【306】 横槍を入れるシチュエーション  (琴吹 邑 2005-08-04 23:55:09)


がちゃSレイニシリーズです。

このお話はくま一号さんが書かれた「【No:277】三角関係はじめました」の続きとして書かれています。

 部活が終わり、用具を片づけ帰ろうとしたとき、誰かがため息をつく音が聞こえた。
 校舎とは反対側、いわゆる体育館の裏だ。
 いつもなら、そんなため息なんか些細な事とほっておくのだが、そのため息は自分のよく知る人物にように思えたのだ。
 こっそりと、ため息のした方をのぞくと、そこにはドリルがいた。
 ドリルは私が見ていることに気がつかないで、ぶつぶつと、何か言ってる。
「はぁ、何でこうなっちゃったのかしら、祐巳さまに妹にしてもらうとやっと、一念発起したのに。白薔薇さまが出てきて、妹になってなんて一体どういう……。乃梨子さんも本気なのかしら……」

「それ、どういうこと?」
 ドリルが祐巳さまのことで、悩んでいるのであればほっておこうと思ったが、ドリルがした意外な発言に思いがけず声が出てしまった。
「か、可南子さん! な、なんで」
「いままで、そこで練習したのよ。バスケ部の」
「そうですか………ところで、可南子さん時間有りますか?」
「有るけど? なに?」
「ちょっと、おしゃべりにつきあってもらえません?」
 私はドリルのその言葉に驚き、彼女を見つめた。
 彼女の方から、こうやって誘ってくるのは珍しいことだったから。
 私はその言葉に、何も言わずに、ドリルの横に座った。

 彼女は、昨日からの顛末を私に語ってくれた。

 祐巳さまに妹にして欲しいと頼んだこと。
 祐巳さまに紅薔薇さまを見ていると言われたこと。
 飛び出した彼女を白薔薇さまが慰めてくれたこと。
 昼休みに、白薔薇さまに甘えたこと。
 彼女が思わず、「白薔薇さまがお姉さまだったら、良かったのに」と言ってしまったこと。
 その言葉を聞いて白薔薇さまが「乃梨子さんににふられたら、彼女に妹になってもらおうかしら」と言ったこと。
 その白薔薇さまの手に乃梨子さんの首に掛かっているはずのロザリオがあったこと。

「もう一体何がなにやら、わかりませんわ。私は祐巳さまに妹にしてもらうと思っただけなのに」

 彼女は最後に力無くそう呟いた。

 なるほど、祐巳さまに振られ、白薔薇さまからスールの申し入れがあり、いつもの相談役である、乃梨子さんと仲違い状態で弱り切っているのがよくわかる。何しろ私を相談役に指名するくらいなのだから。

「少し聞いてもいいかしら? あなたは、白薔薇さまの妹になりたいと言った。その時、白薔薇さまは、乃梨子さんに振られたらと言ったのね。そのあと、白薔薇さまは、袖をまくり上げて、ロザリオを見せた。そう言うことで良いわね?」
「ええ、でも、まさか乃梨子さんが、ロザリオを返すなんて。温室の時のことは乃梨子さんわかってくれたはずなのに……」

 私は、弱り切っているドリルを見ながら、彼女から聞いたことをまとめていた。

 乃梨子さんがロザリオを返す原因は今のところ、温室の件しか考えられない。
 でも、乃梨子さんは、温室の件は納得済なのだ。
 暴走機関車じゃ有るまいし、乃梨子さんが済んだことで、ロザリオを返すとは思わない。
 そして、白薔薇さまはがドリルに提示した条件は、乃梨子さんに振られたらだ。
 それは、白薔薇さまが、積極的に乃梨子さんの仲を解消する意志がないことを表しているはずだ。
 だから、白薔薇さまが自分でロザリオを取り返すことはしない。

 乃梨子さんはロザリオを返さない。
 白薔薇さまはロザリオを取り返さない。
 でも、白薔薇さまの手にロザリオはある。

 その一方で、ドリルは祐巳さまに告白をした。
 振られたドリルを白薔薇さまが慰めている。


 なるほど、仕掛けが見えた気がした。
 これは大がかりな芝居なのだ。多分祐巳さまとドリルをくっつけようとする。
 こんな単純なことに気がつかないとは、ドリルはよっぽど参ってらしい。
 当事者になれば冷静に見られない物かも知れないが。

 私は一つため息をついた。
 私はどういう風に動けばいいか。
 気がついたことをドリルに伝えて、芝居に横やりを入れることは出来る。
 そうすれば、多少はこの弱り切ったドリルを元気づけることが出来るだろう。
 でも、せっかくのネタをここでばらしてしまうのは少し惜しい気がした。
 祐巳さまとドリルの姉妹を巡る騒動。観客に徹していた方が面白そうだ。
 でも、ここまで弱り切っているドリルをこのままほっておくのは少しかわいそうな気がした。

「で、あなたは、白薔薇のつぼみになるつもりなの?」
「まさか。たしかに白薔薇さまは、祐巳さまに比べて、勘も鋭い方だし、私のことを良く見ていてくださっていると思うけど、白薔薇さまの妹は、乃梨子さん。彼女にしかつとまりませんわ。それに、祐巳さまにこと………」
 彼女はここで言いよどんだ、でも、ぎゅっと口を引き締めると、言葉を続けた。
「たとえ、祐巳さまに断れたからって、白薔薇さまにすぐに乗り換えるほど、私の気持ちは安っぽい物ではありませんわ」
 そうだろう。ドリル、いや、私の知る松平瞳子ならこういう反応が返ってくるだろう。
 思っていたとおりの反応が返ってきて、私は思わず微笑みを浮かべた。
「なんですの? ここは笑うところではないでしょう?」
「失礼。他意はないの」
 私の言葉にドリルは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「きっと、あなたを振った祐巳さまは、近々火星に向かうことになるでしょうね」
「どういう事ですの?」
「火星に行かないもう一人の祐巳さまが、近々あなたの元を訪れると思うわ。あなたが今の気持ちのままならね」
「全く意味がわからないわ。説明してもらえないかしら」
 彼女に意味が通じるはずがない。でも、それで良いのだ。
「嫌よ」
「何ですって?」
 ドリルは、大きな声を出してこちらをきっとにらんだ。
「それだけ大きな声が出せれば大丈夫ね」
 私はそう言うと、立ち上がり、彼女に背を向けた。
「可南子さん待って、説明しなさい!」

 私は正面を向いたまま、彼女の問いに答えた。
「待てば海路の日和ありってことよ」
「どういう事ですの?」
「それでは、ごきげんよう」
 その質問に答えず、私はそう言ってその場を後にした。


【No:328】へ続く


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