出来心で書いた紅薔薇編【No:3061】
やっぱり書いた白薔薇編【No:3064】
加東景は下宿先の離れの部屋に帰ってきた。
鍵を差し込むと妙な感覚がする。
錠が開いているのだ。
合鍵を持っているのは大家の弓子さんだけ。だが、弓子さんは先ほど母屋にいたし、用事があって離れに入ったならば必ず声をかけるはず。何より開けっ放しなんて事はしない。
(まさか──)
一瞬、外面のいい友人の顔が浮かぶ。それでも弓子さんが黙っているというのがありえない。
意を決して中に入る。
「あ、おかえりなさい」
いきなり見ず知らずの美少年が丁寧に頭を下げた。
「お風呂にしますか? 夕食にしますか?」
「……あなた、何なの?」
景は目の前の美少年を睨みつける。
その時、キッチンからこれも見ず知らずの中学生ぐらいの少女が出てきた。
「な、何!?」
景は驚いて飛び退く。
「あ、おかえりなさい」
少女が丁寧に挨拶する。
「令ちゃん、ご飯出来た?」
奥の部屋からまたまた見ず知らず三つ編みの少女が出てきた。
「って、まだいたのっ!?」
三人もの不審人物が勝手に人の部屋に上がり込んでいるこの異常事態に景はどうにかなってしまいそうだった。
「あ、帰ってきたんだ。おかえりなさい」
三つ編みの少女は可愛らしく微笑む。
「って、あなた達、何者なの!?」
「……あれ、江利姉?」
中学生くらいの少女が聞く。
「江利姉?」
景は眉をひそめる。
「そういえば、姉さんはどこ?」
三つ編みの少女が辺りを見回す。
「ここー」
声がしたのは風呂場。脱衣所。
ドアが開くと、タオルで髪を拭きながらやっぱり見ず知らずの一人の女性が出てきた。
「こらあっ!! 何、勝手に見ず知らずの人の部屋に上がり込んでお風呂まで沸かして入ってるのよっ!! 『いったいどういう神経しているのだ。図々しいにもほどがある』わよ!!」
四人目の不審人物に景は怒鳴った。
「シャンプー使いきっちゃったけど、買い置きあったかしら?」
女性は平然と美少年に向かって言う。
「あ。見てきます」
「見てきます、じゃないでしょう!? あなたも!」
景は激しく突っ込む。
「そうね。令はもう少し空気を読んだ方がいいわね」
「もう、令ちゃんのばか」
「何故に総攻撃!?」
景の怒りに女性と三つ編みの少女が自然に乗っかり攻撃を始めたものだから美少年はオロオロし始める。
「あなたが首謀者?」
景は女性に詰め寄る。
「首謀者? 何の事?」
女性はとぼける。
「あなた、いったい誰なの?」
「誰って、随分哲学的な事を聞くのね。私は私でありあなたではない。我思う、ゆえに我あり」
女性は言いながら冷蔵庫を勝手に開ける。
「令、これって麦茶?」
瓶を取り出して女性が聞く。
「麦茶です」
美少年が答える。
「人の質問に答えなさい、あなた!」
「とりあえず、呼ぶのに不便だというのであれば江利子と呼んでいいわ。江利子=フェティダよ。みんな、自己紹介」
女性が指示する。
「次女の令=フェティダです」
美少年、だと思っていた少女が名乗る。
「三女の由乃=フェティダです。よろしく」
三つ編みの少女が笑顔を添えて名乗る。
「四女の菜々=有馬=フェティダです」
中学生くらいの少女が名乗る。
「なんであなた達、ここにいるわけ?」
景は一同を見回して聞いた。
「ケアディチョ? ノレンティエンド」
江利子がそう景に返す。
「すごーい、江利姉がどこのだかわからない外国語喋ってる」
「さすが姉さん」
菜々と令が感心する。
「私のフランス語に比べたらまだまだよ。私のフランス語はそりゃあ、表記が本当にフランス語の綴りになっちゃうくらいなんだから。残念な事に、文字化けの恐れがあるからここでは披露できないけれどね」
フン、と由乃が鼻で笑う。
「今さら密入国外国人演技で誤魔化すな!」
景が突っ込む。
「失礼ね。密入国ではなくって、遠い親戚の家に無理やり転がりこんだ日系三世演技よ」
「演技を否定しろよ!」
ダン! と景は壁を叩いた。
ビクリ、と令が反応する。
「ミ・アミーゴ、アミーゴ」
顔色一つ変えずに江利子が言う。
「そもそもあなたとは会った事ないじゃないの!」
頭から湯気が出そうなくらいに景は赤くなって怒っている。
「一応女性だから『アミーガ』ってするべきだったわね。男性が『アミーゴ』で、女性は『アミーガ』なのよ」
「じゃあ、某女性アイドルのニックネームは間違いだったんですね」
江利子の外国語講座に菜々が相槌を打つ。
「外国語講座受けてるんじゃなーい!! あなた達四人がここにいる必然性を理論的に語れっていっとるんじゃあっ!!」
景の絶叫が響き渡る。
──ピロピロピロピロ
電話がかかってきて、景が受話器を取る。
その電話は弓子さんからのものだった。
「はい、加東です……弓子さん……。え、はい。申し訳ありません。はい。そうですね。気をつけます。すみません」
ペコペコとお辞儀をしながら景は受話器を置いた。
「電話にお辞儀するって」
