【3165】 ありがとう  (bqex 2010-05-03 18:54:29)


打ち上げ旅行【No:3082】【No:3083】【No:3088】【No:3108】【No:3129】【No:3152】【これ】(完結)


 ルームナンバー4021。

「……う〜ん」

 祐巳が何かの気配を感じて目を開くと、祥子が起きて祐巳の顔を覗いていた。

「おはよう」

「おっ、おはようございます」

 目覚めの祥子のアップにびっくりした祐巳だったが、なんとか他の二人を起こさない程度の音量にとどめた。
 部屋は暗い。
 祐巳は寝る前にすぐに持ち出せるようにしておいたお風呂セットを手にすると祥子と一緒に部屋を出た。

「あの、お姉さま。先ほどは何をなさってたんですか?」

「起こそうとしただけよ」

 そっけなく祥子は言う。

「そうですか」

「あら、あなた、何かしてほしかったの?」

「ま、まさか。滅相もない」

 赤くなりながら祐巳は首を振る。

「それよりも、よくこんな時間に起きられましたね」

 変な方向に話が行く前に祐巳は話題を変える。

「あら、別荘に行った時も遊園地に行った時もこれくらいの時間には起きたのよ」

 いつまでも朝に負けるような小笠原祥子ではなくってよ、というオーラが漂う。

「さすがお姉さま」

 と祐巳が感心したのに、祥子はこんな事を言う。

「と、言ったものの、今日は携帯電話のアラーム機能の力を借りたの」

 ふふ、と笑う祥子に、なるほど、と祐巳は納得する。

 露天風呂には同じような目的で早起きした人が来ていた。
 空はだいぶ白くなってきていた。
 外はひんやりとした空気で、昨日の雪がまだ残っている。
 岩風呂の方に入ると、ほんのりと体が温まってくる。
 明るい方を見ていると徐々に白からオレンジ色に変わってくる。
 なんとなく明るいところと暗いところの区別しかなかった風景に色がついてくる。
 そろそろだ、というように岩風呂に入っていた人達が同じ方を見る。
 ちらりと太陽が顔を見せた。
 小さく歓声が上がる。
 岩風呂に入っていたお婆さんが手を叩いて太陽を拝む。

「綺麗……」

 太陽が徐々に昇っていく。
 キラキラとあらゆるものが輝いていく。
 昨日の雪が、温泉の湯が、太陽の光を反射するように輝き始め、眩しく映る。
 太陽が昇りきるまでほんの数分の出来事だったが、二人はその光景に見入った。

「なんと言っていいのか、ありきたりな言葉だけど、感動したわ」

 祥子は言う。

「私もです」

 二人とも、その光景に感動しすぎてなかなか言葉が出てこない。

「私、朝日が昇るところを実際に見たことはほとんどないけれど、こんなに気分がいいものだとは思わなかったわ」

「はい。思っていたよりずっと綺麗で、気分が良くて。私、お姉さまと一緒に見られて嬉しいです」

 朝日に照らされながら二人は少しずつ言葉を思い出したかのように話し始めた。

「いつか、また二人で旅行に行ったときに、露天風呂があったらまた朝日を見ましょう」

「いえ。その時があったら、今度は夜更かしして露天風呂から流れ星を探しましょう」

 祥子はちょっと驚いたような顔をした後、微笑んで言った。

「それはいいわね。そうしましょう」

 祥子と祐巳は微笑みあった。



 ルームナンバー4022。
 菜々が目を覚ますと、隣で由乃が身体を起こしていた。

「おはよう。あ、ごめん。起こしちゃった?」

「おはようございます。いえ、自然に起きました」

 菜々はあたりを見回す。

「あの、私はどうしてここで寝てたんでしょう?」

 たしか、隣の部屋だったはずなのに。と菜々は聞く。

「昨夜の事覚えてない?」

「たしか、みんなでお茶やお菓子で盛り上がって……先生方がお戻りになると言った辺りから何だか曖昧で……」

 聖の『イタズラ』には気づいていない菜々。

「みんなが盛り上がりすぎて向こうじゃ寝づらそうだったから、志摩子さんが換わってくれたのよ」

 都合よく話を合わせる由乃。まあ、嘘はついていない。

「そうだったんですか」

 納得したように菜々はうなずく。

「では、向こうに戻りますね」

「七時半に一階のレストランよ」

 由乃はそう声をかけた。
 菜々は返事をすると部屋を出た。
 廊下で、ルームナンバー4021から出てきた蓉子と出会う。

「おはようございます」

「おはよう。よく眠れたみたいね」

「おかげさまで。蓉子さまも部屋を換わられたんですね」

「ええ。瞳子ちゃんが眠っちゃったから代わりに。菜々ちゃんも結構早いわね」

「毎日朝稽古があるので、これくらいの時間にはなんとなく目が覚めるんです」

「いい朝を過ごしてるのね。うらやましいわ。私はなんとなく起きてしまっただけよ」

 と言いながら蓉子はルームナンバー4023の扉を開けた。



 ルームナンバー4023で一番初めに目を覚ましたのは乃梨子だった。

「……う……ん」

 くすぐったい。頬に誰かの息が当たっている。乃梨子は視線を横に向けた。

「えっ」

 乃梨子は驚いた。
 何がというと、乃梨子の肩に枕するようにぴったりと寄り添って志摩子が眠っていたのだ。
 勢いよく首を曲げていたらキスするところだった。

「なんで?」

 心の叫びが思わず外に出た。
 乃梨子は記憶の糸を手繰る。
 この部屋は他の部屋よりちょっと広いので、みんなで集まるにはいいだろうと、お茶やお菓子を並べて少し過ごす事にした。
 両先生も来て、聖がビール風の清涼飲料水を振る舞った。
 以降のことはあまり覚えていない。

