※何故こんな事になったのかは「マリア様がみてる ハロー グッバイ」のあとがきを読んでください。
【これ】【No:3083】【No:3088】【No:3108】【No:3129】【No:3152】【No:3165】(完結)
某月某日。
都内にある某出版社の会議室に新旧山百合会メンバーが勢揃いしていた。
一応紹介すると、福沢祐巳、島津由乃、藤堂志摩子、小笠原祥子、支倉令、水野蓉子、佐藤聖、鳥居江利子、二条乃梨子、松平瞳子、有馬菜々の十一人である。
スタッフから説明を受ける。
──この度、「マリア様がみてる 祐巳祥子編」の終了を記念して温泉旅行に行く事となりました。
おお、と十一人から声が上がる。
「いつ行くんですか?」
由乃が真っ先に聞く。
──「ハローグッバイ」終了後を予定しています。具体的には全員のスケジュール調整もあるのでこれから決めます。
「全員で行くんですか?」
祐巳が確認する。
──もちろんです。これは「祐巳祥子編」において山百合会メンバーだった皆さんで行く打ち上げ旅行なのです。K先生の認識による初代の蓉子さん、聖さん、江利子さんの世代から、ラストの菜々さんまでが対象になります。SRG世代は対象ではありません。
「どこへ行くのですか?」
もう一度由乃が聞く。
──それは、後ほど。
「あの、費用は?」
乃梨子が尋ねる。
──もちろん交通費、宿泊費、食費はこちら持ちですが、お土産代やこちらで用意していないコースの諸費用は自己負担になります。たとえば、偶然気に行ったお寺を見つけて立ち寄った時の拝観料は自分のお財布から出してください。
「了解しました」
説明が続く。
──さて、今回の温泉旅行はK先生が「皆さんに感謝の気持ちを示したい」と提案されたものです。ですから、皆さんで決めていただくのですが……
「鬼怒川はどうですか?」
「有馬温泉ってあったよね」
「下呂温泉ってどうなの?」
「湯布院がいいです」
「ハワイ」
一斉に各々思いついた場所を言う。
「待って。今、どさくさにまぎれて『ハワイ』って言った人いなかった?」
蓉子が一同を制しながら全員の顔を見る。全員がそんな人いた? というようにお互いの顔を見るが犯人はわからなかった。
──あの、落ち着いてください。K先生は十一人の希望が割れるであろうと予測してまして、このルーレットを使って皆さんで決めるようにとの事です。
取り出されたルーレットにはいくつかの温泉地が書かれていた。
「何だ、決めるって言うより選ぶだけなんだ」
「ルーレット回して、針が止まったところの温泉地に行くのね。テレビでありがちな企画ね」
一同、ちょっぴりがっかりする。
「で、誰が回すんですか?」
祐巳が聞く。
──回すのはこちらで回しますが、代表の方を一人決めて、ダーツに使う矢を投げてください。針の刺さったところが今回の行先になります。
それこそテレビで見かけるやつである。
「もし、矢が外れたらどうなるんですか?」
瞳子が確認する。
──ルーレットから矢が外れた場合は都内のスーパー銭湯になります。
具体的な名前が告げられ、祥子以外ガクッと崩れる。祥子だけはどうしてそれは駄目なの? という表情で首をかしげている。後で祐巳にスーパー銭湯の意味から質問したのは言うまでもない。
書かれていた温泉地は八か所だった。
『大分県湯布院温泉』
『栃木県鬼怒川温泉』
『愛媛県道後温泉』
『兵庫県有馬温泉』
『北海道登別温泉』
『岐阜県下呂温泉』
『宮城県鳴子温泉』
『鳥取県羽合温泉』
「本当に『ハワイ』がある」
菜々が呟いた。
羽合(はわい)温泉、漢字だがハワイには違いがない。
「あの、これって今決めたんじゃないですか? みんながさっき適当に言ったところが全部入ってますけど」
乃梨子が突っ込みを入れる。
「今、問題にすべき点はそこじゃないわ。誰がダーツを投げるかという点よ」
蓉子の言葉に一同はっとする。
「冷静に考えたら運動神経抜群な令でしょう」
江利子が言う。
「申し訳ありません。私はダーツをやった事がありませんので、責任が持てません」
令が断る。
