【3122】 パニック・デート  (bqex 2010-01-15 01:20:17)


※江利子の二番目の兄(歯医者)視点の話です。


 それは某書店の出来事から始まった。
 僕はそこで妹の江利ちゃんを見かけたのだが、その瞬間頭に血が上ってしまった。
 江利ちゃんと若い男が連れ立って店内のカフェコーナーに向かって歩いていたのだ。
 どうせ江利ちゃんの美貌に目がくらんでナンパしてきたんだろう。江利ちゃんも江利ちゃんだ。何を言われたのか知らないが、あんな奴についていくなんて。いや、江利ちゃんがそんなことするはずがない。あの優男がきっとうまいことを言って僕の江利ちゃんをたぶらかしたに違いない。
 男が江利ちゃんの手をとった。僕は躊躇しなかった。

「江利ちゃんに何をするんだーっ!!」

 そう叫ぶと、僕は優男に向かって突進した。

「あ、兄貴!?」

 ぎょっとした顔で僕を見つめる江利ちゃん。江利ちゃんの騎士であるこの僕が江利ちゃんの敵を退治してやる! という勢いで僕は優男を突き飛ばした。優男はととと、っとよろけると本棚に激突した。ざまあみろ。

「江利ちゃん、大丈──」

「何をするんだはこっちの台詞よ、馬鹿兄貴っ!」

 江利ちゃんは僕の言葉を聞かずに僕をそう怒鳴りつけると、優男に「大丈夫!?」などと声をかけ、奴を気遣うように体をさすっている。

「え、江利ちゃん! 何をしてるんだ!? そいつは──」

「私の妹の令っ!! リリアンのっ!」

 江利ちゃんがそう叫んだ。
 僕はようやく思い出した。
 江利ちゃんの隣に立っている彼ではなく彼女は、江利ちゃんの高校にある不思議な伝統で江利ちゃんの妹になった支倉令ちゃんという女の子だった。
 言い訳のように聞こえるだろうが、令ちゃんはすらりと背が高く、スレンダーな体形で、ボーイッシュな子だが、今日はジーンズにラフな男女兼用のジャケットなど羽織っているから見間違えてしまったのだ。
 とんでもない間違いをしてしまった事に気がついて、僕は真っ赤になってうつむいた。

