【3061】 我が名は「紅薔薇」ヘソ出し姿の  (bqex 2009-09-12 23:22:56)


やっぱり書いた白薔薇編【No:3064】
これでいいのか黄薔薇編【No:3071】

 朝。

 ピピピピピピ……

 目覚まし時計が鳴っている。
 寝ぼけた少女が手探りで時計を探し当て、ボタンを押すと音が止む。

 ピピピピピピ……

 最近の目覚まし時計は根性があるので1回や2回ボタンを押したぐらいでは止まらない。ちょっと面倒くさい操作でちゃんと停止させないといつまでも迷惑に鳴り響く。
 寝ぼけた少女は、目覚まし時計を……投げた。
 時計自体が壊れれば確かに音はならない。
 しかし。
 不幸にもその時、目覚まし時計が飛んでいくと思われる場所、部屋の扉を開けるものがいた。

「お姉さま、朝ご──うひゃあぁっ!!」

 その犠牲者の少女は寝ぼけた少女の投げた目覚めし時計が顔面に飛んできて、そのまま食らって、鼻血を出しながらゆっくりと倒れた。

「祐巳お姉ちゃん!」

 同じぐらいの背格好の少女が、犠牲者の少女が床にゴチンとぶつかる直前に受けとめようとしたものの、支えきれずに下敷きになるように倒れる。

「ああっ、もう」

 扉の前の犠牲者と救出者の脇をすり抜けて、一人の女性が部屋に突入した。

「祥子! いつまで寝てるのっ? それから、危ないから目覚まし時計を投げるなとあれほど言ったでしょう!?」

 カンカンに怒った女性は布団をはぎとった。
 布団の中には少女が、乱れた寝相で、しかもヘソ出しで寝ていた。

「うーん、お母様、もう少し……」

「寝ぼけるのもいい加減にしなさいっ!」

 強引に肩を掴むようにして女性は少女を起こす。

「……お姉さま?」

 少女はなんとなくあたりを見回し、時計に目をやって、三秒ほど溜めてから叫んだ。

「何故もっと早く起こしてくださらないんですかっ!?」

 慌てて飛び起きた少女、紅薔薇家次女の祥子は身支度を始める。ちなみに高校三年生である。

「毎朝毎朝、どうして自分で起きられないのよっ!」

 叱る女性、紅薔薇家長女の蓉子は祥子の制服をとってやる。春から某大学の法学部に進学した。

「ありがとうね、瞳子」

 鼻血を出した少女、紅薔薇家の三女祐巳は鼻にティッシュを詰めたままキッチンの方に引き返す。祥子と同じ高校の二年生である。

「それより、なんか焦げ臭いような」

 ティッシュを持った少女、紅薔薇家の四女瞳子はキッチンに入るなり悲鳴をあげた。ちなみに二人の姉と同じ高校の一年生である。

「煙があっ!」

 キッチンに煙が充満していたのだ。

「ああっ! 目玉焼き焼いてたの忘れてたっ!!」

 祐巳が慌てて火を止めるが、予想通り、目玉焼きは炭と化している。

「火は出なかった? 焦がしただけ? そう。じゃあ、そんなの祥子に食べさせちゃいなさい」

 状況を確認すると落ち着いて蓉子はそう言うと椅子に座って朝食を取り始めた。

「どうして私が焦げた目玉焼きなど食べなくてはいけないのですかっ!?」

 怒りながら祥子が乱暴に席に着く。

「あなたが自力で起きるなり、祐巳ちゃんに目覚まし時計ぶつけるなりしなきゃ焦げなかったもの。それに、今日はあなたが朝食当番だったでしょう? 毎回毎回朝の当番はサボって祐巳ちゃんにやらせて。ちゃんと責任取りなさいね」

