【3043】 あまく、あつい目には見えぬ絆  (パレスチナ自治区 2009-08-21 23:31:05)


ごきげんよう。【No:3031】の続きです。

選挙の結果が発表された。
残念なことに静様は落ちていた。
僅かな差だった。
『黄薔薇革命』が影響したのか、『黄薔薇の蕾』である支倉令様はギリギリで静様をかわしたのだった。
たぶん知名度の差だと思う。薔薇の信奉者たちは『黄薔薇革命』なんて関係無く彼女に投票しただろうから。
わたしのような外部受験者たちからの指示は全く得られなかったらしいから、わたしはこの結果は別のところで満足している。
でも大好きな静様の敗戦はやっぱり悔しい。
「静様…」
「負けちゃったわね」
静様はそう言って舌をペロッと出した。
「残念ですね…」
「そうね。残念ではあるけど遅かれ早かれ留学は決めていたから、少しお別れが早くなっただけよ。それに早く向こうへ行って早く祐沙ちゃんの所に帰って来たいもの」
「静様…」
その言葉が素直に嬉しくて静様に抱きついた。
静様は何も言わずにそのまま抱きしめてくれた。
「それに、向こうへ行きっぱなしていう訳じゃないわ。時々帰ってくるつもりよ。その時は必ず貴女の時間を私に頂戴。ね?」
「…はい。…もちろんです」
さっきよりさらに強く抱きしめてくる静様。
その言葉に偽りは全く無いと確信できた。

「あ〜あ。アツアツだね、二人とも」
「聖様…」
乱入者を睨みつけてしまった。
「うわ、怖いよ、祐沙ちゃん。私は静に呼ばれて来たんだから睨んじゃやだよ」
「静様?どうして聖様を?」
「ちょっとね、聖様に伝えることがあるのよ。ちょっと待ってて?」
「はい」

聖様と向き合う静様。聖様は『白薔薇様』になるだけあって凄く綺麗な人だけど、やっぱり静様の方が100倍も1000倍も魅力的だ。
わたしは静様の綺麗な黒髪が大好き。
それだけで聖様よりも50倍くらい魅力的。

「当落に関係無くって言ってたけど、言葉通りだったね」
「嘘は吐きませんよ。そんなことしたら祐沙ちゃんに嫌われちゃいますから」
「羨ましいくらい愛し合ってるんだね」
「はい。自分でも信じられないくらいです。こんなに誰かを想う事が出来るなんて…彼女のおかげです」
「………それで。結果は知ってる?」
「ええ。見届けてきました」
「ひとつ訊いていい?どうして選挙に出馬したの?」
「ふふふ。訊くまでもないと思いますが?」
「…そうだね」
「私、イタリアに行くんです」
「イタリア?」
「音楽の勉強のために。中学の卒業時点で、あちらに渡るつもりだったのですけど。2年も延ばしてしまいました」
「どうして?」
「貴女がいたから」
「そう…」
「嬉しいです。たったひと時でもこうして貴女の瞳に私の姿を映すことが出来て」
「そうなんだ。私も嬉しいよ。貴女みたいな人にそんな風に思ってもらえるなんて」
「貴女の真似をして髪だって長くしていたんですよ」
「……ごめん、気付いて無かったよ」
「そういうところも含めて好きでした」
「もし、当選していたら?」
「さっきも言ったとおり、祐沙ちゃんとの学園生活を延ばすために出馬したんです。まあ、それは叶わなかったですけど…志摩子さんが立派に貴女の後を引き継いで素晴らしい『白薔薇』を咲かせます」
「貴女は魅力的だ」
そう言って聖様は静様に顔を近づける。
キスするつもりなんだ。

「餞別……って静?」
聖様のキスは静様の一刺し指にされていた。
静様はあっかんべーをしている。
「ふふふ。残念でした、聖様。貴女の事は『好きでした』、過去形ですよ?」
「……え?」
「貴女からじゃなくて祐沙ちゃんから貰いますから、ご心配なく。どうです?貴女は私に気付いてくれなかった、その仕返しは」
「……まいったな」
聖様はガシガシと頭を掻いている。
「それに、栞さんだけじゃなく志摩子さんや祐巳さんにまで手を出した節操無しの方にそんなことされても嬉しくありません」
「……は〜ぁ。私の負けだよ、静…祐沙ちゃんとお幸せに…」
「ふふ、ありがとうございます。それこそ私が望んでいた言葉ですよ?」
「……本当に魅力的だよ。いろんな意味で…」
そう言い残し聖様は去って行った。
「ふふふふ…」
不敵に笑う静様。ちょっぴり怖かった。

