【3134】 重くて走れないスティックのり  (RS 2010-02-19 00:11:19)




 普段は気にもとめない会話が耳にとまったのは、乃梨子がそのことを気にしていたせいかもしれない。
 図書館にいるときに聞こえてくる人の話し声は、雑音でしかないという人もいるようだけれど、乃梨子にとっては、図書館で聞こえてくる声も、休み時間の教室で聞こえる声も、昼休みの高等部の敷地内で聞こえる声も、基本的にすべて小鳥のさえずりと同じだった。
 関心のある事柄であれば、耳の方がきちんと人間の声に翻訳して伝えてくれる。だから、聞こえてきたのが小鳥のさえずりではなくて人間の会話だということは、どういう意味にせよ、自分にとって何かしら意味があるということだ。

「ねえ聞いた? お茶会のこと」
「ん? 茶話会のことでしょ? リリアンかわら版に載ってたもの。再来週の土曜日――あれ? 来週だったかしら? どっちにしても後で見直しておこうっと」
「持ってないの?」
「教室に置いて来ちゃった」
「申し込むの?」
「考えてはいるのよ。あなたは参加しないの? まだなんでしょう?」
「だって、クラブの二年生のお姉さま方はみんな妹がいるんだもの」
「だからこそ、こういう機会にお姉さまをさがさなくちゃ」
「あら、クラブに入ってもいない人が言っても説得力を感じませんけど?」
「そりゃあそうだけど、せっかく高等部に進んだのに、お姉さまがいないのはつまらないわよ」
「確かにねえ。落ち込んだときは、姉妹を持たずに卒業した人だっているんだから、なんて考えちゃうのよね。でも、出会いなんてそれこそどこに転がっているか分からないものだから、まずはそのチャンスをつかまなくちゃ、とも思うのよね」
「そうね。まずは申し込まないとね」

 どちらも一年生らしい。
 薔薇の館で開かれる茶話会の話題だったので、耳が反応してしまったらしい。予定通り今朝のリリアンかわら版に記事が載っていたから、図書館の中だというのについ二人とも話に夢中になっているのだろう。
 学園祭が終わった後の一番の話題は、薔薇の館で開かれる茶話会のことだった。去年に続いて開くことはかなり早くから決まっていたけれど、学園祭までは後回しにされていたようなもので、昨日も新聞部との打ち合わせがあった。今日のリリアンかわら版で発表する予定になっていたので、それに先だって三人の薔薇さまが記事のチェックをしたのだった。新聞部との打ち合わせで薔薇の館側が用意した資料は、乃梨子が去年の反省点を踏まえて自分なりに考えた改良案で、あらかじめレポートにして薔薇さま方に提出しておいたものだ。新聞部でも資料は用意してきたけれど、結局、議論のたたき台として主に使われたのは乃梨子の資料だった。
 茶話会が薔薇の館の話題になってから、二年生の二人のつぼみを取り巻く空気が以前とは違っているような気がする。春先から妹を作れと言いたげな、周囲の空気を感じることはあったけれど、姉から直接言われたことはなかった。マリア祭の後で志摩子さんにどう思っているのか聞いたときも、焦ることはないと言われていた。
 瞳子と妹について話したのは修学旅行の時だった。そのときは、瞳子は紅薔薇さまに妹を作るように言われたことはないということだった。修学旅行から戻ってきてからは、学園祭準備にかかりっきりで、お互いに思い出すこともなかったと思う。
 それが、学園祭が終わった途端に、薔薇の館の次の課題はつぼみの妹であるという雰囲気になってしまっていて、そのことがなんだかおかしかった。
 本を選ぶ手を止めずに、聞くともなしに一年生たちの会話を聞いてしまったけれど、お互いにまずいこととは思っていないのだし、すぐに忘れてしまうようなことだからと、借り出すことにした本と書架に戻す本を分け、何冊かをそばの書架に戻そうと椅子から立ち上がると、「ロサ・ギガンティア――」と聞こえた。志摩子さんのことかと思って声がした方に注意が向いてしまったけれど、体の向きを変えるのはかろうじてとどまった。そのまま本を持ちかえたとき、何と言ったか分かった。会話が聞こえてくる。

