【3045】 カイダン  (パレスチナ自治区 2009-08-27 01:21:15)


ごきげんよう。
今回は少し雰囲気を変えてみたいと思います。
時期的にはレイニーブルーのあたりです。

『もう、いいんです』
そう言って祥子から逃げてきた。
聖様や景さんの励ましがあったが、次の日、学校には行きたくなかった。

祥子とバレンタインデートの待ち合わせをしたK駅にやって来た。
ただあてもなく何処かへ行くつもりだった。
最も遠くまで行ける値段を払い切符を購入する。

おそらくこれが最期の旅になるだろう。
ちょうど到着した電車に乗り込む。
とても空いていた。
しばらく景色を眺めてみる。
行ったことのない方面なので景色が真新しいが大して面白くない。
どれほどまでに祥子の裏切りはこのいたいけな少女を傷つけているのだろう。
いつもなら元気に充ち溢れている可愛らしいどんぐり眼はまるで死人であるかのように光が無い。

買った切符で行ける限界のところまで来た。
とりあえず電車を降りてみる。
『桐の木』という名前の駅だ。
駅の中を歩いていたら4番線のホームにやって来た。
先ほどよりも空気が重く感じられた。
帽子を深々と被った不気味な駅員が切符を売っていた。


「あのう、この路線は何処まで行ってますか?」
とりあえず切符を買うことにした。
「『別れ道』までです…」
「じゃあ、そこまでの切符をください」
「………お嬢さん…本当にそこまで行くのかい…?」
「どうしてですか?」
「……ふふふ…もしかしたら、もう戻ってこれないかもしれないよ…?永遠に…」
「………」
少し怖い気もしたが。大好きなお姉さまに裏切られ、全てが嫌になっていた祐巳は、
「お嬢さん、どうするね?」
「そこまでの切符をください」
切符を買ってしまった。
「………くくく…わかりました…終点『別れ道』までは780円になります…」
祐巳は律儀にもきっちり780円払った。
「……はい、丁度ね……良い旅を…」
「………ありがとうございます」

そんな祐巳と不気味な駅員のやり取りを他の駅員がいぶかしげな表情で眺めていた。

今にも朽ち果てそうなベンチに座って電車を待っていると、古ぼけた電車が2両編成で『ギシギシ』と嫌な音を立てながらホームにやって来た。

『この列車は、折り返し『桐の木霊園』発、『別れ道』行きの普通列車です。ただ今から車内点検をいたしますので、しばらくホームでお待ちください』
ちょっと待て。『桐の木霊園』?
この駅は『桐の木』じゃなかったのか?
まあいいか。この路線はさっきの路線とは違う会社が運営しているのだろう。

しばらくして電車のドアが開いた。
祐巳の他にも何人かの乗客がいるが、なぜか全員不気味な雰囲気だ。

電車はゴトゴトと重苦しい音を立てながら殺風景な景色の中を進んでいく。
一駅停まるごとに乗客が減っていく。
新たに乗ってくる客は居ない。
しばらくすると前の車両にも後ろの車両にも祐巳以外、誰もいなくなっていた。
こんなところでもわたしは孤独なのか…
なんという皮肉だろう。
凄く悲しくて声をあげて泣いてしまった。

『別れ道、別れ道。終点です。お降りの際はお忘れ物の無いよう、お気お付けください』
ついに終点だ。
「お嬢さん、忘れものは無いかね」
「びっくりした!」
さっき切符売場にいた駅員だ。どうやら車掌も務めているらしい。
「それはすまんね…それで忘れものは?」
「ないですよ」
「………ククク……本当かい?本当に何も忘れていないのかい?」
気持ち悪い人だな…
「ないです。大丈夫です」
「そうかい。ならいいよ…お嬢さん、あんたがそれでいいならね…それじゃあ…」
そう言い残し不気味な駅員は電車の中へと戻って行った。

駅を出るとまだ線路が続いているのが見えた。
なぜかそちらに足が向かっていた。

木製の半分腐った電柱が等間隔に、これまた半分腐ったような電線を通している。
おそらくこれは休止線扱いの廃線なのだろう。
きっとさっき使った路線は赤字路線でここから先は廃止にせざるを得なかったに違いない。

