【3023】 誰も彼も  (パレスチナ自治区 2009-08-12 04:10:53)


ごきげんよう。【No:3016】の続きです。

もうすぐ期末試験が始まる。
わたしは別に気にはしていない。
難しいとされている編入試験をパスしてこの学校に入ったわたしはそれなりに学力には自信がある。
テストでいい点を取るとお母さんが目いっぱい褒めてくれるのが嬉しくて、勉強はかなり頑張った。
どうしたらより理解できるかを重点に置き、ひたすら試行錯誤して身につけた勉強法が今も生きているので、期末試験が迫っているなんて理由で焦ったりはしない。

どの学校でも期末試験の時期はみんな焦って勉強している。
このリリアンという純粋無垢の天使たちが通う女学校も例外ではない。
苦手科目で躓き泣き出してしまいそうな子、一心不乱で参考書と睨めっこしている子、友達と問題を出し合い正解したり間違えたりして一喜一憂している子。
様々な光景を目にすることができる。
もうすっかり『黄薔薇革命』は過去のものになり、話題にも上らなくなった。

そんなリリアン女学園でまたひそかに一つの噂が広まっていた。

「ふぅ…みんな目が血走ってるわね。そこまでしたら逆におかしくなっちゃいそう…」
授業で取ったノートを見ながらクラスメイトを眺めてみる。
きっと寝不足なのだろう。髪の毛がボサボサの子もいる。
身だしなみを整える余裕もないのか…
「祐沙さ〜ん…助けてください〜」
「…?どうしたの?」
恋歌さんが今までに聞いたこともないような情けない声を出している。
いつもより弱っている恋歌さんは新鮮だ。…不謹慎か。
「数学のこの公式が全然さっぱり理解できないのです…」
「…はあ。どれどれ…」
ああ、確かにややこしい奴だ。
「これはさ…」
恋歌さんは怖いくらいに真剣なまなざしで参考書を睨み、わたしの話を聞いている。
いつも敵わない彼女にこうして勉強を教えるのはなかなか楽しい。

「ありがとうございます。助かりました」
「いいえ。わたしも復習になってよかったもの」
「ふふふ…」
「へへへ…」
恋歌さんと出会っていなかったら今頃わたしはどうなっていたんだろう…
そういえば彼女はいつもわたしにつきっきりだけど、他に友達はいないのかな?
わたしに話しかけるようになって友達がいなくなったなんて夢見悪いな…
「ねえ恋歌さん。恋歌さんってわたし以外の子と話をしているところって見たことないんだけど…答えたくないならいいからさ…もしかしてわたしと話すようになったから…」
「祐沙さんとお話をするようになったから…というのはありませんよ。そんな程度で私から離れていくような人など願い下げです」
「そ、そう…」
「もともと私は浮いてしまっているので…何故かは知らないのですが。だからあまり気にはしていません」
ストイックな人だな…
「でもそろそろある人が帰ってくるはずなので、それでさみしくなかったというのもありますよ」
「ある人?」
「ええ。私の幼馴染で、今はご両親のご都合で海外に行っていましたが…私と離れて暮らすのがもう嫌みたいで単身で戻ってくるのです」
「単身でって…」
「私の家で一緒に暮らすのです。楽しみです」
「居候ってことか」
「そうですね」
「その人って男?女?」
「ふふふ…明朗快活の可愛い人ですよ」
こんなに嬉しそうな彼女は初めて見る。
その時…