「白薔薇のつぼみも参加するのかしら?」
「参加するはずよ。二年生のつぼみは二人とも参加するように薔薇さまに言われたっていう噂だわ。本当かどうかは知らないけど」
「そんな噂、誰に聞いたの?」
「クラスで誰かが話してるのを聞いたの。それでね、去年の茶話会は、紅薔薇さまと黄薔薇さまが、そのときはつぼみだったけど、二人とも参加したんですって」
「リリアンかわら版で見たと思うわ。でも、お二人ともそこで妹はできなかったのよね?」
「そうみたい。相性とかその場の流れもあるから仕方ないとは思うけど、せっかくつぼみが参加してるのに決まらないんじゃねえ」
「今年も決まらないのかしらね。お二人とも薔薇さまと仲睦まじくていらっしゃるから、その間に入っていけるなんて思えないのよね」
「あら、そんなことを言ってるとチャンスを逃がしちゃうわよ。まず茶話会に申し込んで、どーんとアタックしてみたら? 意外と――」

 そこまでの会話が耳に入ってくるのにまかせながら本を片付け、カウンターに向かって通路を歩き出すと視線を感じた。会話に夢中だったらしい二人は乃梨子がいたことに気づいたようだけれど、こちらが話は聞いていたと言わんばかりに振り向けば、話題にしていた人物に聞かれていたと思って気まずい思いをさせてしまうだろう。
 だから、振り向かずに歩く。
 それとも、どこかで咳払いでもして自分がいることを気づかせた方がよかったのだろうか。
 まあいい。どちらにしてもたいした問題ではない。

 噂は本当だ。
 二年生のつぼみは必ず茶話会に参加するようにと、それぞれの姉から言い渡され、瞳子も自分もそれに従うと答えた。だから、二人が参加することは決定事項だ。
 それでも自分は妹を持とうという気になれないでいる。
 本当に志摩子さんは自分が妹を作ることを望んでいるんだろうか?
 あのときの志摩子さんが、本当はそれを望んでいないように感じたのは、自分の勘違いだろうか?
 自分が参加すると答えたのは、本当に妹を作って志摩子さんに安心して欲しいと考えていたからだろうか?
 自分でも分からないことが多すぎる。
 余計なことだと思いながらも、ついついそのことを考えてしまうせいなのか、薔薇の館に向かう足がなんとなく重かった。

