【3111】 薄紅色の境界線  (ケテル 2009-12-16 00:10:56)


クゥ〜様SS
(ご注意:これは『マリア様がみてる』と『AQUA』『ARIA』のクロスです)
【No:1328】→【No:1342】→【No:1346】→【No:1373】→【No:1424】→【No:1473】→
【No:1670】→【No:2044】→【No:2190】→【No:2374】→【No:3304】

まつのめ様SS
(ご注意2:これはクゥ〜さまのARIAクロスSSのパラレルワールド的な話になる
と思います)
【No:1912】→【No:1959】→【No:1980】→【No:1990】→【No:2013】→【No:2033】→
【No:2036】→【No:2046】→【No:2079】


(言い訳:ここから下のSSは『 AQUA 』『 ARIA 』のクロスとして書かれたクゥ〜様
、まつのめ様のSSをベースにケテルが勝手に妄想した三次創作です。 相談したわけ
でもなく読み解いたわけでもありませんので、多分に反論、お叱りなどもあると思いま
すが、その辺りもコメントしていただけると幸いです)

 ―――― 書いたら見てもらいたくなるSS書きの悲しい性をお許しください。 ――

――

乃梨子視点

【No:3091】>【No:3101】>【No:3111】>【No:3126】

 由乃視点

【No:3156】>【No:3192】>【No:3256】】>【No:3559】



《 ―― その、時の流れと伝う涙は… 》



 本日提出分のレポート用練習を1時くらいまでしてから、宝探しの続きに取り掛かる。

 昨夜アリスさんのベットのブランケットをはがしただけで、布団の上にちょこんと乗っていた宝箱の中の暗号文の場所へと……と言っても、どこなのか場所を推理をしながらゴンドラで向かおうか、というところ。
 操船は由乃さまに任せて、暗号文が書かれている紙と、一応唯一の情報源オレンジ・ぷらねっと監修の教本を取り出す。 改めて見るまでも無いほど短い暗号文を紙を開いて見てみる。


『カフェの香りに影追えば
 達人さんが ハッハッハッハッ』


「…毎度思うんですが、なんかセンスが微妙に残念な気がするんですが…」
「それは考えないでおこうよ。 ”カフェの香り”ね〜…」

 由乃さまは暗号の事を考えながら、ゆっくりとゴンドラを漕ぐ。 まあ私達のこと、思いっ切り漕いだとしてもスピードなんかたかが知れてるんだけど。

「 ”影追えば”は、ちょっとこっちへ置いとこう分かりづらいし……。 地理に不案内な私と乃梨子ちゃんが探すの前提、それでも辿り着ける場所を指定するはずよね…サポートがあるなら、話しは別だろうけど」
「アルさんとポニ男は、案内すること前提で呼ばれたッぽいですしね…今のところサポートらしい事はなさそうですけれど」

 前回までがそうだからと言って、今回もサポートがあるとは限らないから、場所くらいは考えておいた方がいい、まあ教本をパラパラめくって、カフェのページを見てみるくらいなんだけど……カフェのページ…一番最初に出てくるのは……。

「…教本にも載っている有名店ですし……カフェ・フロリアンですかね?」



 舟着場へゴンドラを係留して、人々でにぎわうサン・マルコ広場をちょっと観光客感覚で眺めながらカフェ・フロリアンへと向かう。
 店内を覗いてみれば…さすがは有名店、お客さんが引きも切らず一種独特な雰囲気をかもし出していた。 店内を覗き込んだり、オープンカフェのテーブルにいる人々を観察していたのだけれど…。

「は〜、あっさり見つかるなら苦労は無いわね〜」
「由乃先輩、外れているとは思うんですが、もう一度、聖テオドロスと有翼の獅子像の石柱周りとか、カンパニーレの周りとかを見てみませんか?」
「そうね、だめもとと後学の為見に行ってみましょうか」
「はい」

 結局それらしい人は見当たらない。 まあ、石柱はそんなに太いわけではないし、人が登れるわけでもない、カンパニーレ周りは人が多いけれど、ここの場合何の達人になるって言うんだろ? 結局わからずじまい、ついでだからと展望台からネオ・ヴェネツィアを一望した、頭上の鐘が鳴り出すとは思わなかった。

「それよりさ、何の達人なんだろう?」
「…かくれんぼの達人じゃあないですか?」
「だるまさんが転んだの達人かもよ」
「1人影踏みの達人は嫌ですね」
「あ、それなら1人にらめっこの達人とか」
「1人じゃんけんの達人ってのもちょっと痛いかもしれない」