「見えちゃいないのにね」
菜々と由乃がささやき合う。
「誰のせいで大家さんに怒られたと思ってるのよっ!?」
「だから、あなたがそんな大声出すから母屋に聞こえて叱られたんでしょう?」
「責任転嫁はよくないと思います」
怒鳴りつける景に対してしれっと江利子と由乃が言う。
「転嫁してないっ!」
「落ち着いてください。お腹がすいてるんじゃないですか? 夕ご飯出来てますよ」
令が静かに勧める。
「令ちゃん、今日のご飯は何?」
由乃がキッチンを覗く。
「今日はね、秋の味覚のサンマご飯」
「わあ、令姉のサンマご飯絶品なんだよね」
菜々が嬉しそうに言う。
「何で人の家の材料使って勝手に夕食まで作ってるのよっ!?」
かいがいしくご飯をよそう令に激しく景が突っ込む。
「ちょっと、ここで攻撃されては折角のサンマご飯が飛び散るじゃありませんか」
由乃が景を注意する。
「あ、すみません……って!! そうじゃないでしょう!?」
「どうぞ」
菜々が景にご飯を渡す。
「あ、ありがとう……って!! なんで全員すでにちゃぶ台囲んでるわけっ!?」
全員がちゃぶ台を囲んで夕食を食べるばかりになっている。
「冷めたらまずいから、温かいうちに食べる。常識でしょう?」
江利子が冷ややかに言う。
「非常識人が常識を語るなあっ!!」
景の絶叫が響き渡る。
──ピロピロピロピロ
電話がかかってきて、景が受話器を取る。
その電話は弓子さんからのものだった。
「はい、加東です……弓子さん……。いえ、そんなつもりでは。はい。わかっています。気をつけます。すみません」
ペコペコとお辞儀をしながら景は受話器を置いて鬼の形相で振り返る。
「令、おかわり」
全員二杯目に突入していた。
「早く食べないとなくなっちゃいますよ?」
菜々が景の目の前にあった漬物をつまみながら言う。
「少しは遠慮ってものをしなさいよっ!!」
ダンッ! と景はちゃぶ台を叩いた。
ビクリ、と令が反応する。
「あ、お味噌汁残ってたらおかわりしたい」
由乃は伸びてきた江利子の箸をガードしながら令に言う。
「まだ大丈夫だよ」
「じゃあ、ちょうだい」
お椀を差し出しながら、報復に由乃は江利子の海苔を取ろうとして、ぴしゃりと手の甲を叩かれる。
「あれ〜? トマトなかったっけ?」
「それは明日の朝食にしようと思って──」
「泊まる気かっ! 朝食まで食べる気かっ!!」
景は激しく令に突っ込む。
「令、少しは気を使ったらどうなの?」
「もう、本当に令ちゃんってばばかなんだから」
「ええっ!? どうしてまたも総攻撃?」
また令はオロオロする。
「令姉、マヨネーズなくなった」
「ああ、ドレッシングが確か冷蔵庫に──」
「って、言ってる傍から勝手に人の家のもの使うんじゃないっ!!」
裏拳で景は令に突っ込みを入れた。
「令、剣道二段が素人に簡単に突っ込みを許しちゃ駄目よ」
「ばかばかばかばか! 令ちゃんの馬鹿っ!!」
「だから、どうして私ばっかり……」
「ああーっ、もう!!」
景はちゃぶ台に突っ伏した。
突っ伏して気がついた。
ちゃぶ台の上が妙にきれいなのだ。
「……って、私、食べてないのになんで片付いてるのっ!?」
「あら、いらないのかと思って食べちゃった」
「モタモタしてるからじゃない」
一口も食べてないのに、夕食はフェティダ姉妹に完食されてしまったようである。
「ああああっ!! もうっ!! 出てけっ!! 出てけっ!!」
──ピロピロピロピロ
電話がかかってきて、景が受話器を取る。
その電話は弓子さんからのものだった。
「はい、加東です……弓子さん……。いや、ですから、それは誤解です。いえ、ですから、違うんですって。これから離れに来てください。状況の説明を……は? いえ、ですから……は? はあっ!?」
景は受話器を握りしめたまま固まった。
うわごとのように「追い出された」と呟いていた。
「さて、そろそろここも飽きてきたわね」
江利子がお茶を飲みながらつぶやいた。
「姉さん、私変わった苗字の表札見つけちゃった。『蟹名』っていうの。この苗字、調べたんだけど、あの家しかないみたい」
由乃が笑顔で言う。
「まー、それはぜひとも行かなくては、ね。令。行くわよ!」
江利子が嬉しそうに指示を出す。
「わー、由姉のお勧めの家楽しみ」
菜々が目を輝かせる。
「待ってください、もうちょっとで片付け終わりますから」
「そんなの、ここの家の人にやらせたら?」
すでに江利子は立ち上がって支度をしている。
由乃と菜々も続く。
「令ちゃん、置いてくよ」
「待ってよ、由乃ぉ」
令も急いで後に続いて出て行った。
台風一過、真っ白になった景だけが残された。
「……だからなんでフェティダファミリーがここに来たわけよ?」
「だって。折角のIF設定なのに、四人姉妹の末っ子で姉の年齢構成も一緒で、おまけに有馬姓まで名乗ってちゃ、我が家にいる時とちっとも変らなくてつまらないと相談したら江利子さまと由乃さまが──」
「お前のせいかよ!」