 校舎が近づいて志摩子さんの教室の方を何気なく見上げたとき、パシャッとシャッター音が聞こえた。
 音のした方を見ると、写真部の蔦子さまの姿があった。
 蔦子さまだけが愛用のカメラを手に立っている。今日は笙子さんが一緒ではない。学園祭までは会うたびに一緒だったから、笙子さんは今日学校を休んでいただろうかと思った。、
「ごきげんよう、蔦子さま。相変わらずですね」
「ごきげんよう、白薔薇のつぼみ。おかげさまで」
 こちらに歩きながら、蔦子さまはよく分からないあいさつを返してきた。そのまま乃梨子に手が届くほどの距離まできて、乃梨子の足元に視線を向けた。
「足でも痛めた?」
「いえ、そんなことはありませんけど。なぜですか?」
「なぜって……」
 蔦子さまは、カメラを持っていない方の手を軽く握って、あごの下に当てるようにしてから、わけを話してくれた。
「一人の時は、目的地に向かって、最も合理的な経路を、許される最高の速度で歩くと言われている白薔薇のつぼみが、今日はいつになくゆっくりした足取りで歩いていた。そして、ときどき痛そうな表情を浮かべていた。そこから、足にケガをしているかそれに近い状態だと思うのは、極めて妥当な推理ではないかしら?」
「……なるほど。当たってはいませんが、納得しました」
「はずれたのは惜しかったけど、ちょっといいかしら?」
 そう言って蔦子さまは、返事を待たずにクラブハウス側の中庭の方に歩き出した。
 追いついて聞いてみる。
「薔薇さま方に何か言付けでも? 今ならみなさん薔薇の館にいらっしゃるはずです」
「そういうわけじゃないんだけど」
 そう言いながら蔦子さまは歩みは止めず、昇降口からはちょっと離れたところにあるベンチのところに着くと、腰掛けてカメラを両手で包むように持ち、こちらを向いた。
「まあ、座ってちょうだいな」
「はあ」
 隣にすわってみたものの、何の用なのか想像がつかない。茶話会のことなら、新聞部から話は通っているはずだし、昨日の今日で何か変更や訂正があったとも思えない。
「仕事がらみのことじゃないわ。どちらかというと私的な用件ね」
 そう言って蔦子さまは、スカートのポケットからいくつか封筒を取り出した。ぶ厚いものもあれば薄いものもある。その中からさっと一つ選び出してこちらに差し出した。受け取ると、写真が入っているらしい感触だった。。
「体育祭の頃からの乃梨子さんや志摩子さんの写真よ」
 渡された封筒を開け、写真を一枚ずつ見ていくとそのとおりだった。
 体育祭や学園祭の当日の写真だけではなく、準備で薔薇さまとつぼみたちが一緒のものもあれば、行事には関係なさそうな昼休みに一緒にいるところが写っているものもあった。自分が写った写真をみるのはそんなに好きな方ではないけれど、志摩子さんが写っていると聞けば見たくなるし、持っていたくもなる。
 これを見せるだけのために呼び止めたのだろうか。我知らず顔にクエスチョンマークでも浮かんでいたのかもしれない。蔦子さまのほうから種明かしをしてくれた。
「いずれ本人には渡すつもりでいて、たまたま今日持って出た中に入っていたのを思い出したのよ。後で薔薇の館に寄ろうかと思っていたから、ちょうどよかったわ」
「そうですか。これは私がいただいてもいいものなんでしょうか?」
「二人に渡すつもりだったから、今持って行ってもらってかまわないわ。ついでに言っとくと、紅薔薇姉妹や黄薔薇姉妹の分は、もうそれぞれ渡してあるから」
「はあ」
 写真を見る手を止めないまま、生返事をしてしまったと思って、なんだかばつが悪かった。写真を封筒にしまって蔦子さまの方を向いた。
「薔薇の館には、ほかに何かご用は?」
「それを届けに行くだけだったから。ねえ、乃梨子さん」
「はい?」
「志摩子さんと二人のことだから、姉妹のことに立ち入ったことを言うつもりもないけれど、姉妹とは別な関係にみえることについては、よくよく考えた方がいいわ」
「えっ!?」
 この人は突然何を言い出すのだろう。何を知っているのだろう。
 また問いかけるような顔をしてしまったらしい。答えらしきものを話してくれた。
「写真の二人の目を見れば分かるわ。体育祭のころから、二人がお互いを見る目が普通の姉妹のようには見えなくなった。何だか違うように見えたのよ。あなたが修学旅行に行っているときの志摩子さんの写真を見た? 私には、妹がいなくてさびしい姉には見えなかったわ。戻ってきたあなたもそう。まるで、新婚早々にダンナの方が長期出張に行かなきゃいけない新婚夫婦みたいだったわ。学園祭のころは、まるでそこに二人だけの世界があるみたいだったもの。一緒に歩いているのを見かけても、とてもそこに入っていけそうもないって感じだった」
 一息ついて蔦子さまはこちらを見た。冷やかすようなことを言っているけれど、そこに込められているのはそんなものではないことは分かる。しかし、その目を見てそれを認めてしまう気になれなくて、つい目をそらした。
「ああ、この二人は姉妹ではあるけれど、姉妹の枠には収まらない関係なんだなって思ったの」

 自分たち二人のことを、誰かに何か言われるのは本当にイヤだった。自分が志摩子さんをどう思うかも、志摩子さんが自分をどう思うかも、他の人には関係ないと思っていた。自分が志摩子さんのことを思う気持ちと、志摩子さんが自分を思う気持ちが違っていてもいいと思えるようになったのは、昨日のことだ。志摩子さんに茶話会に参加するように言われたときだ。
 薔薇さまである志摩子さんが、二年生でつぼみである妹に妹を作れと言うのは極めて真っ当なことだ。茶話会に参加するようにという言い方でも、その意味はお互いに分かっている、と思う。確かめてはいないけれど。
 今まで妹のことを言わなかったことの方がおかしいのかもしれない。二人とも今の関係に誰かが関わることで、たとえそれがつぼみの妹であっても、二人の関係が変わることを怖れていたように思う。

