【3161】 私の宝物  (パレスチナ自治区 2010-04-23 01:36:52)


ごきげんよう。
今回は乃梨子視点です。
志摩子さん大好き、な乃梨子です。

私にはとても大切なものがある。
それを手に入れたのは志摩子さんと『姉妹』になった少し後のことだった。

ある日曜日、何もすることのなかった私は適当に街をブラブラしていた。
その時に変な店を見つけた。
ちょっと埃っぽくて薄気味悪い店。
入口には『河童のミイラあります』とかにわかには信じられない貼紙がしてある。
なんとなく興味を持った私は店に入ってみることにした。
「小さな仏像とかも置いてあるかも」
ワクワクしながら店内に入るとカビ臭いにおいが私を出迎えた。
小説とかに出てくる魔法使いのお店ってこんな感じだろうか。

木製の棚にはよくわからない商品がいっぱい並んでいる。
忍者の巻物とか、古ぼけたかんざし、欠けた壺、平安時代の毬…
恐らくこの店の主人一押しの河童のミイラは見当たらなかったが、レジ横のガラスケースの中にそれはあった。
「願いを叶える箱?なんだそれ」
かなり胡散臭い。『願いを叶える』だなんて。
しかも500円。安い。
これじゃあみんな買っていくよ。
それでも私はそれを夢中になって眺めていた。眺めていたら…
「ふぇっふぇっふぇっ、それに目を付けるとはお目が高いね、お嬢さん」
「ぎゃあ!!」
いきなり後ろからお婆さんの声がして吃驚してしまった。
「すまんね、そんなに驚くとは」
「いいえ、こちらこそすみません。それよりこれは何ですか?」
「何って、そのままだよ。『願いを叶える箱』さ」
「本当に叶えてくれるんですか?」
「ああ、本当だとも。この箱の中に強い思いを込めて願いを言えばなんだって叶うさ。でも、三回までしか叶えてくれないよ。しかも一日に一回までだ」
アラジンの魔法のランプみたいだ。
「ついでに、それはあと一個限りだよ」
「え?」
「それで最後ってことさ」
「そうですか…」
最後の一個、という言葉は何とも魅惑的だ。
「どうだね」
「えっと…」
……このお婆さん、商売上手だな。
詐欺紛いな気もするが、この『箱』に力があるような気がしてならない。
しかもたったの500円。人生に一回くらい騙されたっていい経験かもしれない。
それなら500円位どうってこともない。
「それ、買います」
「そうかい、ありがとうね。それじゃあ500円だ」
「はい」
財布の中から500円を取り出しお婆さんに渡す。
「毎度あり。ちょっと待っておくれな」
お婆さんは机の中から紙を出す。
「商品は郵送させてもらうからね、この紙に嬢ちゃんの名前と住所と一応電話番号を書いておくれ」
「郵送?」
「ああそうさ。うちで扱っている商品は壊れやすいものが大半だからね。せっかくお客さんが買ってくれても、持って帰る間に壊れちゃ申し訳ないからね。開店当初からのサービスだよ。大丈夫、郵送代はこっちもちさ」
「そうですか、わかりました」
500円の物を郵送してくれるなんて、下手したら赤字じゃないか。
そう思いながら紙に必要事項を書いていく。
「あんた達筆だね」
「それほどでもないですよ」
「そんなことないさ。それに親からもらった名前なんだ。あんたみたいに綺麗な字で書いてもらえるんじゃ、親御さんも幸せだねぇ」
「あ、ありがとうございます。あの書き終わりました」
「そうかい。それじゃあ水曜日に届くようにするからね」
「はい、お願いします」
「じゃあ、気をつけて帰んなよ」
「はい」

家に着いて一息ついた後、何を叶えて貰おうか考えた。
「お婆さんは確か願いは3回まで叶えてくれるって言ってたな」
私も一介の女子高生。欲しいものも叶えたいこともたくさんある。
その時フッと過ったのは志摩子さんだった。
「志摩子さん。志摩子さんかぁ…もっと仲良くなれたらなぁ」
志摩子さんともっとお話ししたい。手を繋いでみたい。抱きしめて貰いたい。
志摩子さんと…
考え出したらキリがなかった。
「志摩子さん…早く、会いたいな。早く明日にならないかな…」
その日の私は志摩子さんに想いを巡らせながら眠りに就いた。