「ご、ごめん……」

 小さくなって僕は謝った。

「ごめんじゃ済まないでしょう!? レディを突き飛ばしてごめんですむなら警察なんていらないわよっ! キズものになったらどうするつもりっ!?」

 江利ちゃんはカンカンに怒っていた。

「お姉さま。私は怪我はしていませんし、この通り無事ですから、そのくらいで──」

 令ちゃんは江利ちゃんをなだめるために僕たちの間に入ってきた。
 すると、江利ちゃんは。

「ああ、令。怪我しなかった? 本当に大丈夫? ごめんなさいね。こんな馬鹿な兄貴のせいであなたに何かあったら、もう……」

 そう言いながら、そっと令ちゃんを抱きしめた。

「お姉さま。本当に大丈夫ですから。お気になさらずに」

 令ちゃんはいろいろと言いたい事もあるだろうに、とにかく穏便にこの場を収めようとしてくれている。

「何言ってるのよ。あなたがこんなひどい目に遭わされたのに、姉として黙ってなんていられないわ!」

 僕はだんだんいたたまれなくなり、小さい頃悪戯をして母に叱られた時のように小さくなっていた。

「でも、本当に大丈夫ですから」

「いいえっ! このままでは私の気が済まないわ! 今日の埋め合わせをさせてちょうだい」

 江利ちゃんはそう言って、令ちゃんに約束を取り付けると店を出た。
 僕はその間ずっと小さくなったまま、最後は連れ出されるようにして店を出た。



 その日、家に帰ると般若のような顔をした江利ちゃんがいた。

「まったく、何てことしてくれるのよっ! 絶対に許せないっ!!」

「確かに令ちゃんには大変申し訳ないことをしたっ!! でも、僕は江利ちゃんを守ろうと──」

「ちゃんと令の事は紹介したでしょう!? それを男と間違えるだなんてっ! その上まだ言い訳するのっ、最低っ!!」

 令ちゃんを男と間違えたことまで江利ちゃんにはしっかりバレていた。

「令は体育学部の学生なのよ! もし、怪我なんかさせたら、単位落としたり、留年したり、最悪の場合退学になったりするのよ! そうなったらあの子の人生目茶苦茶よっ!」

 もう返す言葉もなかった。

「江利ちゃん、どうしたんだ? 一体何があったんだ?」

 その時廊下から兄貴の声がした。

「聞いてよっ! 私の妹に街中で暴行して転落人生を送らせるところだったのよっ!」

 江利ちゃんは兄貴に今日の僕の失敗を訴える。兄貴はじっと話を聞いて、最後に僕の方を見てこう言った。

「……それは、お前が悪いな」

「あ、兄貴。僕の話も──」

 兄貴はじっとりとした視線を僕にくれると、無言で立ち去った。

「ぼ、僕は、僕は……」

「反省してるって言うんであれば、誠意を見せてほしいわ」

 江利ちゃんはそう言った。

「誠意?」

「次の日曜に令に今日の埋め合わせするってデートの約束を取りつけてあるから、その時に誠意を見せて」

「デート!? 誠意!?」

 僕は思わず身構える。

「簡単よ。私たちのデートの裏方として頑張って令を喜ばせて満足させればそれでいいわ」

「な、何だ。そんな事か」

 僕はちょっとだけほっとした。

「そんな事。じゃないわよ。令はああ見えて乙女なんだからハードル高いわよ。そうねえ……この前ドライブに連れて行ってくれたじゃない。あれくらいは最低やってくれないと」

「ちょっと待って、あれかっ!?」

 この前のドライブの内容を思い出して僕は思わず叫んだ。

「何言ってるのよ。兄貴は女性にいきなり襲いかかったのよ。本当なら訴えられてもおかしくないような事をしておいてそれぐらいで済むなら安いもんじゃない」

 それはその通りでもある。

「と、いうわけで。私は当日令をエスコートするから、兄貴は下僕、いや、言葉が悪いわね……そうだ、執事になって」

「ええっ!?」

 不意に執事、何て言われて僕は仰天する。

「そう。執事になって令にうんとサービスして誠意を見せて。そうしたら許してあげる」

 このまま江利ちゃんに嫌われたままでいるなんて、僕には耐えられない事だった。
 僕のいくべき道は決まっていた。


 約束の日曜日がやってきた。
 支倉家の前に車を止めて、江利ちゃんが呼び鈴を鳴らすと令ちゃんが出てきた。

「ごきげんよう。お待たせ。さあ、いきましょう」

 玄関を出て令ちゃんは驚いていた。
 そりゃあそうだろう。
 家の前にはレッドカーペットが敷かれ黒塗りの大きなリムジンが停まっているのだから。
 そして、執事役を命じられた僕はタキシードに身を固め、恭しく一礼しながら車のドアを開けた。

「あ、あの……」

 令ちゃんは思い切り戸惑っていた。
 無理もない。
 江利ちゃんがどういう説明をしたのかは知らないが、令ちゃんは先日書店で遭遇した時と変わらないラフなジーンズとシンプルなシャツ、足元はスニーカーだった。

「気にしないで。あと、今日のデートには執事がつくから」

 さらりと江利ちゃんは言った。

「執事!?」

 令ちゃんは僕の顔をじっと見ている。

「そう。あれは兄ではなく、執事。今日の私たちのデートを滞りなく盛り上げてくれる裏方よ。気を使う必要は全然ないから」

 いたずらっ子のように江利ちゃんは微笑んだ。

「うわ〜、すごーい」

 不意に声が聞こえてそちらの方を見ると、隣家から高校生ぐらいの女の子が二人、リムジンを見つけて何事か、とばかりに出てきた。

「あら、由乃ちゃん、菜々ちゃん。ごきげんよう。お久しぶりね」

「ごきげんよう、江利子さま」

「ごきげんよう。一体どうしたんですか?」

 二人は江利ちゃんと親しいらしくにこやかに挨拶を交わす。

「うーんと……あ、そうだ。二人は今日空いてる?」

 江利ちゃんが二人の少女に聞いた。

「用事が早く終わったので、空いていますが」

 何か? とロングヘアの方の女の子が聞き返す。

「みんなで一緒に遊びにいかない?」

「ええっ?」

 二人はびっくりしていた。
 僕もびっくりしていた。
 一体江利ちゃんは何を考えているんだ。
 今日は令ちゃんへの罪滅ぼしのための企画で、江利ちゃんと令ちゃんが楽しめるプランを組んだのだ。
 それなのに、それなのに。

