【3112】 夢じゃないよね爽やかでない朝  (篠原 2009-12-17 04:28:27)


「きゃあああ!!!」
 それは大きな地震の直後のことだった。
 朝からカメラを手に被写体やポイントを探していた笙子は、掻き分けた茂みの向こうの犬の頭と鉢合わせした。
 問題は頭ではなく、それが二本足で立ち、手にした棒切れを振りかざして襲ってきたことだった。



 マリテン外伝『真・マリア転生if...』 笙子編



 どこをどう逃げたかは覚えていない。時に走り、隠れてやり過ごし、用務員室の前で同じく逃げて来たらしい少女に会って噂を聞いた。
 用務員室には地下の抜け道がある。その入り口を見つけて覗き込んだ時のことだった。
 グラリと足元が揺れた。また地震? そう思った瞬間、足を踏み外した笙子は闇の中に落ちていった。


「あいたた」
 気が付くと既に揺れはおさまり、笙子は独り薄暗い場所に倒れていた。
 一緒にいた少女を呼ぼうとして、名前も知らなかったことに気付く。どころか、顔もよく覚えていなかった。いる気配も無い。
「え?」
 立ち上がってあたりを見回した笙子は、呆然と声を上げた。
 そこは小部屋になっていた。四方は壁で1方向だけ通路に通じている。抜け道というより地下室か? あるいは昔造った防空壕?
「なんで?」
 だが何より異常なのは、自分が今降りて(落ちて?)きたはずの出入り口が見当たらないことだった。

 始まりは、たぶんあの地震だったのだろう。
 厳密に言えば様々な予兆はあったのだろうけれど、少なくとも笙子にとっては突然の災厄に他ならなかった。
 見たことの無い、あるいはどこかで見たような化物達があふれていた。
 それまでも少数の目撃例は報告されていた異形、後に悪魔と総称されるものが、その時を境に非日常から日常へと侵蝕を始めたのだった。

 とにかく、じっとしていても仕方ない。笙子は通路に向かって歩き出した。
 分かれ道でどちらに進もうかと見渡すと、丸くて大きな顔が覗き込んでいた。
「ホ?」
 それは雪だるまに手足が生えたような化物だった。
「きゃあああああ!!!」
「ヒホーーーーー!!?」
 笙子の悲鳴に相手も驚いたらしいが、異形の存在に襲われたばかりの笙子にとっては、薄暗い場所で突然現れた異形は恐怖の対象でしかなかった。後も見ずに駆け出した笙子の後ろから何か声が聞こえていたが、構っている余裕はない。
 目に付いた扉を開けてそこに転がり込む。別の化物に鉢合せしなかったのは幸運だったのだろう。
 耳をすまして追ってくる気配が無いことを確認した笙子はその場にへたりこんだ。今更のように起こる震えに、自分の体を抱きしめる。
「蔦子さま」
 会いたい。会って、あの笑顔で、あの声で、自分の名を呼んで欲しい。そうしたらもっと……。
 いつの間にか滲んでいた涙に気付いてぐいと拭うと、笙子は大きく息を付いてあらためて部屋の内側に視線を向けた。
 そこは物が乱雑に置かれている小部屋だった。見回した視界の隅で何かが赤く光った。
「ひっ」
 赤い光点は一つだけで動く気配も無い。少しためらった後、笙子は誘うように瞬くその光に恐る恐る近づいてみた。
「これって」
 拾い上げたのは赤い宝玉がはめ込まれたペンダント。この宝玉がちかちかと瞬いていたらしい。
「hello!」
「うわあっ!」
 突然の声に、笙子は跳びあがってそれを放り出しそうになる。
 ペンダントから声が聞こえたような気がして、マジマジとそれを見つめる。
「Nice to meet you」
「な、ないすちゅーみーちゅー……とぅー?」
 思わず疑問型になってしまったけど……いやいや、それ以前にペンダントが喋ってる?
「My name is Raging Soul」
「レ、レイジングソウル?」
 レイジングって確か『荒れ狂う』とか『激しい』って意味だから……荒ぶる魂ってところかな。
「Please teach me your name」
「あ、笙子です。My name is Shoko Naito」
 ペンダントと会話しているのはかなりアレな感じだった。
「Please become the master」
「はい? マスター?」
「It approved...You are those who receive it as for the Mission. Untie the power according to the contract. The wind, to the sky. The star, to the heaven. The shining light, to that arm. And, The raging soul to that chest. The Magic to that hand...」
 宝玉の表面に何か文字のようなものが浮かび上がり、目で追いきれない程の高速で流れる。
「え? 何?」
「Call me. Call my name」
「レ、レイジングソウル?」
「Please say setup」
「何? セットアップ? 何を?」
「Stand by ready. Set up!」
 チカチカと明滅していた宝石がひときわ激しい光を放つと、どこからともなく現れた機械のパーツのようなものがまるで合体ロボットのようにガッコンガッコンと組みあがって見る間に形を変えていく。
 光がおさまり姿を現したその姿は。
「……棒?」
「It\'s stuff! master(杖です。マスター)」
「うわっ」
 音声と同時に、頭の中に言葉が流れ込んでくる。
 日本語が、ではなく言葉の意味が直接脳に刻まれる感覚、とでもいえばいいのだろうか。
「な、何これ?」
(魔法による念話です)
 念話?
(現状確認の為に、情報の提供を求めます)
 マイペースだ。
 とはいえ、他に頼るものとて無い笙子は自分の知っている範囲でこれまでの経緯を説明する。
 同時に、レイジングソウルからも説明を受ける。世界のこと。魔法のこと。そして悪魔と呼ばれる存在のこと。