「恋歌ちゃーーん!!」

急に教室の戸が開いて少し小柄な子が入って来た。
「紀穂さん!!」

そして恋歌さんに抱きついて頬ずりし始めた。

「う〜ん…久々の恋歌ちゃん…あったかくていい匂いがして柔らかくて…もう死んでもいいよう…恋歌ちゃん、好き好き、だ〜い好き!」
「き、紀穂さん、恥ずかしいので今はやめてください!」
「や〜だ。だって幸せなんだもん…このまま眠っちゃいたい…それかいっそ一つになっちゃいたい…」
「紀穂さん!!」
「ぶ〜。いいじゃない」
ふくれっ面になりながら恋歌さんから離れる、紀穂さん。
顔を紅くしている恋歌さん。
そんな二人をクラス中の子たちが不思議そうに見ている。
「じゃあさ〜、帰ったら、いい?」
「………え、ええ。帰ったら思う存分に甘えてくださって結構ですから…」
「やった〜!やっぱり恋歌ちゃん、大好きだよ〜」
「はあ…。で祐沙さん、この方が先ほどお話した方です」
「この人が…ずいぶん急だね」
「ええ。そろそろ帰ってくるとは聞いていましたが…急すぎですよ、紀穂さん」
「だってサプライズの方がいいかと思って」
「そうですね。いきなり貴女が現れて嬉しくて仕方がありませんもの」
「恋歌ちゃん…」
この二人…ラブラブだ…
「それよりさ…この子は?」
「あ。この方は私のお友達の松原祐沙さんです」
「松原祐沙よ、よろしくね」
「へ〜。恋歌ちゃんのお友達。私は花園紀穂だよ。恋歌ちゃんとは…えへへ〜」
「うん。何となく解るから言わなくてもいいわ。熱中症になりそう…」
「祐沙さん!!」
「だって…」
「いいよ〜。祐沙ちゃん、仲良くしてね」
「ええ、こちらこそ」

恋歌さんが浮いているのはこの人との関係があるからなのかな。
まあ、わたしは恋歌さんの事はとっても好きだし、そんな恋歌さんが心の底から愛している紀穂さんだ。いい子なんだろう。

「でもさ。嫌な時期に帰って来たわね」
「どうして?」
「もうすぐ期末だよ」
「期末だと嫌なの?祐沙ちゃんってお勉強できないの?」
「祐沙さんはこのクラスではトップですよ?」
「へ〜。じゃあ別に平気でしょ?」
「そうね。貴女はどうなの?」
「う〜ん…あんまり気にしないかな。結果も大事だけど自分が苦手なところがわかる大切な試験だからあんまし…」
「そういう風にも考えられるのね」
「そうそう。何事もポジティブにね」
恋歌さんは彼女のこういうところに惚れたのかな。凄く好感が持てる。

紀穂さんのもっともな意見を耳にしたわたしのクラスメイト達はいい緊張感を持って試験勉強に勤しむようになった。
凄いな、紀穂さん。

最近広まっていた噂は試験が終わるころかなり蔓延していた。
今度の主役は『白薔薇様』。
毎回よくやってくれるよ、山百合会幹部の連中は。
それにしても不思議な学校だ。どうして生徒会役員にこれほどまでに人気が集まるのだろう。
それが理解できないわたしは今回の噂に関して言えば、まったく興味が無かった。

「相変わらずリリアンは生徒会に人気が集まってるんだね」
「そうですね。今回は『白薔薇様』。なんでも自伝を出版なさったとか…」
「あの人、そんなに波乱万丈な人生を歩んできてるんだ。17の身空で」
「ええ。去年の今頃凄かったですよ。確か恋人と駆け落ちしようとして振られたらしいですよ」
「駆け落ちか〜。やるね」
「……確かにね。でもあの人去年は『白薔薇の蕾』だったんでしょ?なんというか、自覚に欠けているわね。こないだの『黄薔薇革命』みたい」
「……そうですね。ここ数年山百合会幹部の方たちはどこかおかしいです。彼女たちの事情はあるんでしょうけど、だからと言って一般の生徒によくない影響を与えたりするのは感心しません」
「まあ、人間だってことだと思うよ?」
まさにその通りだろう。

期末は…まあ、いつも通り。あんなに嘆いていた恋歌さんも、あまり気にはしていなかった紀穂さんも、平均点以上で申し分なかった。
もうすぐ冬休みだというのに、古文の先生が突然『万葉集』の歴史的意義についてレポートにまとめて提出、なんて面倒くさい宿題を出してきた。
なんでもうちのクラスは古文の平均点が学年で一番低かったようで、連帯責任なんだそうだ。
全く…わたしはほぼ満点だったのに…
そのせいでうちのクラスの面々は『噂』なんてものに気を取られている暇が無くなった。
そんな時、久しぶりに祐巳に会った。恋歌さんたちと一緒に図書室でレポートをまとめている時だった。