「それはどうも。でも、なぜそうやって教えてくださるんですか?」
「それは……私もきっと同類だからよ」
 ぽんと放り出すように言ったその一言に、深い悲しみのようなものがこもっているように感じた。
 そうだった。笙子さんとのことでは蔦子さまも悩んだのだろう。もしかするとまだその迷い、悩みの中なのかもしれない。二人が一緒のところを最近見かけないのもそのせいかもしれない。
 それでも、わざわざそんなことを言うのは、よほど目に余ると感じられたのかもしれない。ただ、そのように感じているのが蔦子さまだけなら、他の人が何かを感じ取っているということはないだろう。見る人が見れば分かってしまうから気をつけろ、ということなのだと都合良く解釈することにした。
「ご忠告……いえ、ご助言、ありがとうございました。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 立ち上がってあいさつすると、あいさつは返ってきたものの、蔦子さまは無意識なのかカメラをいじりながら考え事でもしているように見えた。
 こちらを見ていないのは分かったけれど、少し深めにお辞儀をした。

 昨日までと違って、薔薇の館に向かう足はまちがいなく重いと感じた。



        †        †        †



 つぼみたちがいない薔薇の館では、三人の薔薇さまが茶話会の資料にあらためて目を通していた。
 白薔薇のつぼみは、図書館に寄ってから来るはずだ。
 紅薔薇のつぼみは、一度薔薇の館に来てから演劇部のミーティングに向かった。
 一年生の黄薔薇のつぼみは、掃除当番区域が校舎の外なのでいつもより遅くなるということだった。
 三人がそろうのは三十分ほど後のことだろう。

 志摩子は、紅茶を飲みながら打ち合わせのための資料を眺めていた。
 紅茶は、紅薔薇のつぼみがいれていった。乃梨子とも菜々ちゃんとも違う。乃梨子に近いけれど、ずっと洗練されている。もっとも、乃梨子の紅茶の先生は瞳子ちゃんだから、本当は瞳子ちゃんの紅茶が乃梨子のに近いのではなくて、乃梨子の紅茶が瞳子ちゃんのに近いのだろう。それというのも、紅茶に個性が出るほどに乃梨子が回数をこなしたせいだからなのだろう。
 そんなことを考えながら、ふと資料をテーブルに置いたとき、祐巳さんの強い視線を感じた。何か話したかったのだろうか。「なに?」というように目を合わせると、思い切って、というように声をかけてきた。
「ねえ、志摩子さん」
「なあに、祐巳さん?」
「きのうの乃梨子ちゃん、何だかちょっと変じゃなかった?」
 思い当たることがあるとは思われないように、普段通りゆっくりと、それでも驚いているかのように答える。
「まあ、乃梨子が? どこかおかしかった?」
「どこがって言われても困るんだけど、きのう志摩子さんが茶話会に出るように言ったとき、なんだか……困ったようなっていうか、心外だっていうか、分かってはいたけど驚いたっていうか、不思議な顔をしてたように思って」
 この人は、鈍いようでいて、ときどき驚くくらい鋭い。いつもは、その鋭さが助けになることが多いけれど、つぼみの妹についてはそうはならないだろう。どちらかといえば、全く逆に働きそうに思える。
「そうかしら? それだったら、瞳子ちゃんもそんな感じがしたように思ったけれど?」
「うーん。そう言えばそうなんだけど、乃梨子ちゃんはもっとなんて言うか……」
 祐巳さんが言葉を探しているようなのを見かねたのか、リリアンかわら版を眺めていた由乃さんが話に加わってきた。
「瞳子ちゃんがそれほど驚いたように見えなかったのは、祐巳さんが前からそれらしいことを言ってたからじゃないの? 乃梨子ちゃんはそうじゃなかったんでしょ? 志摩子さん」
「ええ」
「乃梨子ちゃんにしてみたら、それまでそんなことを言いそうになかったお姉さまから、突然、妹を作れみたいなことを言われて驚いたわけで、それが祐巳さんには瞳子ちゃんの反応と違いすぎて見えたってことじゃないの?」
「そうなのかなあ」
 祐巳さんは、由乃さんが言ったことでなんとか納得しようとしているように見えた。

