【3083】 すごい取り合わせだ  (bqex 2009-10-20 01:59:04)


打ち上げ旅行【No:3082】【これ】【No:3088】【No:3108】【No:3129】【No:3152】【No:3165】(完結)



 マイクロバスは一行の他は運転手だけで貸し切り状態となった。
 聞けば、宿に着くまでは二時間はかかるという。
 先程のバスで眠ったので、酔い止めの薬を飲んで寝ている祥子以外は皆元気だ。

「DVDとかビデオはありますか?」

 令が尋ねた。外は数十年に一度の暴風雪。眺めていたって飽きてくる。

──あいにくそういったものはありませんが、ゲームに使えそうな小道具、景品になりそうなちょっとしたお菓子ならあります。よかったら使ってください。

「令」

 呼ばれて令がみると江利子の微笑みがあった。話を聞いていたのだろう。

「面白くしてちょうだい」

 ちょっと高いハードルを越えるのを得意とするのが蓉子であるならば、ちょっと高いハードルを並べるのを得意とするのが江利子である。
 その江利子の「面白くしてちょうだい」は「この場を仕切って盛り上げろ」という命令である。
 断る事は出来ない。お姉さまの命令というだけではなく、ここで断るのは雰囲気を台無しにする。それに、江利子はまったく出来ないことを要求しているわけではない。ちょっと頑張らなくてはいけないことを要求しているだけなのだ。
 令は頷くと、スタッフに小道具と景品の内容を確認してちょっと考えてから全員に呼びかけた。

「えー、皆さん。宿に着くまで時間がありますので、その間にいくつかゲームはいかがでしょうか? スタッフのご厚意によりちょっとした景品があります。強制ではありませんので参加希望者は手を上げてください」

 運転手、スタッフ、眠っている祥子以外の全員が参加を希望した。

「まず始めは『剣道ゲーム』です。……後ろの方、聞こえてますか?」

「聞こえてるわ」

 一番奥の蓉子が返事をする。

「では、これからいう三つのポーズを覚えてもらいます。まずは『面』のポーズ。大きく振りかぶって面を打つポーズです。出来なければ上下に両手を振る感じでも構いません。やってみてください」

 令の実演を真似して全員が竹刀を持つ真似をして両手を上下に振る。

「結構です。次は『胴』のポーズです。脇から振り抜くイメージで。出来なければ左右に両手を振る感じでいいです」

 令の真似をして再び全員が横に両手を振る。
 剣道経験者の菜々と由乃は綺麗に決めるが、他の者はなんとなく両手を左右に振っている。

「いいですね。最後は『突き』のポーズです。両手を前に突き出すポーズです。前の座席に当たらないよう気をつけてください」

 最後も同じように令の真似をして突きのポーズを覚える。

「ポーズを覚えたところでルールの説明です。これから私が『面』『胴』『突き』の三つの言葉をいいながらポーズをとります。皆さんは『私とは違うポーズ』で対抗してください。私と同じポーズをとったり、関係のないポーズを取った方はアウトです。では、一回練習してみましょう。『面』」