静様との残りの日々が始まった。
最近では新聞部が企画している『宝探し、蕾のチョコレートはどこだ!?』が話題の中心だ。
「ねえ、祐沙さん」
教科書を見ていたらいつもの如く、恋歌さんが声をかけて来た。
「どうしたの?」
「祐沙さんは新聞部の企画に参加なさいますか?」
「……?ああ、宝探しのことね。参加はしないわ。あの人たちと『半日デート』なんて別にしたくないし。まあ、見物くらいはしようかな」
「そうですよね」
「そういう恋歌ちゃんはどうするの?」
紀穂さんが恋歌さんに後ろから抱きつく。
「きゃあ?!紀穂さん、後ろからはだめです!前からしてくださいって何度も言ってるではありませんか!!」
「え〜?いいじゃん別に。だって今、前からは抱きつけなかったもん」
「びっくりするんです!!」
「ねえ恋歌さん。本当にそれだけ?」
「祐沙さん?!何言ってるんですか?!ほ、他に何があるんですか!!」
「後ろからだと一方的になるから?」
「〜〜〜〜〜!!祐沙さん!!」
「あ、図星なんだね」
「そうね、図星みたい」
「お二人とも!!」
「恋歌ちゃん、可愛い〜〜。やっぱ大好き〜」
「あはは。確かに可愛いね恋歌さん」
「くぅ〜〜〜〜〜……」
さすがに可哀そうかな。
「それで、恋歌さん。恋歌さんは参加するの?」
「ふぅ………参加しませんわ…だって私には紀穂さんがいますから」
「恋歌ちゃん」
嬉しそうな紀穂さんを見て、微笑む恋歌さん。あれだけいじられてもすぐに機嫌がよくなるあたり、この二人は本当に幸せなんだな。
「アツアツね、二人とも」
「祐沙ちゃんには言われたくないよ?」
「そうかも…」
「それで…やっぱり静様にチョコを?」
「うん。どんなのにしようか、そっちの方が楽しみね」
「そうですね」
残された時間でどれだけ静様との絆を深められるか…今はそれが重要だ。

バレンタインデー当日。
いよいよ『宝探し』が始まった。
「みんな、目の色が違うわね」
「そうみたいですね。そんなに魅力があるんですね」
「そうね。だって私がそうだったから、彼女たちの気持ちはわかるわ」
「静様…」
「でも安心して?今は貴女だけよ」
そう言ってわたしを抱きしめてきた。
「静様…恥ずかしいです…誰かに見られたら…」
「誰も見ちゃいないわ…だってみんな宝探しに夢中なんですもの…」
「……そうですね」

その時…
「祐沙さん!!」
「うわぁ!!誰?!」
せっかく甘い気分に浸ってたのに誰よ…
「見ていなさい!!今日で私は変わるから!!」
お下げをしている子…由乃さんだ…
「変わるって何?」
「ふふふ…」
「貴女は令様のカードを探しているの?」
「いいえ!!探してないわ!!」
「由乃ちゃん、元気いっぱいね」
「当然ですよ静様!!この元気を手に入れるために手術したんですから!!そして今日!私は私の中でもうひとつ革命を起こすわ!!」
「はあ…」
「令ちゃんに頼っていた私は昨日でサヨナラしたから!!それじゃ!!」
「…………」
「………、彼女、どうしたのかしら?」
「………、ちょっとかっこよかったですね。意味不明でしたけど…」
「ええ…」

しばらくの間、静様と宝探しを眺めていた。
一生懸命カードを探している子たちは微笑ましさ半分、怖さ半分だった。
途中、何人かの子に何処にありそうか聞かれたりした。
祐巳が通りかかったが、後ろからついて来ている連中のプレッシャーなのか、わたし達には気付かなかった。
妙にだぼついた制服の子も通って行った。でっかいリボンを付けた可愛い子だった。
あの子、将来薔薇様になったりするのかな…
チョコレートの交換はイベントが終わってからにすることにした。
確かに今はちょっと落ち着かないし。イベントを眺めているのはなかなか楽しい。

結果が発表になった。
『紅薔薇の蕾』たる祥子様のカードは見つからなかったそうだ。
祐巳が悲しそうに項垂れている。祥子様のカードを探していたんだ。
あの状況では探すのは難しいよ、祐巳。
『黄薔薇の蕾』たる令様のカードは一年生の田沼ちさとさんが手に入れた。
図書室の料理の本に挟まっていたらしい。
令様のカードが見つかってしまったのに由乃さんはちっとも落胆していない。その隣で祐巳が驚いている。
一番驚いているのは令様。だって由乃さんが自分のカードを見つけてくれると確信していたんだから。
でもわたしと静様は知っている。由乃さんは最初から令様のカードなんて眼中になかったことを…
そして最後は『白薔薇の蕾』、志摩子さんのカード。