「投げるなら、由乃さんよ。由乃さん。ねえ? 体育祭での抜群のコントロールを今、生かすべきよ」
と体育祭で由乃の玉の標的となって逃げ回った志摩子が言う。
「お姉さま、本番に弱い人を抜擢するのは」
乃梨子が志摩子にしか聞こえない声で諌めたつもりだったが、ばっちり聞こえていたらしく、由乃にじろりと睨まれる。
「『祐祥終了記念』なんだから、祐巳ちゃんか祥子にしたら?」
聖が祐巳と祥子に振る。
「私もダーツはやった事はありません」
「私もです」
祐巳と祥子はそろって首を振る。
「あの、この中でダーツの経験者はいらっしゃいますか?」
乃梨子の問いかけに蓉子、聖、江利子が手を上げた。
「でも、この前聖に連れてってもらった時に1回やっただけなのよね」
と蓉子は言う。
「私も同じく」
と江利子が言う。
「私は何度か」
聖が言う。
「じゃあ、聖でいいわね」
全員が頷く。
「では、私が投げるという事で。それで、どこを狙えばいい?」
聖が全員に聞く。
「うーん、変に狙って外すって言うのはリスクが大きすぎるから狙わない方がいいんじゃないの?」
江利子が言う。
「じゃあ、ルーレットに当たるように投げるから。ルーレットに当たったのに文句言うのはなしよ」
聖が一同に言うと、皆頷く。
「聖。お願い。頼むから、外すのだけはやめて」
蓉子が聖の肩に手を置いて言う。
「変なプレッシャーを」
蓉子のプレッシャーを受け、聖は苦笑しながら席を立った。
矢を選んで、確認すると指定の位置に立つ。
ルーレットが回り、矢が投げられた。
「当たった!」
全員が思わず叫んでいた。
ゆっくりとルーレットが止まる。
「……『北海道登別温泉』」
全員で読み上げる。
「ああ」
「北海道……」
「スーパー銭湯よりはいいって言ったじゃないの」
それほどテンションの上がらない一同を蓉子がなだめる。
乃梨子は少し不思議そうにしていたが、ふと思い当って聞いた。
「もしかして、リリアン中等部の修学旅行って」
「北海道よ。そのうち一泊は登別だったわ」
志摩子が答える。
「なるほど」
乃梨子は納得した。
──場所が決まったところで、具体的なスケジュールを調整します。
スケジュール調整となり、卒業生たちは一斉に手帳などを取り出す。
在校生たちは学校の行事や休みと折り合いをつければ問題がないが、卒業生たちの中にはバイトをしているものや、すでに予定を入れていたものもいた。
話し合いの末、この日なら何とかなるだろうという日が連休中にあり、一泊二日の日程で決着した。
それぞれの保護者達は趣旨を聞くとあっさりと許可を出したが、鳥居家だけは「山辺氏と婚前旅行」と疑った父親と兄を説得するために時間がかかり、最後には某出版社から赴いた人物が間違いのないことを証明したためにようやく許可が下りた。
出発の日。
十一人が羽田空港の待ち合わせ場所に集まった。
──ここであと二人のメンバーを紹介します。
と、紹介されたのはなんとK先生とH先生だった。
「ごきげんよう」
一同が練習したかのように揃って挨拶する。
K先生とH先生は娘のような妹のような山百合会メンバーと一人一人言葉をかわし、十三人は和やかな雰囲気に包まれた。
やがて飛行機に乗り込む時間となった。
席は決まっていたわけではなかったが、なんとなく、薔薇の色で固まっていた。
やがて時間となり、ゆっくりと飛行機が離陸する。
飛行機は飛んでいきやがてちょっと遅い春を迎えた北海道の景色が見えてくるはずだった。
「わー、曇ってますね」
その日の北海道は数十年に一度の荒れ模様で、地上ではこの時期には珍しい猛吹雪が吹き荒んでいた。
『当機は新千歳空港に着陸できないため、○○空港に着陸いたします』
機内アナウンスが入る。
シートベルトを締め直していたら、急に飛行機ががくんと揺れた。
気圧の関係でたまにあるちょっと嫌なあの揺れである。
「え!?」
「きゃっ!」
祐巳の隣に座っていた祥子は思わず祐巳の手を握った。
「大丈夫ですか、お姉さま」
「だ、大丈夫よ」
祥子が心配かけまいとそう言った刹那、飛行機はぐらんぐらんと揺れた!