「ごきげんよう、祐沙ちゃん」
「……ごきげんよう。何か用?」
「レポート大変そうだね」
「そうね。面倒だけど仕方ないわ」
「あはは…」
「で?用はそれだけ?」
「えっと…」
「………?」
祐巳は歯切れが悪い。どうしたのか。
しばらく難しそうな顔をしていたが、ついに意を決したように話し始めた。
「祐沙ちゃん、今日うちに来てほしいんだけど…」
「……は?」
「はって…だからうちに来てほしい…ううん、違うね。うちに帰って来てほしいの」
「どうしてよ。嫌なんだけど…」
「お母さんたちがね祐沙ちゃんに会いたがってるの」
「そう…まあ、お断りだからよろしく伝えておいて」
「だめ!!祐沙ちゃんは今日、わたしと一緒に帰るの!!」
「…!いきなり怒鳴らないでよ…わかったから…」
「よかった…話すことがいっぱいあるから」
「わたしは無いけどね」
祐巳は嬉しそうに笑っている。間抜けな笑顔をしているが、さすがに『紅薔薇の蕾』の『妹』の座を射止めただけあって他の子たちには無い何かを持っているようだ。
それが素直に羨ましかった。

「ねえ、祐沙ちゃんって双子だったの?」
「その事は触れてはいけませんよ」
「わかった…」
隣で二人がひそひそ交わしている会話は聞かなかったことにした。

バスに乗っている間、祐巳はひっきりなしにわたしに話しかけてきた。
つまらなそうに返事をしても彼女は気にも留めず話しかけてきた。
何が楽しいんだろう…

「さあ着いたよ」
「………うん」
ここがわたしが育つはずだった、祐巳と一緒に育つはずだったわたしの家か…
「別に緊張しなくていいからね」
「………そうは言ってもね、初めて来た場所だし、わたしにとっては知らない他人の家なのよ?」
「そう言わずにね。みんな待ってるから」
「待ってるねぇ…」

「ただいま〜。祐沙ちゃん連れて来たよ!」
祐巳が帰宅の挨拶をすると奥の方からバタバタと足音がこっちに近づいてくる。
「お帰りなさい祐巳ちゃん。それと祐沙ちゃんも…」
『母親』はわたしを見るなり嬉しそうに微笑むと、さらに近づいて来てわたしを抱きしめようとした。
「お帰りなさい、祐沙ちゃん…」
『母親』の抱擁を回避する。
「………やめてよね。帰ってきたわけじゃないわ。祐巳さんに連れてこられただけ。話があるのなら手短にしてよね。帰って夕飯の支度しなきゃいけないんだから」
「祐沙ちゃん…」
祐巳はわたしの台詞を聞いてとたんに悲しそうな顔をする。
「祐沙ちゃん、そんなことする必要はないわよ。祐沙ちゃんの分も用意しているんだから。それにここは貴女の家なのよ」
「何をいまさら母親面して…わたしの『お母さん』は一人だけよ。無論それは貴女じゃない」
「祐沙ちゃん…」
「……とりあえず上がってね」
「さあ、祐沙ちゃん」
「……………」

夕飯まで祐巳の部屋にいることになった。
女の子らしい可愛い部屋だ。部屋の内装は無論その部屋の持ち主の内面が反映される。
ほとんど飾っていない殺風景なわたしの部屋とは大違いだ。
写真立に飾ってある写真を見てみた。
「それはね、わたしと祥子様のきっかけになった写真なんだ」
「………そう」
「蔦子さんには感謝してるんだ。その一枚のおかげで、苦労はあったけど最高の学園生活が送れているから」
「………」
「まさかわたしが祥子様の妹なんていまだに信じられない時があるし、毎日楽しいよ。それに由乃さんとか志摩子さんとか素晴らしい親友とも出会えたし」
「………学園中に悪影響を及ぼしてる連中と一緒にいて楽しい、ね…」
「そんなこと言っちゃだめ!確かにそんなこともあったけど、いつもは学園のみんなの生活がより良いものになるようにがんばってるんだから」
「………そう」
祐巳の強い瞳は嘘はついていないんだ、と語りかけてくるようで何も言えなくなった。
なんだかわたしと祐巳の今までの違いをまざまざと見せつけられたようでもあった。

「ねえ祐沙ちゃん」
わたしが俯いていると不意に祐巳がわたしの髪を撫でてきた。
「……なにするの?」
「えへへ。だって祐沙ちゃんってわたしと髪型が一緒なんだもん」
「それがどうしたの?」
「嬉しいなって思ってね」
満面の笑みを浮かべながらわたしの髪を撫で続ける。
その笑顔はとても幸せそうで、わたしの中の暗い物を溶かしてしまいそうで…
「……」
「16年も離れていたのに同じ髪型なんて、わたし達ってやっぱり双子なんだね」
「………そうね」
「えへへへ」
髪型一つで幸せになるなんて、なんて単純なんだろう。
でもわたしもちょっぴり嬉しいと感じている。
彼女の笑顔と合わさり久しぶりに少しだけ気分が穏やかになったような気がした。