一歩進むごとに空気が重くなるのを感じる。
それでもなぜか引き返すことが出来ない。
そして、『本当の』終点に着いた。
とても広い駅に着いた。
駅の構造は5島6線になっている。
かなり栄えていた駅だったのだろう。
駅の名前を表記したプレートはすでに朽ち果てていて文字を読み取るのは不可能だった。
たぶん一番線だった場所には錆びついた車両が放置してあった。
その哀愁漂う姿は、自分自身に重なって見えた。
祐巳はその車両に手を触れてみた。
日が当たっているにもかかわらず、その車体はとても冷たかった。
まるですべてを拒否した自分のように…
「お前…わたしみたいだね…」

「そうね…今の貴女はその子よりも冷たい…」

いきなり誰かの声がした。
「うわあ!!」
「あらあら、大きな声。みんなは静かな方がいいから大声出さないで」
その声の主は…
「ししし、志摩子さん?!どうしてここに?!!」
白い服を着た志摩子さんそっくりの女の人が立っていた。
「しまこ?私はしまこじゃないわ」
「え?じゃ、じゃあ貴女は誰ですか?」
「知りたいの?でも、まだ人として生きていきたいのなら私の正体は訊かない方がいいわよ」
「どうして?」
「言葉には霊力があるの。私が自分の名前を明かしてしまったら、それが貴女の心を貪り、貴女を人では無いものに変えてしまうわ」
「じゃあ、いいです」
「それより、貴女はどうしてここに来たの?」
「普通に歩いてきました」
「そう…貴女は迷い込んでしまったのね…」
「迷い込む?」
「ええ…この場所は貴女のような人が踏み入れてはいけない場所…でも今の貴女にように心に闇があると呼び寄せられてしまうの」
「心の闇…」
「そう…例えば、誰かにひどい事をされて怨んでいるとか。そういうの無い?」
「ひどいこと?………あります…」
「そう…話してくれるのなら、お願いしてもいい?」
「はい…」

祐巳は祥子にされた事、瞳子にされた事等を淡々と話した。
「それで…わたし…辛くて…もう死にたいです…」
「死にたいの?」
「はい…ちょうどいい場所ですよね…」
「それはやめた方がいいわよ」
「どうしてですか?」
「貴女のように不義理を犯している人間は死をもってしても楽になることはないわ。未来永劫、成仏することもなくただ延々と彷徨い続けることになるだけ」
「不義理って?」
「今貴女が学校へも行かずこんなところにいることによって、貴女のご両親や友人、そして貴女がお姉さまと慕っている少女、みんな心配しているわ」
「え……?」
「貴女は自分は孤独だと、そう思っているのね?」
「…はい」
「でも実際はそうじゃない。さっき話してくれたお姉さまのことだっていい方へ考えればいいじゃない」
「いい方へ?」
「そう。最近貴女に対する行動は、何か大変なことになっていて大事な貴女を巻き込みたくない、そこから来ていると」
「え?」
「大好きな貴女を思って、辛いことに巻き込みたくないのよ」
「でも…どんなに辛くても…わたし、お姉さまのそばに居たい…」
「なら、逃げるのではなくて、面と向かってそう言えばよかったと思うけど?だから貴女たちはすれ違ってしまった」
「……あ…」
その言葉に涙が出そうになってしまった。
「わたし…自分のとこしか考えてなかった…お姉さまに…ひどい事をしちゃった…」
「それは相手も同じよ」
「……でも……でも」
「ふふふ…でもね、それでいいのよ」
「…え?」
「大好きな人とはケンカしたくないし、しないのが理想よね」
「はい…」
「でもね、それはあり得ないのよ。自分と同じ人間なんて存在し得ないのだから、当然考えていることだって違うわ」
「そうですね…」
「だから言葉が大事なのよ」
「はい…」
「それと、ケンカするのだって大事なのよ」
「どうしてですか?」
「ケンカして、仲直りして、そうやって人の関わりは強くなっていくの。ケンカしなくてもうわべだけの仲良しなんて価値は無いわ」
「……」
「だから貴女たちはチャンスなのよ。もう一度しっかり話し合えばきっとわかり合える。以前よりも素敵な関係を築くことが出来るわ」
「はい!」
「いい返事ね。それなら大丈夫よ。それじゃあ私をしっかり見ていてね」
「…はい?」

『何が見えるか…それが重要だから…しっかり集中するのよ…』
彼女は耳ではなく心に聞こえるように言ってきた。
そして彼女を激しい閃光が包み込んだ。
眩しかったので目を瞑ってしまった。

『祐巳』

その時、お姉さまの声が聞こえたような気がした。
目を開けると志摩子さんに似た女の人はいなくなっていた。

『今、貴女が感じた声は貴女が今、真に求めているもの。さあ早く、走って。遅れてしまったら二度と手にすることはできないから…もう振り返ってはだめよ』
彼女の声が心に聞こえてきた。

「わかりました!」

急いで走る。きっと電車が出てしまったらわたしは二度とお姉さまに会うことはできない。
一歩戻るごとにどんどん足が重くなっていく。
この場に巣くっている何かが、わたしを帰らせないように邪魔しているのだろう。
負けるもんか!
早く帰ってお姉さまに謝るんだから!!
もう許してもらえないかもしれない。でも、そんなの関係無い。
だって、わたしのお姉さまは世界一だから!!