 さて。
 意外なようだが、オカルトとコンピュータは存外相性が良いものだ。
 例えば悪魔召喚プログラム。
 魔方陣や複雑な儀式の手順を記憶させプログラムで実行させることで儀式そのものを簡略化する。それは本来はそういったものだった。
 だったらいわゆる魔法も同様のことができるのではないか。そう考える者がいたのは当然の流れでもあったのだろう。
 そもそもが複雑な手順を踏む魔法の呪文や儀式とは系の構築だ。それはすなわちロジックと演算に他ならない。相性が悪いわけがない。
 魔方陣や術式を記憶させ、魔法の発動手順を簡略化したり、魔力を発現しやすいようにコントロールをしたり、発動した魔法そのものの制御を補助したり、あるいは簡易な魔法を自動制御で発動させたり、そういったことを可能とするシステムが開発されたのも必然だったのかもしれない。
 そういうシステムを組み込んだアイテムが、俗に『デバイス』と呼ばれているものだ。魔法のデバイスということで、杖の形をとるものが多かった。
 レイジングソウルと名乗ったそれも、そういったデバイスの一つだった。もっとも、自立思考型AIと音声入出力を伴う対話型インターフェースを併用したタイプ(要するに喋るデバイス)、というのはかなり珍しい。
 ちなみに、本来なら契約していない、未登録ユーザの笙子が起動させる場合、パスワード入力が必要なのだが、レイジングソウルが自力で勝手にそのプロセスを飛ばしたらしい。


「CAUTION!」
「え?」
 小部屋を出てすぐのことだった。突然の警告音に笙子の足が止まる。
(M反応検知。接近してきます)
「な、何?」
(悪魔です)
「ひ」
 現れたのは、あばらが浮いているのに腹が異様に膨れている子供のような姿の全身紫色っぽい悪魔だった。
(『幽鬼』餓鬼です。ザコですね)
「いやああああ!!!」
 今までで一番気持ち悪い姿の悪魔を見て、笙子は逆方向に走り出した。
(マスター!? 戦いを)
「無理!」
 即答して十字路を曲がった笙子は、行き止まりに気付いて愕然とした。
「うそ!」
(来ます)
「え?」
「Protection」
 声と同時に光の幕のようなものが笙子の周りに展開され、飛び掛って来た相手をはじき返した。
「今の、あなたが?」
「Yes」
 オートガード機能による簡易防御魔法の一種だ。
(この程度の攻撃なら問題ありません)
「あ、ありがとう」
「You\'re welcome」
 とりあえず大丈夫らしい。笙子は少し落ち着きを取り戻した。
(攻撃を)
「って言われても」
 魔法のレクチャーはさっき受けたが。
(イメージしてください。敵を倒すイメージを)
 笙子のイメージを汲み上げたレイジングソウルが、それを元に組み上げた魔法のイメージを笙子にフィードバックする。
 杖の先端の石が輝き、呪文が紡がれる。
「ガル」
 疾風系基本呪文が発動し、見えざる空気の刃の直撃を受け、立ち上がったばかりの餓鬼が再び弾き飛ばされる。
「や、やった?」
(まだです)
 もう一度立ち上がった餓鬼は警戒したのか、様子を窺っている。