「祐巳ちゃん、祐沙ちゃん。ご飯だから降りてらっしゃい」

夕食の席には既に『父親』と『弟』が着いていた。
『弟』は目を丸くしてわたしを見ている。おそらくここ数日この家庭でわたしの事が話題になってもわたしの存在を信じることができなかったのだろう。
無理もない。わたしの『実の両親』と学校で顔を合わせた事のある祐巳はともかく、『弟』とは完全に初対面なのだから。
「16年ぶりだね、祐沙ちゃん」
「………」
「さ、さあ祐巳ちゃんも祐沙ちゃんも席について」
「は、は〜い。ほら祐沙ちゃん、わたしの隣に…」
「……うん」

他人が作った手料理は久しぶりだ。だけどわたしが『母親』を毛嫌いしてしまっているせいで全然おいしくない。箸が進まない。
「祐沙ちゃん、遠慮しないでたくさん食べていいのよ?」
「………はい」
「祐沙、敬語は要らないよ」
「………」
遠慮なんてしていないし、敬語だって使っていない。
ただわたしはあくまで自分は赤の他人であることをこの人たちに強調したかっただけだ。
「お味はどう?」
「………普通です。…お母さんの方がおいしかった」
「……そんなぁ。ちょっとショックだわ」
「祐沙、そのお母さんという人は…」
「…………。…………今年の春に死んだわ」
「……え?!じゃあ祐沙ちゃん今、一人なの?」
「一人じゃないわ。お母さんは実家や親せきと絶縁状態だったから遺骨はわたしが持ってる。だから一人じゃない…」
場の空気が重くなってしまった。
「ねえ、祐沙ちゃん。その…お金とかはどうしているの?」
「………そんなこと聞かないでほしいわね。まあ、保険金とかお母さんの蓄えとかよ。たくさん残してくれたわ。嬉しくないけどね」
「……そうなのか」
夕食は暗い雰囲気のまま終わった。

その後なぜわたしは孤児院に預けられたままになったのかを聞いた。
わたし達が生まれた当時、『両親』はとても貧乏だった。
子供を一度に二人も育てるのは難しかったそうだ。
そこで生まれたばかりのわたしは孤児院に預けられたのだ。
『両親』はその後、一生懸命に働いた。祐巳を託児所に預けながら、共働きで。
いつかわたしを引き取ったとき、たくさん我儘をきかせてあげられるようにと一生懸命働いてくれていた。そして少しずつお金がたまっていったらしい。
しかし、二人とも仕事のしすぎでストレスが溜まり、お互いを慰め合った。その結果、祐麒君が生まれた。
祐麒君はそのまま普通に育てられた。
それこそが、わたしが忘れられてしまう原因だったのだ。
もともと二人の子がいた福沢家。片方は預けられていて早く引き取ろうと躍起になっていた。そこにもう一人生まれて再び子供が『二人』になり、精神的にも追い詰められていた両親はわたしが帰って来たと錯覚を起こしてしまったのだ。
さらに孤児院の方にも原因があった。わたしを赤ん坊の時から預かっていたため、わたしの事が可愛くて仕方が無かったそうなのだ(これは『両親』が孤児院に電話して聞いたそうだ)。
『両親』はわたしを引き取れるめどが立ったら電話をすると孤児院に約束していたらしい。そこでいつまでも電話が無いのをいいことに孤児院側は福沢夫妻に一切連絡を入れなかったのだ。
つまりは『両親』の錯覚と孤児院側のエゴによって起こってしまった悲劇なのだ。
悲しかった。わたしは信じていた孤児院に裏切られていて、間違いはあったがわたしの為に一生懸命になってくれていた『両親』を怨んでいた。
ただ孤児院は孤児院でわたしを一生懸命育ててくれた。
誰かのせいに出来ない状況なのだ。

わたしは逃げるように福沢家を後にした。
負の感情を一方的にぶつけてきた人たちと一緒にいられるほどわたしは強くなかった。

あとがき
祐沙が忘れられた理由、これが精一杯です。
タイトルは後半にかかっています。
自治区のお話で初めて男性が出てきました(出雲と雪美を除いて)。
たぶんもう出てこないと思います。祐麒なんて名前だけだし…
百合作品に男は要らないと思っているので扱いはこんな程度です。

※2009年8月13日、少し加筆しました。


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