次の日、学校に着くと早速志摩子さんと会った。
「ごきげんよう、志摩子さん」
「ごきげんよう、乃梨子。それより、『お姉さま』でしょ」
上品にほほ笑みながら諭してくる志摩子さん。周りの子たちはその様子を見てため息をついている。
この女神様を一人占めできたら…
「乃梨子?わかったの?」
「は、はい」
「ふふふ。慌てた顔も可愛らしいわ」
「し、しまこさん…」
「乃梨子?」
「あ、すみません、お姉さま」
「はい。ふふふ」
やっぱり上品にほほ笑みながら私の頭を撫でてくれる志摩子さんは最高に魅力的だ。
でも、もっと私と積極的になってくれたらな。
罰あたりかな?そんなことないよね?
そうだ!こんな時こそあの箱だ!

水曜日、今日は『箱』が届く日だ。
「今日の乃梨子さんはなんだかそわそわしていらっしゃいますね。どうかなさったの?」
「ああ。あのね、今日注文していた商品が届くんだ」
「どのような商品ですか?」
「えっと…『箱』かな」
「箱ですか?衣装ケースとかですか?確かにどれだけあっても足りませんわね」
「それは瞳子だけでしょ。とっても凄い『箱』なんだ」
「そう、ですか」
訝しげな瞳子とは違い、私はテンションが上がる一方だった。

この日は用事があると理由付けし山百合会の仕事は休んだ。
もう『箱』は届いているだろうか。
「ただいま、菫子さん」
「お帰り、リコ。早かったね」
「うん。それより私宛に何か届いてない?」
「ああ、届いてるよ。あれは何だい?」
「へへへ、内緒だよ」
「そうかい。あんたの部屋に置いといたから」
「ありがとう」
菫子さんはそんなに興味が無かったのか直ぐにリビングに戻っていった。

部屋に行き早速『箱』を出してみる。
あの時はガラスケース越しだったが、今は手に取ることができる。
木でできていて、滑らかな手触り。かなり丁寧に作られている。
ただの小物入れにするにしても十分に贅沢だと思う。
『箱』の説明書きには『箱を持って大きな声で願い事を言いましょう。その際、必ず箱を持ちながら三回叫ぶこと』と書いてある。
この『箱』に願いを聞いてもらうのは夕食後にしよう。

夕食を食べて、お風呂を済ませる。
なぜか緊張してきた。
それもそうだ。この『箱』が本当に願いを叶えてくれるなら、明日から志摩子さんともっと仲良くなれるのだ。
こんなものに縋るなんて不謹慎な気もするが、そうしてでも叶えたいほどの願いなのだ。
志摩子さんと出会った日、マリア祭の日、志摩子さんと『姉妹』になったあの日。
そして今では日を追うごとに志摩子さんへの想いが強くなっているのだ。
だから、許してほしい。
でも今日は軽めな感じにしておこう。
「スー、ハー」
深呼吸をして精神を統一する。

「志摩子さん!もっと積極的に私と接してください!
 志摩子さん!!もっと積極的に私と接してください!!
 志摩子さん!!!もっと積極的に私と接してください!!!」

「こ、これで大丈夫だよね…」
たったこれだけの事なのにどっと疲れた。
だから早く寝てしまおう。
寝る前にトイレに行こうとしたら、菫子さんが電話をかけていた。
どうやらちょうど通話が終わったみたいだ。
「菫子さん、こんな時間に電話?」
「あ、ああ…とっても大事なようだったのさ」
「ふーん」
菫子さんの私を見る目がなんだか変だった。
それより早く寝てしまおう。
布団に入った後も、もし願いがかなっていたら、と思うとすぐには寝付けなかった。

次の日。
「乃梨子さん。今日は昨日よりもそわそわしていますわね」
「え、そ、そう?」
「ええ。昨日言っていた『箱』がそんなによかったのですか?」
「うん、そういうこと」

