【3080】 その先の未来へ終わらない時間の中で想わせていさせて  (朝生行幸 2009-10-10 23:51:48)


 カチカチと、マウスのクリック音が静かに響く、とある一室。
 窓から見える空は、鈍色の雲に覆われ、思い出したように稲光を放っていた。
 時折降る雨が、ガラスを静かに叩く。
「三月だというのに、まだまだ寒いわね……」
「ほうじゃのぅ……」
 本来なら、ここ清澄高校麻雀部の部室中央には、全自動麻雀卓『アモス・マーテル』が置かれているのだが、今は片隅に追いやられている。
 何故なら、現在この部には、部員がたった二人しか居ないのだから。
 これでは、例え雀卓があったところで、練習すらもままならない。
 仕方がないので彼女らは、代わりにカーペットを敷いて炬燵を置き、パソコンを移動させて、ぬくぬく気分の中、ネット麻雀を打っているというわけだ。
 マウスを動かしているのは、部長の竹井久。
 つまんなさそうではあるが、しかし退屈はしていない微妙な表情で、カチカチとクリックを繰り返す。
「まこ〜、悪いけどお茶淹れてくれる?」
「は〜いよ」
 久は、隣に座り、テーブルに顎を載せてまったりした表情の後輩部員、染谷まこに声をかける。
 よっこいせー、と言いつつゆっくり立ち上がったまこは、シンクに向かって歩みを進めた。

「はいよ、おまたせ」
 先輩にして部長の久に対し、妙に馴れ馴れしい口調ではあるが、二人は変にウマが合うのか、部室のみならず、普段でもいわゆるタメ口で会話していた。
 まこの右手には、カップや湯呑み、ティーバッグや急須、砂糖やミルク等が載ったお盆があり、左手には電気ポットが握られている。
「これで、おかわり自由じゃ。セルフじゃけどな」
 眼鏡をキラリと光らせて笑うまこに、流石の久も苦笑い。
 紅茶を口に含みつつ、クリックを繰り返す。
 現在対戦している相手の内の一人は、ネット麻雀界最強と言われる『のどっち』。
 ほんの一瞬でも、気の抜けた打牌をすれば、しまったと思うよりも早く、相手は和了ってしまう。
「ふぅ……。やっぱり強いわねー」
 結果は三位。
 数手先まで見通せる久は、リアル麻雀では結構強い方だが、ネット麻雀では情報量が少な過ぎるせいか、あまり良い結果は出せない傾向にある。
「最強の名は、伊達じゃないってことじゃのう」
「そうね。それにしても、『のどっち』って、どんな人なのかな」
「人とは限らんけどな」
 あまりにも強いため、運営側が用意したプログラムという噂もある。
「いや、『のどっち』はプログラムなんかじゃないわ、間違いなくね。それに、若い女の子よきっと」
「何でそんなことが分かるんじゃ?」
「多分に願望も含まれてはいるけど、私の勘がそう告げているの。ゴーストが囁くのよ」
「古いわ」
 今となっては、確かに古いネタか。
「何にしろ、こんな強い子、ウチに来て欲しいわね」
「もしそうなら、今は中学生じゃのう。でもひょっとしたら、オッサンかもしれん」
「それならそれで、諦めがつくわ」
「まぁ、腕の良し悪しはともかく、とにかく部員が増えてくれんことにはのう……?」
 二人だけの部員は、同時に小さな溜息を吐いた。

 そのまま、しばらく無言の時間が進んで。
 クリック音のみが、静かに響く。
「さぁて……」
「ん〜、終わりか?」
 丁度みかんを食べ終わったまこが、雰囲気を察して問い掛けた。
「今日はここまでにしましょうか」
「は〜いよ」
 戸締りを確認しながら、窓から空を見上げた久。
 いつの間にか雨は止み、雲の切れ目からは、太陽が顔を覗かせていた。
「今はまだ、雨の中だけど……」
「うん?」
「四月になって、新しい生徒が入学してきたら、きっとこの麻雀部も晴れるはずだわ」
「そうか?」
「そうよ。去年の賭けに勝った証が、今目の前に居るもの。今年も必ず、ね」

 まこは、確信の表情で頷く久の瞳に、今尚輝いている太陽と同じ光が見えた様な気がして、思わず目を細めた。


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