【3046】 私が 佐藤聖です  (bqex 2009-08-27 06:52:04)


※もう、酷すぎです。



「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 さわやかな朝の挨拶と爆発音が、澄みきった青空にこだまする。
 マリア様のお庭に集う戦士たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、人知れず修羅場をくぐり抜けていく。
 汚れを知らない心身と武器を包むのは、深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、使命を果たすのがここでのたしなみ。もちろん、敵を前にしながら走り去るなどといった、情けない戦士など存在していようはずもない。
 私立リリアン女学園。
 明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢さま学校である。
 東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。
 時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢さまが箱入りで出荷される、という仕組みが未だ残っている貴重な学園である。
 水野蓉子【No:3024】、藤堂志摩子【No:3026】、鳥居江利子【No:3036】、福沢祐巳【No:3038】は本来であればそのお嬢さまとして出荷される予定だったのだが、ちょっと間違ってしまったために、とても奇妙な学園生活を送る羽目になってしまった。
 これは、そんな彼女たちの物語である。


 
 胸騒ぎの月曜日は「今ここに福沢祐巳を妹とすることを宣言いたします」を経てお茶会に突入した。
 蔦子さんに促され、蓉子は祐巳さんを妹にする事と祥子の嫌がった仕事の因果関係を説明する事になった。

「今年の山百合会の劇はね、『ルパン三世カリオストロの城』よ。クラリスはもちろん祥子でしょう」

 祥子は警備対象である。
 舞台に立たせている間はどうしても無防備になるので狙われやすい。舞台袖で見ていて襲撃阻止のために乱入すれば祥子は無事でも芝居は台無しになる。
 それならば逆に立ち回りをやっても違和感のない舞台でリリアンで上映できるぎりぎりの演目という事でこんなものになってしまった。

「リリアンと花寺はお互いの文化祭でお手伝いを出し合うのが恒例で、カリオストロ伯爵は花寺の生徒会長と決まっていたの」

「昨日まで令が伯爵の台詞を読んでいたではありませんか」

「私は代役ってきいてたけど」

 祥子は反論するも令にあっさり否定される。

「で、祥子がごねたもので、黙らせようと、ちょっと痛いところをついたら爆発しちゃったの」

「ちょっとですって!?」

 妹一人作れない人間に発言権はない、と言ったのがグサッときたらしい。

「でも、『誰でもいいから妹にしろ』っていう意味ではないわよ」

「祐巳の事はずっと面倒みます。面倒を見て、立派な兵士にしてみせます」

 兵士? と表の世界しか知らないお嬢さまたちが首をかしげる。

「あ、いや、とにかく一人前にしてみせます!」

 その後、祥子が正式に妹にと申し込むも、祐巳さんにお断りされ、もめた末に、当日までに祐巳さんを妹に出来ればクラリス役を降板してもいいという事にした。
 同時進行中の「男(O)嫌いを克服(K)して貰って僕(牧)もお嬢さま(場)の警備に加われるようにしてね大作戦」略して「OK牧場大作戦」をスムーズに展開させるため、役の交代になった場合でも手をつながせる配役を考えなくてはならない。
 そこまで考えたところで迎えが来た。蓉子は頭の中を切り替えた。



 同じ月曜日。
 学校が終わって、某所にいた志摩子は頭を抱えた。

「紹介します。祥子の警備担当の水野蓉子さん。小笠原家付きの忍者で祥子担当の藤堂志摩子さん。JFK操縦者の鳥居江利子さん」

 主君より紹介された人物は、表の世界でよく知っている人物だった。
 気まずく挨拶を交わした後、主君より本題が言い渡される。

「2週間後のリリアン女学園高等部の学園祭に乗じて、国際テロ組織が祥子を狙ってくるという情報を得ました。それで、皆さんにはチームを組んで祥子を守っていただきたいと思ったのですが、残りの一人が遅れているので、具体的な話はちょっと待ちましょうか」