「あら、令は二人きりがよかった?」

 江利ちゃんが令ちゃんに聞く。

「そんな事は……」

 令ちゃんは僕と目が合った瞬間、しまった。という顔をした。

「いいんですか?」

 ロングヘアの女の子が確認する。

「二人の都合さえよければ。令もいいって言ってるし。あ、ごめんなさい。今日は執事がいたんだわ」

 そう言ってちらりと江利ちゃんが僕の顔を見る。

「執事?」

「そう。執事さんよ。執事さんはね、今日は令を喜ばせるために頑張ってくれているんだけど、どうかしら? ああ、令とは切っても切れない可愛い妹の由乃ちゃんとその妹の菜々ちゃんも連れて行ってあげたいのだけど、執事さんが嫌と言えば私たちは渋々従うしかないわねえ」

 ちらり、ちらりと江利ちゃんは僕に視線を送る。

「べ、別にかまいませんよ。一人や二人」

 二人の少女は顔を見合わせるとうなずきあって江利ちゃんに答えた。

「ありがとうございます」

「お世話になります」

 二人の少女はぺこりと頭を下げる。

「さあ、ここで立ってても時間の無駄よ。乗って乗って」

 江利ちゃんは素早く由乃ちゃんと菜々ちゃんを車に押し込み、令ちゃんを車に乗せた。
 そして、自分も車に乗り込むとくるりと僕の方を振り向いて言った。

「狭いから後ろに乗らないで」

 僕はがっくりと肩を落として助手席に乗り込んだ。
 僕もデート気分が味わいたくて、ひそかに後部座席に乗り込もうと思っていたのに。

「すごーい」

「異世界ですね」

「ちょっと張り切りすぎたかしら?」

 後ろの方から楽しそうな声が聞こえてくる。
 当たり前だ。
 江利ちゃんのために奮発して用意したリムジンなのだ。

「気に入らない?」

 そっと江利ちゃんがポカンと車内を眺めたままの令ちゃんの手に自分の手を重ねて聞いている。

「いえ、そんな事はありません」

「それなら良かったわ」

 上機嫌で江利ちゃんは後輩たちに高級チョコやらドリンクやらをふるまう。
 そんな様子をちらちら見ながら僕は運転手に行先を指示した。
 車が停まったのは若い女性の憧れでもあり、ちょっと高価で手が出ないので有名な某アパレルブランドの日本直営店だった。

「あ、あの……」

「まずは買い物よ」

 江利ちゃんに促され、一同は車を降りた。
 店に入ると店員が丁寧に挨拶する。
 江利ちゃんが令ちゃんの肩に手を置いて言った。

「彼女に似合う服を」

 店員は素早く何着かを取り出して、試着を勧めていたが、何故か高めの服ばかり選んで勧めていた。
 それを買うのは僕だ、ということをわかっていないのか。

「着たら買わなきゃいけないって事はないから、着るだけ着てみなさいよ」

 江利ちゃんに促され、令ちゃんは試着する。

「あら、素敵よ。モデルみたいじゃない」

 江利ちゃんは嬉しそうに笑う。
 令ちゃんはすらりとしていて姿勢もいいので店員の見立てた服を着こなしていた。
 こういう格好だったら絶対に間違わなかったのに、と今さら言っても仕方がないことを心の中でつぶやく。