 令以外全員が腕を左右に振ったり前に突き出したりする。

「皆さん大丈夫のようですね。では、始めます。『突きー』」

 全員が腕を上下に振ったり左右に振ったりする。

「『めーん』」

「『どーう』……スピードアップします」

「『めーん』。『突きー』。『どーう』、『どーう』」

 全員がなんとかポーズを取る。

「『面』、『突き』、『突き』、『胴』、『面』。はい、由乃アウト」

 令の掛け声につられてしまったらしい。
 毎度おなじみの「令ちゃんのばか」は無視されゲームは続く。

「『胴』『突き』『面』『突き』『胴』『胴』『面』。祐巳ちゃんアウト」

 かなりスピードアップしてきてついて行くのがやっとのスピードの中、令は冷静にポーズを取りながら判定していく。
 両先生や瞳子、菜々が次々とアウトになっていく。

「『突き胴面突き胴面面胴突き胴面』……蓉子さま、どうしました?」

 皆が振り向くと蓉子は手を振りながら「何でもない」と言った。どうやら違うポーズをとりそうになり、切り替えようとして変なポーズになったらしい。

「あの……」

「私はアウトでいいから、続けて」

 蓉子はちょっと赤くなっている。
 しかし、残念ながら令以外は見ていなかったようである。

「では、続けます。『面突き面面突き胴胴突き面』乃梨子ちゃん、アウト」

 相変わらず令は綺麗に面を決めるようなポーズを決めていた。
 ここまで残っているのは江利子、聖、そして志摩子である。
 志摩子はビスケットの扉から飛び出してくる人間をしっかり回避できる子なので、こういうのは意外と得意なのかもしれない。

「『突き突き胴突き面突き突き面突き胴胴面胴突き』お姉さま、アウトです」

「ああーっ」

 声を上げたのは脱落者一同だった。
 令の芸術のような早口にこれまた芸術のような早業で三人はついていった。
 それを息つく暇もなく見守っていた脱落者一同は最後の勝負を見守る事となった。
 旧白薔薇姉妹の対決である。

「『胴面突き胴突き面突き面胴胴面突き突き胴胴胴胴面突き胴突き面突き面』志摩子、アウト。『剣道ゲーム』の優勝者は聖さまです」

「おお〜」

 さすが、とも、やっぱり、ともとれるような声が上がる。

「『剣道ゲーム』の優勝賞品は北海道の名産品の生チョコレートです」

 他の参加者の拍手を浴びながら聖は生チョコレートを受け取った。

「聖さま、優勝の感想は?」

「令の早口がすごかった」

 全員が「うん」「やっぱり」「凄かったね」と口々に言う。

「では、続いて『総取りジャンケンゲーム』です。参加者の皆さんにまずはクッキーを一つずつ配ります。ゲームで使うので食べないでくださいね」

 順送りにクッキーが一人一つ配られる。

「ルールは簡単です。二人一組ジャンケンをして勝った人は負けた人のクッキーをもらえます。最後に残った三人で決勝戦をやります。優勝者にはこのゲームに使った北海道の名産品のバターサンドクッキーと名誉が与えられます。今回は人数の都合で私も参加します。では、まずは一回戦です。全員組みましたか? では、ジャンケンポン!」

 勝者の喜びと敗者のため息が交差する。

「勝負がつきましたか? 勝った人は手を上げてください。あ、白全滅ですね」

 先程の剣道ゲームで健闘していた白薔薇ファミリーは全員一回戦で敗退していた。

「では、今手を上げた人で二回戦です。相手は決まりましたか? では、ジャンケンポン!」

「よしっ!」

 声を上げたのは由乃だった。
 残ったのはK先生、江利子、由乃の三名だった。

「では、三人で決勝戦です。掛け声に合わせてくださいね。ジャンケンポン! あ、まずはK先生がここで惜しくも脱落です」

 残念、と皆にいわれながら、K先生のクッキーが由乃と江利子に等分される。

「では、由乃とお姉さまの決勝戦です」

 二人ともゲームだというのに和やかな雰囲気はなく、むしろ真剣な表情で相手を見ている。

「では、行きます。ジャンケンポン!」

 江利子がチョキ、由乃がグーだった。

「由乃の優勝です!」

 悔しそうに江利子が由乃にクッキーを渡した。

「由乃、優勝の感想は?」

「もの凄く気分がいいわ」

 ニヤリと江利子さまを見て由乃は笑った。
 令は江利子の表情をうかがいながら次のゲームに移った。

「次は『マリみて出演者ビンゴ』です。これから皆さんに筆記用具を配ります」

 簡単なペンとメモ帳が配られた。

「ここに3×3のマス目を書いてください。こんな感じになります」

 令はマス目を書いた紙を見せる。

「そのマス目に『マリア様がみてる』の『無印』から『ハローグッバイ』に登場したキャラクターの名前を一人書いてください。合計九人のキャラクターが書かれるはずです。全員が書き終わったらゲーム開始です」