 それこそ『屋台でジェラートを練る達人(?)』『パニーニを程よく焼く達人(?)』『サン・マルコ寺院観光案内の達人(?)』『路上パフォーマンスの達人(?)』『油絵の達人(?)』……屋台でジュースをコップに均一に入れている人だって達人に見えてくるほど、達人のネタに事欠かないような気もしてくる。

 サン・マルコ広場を一周して、カフェ・フロリアンの前まで戻ってきてから、溜息を一つ。

「はぁ〜、取りあえず一服してから考えようよ。 カフェ・ラテ発祥の店でしょ、話しの種になるでしょ」
「そうですね。 店員さんに聞いてみるのもいいように思いますし」
「……まあ、一旦忘れて楽しもうよ」
「十分忘れて楽しんでたような気もしますけど…。 え〜と、どうします? 店内とオープン・カフェ」
「さっき店内を覗いた時、どう思った?」
「……場違い?」
「……う〜〜〜ん…確かに入りづらい雰囲気ではあったけど…、負けた気がするんだけど〜……、よし! こういうことにしよう『周りを観察しやすいからオープン・カフェの方にしよう』…ってことでどう?」
「『そうですね、達人さんを探さなきゃいけないですからね』っということで」


 ”カフェ・ラテ発祥の店”と言うことなので注文は当然カフェ・ラテ。
 とはいえ、スタバ位でしかカフェ・ラテなんか飲んだ記憶が無い、缶コーヒーは数に入れていいんだろうか? と言うより、あまり積極的に注文してないわねカフェ・ラテって、キャラメルマキアートの方が多いかな? 普通の喫茶店ならブレンドだったし、最近なら紅茶の方が多いかな?

 由乃さまじゃあないけれど、一旦暗号の事を忘れて、のんびりと広場の様子を眺めながら1杯飲み終わった頃、店員さんが周りの席に着いているお客さんに断ってから、机や椅子を持って移動を始めた。 ……なんだなんだとキョロキョロしていると…。

「影追いですよ」
「……影追い…ですか?」

 帽子をかぶった恰幅のいい紳士が、カフェ・ラテのセットを私と由乃さまに預けて、机を持ち上げながら教えてくれた。 由乃さまと顔を見合わせてから、机を持った紳士の後を追う。 綺麗に手入れの行き届いた口髭、目付きがちょっとあれだけど悪い人じゃあないだろう…たぶん。 そうか、これが『影追えば』か。

「このカフェではワインを嗜みます、日光に当たってワインが変質するのを避けるために、こうして日に何度か影を追って移動するのですよ。 ご一緒してもよろしいですかな? ”不思議の国から来た見習いウンディーネさん” 私がサン・マルコ広場を楽しむ達人です」

 達人さんが名乗り出てくれた。

「ハッハッハッハッ」

 ……暗号に笑い方まで再現してあったわけね。 無駄な所でこってるように思う。

 椅子を運んできた店員さんに『こちらのお嬢さん達に』と由乃さまと私に1杯ずつカフェ・ラテを注文してから、いろいろお話をする。
 アリスさんと藍華さんと灯里さんの三人で、趣向は違うけれど宝探しにここに訪れたこと、その他にも宝探しのルートがあるらしい、サン・マルコ広場の楽しみ方とか。
 案内をされて店内も見せてもらった。
 元いた世界ででも1720年創業と言うから約300年前、さらにここは私達のいた時代から300年後……約600年の歴史……室町時代くらいの感覚?
 ヴェネツィアのお店を解体して、マンホームからわざわざ持って来たと言う内装は、創業当時のままなんだとか、白い大理石のテーブルに深紅の布張りの椅子とソファが置かれていて、壁面には色彩豊かで細やかなタッチの絵画が金色の額縁に飾られている。
 いい具合にくすんだその色合いからは、ここの歴史と伝統が感じられる。
 席に戻ろうとしたら別のお客さんがすでに席に着いていたため、なんと店内にお招きいただいてから(いや、そこまでじゃあないらしいけど…なんかね……)もう1杯カフェ・ラテを飲む。 結構飲めるものだわね。

 別れ際に、達人さんが胸の内ポケットから取り出したのは、薄い茶色の封筒だった。
 中にはそれまでと違って紙ではなくカードが入っている。 クレジットカード? 大きさ的にはその位なんだけど、製造ブランド名と裏には注意書き以外何のメッセージも書かれていない。 ……日本製、この時代でも良い物作ってるのだろうか?

