えっ」
「いや、それセクハラだし。てか何トキメイてんのよ、ガチな白薔薇一族末っ子」
「イチゴ、はぁはぁ」

「・・・・・」(っぽ)
「それもう、ただの変態だから。お前ら、キモイからヤメロ」
「ヨシノンも、はぁはぁ」


―――スタスタスタ。   ゴンッ!!

「あぐぅ」


―――スタスタスタ。   ゴンッ!!

「っっぐ!」


「いたいよ〜由乃さん」
「何するんですか、いきなり」
「調子に乗るなよ」

「うぐぅ」
「・・・・・萌ぇ」
「ふ〜ん・・・」


―――スタスタスタ。   ゴンッ!!

―――スタスタスタ。   ゴンッ!!


その後、泣き出した祐巳の機嫌を直すために後程イチゴミルクを購入すると約束するのに5分、祥子さまに言いつけると言う乃梨子を祐巳のスク水写真(蔦子撮影非公開ver)で買収するのに2分かかった。




「セクハラで思い出したんだけどさ」
「何ですかいきなり」
「違うもん。セクハラじゃなくてね、イチゴミルクの、味を」

「この前読んだ漫画なんだけどさ、登場人物が先代の薔薇様たちに何か似てんのよね」
「話が飛びますね。どんな漫画なんですか?」
「あの、私の話、聞いてる?」

「なんかどこかの都市でドンパチやったりする話なんだけどさ」
「物騒な話ですね」
「えっと、私のこと、きらいかな」

「主人公はいつも発情しているような奴でね、でもどこか影を持っていてさ。実はずっと孤独な世界で生きてきた暗く悲しい過去を持っているのよね。先代で言うと・・・」
「・・・・・」
「わかった!!聖さまだ♪」

「正解よ、祐巳さん。10ポイント獲得☆」
「ていうか聞いてたんですね、祐巳さま。あと、ポイントって何ですか?」
「えへへ〜、やった〜♪」

「100ポイント貯まると令ちゃんのケーキと交換できるのよ」
「いつ、そんなルールできたんですか」
「由乃さん!!私、頑張るね!!」

「じゃあ次ね。その主人公にはライバルがいるのよ。そいつは昔から主人公と知り合いみたいなんだけど、ちょっと変な頭でね、スキンヘッドでピカピカなのよ。さて先代では」
「・・・・・(ん?)」
「ん〜〜〜っ、江利子さま、かなぁ」

「正解よ、祐巳さん。10ポイント獲得☆」
「・・・・・(いやいや気のせいだよね)」
「やった!!由乃さん、次の問題、早く!!」

「OK祐巳さん。主人公やライバルはよく問題を起こすのよ。特に主人公が酷くてね。で、それを取り締まったり、二人が無茶苦茶しないように目を見張っているの女刑事がいるの。その」
「・・・(え?え?)」
「わかった、蓉子さまだ!!」

「正解よ、祐巳さん。けど先に二人の薔薇様が出たあとだから今のは無しね。」
「えへ〜バレた〜」
「あの、由乃さま。その女刑事ってどんな感じなんですか」

「何、乃梨子ちゃん興味あんの?まぁいいわ。その女刑事は黒髪のショートボブヘアでいかにもキッチリしてます、男なんかには負けませんって感じでさ、まさに蓉子さまみたいな人よ」
「へ〜蓉子さまみたいな婦警さんか〜。カッコよさそうだね〜〜」
「・・・(もしかして、いや、でも)」


考え込む乃梨子をよそに、


「その婦警さん、やっぱりモテモテなのかなぁ」
「確かに格好いいんだけどさ、凄すぎて男が近づけないって感じ?」
「そうなんだ。でも見てみたいなぁ、蓉子さまの婦警さん姿」
「今度祐巳さんも読んでみたら」
「うん、蓉子さまに似てる人が出てくるならお姉さまにも教えてあげようかな」
「でも結構ハードボイルドよ」


なんて会話を繰り広げている祐巳と由乃。




「あの、由乃さま」
「ん?何」
「その漫画のタイトルって覚えてますか?」
「タイトル?覚えてるわよ」





「タイトルは “ CITY HU●TER ”っていうの」





「え?由乃さん、その漫画、街を狩るの?」
「まっさか〜」

祐巳と由乃ののんきな声を聞きながら、リリアンの掲示板に「XYZ」が流行らなければいいなぁ、と乃梨子は思った。
その為にはとりあえず、今の会話を新聞部に聞かれたり、薔薇の館の中で例の漫画が流行るのを阻止する方法を乃梨子は考えなければならいだろうが。




続かない


一つ戻る   一つ進む