「チョホイトマチナハ」

 緊迫した状態に、突如横合いから緊張感の無い声が割って入る。
 ぎょっとしながらも微妙に脱力しつつ声のした方向に視線を向けると、どこかで見たような雪だるまがいた。
(『妖精』ジャックフロストです)

 『妖精』ジャックフロスト。
 イングランドに伝わる霜の妖精。その姿は小人、白髪の老人、雪だるまなど様々に伝えられている。

「人呼んで、デビルバスターバスターのヒーホーくんとはオイラのことだホ!」
 聞いてないし。自分にくん付けもどうかと思う。あと単語が被ってるのは何かのミスだろうか。
「デビルバスターバスター?」
「デビルバスターを狩る正義の味方だホー」
 正義の味方でしたか。
「デビルバスターって?」
「罪の無い悪魔を襲う極悪非道の人間のことだホ」
「……えーっと」
「見たところ人間のようだけど、ひょっとしてデビルバスターかホ?」
「違います! こっちが襲われてたんです!」
「ホ?」
 笙子が指さした先には、何もいなかった。
「「あれ?」」
(とっくに引き上げましたよ)
「きっとオイラに恐れをなして逃げ出したホー」
「え? 悪魔の味方じゃないの?」
「正義の味方だホ?」
 なぜ疑問系?
「そうそう、落し物だホー」
 そう言って雪だるまが差し出したのは生徒手帳だった。
「あ!」
 笙子はひったくるようにして中を確認し、蔦子の写真を見て安堵した。そして満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
「ど、どーいたしましてだホ。良いことした後は気持ち良いホ」
 照れるな雪だるま。
「でも、どうして……あ」
 地下に来て最初に出くわした悪魔が雪だるまだったことを思い出す。あの時の個体で、慌てて逃げ出した時に落としたのだろう。
「それで人間がなんでこんな所にいるホ?」
「……不慮の事故で」
 足を滑らせたともいう。好きでいるわけではない。地上にも悪魔はいたけれど、一人で悪魔が跋扈するこの地下迷宮を彷徨うよりはマシだ。っていうか蔦子さまに会いたい。
「仕方ないホ、地上に出るまで付いていってやるホ」
「え? でも……どうして?」
 つい普通に会話していたけれど、そもそもこれも悪魔だ。
「正義の味方だから困ってる悪魔はほっておけないホー」
「人間なんですけど」
「ついでだホー」
 ついでですか。
「えと、どうしよう?」
「Don\'t Worry!(いいんじゃないですか?)」
 うっわ。今すっごい軽い調子でいったよこのひと。
 でも悪魔と契約ってすっごくイメージが。
(このあたりに詳しいかもしれませんし)
 躊躇する笙子に補足説明。餓鬼くらい蹴散らす能力はあるし、とりあえずは仲魔にしておいても損は無いと。仲魔なら基本裏切る事は無いらしいし。
 まともに戦えない笙子にとって、助かるのは確かだ。生徒手帳を届けてくれたし良い人ならぬ良い悪魔みたいだし?
「じゃ、じゃあお願いしようかな」
「オイラは『妖精』ジャックフロスト! コンゴトモヨロシクだホ」
「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」
 何より見た目が怖くないというのは大きかった。よく見ればかわいいと言えなくも無いし。
「……どこかで見たことあるような気がすると思ったら、昔プリク……」
「呼ぶ時はヒーホーくんと呼ぶホー」
「……ヒーホーくん。は、この辺詳しいの?」
「任せるホ。この辺は散々迷って歩き回ったから結構詳しいホー」
 それは、任せて大丈夫なのだろうか。
「オイラも地上への出口が見つからなくてちょうど探してたんだホー」
「felt let down...」
 ダメじゃん。


 こうして、笙子のたった一人の……変なお供とか仲魔とかは別として……脱出劇が始まったのでした。





 『真・マリア転生if...』笙子編 −笙子の迷宮脱出大作戦−


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