※いつものようにネタバレの嵐です。
薔薇の館。
江利子、蓉子、聖、令、由乃が揃っていた。
「えー、では、これより会議を始めます」
仕切っているのは江利子である。
「今日の議題は『お釈迦様もみてる ウェット or ドライ』が2009年10月2日発売についてです」
「ええっ、まんが王でもまだ上がってないのにやるのっ?」
驚く聖。
「でも、webコバルトの来月のラインナップには入っていたわ」
冷静に言うのは蓉子。
「ところで、他のメンバーはどうしたの?」
聖が聞く。
「このSSは『お釈迦様もみてる ウェット or ドライ』の時系列に合わせたてあるから、正式メンバーでこの場にいないのは祥子ね。でも、祥子は『花寺の話の時は決まって逃げていた』という『マリア様がみてる』(無印)の設定があるから免除されているの」
蓉子が解説する。
「志摩子は? 『マリア様がみてる いとしき歳月(後編)』の『片手だけつないで』で手伝いに来る事になってるでしょう」
聖が聞く。
「確かにね。祐巳ちゃん1年の6月といえば、志摩子について『手放すのがもったいなくなっちゃった』とか志摩子が呼び捨てにされて心地いいとかのあたりだから、来てもいいはずだけど」
「その件については、志摩子さんから手紙を預かってきています」
由乃が手紙を差し出した。
手紙にはこう書いてあった。
『キリスト教の教えではBLは大罪です。
教義に反する本の宣伝には出られませんので、今日は休ませてください。
その分「マリア様がみてる」の宣伝活動には力を入れていきます。
藤堂志摩子』
「……この作者の予告SSの志摩子はBL嫌いって設定だったけど、来もしないわけ?」
「いや、わかるけど」
蓉子と聖が笑いながら言う。
ダンッ!!
力強く江利子がテーブルを叩いた。
「雑談はいいから、サクサク進めるわよ。『釈迦みて』シリーズが続けば花寺の文化祭に我々は『ミス花寺』の審査員として登場できるのよ。そのためにも、ほどほどにシリーズを続けさせる必要があるの。わかってる?」
「本当はチョイ役でも熊男の出番を確保するため?」
蓉子が突っ込む。
「そうよ! 山辺さん分が足りないのよっ!」
「いや、『マリみて』のファンはそこまで熊を求めてないと思うけど」
聖が否定的に言う。
「念のため呼びかけてみる? 『熊男が好きで好きでたまらないので熊男サイトをやっていますって方は交流掲示板に名乗り出てください』って」
蓉子が呆れたように聞く。
「いや、この作者は百合スキーだから、求めてないから」
聖が否定する。
「お姉さま、今回の会議は山辺さんサイトを教えてもらう趣旨なのですか?」
「違うわよ! 『お釈迦様もみてる ウェット or ドライ』の宣伝よ!」
令の質問に江利子が逆ギレ気味に答える。
「と、いうわけで宣伝CMを……ちょっと! なんでみんなうんざりした顔してるわけっ!?」
「……だって」
「ねえ……」
蓉子と聖が顔を見合わせる。
「自分の出てないCMなんてやってむなしくないの?」
「こんなの、祐巳ちゃんと祐麒くんに任せておきましょうよ」
聖と蓉子は揃って乗り気ではなかった。
「あら、これは何かしら?」
「し、しまった」
【佐藤聖が気乗りしないで作ったCMらしきもの】
乃梨子は道なき道を走っていた。
祠のところで立ち止まると、後ろから追ってきたアメリカ人みたいな女性が乃梨子を捕まえて聞いた。
「ようこそ、リリアン女学園へ。この学校へは受験で?」
「はい。外部受験で入学しました。『マリア様がみてる チェリーブロッサム』にも、『マリア様がみてる バラエティギフト』収録の『羊が一匹さく越えて』にもその辺の経緯が詳しく描かれています」
聖は乃梨子を捕まえたまま蓉子の方を見て言った。
「監督、台本通りいきません!」
「あなたが企画したCMでしょう!? こっち見ないで続けなさいよ!」
蓉子が叱ると渋々聖は次の台詞を言った。
「元気が良くて活きのいい子は大好きだ。今すぐ紅か白かを決めたら許してやろう」
「志摩子さんと同じ白でお願いします。なお、私、二条乃梨子が白になる経緯は絶賛発売中のCDドラマ『マリア様がみてる ロザリオの滴/黄薔薇注意報』で詳しく描かれていますので、ぜひお買い求めください」
「……」
「ところで、ギャラの仏像写真集は本当にいただけるんですよね」
「約束だ。解放してやろう」
15000円もする仏像の写真集を受け取り乃梨子は嬉々と去って行った。
「あなた、酷すぎよ! 『お釈迦さまもみてる 紅か白か』とのクロスオーバー風CMかと思ったら、全然『釈迦みて』をアピールしてないじゃないのっ! CMは作れない、妹は作れない、それで白薔薇さまなんて名乗るなっ!」