それを見つけたのは…由乃さんだった。

司会をしている三奈子様が由乃さんへの勝利者インタビューを始めた。
「『白薔薇の蕾』のカードはどちらで見つけられましたか?」
「委員会ボードです」
嬉しそうに答える由乃さんを信じられない、という顔で見ている志摩子さんと令様。
特に令様の方は悲しみまで含まれた表情をしているから見ないことにした。
「白薔薇の蕾、委員会ボードで間違いありませんか?」
「……え、えっと。間違いありません。私がカードを隠したのは委員会ボードです」
まだ、信じられないのか目を白黒させている志摩子さんが印象的だった。
さすが由乃さん、スケールが違う。
彼女が起こした大波乱によって宝探しは興奮冷め止まぬうちに幕を閉じた。

「祐沙ちゃん、チョコを頂戴」
「はい」
さてお待ちかねのチョコレート交換だ。
「どんなのを作ってきてくれたのかしら?」
「ええと、トリュフです」
「そう、楽しみだわ」
お菓子作りには自信がある。よくお母さんと作っていたから。
「食べさせて?」
「はい、静様」
わたしが作ったチョコを静様の口に近付ける。
何度見ても綺麗な唇だな…それのこの唇は最高の歌声を紡ぐことが出来る。
「静様、あ〜ん」
「あ〜ん」
……!!
指まで食べられた!!
「何するんですか?!」
「だって指にココアパウダーが付くじゃない?それまで味わわないと。ふふふ。美味しかったわよ」
「もう!!」
「むくれないむくれない。私も食べさせてあげるわ」
「……はい」
「はい、祐沙ちゃん」
「………あむあむ」
「どう?」
「おいし〜です」
「よかった。あ、祐沙ちゃん」
「なんですか?」

ちゅっ…

「静様?!」
「ちょっとパウダーが口の端に残ってたのよ」
「静様!!」
「ごめんごめん」
「いきなりなんてずるいです」
「したことに…じゃなてタイミングなんだ…」
「…キスした、なんかで怒るなんて今さらじゃないですか…それに待ってたんですよ、ずっと…」
「祐沙ちゃん…」
「静様…祐沙ちゃん、じゃなくて祐沙、って呼んでください…わたしは静様のお嫁さんなんですよね…?」
「そうね、祐沙…」
「静様…」

静様がわたしの頤を持って顔を近づけてくる。
なんて綺麗な人なんだろう…この人にこんなに愛されているなんて…
わたし…今…今までで一番幸せ。

そしてわたしの唇と静様の唇は一つに重なった。
これがわたしのファーストキス…(さっきのは静様の不意打ちだからノーカウントで)
当たり前だがチョコレートの味がした。
わたしと静様はチョコには若干苦味があった方が好きなのでお互いビターチョコにしたのに、すっごい甘い味がした…