 言いながら蓉子は紅茶をお代わりする。

「ああ、これは私が食べますから、お姉さまはこっちを──」

 祐巳が冷めてしまったが綺麗に焼きあがった目玉焼きの皿を祥子の前に出す。

「祐巳ちゃん、祥子を甘やかす事なんてないんだから、それはあなたが食べちゃいなさい」

 それをさっと取り上げて蓉子は祐巳の前に置く。

「お姉さまの意地悪!」

 怖い顔をして祥子は蓉子を睨みつけるが全く効き目がないようである。

「喧嘩の元になる悪い目玉焼きは瞳子が引き取りますから、どうぞこれを」

 瞳子が焼き直した目玉焼きを祥子と祐巳の前に置いて冷めた目玉焼きを引き取る。

「ほら、それより三人とも、もうそろそろ出ないとまずいんじゃない?」

 時計を見ながら蓉子が言う。

「お姉ちゃんは?」

「今日は二講目から。あ、今日はバイトだから帰りは遅くなるから」

 祐巳に聞かれて蓉子は答える。

「ふーん。じゃあ、今日の夕食当番は?」

「一応おかずは作っておいたから温めれば食べられるわ。もし、足りなかったら好きなもの作って食べてね」

「うん。わかった。じゃあ、行ってきまーす」

 祐巳はジュースを飲み干すと玄関の方に駆けて行った。

「ちょっと、祐巳! あなた鼻にティッシュ詰めたままよ!」

 慌てて祥子が後を追う。

「まったく、もう。お父さんもお母さんもいないとあれなんだから。今日も大丈夫かしら」

 蓉子がため息をつくと瞳子が言った。

「大丈夫です。蓉子お姉さまは安心してバイトに励んでください。なんだかんだ言っても祥子お姉さまと祐巳お姉ちゃんがいるんですから」

 行ってきます、と瞳子も二人の後を追った。
 だから心細いんじゃない、という言葉を飲み込んだ蓉子は食器を片づけ始めた。



 夜。

「ただいまー」

 蓉子はバイトを終えて帰宅した。そして、信じられない光景を見た。
 キッチンが水浸しで、祐巳と瞳子がそれを片づけている。

「あ、お姉ちゃん……」

 青い顔をして祐巳が蓉子を見る。

「何が原因でこうなったわけ?」

 雑巾を手に取り、手伝いながら蓉子は聞いた。

「いや、その、大した事はないんだけど、ちょっとその、張り切りすぎというか、空回ったというか……」

 しどろもどろの祐巳を何か言いたげにじっと見ていた瞳子に蓉子は視線を移す。

「夕食に蓉子お姉さまのビーフシチューを温めて出したら、祥子お姉さまが『ブロッコリーは嫌いだから食べない』って駄々をこねたので、祐巳お姉ちゃんがオムライスを作ったんです。そしたら、今度は『卵が半熟なのは嫌。あと、ケチャップで顔も書いて』っていうんで、私、つい『難癖をつけてばかりいないで、祥子お姉さまがお作りになれば?』って言ったんです」

「なるほど。それで?」

 呆れたように蓉子が相槌を打つ。

「何をどうしたらそうなるのかはわかりませんが、何かを爆発させて、キッチンを床から天井まで汚した後に、『掃除をする』と言い出して、バケツの水をぶちまけて、そうしたらやっぱりご自分にかかってしまい、『汚れたからお風呂に入る』と言って」

 ため息交じりに瞳子は首を振る。

「妹たちに後始末させて、自分はお風呂に入ってるわけね」

「と、瞳子。そんな大袈裟な演技でお姉さまを貶めるような事告げ口するなんて──」

 慌てて祐巳が割り込む。

「祐巳お姉ちゃんはお人好しすぎる! 大体祥子お姉さまがちゃんとやらないから毎朝毎朝朝食当番、起こしに行ってはボコボコにされ、蓉子お姉さまが見てない時はいいようにこき使われて……そんな目に会って、悔しくないのっ!?」

「でも、一応姉妹だし、助けあわないと。ほら、出来る人が出来る事をするのは当たり前じゃない」

 笑顔で祐巳は瞳子をなだめる。

「あら、お姉さま帰ってらしたの」

 三人の脇をすり抜けて、冷蔵庫からお茶を取り出しながら祥子が言った。

「祥子、来なさい」

 蓉子は立ち上がると祥子の手をつかんだ。

「嫌です。これから私は眠らないと、明日もまた起きれそうにありませんし」

 しれっと言い訳する祥子を連れて、蓉子はリビングの方に移動する。

……「ブロッコリーだってこの前ちゃんと食べてたでしょう!?」「この時期のブロッコリーは輸入物でよくありませんわ」「その後のオムライスって、どういうことよ!?」「まあ、お姉さまもオムライス召しあがりたかったんですの?」「そうじゃないでしょう!? そして、あの惨状を妹たちに押しつけて、自分はのんびりお風呂だなんて、姉としての自覚なさすぎよ!」「お姉さま、お疲れになってらっしゃるようですから、お姉さまもお風呂に入ってリラックスされたらいかがですか?」「あなたの言動がリラックスできなくさせているのよっ!!」「まあ、お姉さま、怒ると怒りジワが出来てしまいますわ」「誰のせいで怒ってると思ってるのよっ!」「ホルモンバランスが乱れると些細な事で怒りっぽくなりますものね」「些細な事じゃないでしょう!? おちょくると本気で怒るわよっ!!」「じゃあ、これは冗談で怒ってらっしゃるんですね」……



 リビングから流れてくるいつもの喧嘩を聞き流し、祐巳と瞳子はようやく片付け終わった。

「瞳子、先にお風呂に入ってていいよ」

「祐巳お姉ちゃん、今朝も早かったじゃない。先にお風呂に入って寝たら?」

「大丈夫だよ。私は元気だけが取り柄だし。瞳子がいろいろ手伝ってくれるし」

 笑顔で祐巳が言う。

「それとも、ちょっと狭いけど一緒に入りたかった?」

「ゆ、祐巳お姉ちゃんの馬鹿っ!」

 耳まで真っ赤にして、瞳子はキッチンを出て行った。
 瞳子、祐巳の順で入浴して、すっかり寝支度をしても蓉子と祥子のバトルは続いていた。

(毎晩あんな事やってるから起きられないんじゃない)

 瞳子は冷ややかに二人を見ると部屋に戻って眠った。
 こうして、紅薔薇家の一日が終わるのだった。


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