江利子はブチギレた。
「だから見せないようにしてたのに。それに、この時期妹がいないのは原作通りじゃない。それを、酷い……酷い……」
聖はどんよりとしてしまった。
「こんなの放っておいて、蓉子。あなたは期待を裏切らないわよね?」
おでこと目を光らせて、江利子は蓉子に迫った。
「え? ええー、何の事かしら?」
「あなたの用意したCMを見せなさいっ!」
「あっ、まずい……」
【水野蓉子がやっつけ仕事ですませたCMらしきもの】
講堂の舞台に由乃が進み出た。
「一年生の秋になるまで祐巳さんが山百合会に入らず、高等部一年の春から秋までは、短編しかありませんでした。そして、祐巳さんが山百合会に入り、初めてリリアン女学園の一年を知りました。ですから、『マリみて』の世界の空白が、よく見えます。『釈迦みて』はその間の補完の手助けをします。手始めに祐巳さんの私生活から補完していきましょう。私も手術をして改造人間化してネタの提供を怠りません。みなさんと、一緒に頑張ります」
由乃は構わず続けた。
「BL云々と言われた方がいましたが、『マリみて』=百合は常識ですから、我々にその例えは当てはまらないでしょう。また、がちゃがちゃ掲示板では書けないお姉さまとの手取り足取り……」
リンリンと呼び鈴が鳴った。
「島津さん、演説を終了してください」
「18禁、どこが悪いの?」
「これはひどい! うちの孫がいくら暴走系だからってそこまで貶めるとは何事よ! あなた、そんな事だから4期アニメのオーディオコメンタリーに薔薇さまなのに一人だけ呼ばれないのよ、これだから百合要員はっ!!」
「うう、オーディオコメンタリーは中の人の都合だってあるのに……酷い……酷い……」
蓉子はどんよりと落ち込んでしまった。
「令、こうなったらあなたが挽回するのよ」
「え、ええーっ!!」
【支倉令が命令されていやいや作ったCMらしきもの】
希望の丘。
アリスの漕ぐゴンドラがアテナを乗せてゆっくりと水上エレベーターを上がってきた。
灯里と藍華が見守っている。
「こう見えても、私。セイレーンの一番弟子なんですよ」
笑顔を見せ、歌い出すアリス。
今までに見せた事のないアリスの笑顔にちょっと驚いたアテナの表情がやがて穏やかなものに変わる。
カンツォーネが終わるとアテナがアリスの手袋を取る。
ペアと呼ばれる見習いからシングルに昇格したのだ。
「それと」
アテナはもう一方のアリスの手袋に手をかける。
「協会は英断を下しました」
アリスのもう片方の手袋がとられる。
一気にプリマへと昇格したのだ。
「おめでとう。お釈迦さまもみてるウェット or ドライ」
「って、なんでいきなり『マリみて』と関係ない『ARIA』なのよっ! しかも、思いっきりいいシーンでそれは酷すぎよっ! 令、『ARIA』ファンに謝りなさいっ!」
「お、お姉さまが作れと言うから作ったんですよ」
令はオロオロする。
「いいから、謝りなさい!」
「『ARIA』ファンの皆さん、ごめんなさい」
令は涙を流して謝罪した。
「由乃ちゃん、もう、最後の砦はあなたしかいないわ」
江利子は由乃に迫った。
「わかっています。山辺さんも出演するCMを作ったのでご覧ください」
【島津由乃が暇つぶしに作ったCMらしきもの】
「『お釈迦さまもみてる ウェット or ドライ』です」
父親に宣伝しなさいと言われた少女、亜紀ちゃんははっきりとした口調で宣伝を始めた。
「2009年10月2日発売でシリーズ3冊目です」
「『マリア様がみてる リトル ホラーズ』です。絶賛発売中で、シリーズ37冊目です」
「お父さんも出てるシリーズなんだよ」
「買いましょう」
私の言葉に亜紀ちゃんは下を向いた。
「江利子さんに、何かお話はないのか」
山辺さんが、娘に声をかける。気まずい沈黙をどうにかしたいのはわかるけれど、幼稚園生の娘にこれ以上宣伝させてどうする。仕方ない、ここは私が何か面白話でも提供して──。と思ったら、亜紀ちゃんが私に向かって一言いった。
「もう帰っていいですか」
いきなりパンチを食らった気がしたね。
そうですか。あなたも百合派なんですね。
BL本なんか買ったって、お金の無駄というわけですね。
そんな言葉が頭の中でグルグル回って、もう、何も言い返せなかった。
「ちょっと、正に『亜紀、何てことを』な展開じゃないのっ! ……って、みんなどこへ行ったのよっ!?」
薔薇の館にいるのは、気付けばCMを見ていた江利子一人になっていた。
同じころ、薔薇の館の外にはCMを見ている隙に脱出した蓉子、聖、令、由乃がいた。
そして、誰も買わないだろうなと思いながら帰宅した。
翌日、令がどのような目にあったのかはがちゃがちゃ掲示板には書けない話。