「『サン・マルコ広場前の舟着場にいるように』とのことでしたぞ。 ハッハッハッハッ、またお会いしましょう」

 笑いながら達人さんは、ソフト帽をヒョイと上げてみせてくれた。
 2杯分おごってもらいました、ありがとうございます。




「由乃ちゃん乃梨子ちゃん」
「あ…」
「え〜と…」

 達人さんに言われて舟着き場へ行ってみると、私達の乗って来たゴンドラの横に、白に水色のARIAカンパニーのゴンドラが止まっていて、その上でアリシアさん(仮)が、お茶を飲んでいた。 手にしているのはどう見ても湯飲みに見えるんだけど。

「あらあら、自己紹介がまだだったかしら? ARIAカンパニーのアリシア・フローレンスです。 よろしくね」
「はい、二条乃梨子です」
「…積極的ね……島津由乃です。 …え〜と…どうなさったんですか?」

 ホンワリした雰囲気で笑うアリシアさん。 あ〜、やっぱ好みだわ……えっ?

「うふふ、次の予約のお客様をお迎えに行くまで少し時間が空いたから……はい」

 トポトポっと紅茶……じゃない、あの色は多分ほうじ茶……ほうじ茶を湯飲みについで差し出してくれるアリシアさん。 カフェ・ラテを3杯飲んだ後だったけど…頂かないわけにも……いかないわね。 あ、おいしい。

「どうかしら? 楽しんでいる?」
「…楽しんでって…この宝探しですか?」
「ええ」
「…あ〜…楽しいは楽しいです。 その方が…そう思う方がお徳ですから。 ただ…」
「? ただ?」
「…………いえ…なんでもないです…」

 何かを言いかけ口を開いた由乃さまだったが、目を伏せて口をつぐんでしまった。
 言うに言えないですよね、アリシアさんが悪いわけでもないし、企画した本人達も悪気があってやっているわけじゃあない。 楽しいは楽しいんだけれど、企画した人達と私達との間に、ある種のギャップがあるように思える。

「乃梨子ちゃんも同じなのかしら?」
「『楽しいは楽しい』ですか?」
「ええ」
「『楽しいは楽しい』です。 心の底から楽しみきれてはいないですけれど」
「そう、……いろいろ難しいものね」

 そう言うとアリシアさんは、少し困ったわねというように微笑んだ。
 もちろんアリシアさんが、それどころか企画人たちにも責任なんか無い。 目標は良いのかも知れない、やり方がどうかと思うけど…。

「…以前、灯里ちゃんがまだ片手袋の頃、この辺りが電気工事で停電したことがあったの。 当時灯里ちゃんは1人でARIAカンパニーの上に下宿していたのだけれど、灯里ちゃんは夜真っ暗だと眠れないタイプなのね」

 少し考えた後、思い出話しを始めたアリシアさんは、ほうじ茶を一口飲むと私達のほうを向いて微笑みを浮かべて話を続ける。

「それでその夜は私も泊まる事にして、部屋の中でローソクをいっぱい灯したの」
「…いっぱい…ですか?」
「そう、部屋いっぱいね。 そろそろ寝ようとして、ローソクを消していったのだけれど、吹き消しているうちに楽しくなってしまったのかしら、全部のローソクを消してしまって部屋の中が真っ暗になってしまってね。 怖がる灯里ちゃんとアリア社長をつれてプライベートルームへ階段を昇って行ったの。 そうしたら……」

 顔を上げたアリシアさんの視線を追ってみる。 鯨のような宇宙船がゆっくりとマルコポーロ国際宇宙港に着陸してくる。 でもその視線はさらにその先を見ているように感じられる。

「真っ暗だと思っていた部屋が淡く優しく照らされていたの」
「…ろうそくが残っていたとか?」
「いいえ、星明りよ」
「星明り…」
「夜は暗いのが当たり前だと思い込んでいて気がつかなかったのね、その天から降りそそぐ淡くて優しい光に。 うふふ、その蒼く澄んだ光の中で夜遅くまでおしゃべりしたの。 ……真っ暗なんてことはないのよ、今はまだ前も見えないような感じかもしれないけれど、誰かが淡い優しい光を持って道を照らしてくれるはずだから」

