【3030】 ちょっと不器用であいくるしい  (bqex 2009-08-17 20:46:24)


 以前こちらのコメントでリクエストいただいていた瞳子の妹の話です(オリキャラです)。
 「萌えな感じ」とお願いされたのですが、萌えはどうやってもうまく書けません。
 なんとか頑張ってみましたので、ご覧ください。



 ヴァレンタインイベントが終わって、松平瞳子は妹の岬実花と二人きりになった。

「お姉さま、チョコレートです」

 実花が包みを差し出してくる。

「ありがとう」

 と、瞳子は受け取って包みを開いて箱を開ける。
 箱にはトリュフチョコが並んでいる。

「もしかして、手作り?」

 よく見ると粒の大きさが微妙に違っていたり、いびつに歪んでいたりする。
 初心者が頑張って作ったのがわかって可愛い。

「はい」

 はにかんだように実花が言う。

「私にだけ?」

「も、もちろん」

 慌てるところが怪しい。
 祐巳さまにでも作ってきたのだろうか。
 実花は祐巳さまに気に入られて、普段はおもちゃにされてしまっているが、本人もまんざらではない態度なのだ。
 ならば、と瞳子にいたずら心が湧きあがった。

「実花」

「はい」

「このチョコを一つ取って」

 瞳子はもらったチョコレートの箱を実花に差し出す。

「はい」

 実花は言われるまま箱からチョコレートを一粒つまみあげる。

「それを私の口に」

「へ?」

 きょとんとして実花は聞き返してくる。

「私に食べさせてって言ってるのよ。鈍い子ね」

 すました表情でさらりと言う。
 内心はドキドキものだが、絶対にそんなそぶりは見せない。

「ええっ!?」

 実花はチョコを落とさんばかりに驚いた。

「嫌ならいいわ」

 すかさず言う。

「そ、そんな事はっ」

 真っ赤になって実花は震える手でそっと瞳子の口にチョコレートを入れてくれた。
 口の中でチョコレートがゆっくりと溶けて、味が広がって行く。

「美味しいわ。ミルク味で、中はほんのりビターにしてあって」

「あ、それは、ちょっと焦がしちゃったかもしれません。ごめんなさい」

 実花は気まずそうに言う。

「馬鹿ね。言わなければそんなのわからなかったのに」

「す、すみません」

「マヨネーズとかケチャップ味にしなかっただけ上出来よ」

「醤油味なら試してみたんですけど、うまく固まらなかったのでやめました」

 愛想笑いをしながら実花は言う。
 こんな突拍子もない事を考えつく妹だが、自分の思いもよらない考えにたまにドキリとさせられる。

「まあ、あなたってば、本当に突拍子もない事を実行するのね」

 呆れたような演技をすると、慌てて実花が謝ってくる。

「すみません」

「いいわ」

 瞳子は用意してきた赤の包装紙で包まれた箱を取り出す。

「実花」

「……はい?」

 本当に実花はわかっていないようなきょとんとした表情をする。

「あなたにチョコレートをあげるって言ってるのよ。もう、鈍いにもほどがあるわ」

 拗ねたように実花を睨む。

「ええっ!? まさか、お姉さまからいただけるだなんて」

 実花は本当に想定外だったらしく慌てている。

「あら、いらなかった?」

 箱をそっとひっこめる。
 いいえ、と言いながら実花は必死の形相で手を伸ばす。
 豊かな表情も魅力的だ。自分は表情豊かな人が好きなのだなと瞳子は思う。

「有難く頂戴します」

 実花は恭しくチョコレートを受け取る。
 さっそく包装紙を丁寧にはがそうとしてうまくはがれないテープと格闘している。
 こんな不器用な子がよくまあ手作りチョコレートを作れたものだと感心する。

「あなたと違って手作りなんかじゃないけれど、でも、あなたにはこれを渡したくて」

 瞳子はぎこちない手つきの実花を見ながらくすくすと笑う。
 開けた瞬間の顔をじっと見つめて、予想通りの表情に満足した。

「あ……」

 中から出てきたのは、小さなスイカだった。
 スイカの皮の模様がプリントされた銀紙でまん丸のチョコレートが包まれていた。
 この季節には見られない、季節外れのチョコ。
 しかし、二人には意味があった。