「そ、そうですか?」

「こっちも着てみない?」

 江利ちゃんはもっと高そうな服を持って笑顔で勧める。

「い、いえ」

 僕の方を見て、令ちゃんはひきつった顔で首を横に振る。

「それが気に入ったのね。じゃあ、それに合う靴を」

 江利ちゃんは店員に指示を出す。
 令ちゃんは慌てて「ごめんなさい」というようにそっと頭を下げた。

「わー、これ可愛い」

 オマケの二人が服を見ている。

「あら、由乃ちゃんや菜々ちゃんも気に入ったのがあったら着てみるといいわ」

「え?」

「いいんですか?」

 そう言いながら僕の顔をじっと見てくる。

「着るだけくらいなら、いいわよね」

「そ、それくらいなら」

 僕は渋々頷いた。

「これ、似合うと思いませんか?」

 ロングヘアは自分で着ないでセミロングにその服を着せていた。
 セミロングは着慣れないのかちょっと照れたようにしている。

「あら、可愛いわね。それを着てたら令が喜びそうだわ」

 ちらり、と江利ちゃんが僕に視線を送ってくる。
 ここで令ちゃんに服を買うのは想定内のことだった。
 なぜなら前回江利ちゃんとドライブした時にこの店によって服を買ったからだ。
 だが、なぜオマケの服まで買ってやらなくてはいけないのだ。

「ええっ? そんなにしてもらっていいんですかぁ?」

 いいわけないだろう、空気を読め、空気を。

「これから行く店はジーンズとスニーカーじゃ厳しいと思うけど?」

 江利ちゃんはにっこりと僕の顔を見て微笑んだ。
 ちょっと待て、江利ちゃん?

「まさか、車に乗せるだけ乗せて、ご馳走はお預けなんて不手際をする執事じゃないでしょう?」

 江利ちゃんに追い詰められて僕は不承不承首を縦に振った。

「ほら、遠慮しないで由乃ちゃんも選んだら? この黒いのなんて由乃ちゃんにピッタリじゃない」

 江利ちゃんはそう言いながら一番高いやつをロングヘアに勧めていた。
 遠慮という言葉を思い出せ。

「令も喜ぶわよ」

 くうっ、軽率なあの日の僕が憎いっ!
 結局、令ちゃんだけじゃなくオマケの二人の服までもその店で揃えて、再びリムジンに乗り込んだ。


 次の目的地は有名なレストランだった。
 駐車スペースにリムジンを停め、僕は素早く後部のドアを開ける。
 人々が注目する中、四人が降りてきた。

「ちょっと遅くなったけど、ランチはフレンチよ」

 始めの移動の間に店に連絡して、無理を言ってなんとか一人分を追加してもらっていた。
 そう、ここで僕も交じって三人でランチの予定だったのに、二人分の追加はさすがに無理と断られ、僕は車の中でパンを食べるところなのだが、今日は執事なので、腹ペコのまま四人にサービスをする。

「遠慮しないでどんどん食べてね」

「はい」

「ありがとうございます」

 目の前を最高級フレンチのランチが通っていく。
 四人はおいしそうに食べている。
 それが空腹の人間にとってはどれほどの苦痛かわかっているのだろうか。
 とても楽しそうに四人はデザートまできっちりと味わった。
 四人をリムジンに乗せると、僕は別行動で一人海の見える観覧車に向かった。
 日没前後のこの時間、カップルたちが並んでヘタをすると1時間以上待たされる。
 待ち時間を回避するため、僕は四人がドライブを楽しんでいる間、順番待ちをして遅くなった昼食、というより早めの夕食のパンをかじって江利ちゃんたちの到着を待った。


 夕暮れ時、ようやく江利ちゃんが令ちゃん達を連れて観覧車の方に歩いていきた。
 すぐに順番がきた。
 オマケが素早く乗り込む。
 僕は不意に突き飛ばされて、そのゴンドラの中に転がり込んだ。
 振り向くと、にっこりと微笑む江利ちゃんと、困ったような顔をした令ちゃんがいた。
 扉が閉まって、僕はオマケ二人と一緒に気まずいひと時を過ごす羽目になった。
 ロングヘア、確か由乃と呼ばれていた方が口を開く。