「いえ、もう来ています」

 部屋の奥の方から声がする。
 聞き覚えのある声、まさかと思いながらそちらを見る。

「なんの予備知識もなく依頼人に会うほど自信家ではないもので」

「あなた、どこのゴルゴ13よ」

 江利子さまが呆れたように突っ込む。

「き、君は!? いつから部屋に?」

「いや、誰だかもう、わかってますから。話を進めてください」

 うろたえる主君に、蓉子さまは突っ込む。

「私が残りの一人、佐藤聖です。ごきげんよう」

 ウィンクをしながら笑顔で登場したのは、やっぱり志摩子のお姉さまで白薔薇さまの聖さまだった。
 なんという展開。タイトルで読者はだいたい分かっていただろうけど。

(私がこの世界に入った意味って、一体……)

 後で調べたところ、ご両親が裏の世界の「プロ」である聖さまは小さい頃からそのお手伝いをしていたため自然に裏の世界で育ち、高等部に上がる頃には「プロ」になってしまったらしい。
 あの頃は家を継ぐ気がなかったとはいえ、何故、きっちりと調べておかなかったのか悔やまれてならない志摩子だった。
 それぞれの役割分担と情報交換をするうちにこんな意見が出た。

「福沢祐巳さんはどうする?」

 突如祥子さまの妹候補として躍り出たのが彼女である。
 疑いたくはないが、もし、彼女がテロリストの関係者であれば大変な事になるし、逆に普通の生徒であれば大変な事に巻き込んでしまう。

「山百合会の劇に出すって名目でそばに置きましょう。そして、疑惑があったら速攻排除」

「それで守り切れる?」

「志摩子はクラスメイトだったわね」

 志摩子は祐巳さんをマークする事に決まった。
 祐巳さんを調べたが、普通の人らしく特に気になる要素はなかったが、昼休みなどは祐巳さんとご一緒する事にした。



 祐巳は祥子さまの代役のみではなく、いつの間にか割り当てられた銭形警部として山百合会の劇に出る事になった。
 祥子さまがピンクとブルーの蛍光ペンでクラリスと銭形警部の台詞に印をつけた台本をくれた。銭形警部はすぐに覚えたが、クラリスは全部覚えきれなかった。
 稽古は進むが、花寺の生徒会長の柏木さんと対面してから、祥子さまの様子がおかしくなった。蔦子さん曰く、芯の通ったアルデンテではなく、竹輪になったという。
 どんどん時間は過ぎていく。
 祐巳は自宅でテレビも見ずにクラリスの台詞を覚えた。休み時間には志摩子さんに付き合ってもらって時計塔から落ちるシーンの練習をした。
 なんでこんなに頑張っているのか自分でもわからなかったが、自分はクラリスの代役なのだから、万一に備えるのに越したことはない。
 そして、学園祭前日が来た。

「じゃあ、最後に祐巳ちゃんのカーチェイスやって終わりね。何度も言うようだけどここは見せ場の一つなんだからね」

「はーい」

 おもちゃのような車を操って、カーチェイスを繰り広げた。
 伯爵の部下になった由乃さんが幅寄せしてくる。

(あれ……? 由乃さん)

 これは本来銭形警部を演じる方の仕事であって祐巳がクラリスの時は祥子さまの仕事である。「なんで私がモブ」といいながらも、ちゃんと仕事はしていたのに。

「祐巳ちゃん、大成功」

「本番でもこれくらいスムーズにやってくれたら、あとは多少台詞トチっても許すからね」

「でも、祐巳ちゃんがここまで頑張るとは思わなかったわ。本番が楽しみね」

 祐巳は慌てて訂正した。

「お誉め頂いて恐縮ですが、本番は祥子さまがクラリスです」

「あ、そうか」

「そういえば祥子は?」

「伯爵もいないわ」

「とにかく探しましょう」

 留守番役に由乃さんを残し、二人一組で祥子さまを探した。

「やめてったら、離して!」

 祥子さまの悲鳴が聞こえてきた。祐巳と白薔薇さまは我先にと走り出した。

「おのれ柏木、テロリストだったか……!」

 白薔薇さまの声に祥子さまと柏木さんが振り返る。

(えっ……? えーっ!!)