 去年の7月、瞳子と実花は出会った。
 親しくなるうちに、瞳子の祖父の『山の麓の松平病院』の側に実花の実家があり、普段、実花は寮からリリアンに通っている事を知った。
 夏休みになり、瞳子は『山の麓の松平病院』に行った折、実花の招きで実花の実家を訪ねた。

「ごきげんよう、瞳子さま。本当に来ていただけるとは思いませんでした」

 実花はスイカの収穫を手伝っていた。

「こちらこそ、押しかけてしまってごめんなさい」

 瞳子は手土産のゼリーを渡す。
 実花は畑に出ていた家族に瞳子を紹介すると、家に案内してくれた。

「お手伝い? 忙しそうね」

「ええ。この畑は祖父の畑です。祖父は今年で引退するので、このスイカも今年が最後です」

 実花は少し寂しそうに言う。

「残念ね。美味しそうなのに」

「ええ、美味しいですよ。そうだ、よかったらどうぞ」

 実花は収穫したスイカを切って瞳子に勧めてくれた。

「甘い! 美味しい」

 瞳子は採れたてのスイカに舌鼓をうつ。
 何度かこちらに来ていたが、こんなスイカは初めてだった。

「それにこのみずみずしさ。きっと大切に手をかけられて作られたスイカなのね」

 ええ、と実花が頷く。

「私、東京に行ってみたくて、リリアンを受けたんです」

 スイカを食べ終わる頃、実花は話し始めた。

「寮のある高校で私が知ってるのはリリアンしかなくって。私は馬鹿だから、猛勉強さえすれば絶対にリリアンにいけるって信じてたから他は受けなくて。いざ、リリアンに合格して、リリアンの学費と寮費を合わせたら、家じゃあ出せないぐらいに高くて。そんな事も知らなかった。でも、奨学金を受けるには私の成績じゃ全然足りないし、いっそ諦めて中学浪人しようかと思ったら、祖父がお金を出してくれて」

 実花は一気に話し続ける。

「そのお金っていうのが、あのスイカ畑を売ったお金だったんです。馬鹿な私のせいで、祖父は生き甲斐だった畑を失ってしまって引退する事に……」

 瞳子は思わず実花の手を取った。

「実花、自分を責めてはいけないわ」

「でも」

「お祖父さまはあなたの未来を開いてくれた。お祖父さまに感謝する事はあっても、自分を責めたり、自分を貶めたりするのはやめて」

 瞳子は実花の目を見つめて言った。
 実花の眼は涙でぬれていた。

「そんな。私なんか」

「私なんかって言うのはやめなさい。あなたは、私の妹になるのだから勝手に自分の価値を下げないでちょうだい」

「えっ」

 数日後、夏休み中ではあったが、山百合会の仕事があったので、祐巳さまに立ち会ってもらって、マリア像の前で瞳子と実花は姉妹になった。



 チョコレートを一つつまみあげて、銀紙をむこうとした実花の手が止まる。

「あの、お姉さま」

「何?」

 もじもじとして何も言えなくなる実花。
 しかし、その表情は何をしてほしいのか丸わかりだった。

「……やっぱりいいです」

「よくないわ」

 瞳子はチョコレートを素早く取り上げた。

「こうしてほしいんでしょう?」

 瞳子は銀紙をむいたチョコレートを実花の口元に差し出した。

「お、お姉さま!? 私、そんなおねだりしているような顔してましたか?」

 していた、と言ってもいいが、ここはあえて言わない。

「なんとなく、そう思っただけよ。だって、私はあなたのお姉さまだもの」

 実花は真っ赤になってうつむいた。
 その顔を見ているだけで、瞳子の持っているチョコレートまで溶けてしまいそうだった。
 やがて、意を決したように瞳子の方を見た実花の口に瞳子はチョコレートを入れてやった。


一つ戻る   一つ進む