 三十六冊分の登場人物から九人を選ぶ。ビンゴと言っていたのでこの後の展開が読める分、難しい作業となる。この場にいるキャラクターだって十一人、ここにいないが表紙や登場人物紹介に登場したあの人たちからネタキャラのあの人まで実際誰を入れて誰を入れないかの取捨選択が早い人と遅い人で差が出ているようである。

「書きましたか?」

 ちょっと時間がかかったが全員が書いたようである。

「では、ルールを説明します。これから私が皆さんの名前のくじを引いていきます。そのくじで当たった人はキャラクターの名前を一人言ってください。そして、もしそのキャラクターがお手持ちの紙に書かれているキャラクターであればそれをチェックしてください。自分の紙に書かれているキャラクターを言うのはもちろんOKです。チェックが縦、横、斜めのいずれかで3つ並んだら勝ちとさせていただきます」

 そう来たか、というようにちょっとざわめく。

「えーと、……K先生。キャラクターの名前を一人言ってください」

「『福沢祐巳』」

 全員が紙を見て、何人かがチェックを入れる。

「続いて、……乃梨子ちゃん」

「『藤堂志摩子』」

 同じようにチェックが入る。
 『島津由乃』『小笠原祥子』『佐藤聖』……とその場にいる人物が一通り上がるが不思議な事に誰も名乗り出ない。2順目に入った。
 『武嶋蔦子』『蟹名静』『細川可南子』……次々と名前が挙がっていくがまだ揃わないようである。

「『桂さん』」

「えー」

「あー、また、ない」

「次は……H先生」

「『アリス(有栖川金太郎)』」

「そうきたかー」

「ないよー」

「次は……蓉子さま」

「『白川寧子』」

「うわっ、知らない」

「蓉子の2年の時のクラスメイト」

「次は……志摩子」

「『久保栞』」

「ビンゴ!」

 声の主は蓉子であった。
 おー、とあー、の入り混じった声がする。

「と、いうわけで『マリみて出演者ビンゴ』の優勝者は蓉子さまです。優勝賞品は北海道の名産品の生キャラメルです」

 蓉子は拍手の中生キャラメルを受け取った。

「蓉子さま、優勝の感想を」

「なんか、これでいいのかしら?」

 ちょっぴり複雑そうな顔をして蓉子は微笑んだ。
 その後もゲームは続いたが、宿に着く時間を考慮して勝者が出ないようなゲームに切り替わった。
 宿について、バスを降りる時、江利子が。

「とっても面白かったわ」

 とだけ声をかけた。令にとってはそれで十分満足だった。



 宿は当初予約していたよりも豪華な宿だった。
 聞けば、悪天候のため十五、六人の団体がキャンセルして空いた所に入る事が出来たという。
 急に電話で押さえたというが、一応看板に予約の名前があった。

『まりや様が見てる御一行様』

 まるで某シンガーソングライターに見られていそうなタイトルである。
 蓉子が何か言おうとしたようだったが、K先生が「仕方ないわね」と笑って済ませてしまったのでそれきりになった。
 山百合会メンバーは宿の変更を保護者に連絡する。

──申し訳ありません。部屋の方は当初の予定とは異なり、十三人で三部屋を使っていただく事になりました。

 予定ではツインルームに各薔薇ファミリーの年長姉妹、年少姉妹と二人ずつに分かれ、白薔薇だけが三人部屋となるはずだった。
 順当に考えれば、薔薇の色ごとに一部屋ずつ、人数の少ない白薔薇に先生が一人、もう一人の先生はその三部屋のうちの一つにとなる。