しかし、早く効果を確かめたいという思いとは裏腹に、志摩子さんのクラスが移動教室やら調理実習やらで、志摩子さんとの時間を作れぬまま放課後になってしまった。

「ねえ、乃梨子ちゃん。今日はなんだかそわそわしてるね」
「そ、そう見えますか?祐巳様」
「うん」
「も、もう少しでしま…お姉さまと会えるので嬉しいのです」
「へ〜、そっかぁ。わたしもそうだったからその気持ちわかるよ」
「ご、ご理解いただきありがとうございます」
「うん。それにしても普段クールな乃梨子ちゃんがそんなふうになるのって新鮮だね。なんだか、可愛いな。志摩子さんが羨ましいな」
「ゆ、祐巳様…御冗談は…」
「冗談なんかじゃないよ」
「そ、そうですか…」
祐巳様は嬉しそうに私を眺めている。まるでおもちゃを手に入れた子供のようだ。
この人意外とSっ気あるみたいだ。
志摩子さん、早く来て!そうしないと祐巳様にいじられっぱなしになっちゃうよ。
こういう事は志摩子さんにしてもらいたいのに…

「ごきげんよう」
ついに志摩子さんが会議室に入ってきた。
効果はどうなんだろう…
志摩子さんは私の姿を確認すると上品にほほ笑みながら私に近づいてくる。
そして…
「ごきげんよう、乃梨子」
挨拶をしながら私に抱きついてきた。
志摩子さんの行動に私も祐巳様も驚いている。
「し、しまこさん…?」
「乃梨子?お姉さまでしょ?」
「は…で、でも…どうしたんですか?」
「これはね、他の『姉妹』がこういうことをしていて羨ましくなってしまったのよ。いやだったかしら?」
「ぜ、全然いやじゃないです!むしろ嬉しいです!!」
「そう、よかったわ。でもそんなに喜んでくれるなんて、もっと早くしていればよかったわね」
嬉しさと恥ずかしさで心臓がうるさい。
祐巳様を見てみると小憎たらしい感じでニヤニヤと私たちを眺めている。
「乃梨子の胸、凄くドキドキしているわね」
「し、しまこさん!」
「ふふふ」

『箱』は本物だった…

家に帰って『箱』を取り出す。
これを見ていると今日の志摩子さんを思い出してしまいドキドキしてくる。
今日の志摩子さんは最初のあれだけにとどまらず、事あるごとに手を握ってきたり顔を近づけてきたり…
「今度は、どうしよう…」
今度はどんな願いにしようか、『箱』を眺めながら考える。
抱きしめて貰ったり手を繋いだりというのは昨日のお願いで叶ってしまった。
じゃあ今度は…?
それ以上の事…?
き、キス…とか…?
「//////!!」
ヤバい!嬉し過ぎるのと恥ずかし過ぎるので死んでしまう!
それは心の準備が必要だ…
そうだ。志摩子さんはいつもお淑やかだから、もっと大胆な志摩子さんが見てみたいな。
そうしよう!

「志摩子さん!もっと大胆になってください!
 志摩子さん!!もっと大胆になってください!!
 志摩子さん!!!もっと大胆になってください!!!」

次の日の放課後。
薔薇の館に行くと志摩子さんしか居なかった。
「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう、乃梨子」
志摩子さんの近くに行くと今日も抱きついてきた。
「今日の乃梨子も可愛いわね」
「ありがとう志摩子さん」
「ふふふ」
どうやら一度叶えてくれたことも継続のようだ。
それより昨日の願いはどうなったのだろう。
そう思って志摩子さんを見てみると、タイをほどいていた。
「お、お姉さま?どうなさったのですか?」
「今日は暑いじゃない?だから少しくらいいいかなって。それに私たちだけでしょう。だから、内緒ね?」
「は、はい…」
少しだけ見えるようになった志摩子さんの白い肌。
それだけでも十分に色っぽい。
「ねえ、乃梨子」
「な、なんですか?」
「気温が人肌よりも高い時、抱き合うと涼しいらしいのだけど本当かしら?」
志摩子さんはそう言いながらまた抱きついてきた。
「し、し、しまこさん…」
「乃梨子ももっと抱きついてきて」
「ええええ…」
志摩子さんは私を抱きしめる腕に更に力を入れてくる。
「あああ、あの…」
「なあに、乃梨子?」
「それって服着てるとわからないんじゃ…」
「……それもそうね。じゃあ服を脱いでからもう一度試してみる?」
「えええ?!」
「ふふふ。ごめんなさい。さすがに冗談よ。でも、いつか試してみたいわね」
「そ、そうですか…」

『箱』、凄い…

『箱』の力はもう疑いようがない。
『世界征服!』とか言ったらそれすらも叶ってしまうのだろう。
でも、そんなこと望まない。
『億万長者』、それも要らない。
やっぱり私にとって最も大事なことは『志摩子さん』。
それでも志摩子さんの『心』は私自身で勝ち取りたい。
だから最後のお願いも過去2回と同じようにいつもと違う志摩子さんをお願いしてみよう。