「ゆゆゆゆゆゆ祐巳〜」
別に祐巳がこの飛行機を操縦しているわけではない。が、祥子は思わず祐巳の名を呼んだ。
「おおおおおおお落ち着いてください」
祥子の動揺は既に祐巳に感染していた。
「ゆゆゆゆゆ揺れすぎではなくてええええ」
「そそそそんな事ああありませんよおおお」
更に飛行機はがふんがふんでおんでおんと揺れた。
祥子は思わず祐巳に抱きついていた。
祐巳は祥子を抱き返した。
二人は着陸するまでその体勢でいた。
両方の隣から、両方の姉妹に呆れたまなざしでみつめられていたが、もう、当人たちはそれどころじゃなかった。
飛行機から降りて、ぐったりしている祥子にバスに乗るか、少し休むかを聞いた。
「もう平気です。こんなところで休んでいては勿体ないですわ」
と祥子は強がったが、祐巳の手を放さない様子から「アナタ限界でしょう。休もうよ」と全員が思った。
「その前に、お昼食べましょうよ」
蓉子が提案した。
祥子はあまり食べられないだろうが、このままバスに乗せるよりはマシだと判断したらしい。
「確かにそんな時間ですね」
「そういえば、お昼はどういう予定なんですか?」
菜々が尋ねる。
──現在、予定の宿に今日中に到着するのが難しい状態です。代わりの宿を探している間に、空港で食事を済ませてください。
不安がよぎった一同だったが、ここはスタッフに任せてとりあえず空港内で食事を取る事にした。
「どんな店があるのかしら?」
案内図を全員で見る。
「あ、ラーメン屋がある」
「ラーメン……そういえば、店でラーメンなんて食べた事がないわ」
祥子がボソッと言う。
「お、お姉さま。大丈夫ですか? 脂っこいですよ」
「いやね、祐巳。私だってラーメンぐらい食べた事があってよ」
祥子がコロコロと笑う。
「祥子さまが食べるラーメンって、お抱え料理人が作るフカヒレ入りの『金持ちそうなラーメン』しか思い浮かびません」
「それ、蟹の足が三本は刺さってるわね。そして、海苔の代わりに金箔が浮いてる」
「スープは熊の手、丼は国宝級」
「案外ラーメン自体は普通かもしれませんよ? ただ、一日五杯しか作らない伝説の職人を呼び出して家で作らせてるとか」
乃梨子のつぶやきに由乃、聖、菜々が乗っかる。
K先生とH先生が「ラーメンいいわね」と言ったのでラーメンに決まった。
祥子は普通の醤油ラーメンを頼んでいたが、乃梨子、由乃、聖、菜々は偶然メニューにあった北海道とは縁もゆかりもないフカヒレラーメンを頼んでしまった。
江利子に見つかって、「何故わざわざフカヒレ?」と聞かれたが4人は答えなかった。
「ところで、ここは北海道ではどのあたりなのかしら?」
地図で調べるとかなり東の方に来ていた。
「急に宿なんて取れるのかしら? 連休中よ」
「十三人プラススタッフもいるから結構な大所帯よ。飛び込みで大丈夫なのかしらね」
店で待たされること一時間。ようやくスタッフが戻ってきた。
──ここから三時間ほど車で行ったところの宿がとれました。バスに乗って、待ち合わせ場所から宿の送迎バスに乗り換えて目的地に向かいます。
「そんなに乗るの?」
祥子はちょっと嫌そうにつぶやいた。
──すみません。
「この天気じゃ仕方ないわね」
とK先生が言ったので誰もそれ以上は何も言えなくなった。
バスが来て、それに乗り込む。
祥子はすぐに酔い止めの薬を飲んで眠ってしまった。
他のものも疲れているのかなんとなく眠ってしまったものも多かった。
──皆さん、ここでバスを降りて、別のバスに乗ります。
スタッフに声を掛けられて一同バスを降りる。
外は銀世界だった。
「東京じゃ春どころか初夏なのに。北海道ってすごいわ」
宿のマイクロバスに乗り込みながら瞳子が言った。
「例年であればこんなに雪なんてないんですがね」
とマイクロバスの運転手が答えた。
「例年はどんな感じなんですか?」
瞳子が聞く。
「桜はまだ咲きませんね」
それはそれで東京とは全然違う光景であった。
マイクロバスが走り出した。
乗り物に乗ってばかりの旅が続く。
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