「私の考え過ぎだったかもしれないわね。ごめんなさいね。妙なこと言ったみたいで」
「いいえ。妹のことで心配させたみたいで、かえってごめんなさい」
 それで終わるかと思ったのに、祐巳さんは少しまじめな顔で話を続けてきた。
「でも、もっと早くに乃梨子ちゃんにも、妹を作るように言ってもよかったのかもしれないわね」
「祐巳さんが瞳子ちゃんに言ってたみたいに?」
 由乃さんの声がして、祐巳さんはそちらを向いて答えた。
「うん、そう。由乃さんも思わない? もっと早くに、つぼみたちに妹ができていたらよかったって」
「菜々は一年生だから別として、二年生の二人については確かにそうね」
「二人とも立派な姉になるわ。あの二人に育てられれば、その妹は立派な薔薇さまになれると思うの」
「ずいぶん気が早いわね。まあ、同感だけど」
「でしょ? だから、あの二人が早くに妹を持たないというのは、山百合会にとって大きな損失だと思うのよ」
「山百合会のことはともあれ、姉や妹を持って豊かな学園生活を送る方が誰にとってもいいことだというのであれば、一般的には、そのとおりだと思うわ」
「だから、いつまでもつぼみに妹ができないというのは、薔薇さまがするべきことを怠っているんじゃないかと思うの」
「それで?」
「茶話会は予定通り開くことになったけれど、そこで二人に妹ができる保証はないでしょう?」
「それはそうね。誰でもいいから無理矢理にでも姉妹になれって言うわけにはいかないんだから」
「そこで、何かこう……もう一押し必要じゃないかと思うの」
「もう一押しって、例えばどんなこと?」
「それが思いつかなくて……」
「あっきれた。祐巳さんが熱弁をふるうから、何か策があるのかと思ったのに」
「えへへー。そこで、志摩子さんと由乃さんのお知恵を借りたいの」
 それまで二人の掛け合いを黙って聞いていた志摩子には、薔薇さまとしての祐巳さんの考えはよく分かる。つぼみは妹を持って一人前、というのは昔から言い慣わされてきたことらしい。
 今そう言っている祐巳さん自身、薔薇の館に出入りすることになったのは、当時の紅薔薇のつぼみが薔薇さまたちに、妹のいない人間に発言権はない、と言われたのがきっかけだと言えるからだ。あのころは、蓉子さまたち三年生は、祥子さまが鬱屈を溜め込まないように、からかったり突っついたりしていたように思える。その一つがつぼみの妹問題だった。
 あのとき、部屋から出てきた祥子さまが祐巳さんに衝突して、祐巳さんは、薔薇さま方と祥子さまの賭けに巻き込まれて劇に参加することになり……。そうして、祐巳さんは祥子さまの妹になった。
 当然、今年のつぼみたちにも早く妹を作ってほしいというのは当たり前の考えだ。ただ、自分にはそれがなかなか言い出せなかっただけのことだ。
「さっきは乃梨子ちゃんのことを言ったけど、志摩子さんも前と違うように思うことがあるの」
 何を言い出すのだろう。気をつけなくては。
「前って言っても、一年生の頃のことじゃなくて、乃梨子ちゃんを妹にしてからのことだけど、その前と違って余裕があるって言うか、落ち着いてる感じだったのに、このあいだからまた、なんて言うか――」
「祐巳さん。もう少しまとめてからしゃべったら」
 由乃さんが突っこんだ。
「うー、申し訳ない。うまく言えなくて」
「一年生の頃には余裕があるようではなかった志摩子さんは、二年生になって乃梨子ちゃんが妹になってから落ち着いていた。でも、最近そうは見えないことがある。こういうことでしょ?」
「そうそう。ありがとう」
「そう見えるのかしら? 余裕がないとか落ち着きがないとか……」
「あー、わたしがそんな感じがしただけだから。でも、乃梨子ちゃんの妹の話が出る前と後では違ってるように感じたの。これも気のせいだったらごめんなさい」
「ううん。そんなことないわよ。自分で自分のことはなかなか分からないっていうから、かえってありがたいようなものだわ」
 やはり、乃梨子の妹の話が出てから、祐巳さんにも分かるくらい自分は普段どおりではなかったらしい。
 話題を変えようというつもりでもないようだけれど、由乃さんがボソッと自分の妹の名前を出した。
「菜々もね、二年生たちの妹のことは気にしてるみたいなのよね。なんといっても、一年生はずっと一人だったけど、いよいよ同級生から薔薇の館に来る人が現れるかもしれなくて、気にしないではいられないみたい」
「来年の参考にもなるものね」
「それもなくはないかもしれないけど、ずっと一緒に仕事する人のことだからね」
「そっかあ。菜々ちゃんにしたら、卒業まで一緒にやってくことになるんだから、気にして当たり前だよね」

 祐巳さんと由乃さんの話題が茶話会のことから離れてしまったころ、つぼみたちが薔薇の館に顔をそろえた。


一つ戻る   一つ進む