「隊長!」
「どうした?」
ここは、中央区神田錦二丁目にある地球防衛組織MAT(Monster Attack Team)の日本支部。
呼びかけられた隊長は、レーダー上の光点に注視している隊員の元に歩み寄った。
「微弱ですが、怪獣の反応があります。このサイズだと……幼生ですかね」
確かに、力強いと言うよりは、弱弱しい光点ではある。
60年代後半から80年代前半にかけて、東京近辺には怪獣が毎週のように現れてはいたが、以降は割と散発的で、今回は実に久しぶりの反応だ。
「むぅ……、場所は?」
「武蔵野ですね。この場所には確か、リリアン女学園があったと記憶していますが……」
「よし、大至急リリアンにコンタクト、すぐに隊員を向かわせるんだ。それと、万が一のため、マットジャイロを待機させておけ」
「了解!」
隊長の命令に、隊員たちが慌しく動き始めた(♪ワンダバ以下略)。
一方その頃、当のリリアン女学園。
午前の授業中で、校庭には、体育に勤しむ生徒達の姿があった。
二年松組はソフトボールで、ふた組に別れ試合の真っ最中。
校庭の端に並んだ鉄棒では、一年椿組が斜め懸垂で計測中。
ピッチャーをしている福沢祐巳の様子に、気もそぞろな松平瞳子を、苦笑いで見やる二条乃梨子。
「ほら瞳子、余所見してないで」
「あ、あら、ごめんあそばせ」
「誰かさんばかり見てるんじゃないわよ」
「だ、誰が祐巳さまなんて」
「くっくっくっく……」
真っ赤な顔で反論するが、乃梨子は祐巳の名前なんて一言も言っていない。
恥ずかしさのあまりか、瞳子はそっぽを向いてしまった。
「さぁ祐巳さん!」
「おう!」
キャッチャーの島津由乃に促され、気合の声をあげる祐巳。
バッターボックスには、武嶋蔦子が控えていた。
クラスでも運動神経が良い蔦子は、所謂ヘボピッチャーの祐巳にとっては、非常に手強い相手だ。
とにかく打たせないように、打たれても凡打で済む様に、無い知恵を絞って構えた瞬間。
ピッチャーマウンドのちょっと手前辺りの土が、モコモコと盛り上がる。
ボールを投げるのも忘れて、呆然と立ち尽くす祐巳の目の前には、二メートルはあろうかという、二本足の巨大なトカゲ、もっと端的に言えば恐竜のような怪物が現れた。
身体は棘の生えた岩石の様で、両腕はムチ状になっており、黒く大きな角が、かなりの凶悪さを孕んでいる。
ギロリと祐巳を睨んだ怪物は、のっそりした動きで、祐巳に向かって動き出した。
『キャー!!!』
あちこちで、生徒達の悲鳴が響き渡る。
「あひゃぁ!?」
ワンテンポ遅れて、祐巳も背を向けて走り出した。
周りの生徒には目もくれず、祐巳だけをドスドス追いかける怪物。
一番近くの獲物を狙うのは、まぁ当たり前の話か。
祐巳も大して脚は速くないが、怪物も体重が足枷なのか、祐巳と変わらぬ速度で、ほぼ一定の距離を保ったままで追いかけっこ。
その時。
「こんの、バケモノ!!!」
怪物の背中を、金属バットで殴打したのは、懸垂測定中だった瞳子。
まるで木の幹を叩いたような音と手応えで、腕に痺れが走る。
怪物は動きを止め、瞳子の方に振り返ると、今度は彼女を追いかけ始めた。
「わひゃぁ!?」
「瞳子ちゃん!?」
誰かと同じような悲鳴を上げて、慌てて逃げ出す瞳子。
「こんの、トカゲ野郎!!!」
祐巳は、すぐさまバットを拾って追いかけると、瞳子のように怪物の背中を強打した。
やはり鈍い手応えで、祐巳の手からバットが零れ落ちる。
怪物は動きを止め、祐巳の方に振り返ると、今度は彼女を追いかけ始めた。
「うひゃぁ!?」
「祐巳さま!?」
怪物は、幼生のせいかあまり頭が良くないようで、まるでコントにように行ったり来たり。
果敢な他の生徒──蔦子や乃梨子、細川可南子も含まれていた──が、大きな声で叫んだり、手を振り回して挑発しても、目もくれず意にも介さず。
そのまま、瞳子が殴っては追いかけられ、祐巳が殴っては追いかけられの堂々巡りを五回ほど繰り返した辺りで、瞳子も流石に疲れたのか、もはやバットを拾う気力も握力も無くなったところで。
「伏せろ!!!!」
従わずにはいられない、凛とした声が響き渡る。
追いかけられていた祐巳は、とにかく転がる様にその場に伏せた。
祐巳の視界には、二十メートルほど離れた距離に、筒のような物を構えた男性の姿が見えていて。
そしていつの間にか上空には、一機のティルトローターが旋回していた。
次の瞬間。
筒が火を噴き、凄まじい爆音が轟く。
吹き上がる煙が、祐巳と瞳子の背中を撫でて霧散する。
その一撃で、怪物がアッサリ動きを止めた。
祐巳と瞳子は、保健室にいた。
彼女らの前には、MATから派遣された、怪獣被害者をケアする専門医が控えている。
他にも、養護教諭と学園長が立ち会っていた。
MAT医による診断の結果、ある意味トラウマ級の目に合ったにも関わらず、二人には、疲労を除いては、幸いにも肉体的・精神的なダメージは無かった。
「恐らくは、お互いの相手を思いやる気持ちが、お二人を恐怖から守ってくれたようですね」
それを聞いて、学園長と養護教諭は安堵の溜息。
祐巳と瞳子も、あまり大きく無い胸を、ホッと撫で下ろしていた。
保健室の窓からは、怪物を回収しているMATの隊員たちの様子が窺える。
「あの怪物……、どうなるんですか?」
祐巳の問い掛けに、MAT医は。
「あの怪獣、固体名“グドン”と呼称しますが、研究のため、しばらくは生かしておきます。それが済めば、処分されることになるでしょう」
「殺すんですか?」
「仕方がありません。あれを飼うわけには行きませんし、放して成獣となれば、今回以上の被害、死者が出る重大事に発展するのはまず間違いないでしょうからね」
可哀想に思えなくも無いが、人命に被害が及ぶなら、已む無しの処理だろう。
「あの、ひとつ気になっていたのですが」
「何でしょう?」
瞳子が、遠慮がちに問い掛けた。
知らないことが原因となる怖さもある。
MAT医は、メンタル面でのケアのためにも、重大機密に抵触しない範囲で、自由な質問を許可していた。
「あの怪獣、どうして祐巳さまや私ばかり狙っていたのでしょう? 周りにも、大勢の生徒がいたというのに」
中には、手を伸ばせば届く場所まで近づいた生徒がいたにも関わらず、怪獣──グドン──は、祐巳と瞳子ばかり執拗に追いかけていた。
「実はあの怪獣の生態には、一つの大きな特徴がありましてね」
興味津々といった風情で、四人の視線がMAT医に集中した。
「グドンは、“ツインテール”が好物なのです」