 ポ〜ッとアリシアさんのお顔を見ながら話を聞いていた由乃さまと私……。 麗しいお顔……。 ハッとしてキョロキョロとなぜか左右確認する由乃さま。

「…お、臆面も無く言いますね…」
「真っ暗な道なんて無いはずだもの。 必ず誰かが…ね」
「…それでアリシアさん、このカードは道を照らすと言う次の誰かに、つながる物なんでしょうか?」
「あらあら、データカードね」
「…データカード?」
「ええ、映像データ等の保存に使われていた物よ。 最近はあまり使われていないけれど。 映像を再生するためにはカードリーダーが必要なのよ」
「…カードリーダー?」
「舟着場にいるよう言われていたんですが…アリシアさん持っていませんか?」
「残念ながら持っていないわね」
「そうですか」
「うふふ、あわてちゃあダメよ。 それじゃあ、そろそろ予約のお客様との待ち合わせの時間だから」

 そう言ってニコニコしながら、私達の湯飲みを受け取りバスケットに片付けたアリシアさんは、舫いを解いてオールを手にする。

「由乃ちゃん乃梨子ちゃん、もう少しでゴールのはずだから、がんばってね」
「…ごちそうさまでした…アリシアさん」
「ごちそうさまでした」

 微笑みながらあざやかなオール捌きで、滑るようにアリシアさんのゴンドラは遠ざかっていった。

「…あざやかねぇ〜」
「ホントに。 …もう少しでゴールですか」
「…うん、さて商品はなんだろうね」
「『宝物が宝じゃない』かもしれなくて、それでも『掛替えの無いもの』だそうですが」
「……オレンジ・ぷらねっとの社員証だったりしてね。 あるいは姫屋かARIAカンパニーの…」
「え? そ、それは…」
「…まあ……でも、保留だよね……。 ねえ、乃梨子ちゃん…」
「はい?」
「………交代で…トイレ…行かない?」
「………同感です」

 飲みすぎですよね。




「…は〜〜っ…」
「ふぅ〜〜っ…」

 近くにパリア橋、その奥にあるのが溜息橋。 だからと言うわけではないけれど、由乃さまと二人そろって何度目かの溜息を吐く。
 どのくらい待ってるだろう? もう日は傾き、水面に教会や建造物を映しているカナル・グランデもオレンジ色に染まり、舟着場にしゃがみ込んでいる二人の影は、ネオ・スキアヴォーニ河岸にかなり長く延びている。

「……そろそろ…引き上げ時…かな……冷えてきたわね…」
「…ですね…日が落ちるのも早い時期ですし…」
「…そうね」

 ? なんか由乃さま…少し汗かいてるよう…。

「お〜〜〜またせなのだ〜〜〜〜〜〜!」

「…えっ?」
「はい?!」

 キョロキョロ……。

「ここなのだ〜〜!」
「「うえ?!」」

 上空をよく飛び廻っているエアバイクの一台が、私達の上空で滞空している。
 えあばいく……ここに来てから”自分がこんな単語を使うとは…”って思ったの何回目なんだろ……。
 ゆっくりと降りてくるエアバイクに乗っているのはツンツン頭で某子供番組のキャラクターを彷彿とさせる人だ。 まあ、丸いサングラスしてるけど。

「いや〜、上空の風の具合が悪くて他のお届け物をしていたら時間が掛かってしまったのだ〜。 見習い(ペア)ウンディーネの島津由乃さん二条乃梨子さん、お届けものなのだ」

 マンガ雑誌くらいの大きさの箱をペンと一緒に差し出すムッ君(アリスさんがそんなキャラグッズ持ってたから)。

「ここの所にサインをして欲しいのだ」
「あ、あの…どちら様から?」
「差出人は…”謎の橙色姫”様からなのだ〜。 変わった名前の人なのだ〜」

 本気で言ってるんだろうか? ってアリスさん、あんまりストレートな捻りは必要ないと思うんですが?

「…私の名前でいいのかな? … 島ぁ〜津ぅ〜 … 由ぃ〜乃ぉ〜。 …これで…いいの?」

 由乃さまはサインをしてムッ君から控えを受け取る。

「はい、確かに〜。 で、依頼主からなぜか私の自己紹介もするように仰せつかっているのだ〜」
「…は?」
「なぜに?」
「さ〜? 私に聞かれてもなんとも言いようがないのだ〜。 まあ、取り合えず……。 私の名前は綾小路宇土51世と申しますのだ〜」
「…え〜…、島津由乃…です…。 あ、綾小路…51世?」
「あ…、二条乃梨子です」
「ぜひフレンドリーにウッディーと呼んで欲しいのだ〜」
「…う、ウッディーさん…ですか?」
「のだ〜」
「ウッディーさんは…風追配達人=シルフなんですよね?」
「そうなのだ〜、ネオ・ヴェネツィアの空を泳いで荷物の配達をするのが、私達のお仕事なのだ。 ネオ・ヴェネツィアと浮島は、車の乗り入れが禁止されているから、我々のお仕事は非常に重要なのだ〜」