「どういう事が説明してもらおうじゃないの、柏木さん」

 駆け付けた紅薔薇さまが銃を突きつけながら一歩前に進み出た。

「ちょっと待った。僕の話も聞いてくれ!」

 柏木さんはホールドアップとなった。

「問答無用。祐巳ちゃん、守衛さんを呼んできて」

「いけません、私。紅薔薇さまが困るから」

「え? 私?」

 紅薔薇さまが聞き返す。

「銃刀法違反で紅薔薇さまが警察に連れて行かれるの、困りますよね」

「こ、これは……舞台で使ったモデルガンじゃない」

 紅薔薇さまはそう言いながら、銃をしまった。

「皆さま、お騒がせしてごめんなさい。柏木さんがテロリストと言うのは誤解です」

 祥子さまがそう言って頭を下げた。

「彼、柏木さんは──私の従兄で、くれるといった『ピプシロホドン』とそのナビゲーターを今さら返せと言ってきたの」

「いや、あれをやるだなんて言った覚えはない! そう言って小笠原の人間はいつもいつも柏木のものを──」

「身内のやり取りなんてよそでやりなさいよ、よそで!」

 蓉子さまが突っ込むと、祥子さまが講堂の方に向かって走って行ってしまった。
 柏木さんが追いかけようとしたが、ギンナンを踏んづけて転んでいたところを肩を押して転がした。

「ごめんなさい、柏木さんじゃだめなの!」

 祐巳は後を追った。



 日曜日。
 志摩子はその時、部下からの連絡を受けて不審人物を追っていた。

「待って!」

 中等部の校舎に追い詰めたところでマシンガンで反撃された。

「えっ!!」

 防弾繊維で作られた制服のおかげで何とか助かるが、逆に追い詰められてしまった。

「志摩子!」

 聖さまの声がすると手榴弾が敵めがけて飛んで行った。慌てて声の方に走ると、背後で炸裂音がした。

「今の時間、こんなところに誘い出すとは、陽動か!」

「急ぎましょう、お姉さま」

 志摩子と聖さまは高等部の敷地に戻った。やはり銃撃音がする。
 茂みに隠れて蓉子さまがサブマシンガンを構えて敵の様子をうかがっていた。

「蓉子……何じゃその格好はっ!」

 聖さまは突っ込んだ。

「仕方ないでしょっ! クラスの喫茶店の手伝いしてて抜けてきたんだから」

 蓉子さまはメイドの着ているエプロンドレススタイルで、何故か猫の耳のようなものがついたカチューシャをつけていた。ご丁寧に、首輪のようなチョーカーには鈴が付いている。
 志摩子はノートパソコンを取り出し作業を始める。

「紅薔薇さまのネコ耳メイドって……ただでさえ別の仕事が入ってて忙しいのに断らなかったの?」

 アサルトライフルを準備しながら聖さまが言う。

「クラス委員がクラスを放ってはおけないわよ」

 発射しながら蓉子さまが反論する。

「でも、3年椿組ってネコ耳メイド喫茶だっけ?」

 聖さまが援護射撃を始める。

「コスプレ喫茶よ。『蓉子さんはこれ』って言われた衣装を着ただけ」

 蓉子さまは再び様子をうかがう。

「でも、ストッキングは自前でしょう? しかも、あのガーターベルトだよね?」

 聖さまも様子をうかがう。

「ええ、『ストッキング用意して』って言われてね。あなたがバースデープレゼントにくれた黒のやつ」

 志摩子はキーを打ち間違えそうになる。

「パンストにしなかったんだ」

「ガーターベルトだとナイフとか挟めて便利なのよ」

 いかがわしい会話を聞きながら、志摩子はEnterキーを押した。
 敵の背後で爆発が起き、飛び出してきた敵を聖さまと蓉子さまがしとめた。

「そろそろ、楽屋入りの時間よ。いきましょう」

 三人で楽屋に向かった。



 楽屋の更衣室に祐巳と祥子さまが到着したのは1時5分前だった。

「どこへいってたの! 12時半までに集合って言ったでしょう!」

 次元大助の衣装を身に付けた紅薔薇さまがすごい形相で二人を迎えた。

「遅れたらまずごめんなさいでしょう」

「ごめんなさい」

「気が気じゃなかったのよ。二人そろって消えたのかと思ったわ」

「まさか」

 黄薔薇さまが背後霊のように現れて髪を整えてくれた。峰不二子が銭形警部の髪を整えるのはどこか滑稽で楽しかった。

「ところで伯爵は?」

「約束の20分前に来て、待機してもらってる」

 石川五ェ門の令さまがネクタイを締めてくれた。

「ところで、二人は何をしていたの?」

 もみあげをつけてルパン三世に化けた聖さまが興味津々って感じで尋ねたので、学園祭デートの模様を語った。

「本番前にカレーを……」

「うらやましいわ。あなたたちには、緊張というものがないのね」

 薔薇さまたちは口々に言った。

 幕の間から観客席を見ると思ったよりずっと大勢のお客さんが入っていた。
 舞台の上にはカーチェイスを行う山道のセットが準備されていた。
 そして、「ルパン三世カリオストロの城」の幕が上がった。