「でも、先生を五人の部屋にっていうのはどうかしら?」

 と、言い出したのは江利子だった。

「ここは平等にくじで決めない?」

「えー」

 反対する者、賛成する者、いろいろである。

「くじ引きだなんて!」

 大きな声でわめいている由乃の後ろに江利子が近寄ってささやく。

「由乃ちゃんは気にならないの?」

「何がですか?」

「だから。普通の時は見られないものよ」

「だから……ああ」

 江利子の視線の先は瞳子、の縦ロール。
 江利子は縦ロール形成の仕組みに興味があるらしい。

「くじ引きに一票」

「ええっ!?」

 強硬に反対していた由乃の寝返りにより流れは一気にくじ引きに決まった。
 両先生はそれぞれ四人部屋となり、残りの山百合会メンバーの部屋はくじを引く事になった。
 K先生とH先生は「滅多にない機会だから別々に」との希望で四人部屋は一人ずつが早くも埋まる。
 年長者を立てるリリアンの校風に従い一番上の世代がくじを引いていく。
 純粋にくじ引きを楽しむものもいれば、戦々恐々としているものもおり、また、是が非でもあの人とというオーラをみなぎらせているものもいて、和気あいあいとは言い難い雰囲気に包まれる。

 スタッフがくじを用意した。
 年長者から順にくじを引き、書かれているルームナンバーが割り当ての部屋となる。
 部屋にたどり着くまで誰がどの部屋なのかはわからない。



 ルームナンバー4021。

「失礼します」

 祥子が部屋に入るとK先生がいた。

「今夜ご一緒させていただく事になりました。よろしくお願いします」

 優雅に祥子は微笑んだ。

「失礼します。あ、お姉さま」

 入ってきたのは祐巳だった。

「わ、K先生とお姉さまのツーショットだっ!」

 祐巳が興奮して跳ねる。

「あなた、跳ねたりしないの。もう。あなたは紅薔薇さまなのよ」

「す、すみません」

「失礼します……ごきげんよう。K先生、祥子さま、お姉さま」

 入ってきたのは瞳子だった。

「あっ、瞳子も一緒だ!」

「だから、跳ねないの」

 めっ、というように祥子は祐巳を叱った。



 ルームナンバー4022。

「失礼します」

 H先生に続いて部屋に入ったのは江利子だった。

「ありゃ」

 その後ろから由乃が顔を出して驚いた顔をしている。

「あら、由乃さんもこの部屋だったの」

 後ろから志摩子が現れた。

「この部屋って、四人だから……」

 由乃はガクッと落ち込んだ。

「由乃ちゃん、H先生に不満でも?」

 素早く江利子が突っ込む。

「まあ! 江利子さまったら勘違いなさらないでください。私はアレの形成が見られなくってちょっと残念と思っただけです」

「……くじってどうしようもない時もあるわよね」

 江利子が遠い目をした。

「あれ?」

 江利子のささやきなど知らない志摩子が不思議そうに首をかしげた。



 ルームナンバー4023。

「あの、着替えぐらい一人で出来ますから」

「もう、照れないでいいのに。手伝ってあげるよ」

「いえ、結構ですってば」

「いいじゃない」

「いりません」

 聖と乃梨子がこんなやり取りをしている間、残り三人は何をしているかというと。

「この木彫り。一刀彫ですかね」

「この辺に職人の名前とか入ってるんじゃない?」

「さぞ名のある職人が作ったんでしょうね」

 熊の木彫りに食いついていた。
 いや、これは演技。
 聖に迫られて困る乃梨子を放置して助けないで面白がっているのである。

「ちょっと、どこに手を入れてるんですか……あっ」

 ごいん!

 熊の木彫りが聖を直撃した。
 もちろん演技なのでヤバくなったら助ける事もする。

「蓉子、木彫りで突っ込みはないでしょう」

「聖。十五歳の子もいるの」

 渋々と聖は引き下がった。
 この後は全員で集まって夕食になる。
 まだ続く。

→【No:3088】


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