 人柄だろうか、そう言いつつもポニ男と違って偉ぶって見えないのが好感が持てる。 でも、そのノースリーブの制服は寒くないのだろうか? 長袖のオレンジ・ぷらねっとの制服でもちょっと寒くなってきてるんだけど。

「それでは、私はこれで失礼するのだ〜。 お届け物の御用命はぜひ『浪漫飛行社』をお願いしますのだ〜〜!」
「…は〜〜〜い、どうも〜〜〜…」
「おたっしゃで〜…さて、中身は何だろう…」

 エアバイクに跨り上昇して行くウッディーさんを、手をヒラヒラさせて見送った由乃さまは、さっそく箱を開け始める。

「由乃先輩、ゴンドラに戻ってからにしませんか?」
「……あ、そうね。 そうしよう」

 一旦ゴンドラに戻ってから、改めて箱を開けて中身を取り出す。 出て来たのは、PSPくらいの大きさの機械が一台と手書きの取扱説明書が一枚。

「何でしょう?」
「……え〜と、”ポータブル・データカードリーダー” …カードって…これよね?」

 達人さんから手に入れたカードを取り出す由乃さま。 アイテムはそろったのかな? 電池をこれから探せなんてのじゃないよね? 由乃さまからカードリーダーと取説を受け取る。 ん? あれ? 由乃さまの手…。

「あの…由乃さま…」
「…で? どうなってんの?」
「え? あの…。 電源は……このボタンですね…あ、電源入る。 え〜と、画面サイズ…タッチパネルなんだ、え〜と…」
「……50インチ位にならない?」
「……出来るようですけど…恥ずいんで20インチ位にしますね」
「…おっけ〜」

 画面サイズを選択すると、空中にポッとスタンバイ画面が投影される。

「…ここに何か映るんだ。 …でもさ、機械って進歩すればするほど小さくなっていくように思うけど、そんなに小さいってわけじゃないのね」
「極端に小さくしすぎると、かえって使いづらいからじゃないですか? え〜と……ここにデータカードを挿入……」
「…はい」

 由乃さまからカードを受け取り…〜やっぱりちょっと熱いような気が〜…スロットに入れると、すぐに映像が映し出された。

 夕暮れ時らしいオレンジ色に染まるオフィス。 受付カウンターだろうか? 大きく開いたカウンター付きの窓がある、そこから海が見え、右側に少しだけおそらく対岸の教会が見えている。 場所は…見ただけで特定できるほど地理に詳しいわけじゃないし、まんま、海に面した所としか言いようがない。
 でも、注目すべき所はそこではなかった。

 画面の左に人がいる。

 そのアングルは頭の左側だけ、目の辺りまでしか映していない。
 絵的にはマヌケだと思うが、私も由乃さまも食い入るように画像を見入る。

 白いセーラー帽、エンブレムは…ARIAカンパニー、そして…記憶より長くなっているように見えるが……リボンで結んだツインテール、見覚えのある目…。


『……待って…いるから…。 ……私は…ここで待っているから…』


 それだけのメッセージ。 それを聞いたとたん、睨みつけるように画像を見ていた由乃さまは、不意に立ち上がると舫いを乱暴に解いてオールを取ると、パリーナを思いっきり押して急発進する。 揺れも飛び散る水しぶきもお構い無しに、転覆するんじゃないかと言うような強引なターンをして、ここへ来る前のまったりした漕ぎ方とはまったく違うスピードでゴンドラを漕ぎ出す。

 昨日の晃さんの特訓によるものだろうか? 結構漕げるじゃないですか由乃さま。

 あ、そう言えば。 思い出したことがあって、私は桟橋近くにいた別の会社のウンディーネさんに声をかける。

「すいません! ARIAカンパニーはどこでしょう?!」

 マヌケな話しだと思うけれどしょうがない、私達はARIAカンパニーの場所をいまだに知らないんだから。 とは言え、今の由乃さまにブレーキを掛けるのは無理だ、いや、私も…止める気など毛頭ない!