「はあはあ…あと少し…」
駅が見えてきた。
すでに電車は到着している。

『ピー!』
車掌が笛を吹いた。
早くしないと!
早くしないと!!

「待ってーーーー!!!」

「おやぁ?」
車掌が気付いてくれた。
早くしろと手招きしている。

「……はあはあ…まに…あった」
わたしがそう言うと、車掌はニヤッと笑った。
「………お帰り。間に合ってよかったね…わしが言ったことの意味がわかったかい?」
「……はい」
「……ふふふ…そいつは良かった。さあ、出発だよ…」

『桐の木、桐の木。終点です』
あれ?さっきは『桐の木霊園』だったのに…まあいいか。
それより凄く眠い…
「……お嬢さん。今度は忘れ物が無いみたいだね…もう忘れちゃだめだよ…」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、気を付けて帰るんだよ…」
「……は…い…」
わたしは意識を手放した。

「お客さん、お客さん。どうしました?起きてください」
だれかがわたしを起こそうとしている。
「ふあい…」
「気分でも悪いのですか?」
「いいえ…『別れ道』まで行って帰ってきたら疲れちゃいまして」
「『別れ道』?それは何処ですか?」
「ええ?そこの4番ホームから出ている路線の終点ですよ」
「4番ホームなんてありませんよ」
「ええ?!だって…あの帽子を深く被った駅員さんは?」
「……そんな人いませんよ」
「……そんな…」
「タヌキにでも化かされたんですか?」
「……」
「とにかく次の電車がK駅行きの終列車になりますから」
「うそ?!」
「本当です。ご利用なら準備してください」
「は、はい!!」

お姉さまには今日中に会いたかったが無理だろう。
明日、朝一番にお姉さまの家に行って…迷惑かな…

家に帰ったらきっと大目玉に違いないが、山で会った女の人の言葉を思い出す。
怒られるのは嫌だが、わたしを思ってのことだから仕方ない。

改札をくぐり駅の出口に行くと、そこには…
「お帰りなさい、祐巳」
お姉さまが立っていた。
「お、お姉さま?!どうしてここに?!!」
「なぜか貴女がここに来るような気がしていたのよ」
「お、おね…」
「全く、心配したのよ?」
「おねえさまーーー!!!」
わたしはお姉さまに駆け寄り、抱きついた。
お姉さまは何も言わずにわたしの頭を撫でてくれた。

「祐巳、ごめんなさいね」
「お姉さま?」
「ここ数日、おばあ様の容体が悪くて、貴女との約束を破ってしまって」
「そう、だったんですか」
「我が家のことだし、優しい貴女のことだからきっと一緒に悩んでしまうと思ったから黙っていようと思ったのだけど…余計に辛い思いをさせてしまったわね」
「わたしも…自分のことしか考えていませんでした…ごめんなさい」
「おばあ様にね、聞き分けのいい子なんていないのよって怒られてしまったわ」
「お姉さま…」
「貴女は人一倍我慢強い子だから、それに頼りすぎてしまって…」
「お姉さま…」
「これからはちゃんと話しあいましょうね、祐巳」
「はい…お姉さま」

わたしが乗ってしまったあの路線。
由乃さんが調べてくれたけど、結局そんな路線は見つからなかった。
知らないうちにとんでもないものに乗っていたようです。

『別れ道』から帰って来た次の日、志摩子さんがわたしにウインクしてきたけど…まさかねぇ…

それより、今貴方が乗ろうとしている電車は本当に大丈夫ですか?

あとがき
レイニーブルーで怪談話を書いてみました。
全然怖くないですけど。
祐巳ちゃんは負の感情が溜まりすぎてしまったばかりに霊界に足を踏み入れてしまった、という設定です。
すみません。あり得ないですよね…
レイニー物を書いてみたかっただけです。
本当にごめんなさい。
なお登場する駅名はフィクションです。言うまでもないと思いますが…
やっぱり、祥祐はいいですよね。


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