 やはり、というか。
 想定されていたがテロ組織の襲撃があった。
 江利子はゴーグルをつけJFKを操作していた。
 敵も舞台を利用して狙ってきているせいか、芝居は全く破たんしていないどころか盛り上がっている。
 何度も本物の爆撃やら銃撃やらが起こり、観客が巻き込まれていないか不安になる。
 現在、クライマックスシーンに突入し、蓉子の同僚やら志摩子の部下やらも入り混じり大混戦で、ルパンの聖はクラリスの祥子を連れ出した。
 追ってくる伯爵の声が微妙に違うのは、敵が柏木さんと入れ替わったらしい。

「えっ!?」

 声がして振り向くと、セットの時計塔の文字盤がゆっくりと起き上っていく。
 こんな演出はない。
 文字盤は当初垂直だったが、実際にやってみると危険だったので、45度に寝かせて演技する事になったのだ。しかし、敵の仕業だろうか、垂直になってしまった。
 何とかしたいが、江利子自身、舞台に立ってマシンガンで応戦中なのだ。
 文字盤から、クラリスの祥子を連れて伯爵とルパンの聖が出てきた。
 祥子は垂直になってしまった文字盤に固まっている。
 ここは聖に任せるしかない。

「その子に手を出すな。その子に指一本でも触れてみろ」

 聖はワルサーP38を構える。台本と違っているが、観客が不自然に思わなければなんとでもなる。
 伯爵も銃を構える。

「きゃっ!」

 ルパンの聖と伯爵の銃が火を噴き、クラリスの祥子がバランスを崩して落ちた。
 JFKを戻そうとするが、江利子自身に襲いかかってくるものがいて、一瞬反応が遅れた。

「しまった!」

 その時、銭形警部の祐巳ちゃんが動いていた。
 クラリスの祥子をかばうように下敷きになる。
 文字盤の方では、伯爵がゆっくりと倒れ、ルパンが飛び降りる。
 挟まれてなんぼの伯爵は台本通り時計の針に挟まれた。
 敵の排除が終わり、乱入者たちが撤退を始めた。
 江利子も撤退して、あとはラストシーンである。
 ルパンの台詞を言って、聖が引きあげてきた。

「くそー、一足遅かったか。ルパンめ、まんまと盗み追って」

「いいえ。あの方は何も取らなかったわ。私のために戦ってくださったんです」

「いや、奴はとんでもないものを盗んで行きました」

 銭形警部の名セリフで幕が下りる。

「あなたの心です」

「今回、それを盗んだのは、あなたではなくって?」

 最後に祥子がアドリブをつけて終わった。
 柏木さんは、楽屋で気絶させられているところを志摩子に発見された。



 ファイアーストームを眺めて祐巳ちゃんはぼんやりとしていた。

「探したわ」

 祥子が立っていた。

「ちょっと、いい?」

「はい」

 二人はマリア像の前に移動する。

「これ、祐巳の首にかけてもいい?」

 それは、ロザリオだった。

「賭けとか同情とか、そんなものはなしよ。これは神聖な儀式なんだから」

「お受けします」

「ありがとう」

 祥子はそっとロザリオをかけた。

「あ」

 二人同時に呟いた。
 祐巳ちゃんは意識を失った。

「ちょっと、同じ事を繰り返すわけっ!? 芸がないんだから」

 蓉子は同僚たちに文句を言う。

「あー、もうちょっと楽しませてくれてもいいのにっ!」

 祥子がむくれて言う。
 祐巳ちゃんが車に乗せられて去っていく。

「あー、あの子もこっちに入れちゃうんだ。小笠原は恐ろしいねえ」

 聖が呟くように言う。
 隣で志摩子が困ったような顔をしている。

「まあ、面白くなりそうじゃない」

 江利子が笑った。
 このメンバーと月とマリア様だけがみていた。


一つ戻る   一つ進む