「ここのネオ・スキアヴォーニ河岸を東へ、4本運河を通り過ぎたら、サン・マルコ運河に少し突き出た社屋が見えるからすぐ分かると思うわよ〜!」
「ありがと〜〜〜!」

 だいたい500〜600m……上陸して走った方が速かったような気もする、まあ、ゴンドラを置いたままにすることも出来ないけど。




 息が上がっているしスピードも落ちてきた、それでもがむしゃらにオールを動かし続ける由乃さま。 いつもなら代わってくれと言い出す頃だろう、言われれば私だって代わるけれど、それを私から言える雰囲気ではない。
 自分が…由乃さま自身が、自分でやり遂げなければ収まりがつかないのだろう。

 内側から突き動かされるようにゴンドラを漕いでいた由乃さまがオールを動かす手を止める、大きく二つほど息を吐いた気配の後、再びオールを動かしはじめた、フッとスピードが再び上がった、しかもゴンドラはもの凄くスムーズに流れに乗ったように進む。 どうしたのだろうと思って振り返ると…。

 …別人が、いるのかと思った…。

 ”魔法使い”まるで”アリシアさんになる魔法”でも使っているかのような軽やかなオール捌き、さっきまでとはまるで違うやわらかい乗り心地。
 いつまでも乗っていたいような気にさせられた。 けれど、目的地が見えてきた。

「由乃さま! 見えました! ARIAカンパニー!!」
「!!」

 サン・マルコ運河に桟橋のような物で突き出ている水上ハウスのような社屋、看板がかろうじて読める程の明るさになっているにもかかわらず、室内にはどこにも明かりは点いていない。
 一階部分の大きく開いている所。 映像で写っていた受付カウンターだろうか? ゆっくりと近づくにつれ、人影がその受付カウンターに就いているのに気がついた。


   『……待って…いるから…』


 立ち上がった人影は、こちらが見えているのだろうゆっくりと左側の影に入る。


   『……私は…ここで待っているから…』


「……乃梨子ちゃん…」

 見覚えのある人影に視界がにじんできたが、由乃さまの少しかすれた声で我に返る、そうだ係留しないと。
 手を彩色パリーナに付けて完全にゴンドラを止めて、ロープを掛ける。 手が震えてうまく出来ない。
 ようやく係留できて由乃さまに目を向ける。 オールを持ったまま運河に面したテラスに姿を現した人影を見ている由乃さまの表情はよく見えない、でも頬を伝う涙だけが妙によく見える。
 由乃さまは、一つ一つの動作を慎重に確かめるようにオールを置き、パリーナを持ってゴンドラを安定させている私の横をゆっくりと横切り、スロープの手摺に手を掛けて、テラスの人影を見据えたままゆっくりと登る。 私もそれに習って後に続く。
 テラスに現れた人影も、離れていた時間をかみ締めるようにゆっくりとゆっくりと近づく。


  フラッ・・・


「由乃さま?!」
「由乃さん?!」

 スロープを登り切った所、テラスの手摺の上についている丸い球に触れ、しばらく動きを止めていた由乃さまは、不意に力が抜けたように倒れこんでしまう。


  ………オレンジ・ぷらねっとの帽子が、スロープを転がり運河に落ちた。


        
       〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 4話へ つづく 〜・〜・〜・〜




 ――――――――――――――――――――――――――――――――
『カフェ・ラテ』
 『カッフェ・フローリアン』と表記した方がホントなら良いようなんですけど、ARIAの表記に準拠させることにします。

 イタリア語では『カッフェ・ラッテ(コーヒー・牛乳)』、あるいは『カッフェ・エ・ラッテ(コーヒーと牛乳)』と言うそうです。
 イタリアで一般的にコーヒーと言うとエスプレッソで、そこに牛乳を入れたのが『カッフェ・ラッテ』なわけです。 カッフェ・フローリアンの物もこの方式だそうです。

 一方、『カフェ・ラテ』と言うと普通のコーヒー+蒸気で泡立てた牛乳で、これはスターバックスやドトールコーヒーなどのアメリカ方式のようです。

 ちなみにエスプレッソ+蒸気で泡立てた牛乳で『カプチーノ』だそうです。 缶コーヒーだと違いがあるんでしょうかね?

 と言いつつ、自宅では濃い目に入れたインスタントコーヒー+牛乳…、スタバ系列も行きません。 近所にあるかな? 田舎なもので…。
 9割がた砂糖も牛乳も入れないブラックで飲みますけどね。


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