「令ちゃんのこと、男と間違えて突き飛ばしたんですって?」

 ギロっと由乃は僕を睨みつける。

「そ、それは……」

 ふう〜、と隣で、菜々と呼ばれていたか、が大きなため息をつく。

「否定しないって事はそうなんだ。ふ〜ん」

 汚いものでも見るかのように由乃は僕を見つめる。

「突き飛ばしたドサクサに胸なんか触ったわけ?」

 由乃の言葉を僕は強く否定した。

「そんなことあるわけあるかっ! 胸なんかっ!! 僕がついたのは背中だっ!」

「背中ですって……」

「却っていやらしいですね」

 菜々も汚らわしいというようにじろりと僕を見る。

「あっち行って」

「えっ」

「当たり前じゃない。女性に暴力をふるったりする人に近寄ってほしくないわ」

 しっしっ、というように由乃は僕を追い払う。

「あっちって……ここは」

 ゴンドラの中である。

「きゃあっ! それ以上近づいたら江利子さまに携帯で訴えてやるっ!!」

 と由乃は携帯電話を取り出した。

「な、何を言うんだ。江利ちゃんに変な事言うのはやめてくれ」

 僕は懇願した。

「信じられないわ。だって、落ち度のない令ちゃんに襲いかかるような人なんだもの」

「いや、その、だから……」

「じゃあ、襲いかからないって証拠見せて」

「えええ!? ど、どうすれば……」

「そうね。まずはそのネクタイで地上に着くまで両手を縛っててくれる? 手が使えないんじゃ滅多な事はないでしょう?」

「そ、そんな!」

「じゃあ、電話する」

「わ、わかった。わかったから」

 渋々僕はネクタイを外した。
 菜々が僕の両手を素早く縛りあげる。

「そして、座席の下に入ってて」

「何でそこまで」

「電話」

「……はい」

 この観覧車は大きくて、地上に戻るまで15分はたっぷりとあった。
 その間僕は景色を見る事も許されず、両手を縛られて窮屈な姿勢で座席の下にうずくまっていた。

「みてみて! 綺麗!」

「写真撮りましょうか?」

「ええ」

 二人は楽しそうにはしゃいでシャッターを切る。
 地獄のような15分間がようやく済んで、地上近くになって座席下から出るように指示された。
 両手の戒めを解かれたのは更にゴンドラの外に出てからだった。
 次のゴンドラから江利ちゃんと令ちゃんが降りてくる。

「江利子さま、携帯お返ししますね」

 と、由乃は江利ちゃんに先程の携帯を渡した。

「ちょ、ちょっと!? それって、まさか」

「ええ。私の携帯だけど」

 けろりとして江利ちゃんが答える。

「どれ、何が撮れてるかな……ぷっ!」

 江利ちゃんは携帯を見て噴き出した。
 そこに映っていたのは、座席に下に押し込まれた無様な僕の姿だった。

「カッコ悪っ!」

 ニヤッ、と由乃と菜々が笑った。

「お、お前たちっ!!」

「あら、そもそも兄貴が悪いんじゃない」

 しれっと江利ちゃんが言う。

「く、くう〜っ」

 最悪の写真まで撮られて、僕は江利ちゃんの後輩たちを家に送り、ようやく江利ちゃんのデートから解放された。
 そもそもの始まりは僕の失敗にあるのはわかっている。
 だが、その代償は大きすぎた。
 洋服代から食事代、リムジン代までトータルするととんでもない値段になってしまい、もう、当分僕は江利ちゃんを誘うことができなかった。


 ところで、このデートには後日談がある。
 数ヵ月後、仕事から帰ってくると江利ちゃんの怒鳴り声がした。

「あの子は体育を学んでる学生なのよっ! 一生を棒に振ったらどうするのっ!!」

 どこかで聞いたような台詞だった。
 そっと部屋を覗くと弟が神妙な顔をして江利ちゃんの前に正座していた。

「あ、兄貴。聞いてちょうだい! 私の妹を押し倒してキズモノにしようとしたケダモノの話を!」

 そして、どこかで聞いたような弟の失敗談を一通り聞かされた。
 最後まで聞いて僕は言った。

「それは、お前が悪いな」

「兄さん、誤解なんだ! これには訳が──」

 すがるような弟の弁明を聞かず、僕は部屋を立ち去った。
 だって。
 江利ちゃんと僕だけが遊べないだなんて事、ちょっと腹立たしいから。
 お前も同じ目に遭うがいい。
 のど元過ぎればなんとやら。
 他人事のように僕はその場を立ち去った。


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