『無邪気な志摩子さんが見たい!
 無邪気な志摩子さんが見たい!!
 無邪気な志摩子さんが見たい!!!』

これでいいんだ。

今日は土曜日。授業は半日。だから早く志摩子さんに会える。
今日は(も)志摩子さんの事で頭がいっぱいで授業なんてまるで覚えていない。
ついに来てしまった薔薇の館。
『無邪気』な志摩子さんがここにいるのだ。

ドキドキしながら会議室の扉をあける。
「ご、ごきげんよう」
すると…
「あ!乃梨子!ごきげんよ〜!!」
「し、しまこさん?!」
あの品行方正な志摩子さんが満面の笑顔を浮かべながら私に抱きついてきた。
「ん〜♪乃梨子、会いたかったわ!」
「しまこさん?!」
手を握りながら私の顔を見る。
やっぱり凄く嬉しそうに笑っている。
普段の上品なほほ笑みではなく、にっこりしている。
そんな顔をしても美しさが損なわれないのはさすが志摩子さん。
しかもすんごく可愛い。ヤバい…
「今日の乃梨子は昨日の乃梨子よりもさらに可愛いわ。もう大好きよ!!」
そう言いながら頬擦りをしてきた。
もう…駄目だ…
これまでにない胸の高まり。
頭が沸騰して…

「乃梨子!大丈夫!!?しっかりして!!乃梨子!!!」

なんだかぼやけた感じがする。
体も動かしたくない。
それにしても私はどうしたのだろう。
志摩子さんに頬擦りされた後の記憶が無い。
「ぅーーん…」
「乃梨子?気が付いたの?」
「し、まこさん?ここどこ?わたしどうなったの?」
「ここは保健室よ。それよりごめんなさいね。私のせいで」
志摩子さんは罪悪感を感じているのか泣きそうな顔をしている。
「しまこさん、なかないでよ。わたし、うれしかったから」
「そう、許してくれるのね?」
「ゆるすもなにも…」
「よかった」
体を起こそうとすると志摩子さんに諭された。
「ダメよ、もう少し寝てなければ」
「はい…」
「それで、乃梨子。次の願いは何かしら?」
「え?」
「だから次の願いよ」
「どうして…」
目の前が真っ青になる。
いつ志摩子さんに『箱』の事を知られたのだろう。
「乃梨子、心配しなくても大丈夫よ」
「で、でも…いつ知ったの?」
「あれは水曜日かしら?あの日夜に菫子さんから電話がかかってきてね」
「あ!」
菫子さんメ!
「乃梨子、菫子さんを恨んじゃ駄目よ」
「は、はい…」
「それでね、もちろん驚いたけど、菫子さんの電話で乃梨子があまりに必死だと聞いて、そんなに私は貴女に想われているのかと嬉しくなって」
「志摩子さん…」
「だからね、貴女のお願いを叶えてあげようと思ったの。それで、次の願いは何かしら?」
「でも、『箱』は3回までしか…」
「乃梨子、私は『箱』ではないわよ。いくらでも貴女の願いを叶えてあげるわ」
私は申し訳なさとそれをはるかに上回る幸せな気持ちで涙があふれてきた。
「泣いてる顔も可愛いわ」
そう言いながら優しく抱きしめてくれる。
志摩子さんのぬくもりと柔らかさ。たまらなく幸せだ。
そして私を見つめてくる。
「願いは、何かしら?」
「………もっと、もっと志摩子さんと仲良くなりたいです!もっと一緒にいたいです!ずっと、ずっと一緒にいたいです!!」
「わかったわ。それ全部叶えてあげるわ。でもね、それには乃梨子の協力も必要だからね?」
「うん!」

結果的に、『箱』は私の願いを叶えてくれた。
いろんな事が重なってこの結果になったがそれでも願いを叶えてくれたのだ。
この『箱』はもうただの箱になってしまったけど、今では志摩子さんとの思い出を入れてある。
だからやっぱりただの箱ではないのだ。
ずっと、ずっと大切にしていきたい私の宝物だ。


あとがき
ずっと前にやっていた『週刊ストーリーランド』っていう番組をふと思い出しまして…
『なんでも出てくる箱』とどっちにしようか迷いましたが、こっちの方がよかったです。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。 


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