「あ〜あ、見せつけてくれちゃって。ねえ、志摩子さん」
「え?ええ、そうね」
「ひゃあ!!」
いきなり由乃さんと志摩子さんが現れた。
甘い雰囲気に水を差されてちょっと怒鳴ってしまった。
「何しに来たのよ?!」
「は?何って報告よ、報告」
「なんのよ…」
「宝探しの結果よ」
「ああ。見つけられてよかったじゃない。おめでとう」
「ええ、ありがとう。志摩子さんを手に入れることが出来てよかったわ」
「え?!」
「由乃ちゃん?!」
「え…ええ?!由乃さん、今なんて…」
いきなり凄いことを口走る由乃さん。今ここにいる由乃さん以外全員がついて行けてない。
「まあ、あわてないでよ。最初から話すわ」
「是非そうしてください、由乃さん」
「今日、志摩子さんのカードを見つけることが出来たら告白するつもりだったのよ」
「由乃さん?!ど、どうして…」
「どこにそんなフラグが…?」
「フラグ?それは祐沙さん、あんたよ」
「わたし?!!」
「そう。私と志摩子さんは祐沙さんの叱咤で立ち直ることが出来たわ。だから、志摩子さんと一緒にいればそれを忘れずに、もう変な間違いをしなくなる、そう確信したのよ」
「た、確かに私も由乃さんも祐沙さんに励ましてもらいましたね…」
「そうでしょう。ついでに志摩子さんってすぐ一人になろうとするから、そんなのよくないから私にそばに居させてほしいのよ」
「由乃さん…」
志摩子さんの顔が紅くなってきている。それになんだか嬉しそう…
「イベントに乗じてって言うところが私らしくない気がするけど、このイベントはいい運だめしになったわ。志摩子さん、私の一世一代の告白、どうか受け取ってほしい」
「………。私、由乃さんに憧れていたのよ…」
「え?し、しまこさん…」
いきなりのしっぺ返しに今度は由乃さんが紅くなっている。もちろん志摩子さんはもっと紅くなっている。
「『黄薔薇革命』の時、あの時から…由乃さんが…」
「……え?あの時の私なんて最悪だったのに…?」
「ええ…確かにあの時に由乃さんがしたことは良くなかったわ。でも自分を変えるために自分の考えを貫き通した貴女の強い意志、それに強く惹かれたの…」
「……じゃあなんで志摩子さんはさっさと立候補、しなかったの?『白薔薇様』になれば由乃さんと一緒にいられるじゃない」
「そう言えばそうよね」
「あのね。キリスト教では同性愛はタブーで…」
「……ごめんなさい。わたし、そんなの知らないのに貴女にあんなこと言って…」
「いいえ、いいのよ。あの時私にシスターになるなんて無理だって確信したの。祐沙さんが言ったように私を応援してくれている人たちの想いを無駄にしようとしたし、由乃さんを好きになっちゃうし…あ、由乃さんを好きになっちゃったのはいけなくは…」
志摩子さんはちょっとテンパっている。
「志摩子さん落ち着いて…」
「え、ええ。だから私はシスターになるのは諦めたの。たった今」
「え?」
「だって由乃さんと両思いだなんて知ってしまったら、それに応えたいもの」
「志摩子さん…ありがとう」
「由乃さん…」
いきなりこの二人は…自分たちの世界を作り始めている。
「まあ、私たちがこうして結ばれることが出来たのは祐沙さん、貴女のおかげよ。だから報告に来たの。甘い時間を邪魔して悪かったわね」
「ううん。わたしも嬉しいわ」
「ありがとう、祐沙さん。今から勝負ですよ。貴女たちと、私と由乃さん。どっちの方がよりアツアツになれるか」
「ふふ。わかったわ」
「祐沙、この二人は手強いわよ」
由乃さんと志摩子さん。まさかこんな風になるなんて。
お互い恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらキスする二人を見て、心から祝福したいと思った。

………

ついに静様がイタリアに旅立つ日がやって来た。
覚悟を決めていたのにやっぱりさみしすぎる。
「祐沙、笑って送ってくれる約束だったでしょ?」
「……ひぐっ…そん…やくそく…してません」
「…もう、可愛いんだから…」
「すみません、わたしがこんなだと安心してイタリアにいけませんよね」
「そんなことないわ。貴女は私を信じてくれているから…」
「静様…」
「抱きしめていい?当分出来ないだろうから…」
「……はい。壊れちゃうくらい…強く抱きしめてください…」
「祐沙ったら…」
静様に抱きしめられる。今までで一番優しいような…強いような…
そのまましばらく抱き合っていた。

「そろそろ行かなくてはいけないわね…」
「静様…」
「祐沙、餞別をくれるかしら?」
「はい…」
わたしは背を伸ばして静様にキスをする。
ありったけの思いを込めて…
「祐沙…愛しているわ…」
「静様…わたしも愛しています…」

「それじゃあ、祐沙。夏に帰ってくるから」
「……待てるかどうか……わかりません…」
「…ふふ。私は幸せ者ね…」
再び抱きしめられる。今度はすぐに離れた。
「またね、祐沙」
「静様…」

去っていく静様の後ろ姿を見ながらわたしは自分の唇に触れていた。
まだ熱い。
胸の奥も熱い。

静様…

静様…!

「静様!!!!!」

あとがき
デラ甘になりました。
由乃さんと志摩子さん、祐沙ちゃんに怒られたままで終わらせたくなかったので、革命を起こしてみました。
令ちゃんが不憫な気もしますが…たぶんちさとちゃんが何とかしてくれた筈です。
静様と聖様のシーン、自治区的にはかなり満足です。
終わり方も絶対こうしようと決めていたので満足です。
このありえない設定のシリーズを無事完結させることが出来て本当に良かったです。
今まで支えてくださった方々、本当にありがとうございます。
今度は滞っている『出雲』か、今頭の中にある妄想を書せていただきますので、またよろしくお願いします。


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