(そこで疲れて眠っちゃったのかな? うーん、覚えてないなあ……)

 志摩子の寝顔を見ながら考える。

(じゃあ、どうして志摩子さんはこういう体勢で寝てるんだろう。力尽きて寝ちゃったとしても一緒に寝るって……わかんないなあ)

 反対側を見る。
 瞳子が眠っている。

(ん? 瞳子は祐巳さまと一緒の部屋だったはず。昨夜、何があったんだろう?)

 天井を見つめながら思い出そうとするが、乃梨子は全く思い出せなかった。

「……ん」

 耳元でちょっと色っぽい声がするな、と思ったら志摩子が目を覚ましたところだった。
 ゆっくりと目を開いて、乃梨子と目が合った。

「あ……ごめんなさい」

 志摩子はそっと乃梨子から離れた。

「いえ……」

 乃梨子が身体を起こそうとした時に不意に痛みが走った。
 声は出さなかったのに、乃梨子が顔をしかめたのを志摩子は見逃してくれなかった。

「どうしたの?」

「あ、いや、大したことはないと思うけど──」

 そっと浴衣の袖をまくってみるとあざが出来ている。
 思い切り瞳子が叩いた痕だったが、この時点で二人はそのことについて思い至らない。

「ありゃ?」

「ご、ごめんなさい。私が眠っている間に何かしてしまったのね。ああ、ここもこんなに」

 志摩子は乃梨子の体を調べるように浴衣を脱がし始める。

「いや、たぶんそんなんじゃないと思うから、気にしないで」

「ううん。昨夜お風呂に入った時はこんなあざなんてなかったもの。ああ、私のせいだとしたら、乃梨子をこんなキズモノに」

「キズモノって、意味が違うような」

 その時、扉の方で気配がした。
 見ると、慌てて蓉子が部屋を出ようとしている。
 きょとんとした顔で見る志摩子。
 浴衣を脱がされている乃梨子。
 事態を察した乃梨子は慌てて浴衣を直しながら追いかける。

「変な誤解しないでくださいっ!」

 乃梨子の叫びに江利子が目を覚ます。
 途中で見事につまずいた。
 そして、半裸で眠っていた令の上に倒れてしまう。

「ぎゃ!」

「ご、ごめんなさいっ!」

 謝りながら乃梨子は令から離れようとするが、慌てて直した浴衣は乱れている。
 江利子が見た光景は、「乱れた浴衣の乃梨子ちゃんが半裸の令の上に乗っている」というものだった。しかも乃梨子はあざだらけ。
 目があった。

「あのっ、ですからこれはその」

「……変な夢」

 江利子は「変な夢の光景」として処理することにしたらしく、再び目を閉じた。
 オロオロとする乃梨子。
 扉が開いて蓉子が入ってきた。

「あっ、蓉子さま! あのですね、これはですね」

 テンパる乃梨子。
 ようやく意識が覚醒してくる令。

「これ」

 蓉子が差し出したのは湿布だった。
 昨夜の記憶がほぼ完全にある蓉子は乃梨子が瞳子のせいで酷いあざを作ってしまったことを察して急いでスタッフから湿布を貰ってきたのだった。

「……あ、ありがとう、ございます……」

 恐る恐る湿布を受け取る乃梨子。

「……乃梨子ちゃん、重いよ」

 静かに令が言う。

「す、すみません!」

 飛び退く乃梨子。

「ところで、何をどう誤解したと思ったの?」

 そう蓉子に尋ねられて、乃梨子は撃沈した。
 ちなみに。
 菜々は、一部始終を見ながら歯を磨いていた。

 部屋の隅に移動して乃梨子は浴衣を脱ぐと、志摩子が乃梨子の背中や腕や肩に湿布を貼る。
 声はあげないが、肌に当たる度にビクン、ビクンと反応してしまう。

「痛い?」

「そうじゃなくて、冷たい」

「あらあら」

 瞳子がようやく目を覚まして見たのは上半身裸であちこちに湿布を貼られる哀れな乃梨子の姿。
 昨夜の記憶がフラッシュバックする。

「ごめんなさいっ、乃梨子!」

 ガバっ、と起き上ったかと思うと瞳子は乃梨子に詫びる。

「へ?」

 乃梨子は志摩子と顔を見合わせる。

「ああ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! 私が叩いたからこんなに」

 瞳子は思わず乃梨子にすがりつく。
 哀れな姿の乃梨子は「ちょっと」と言いながら瞳子を離すと浴衣を着直す。

「何の事?」

「だから、昨夜私が叩いて……乃梨子、覚えてないの?」

「うん。って、いうか。なんで私の事叩いたの?」

「その辺の動機は覚えてないの。でも、何だか楽しくて、バシバシ乃梨子を叩いたのは覚えてるわ。ええ。もう、バシバシと」

「バシバシとねえ」

 言われてもちっとも記憶のない乃梨子。

「ああ、そういえばなんだか瞳子ちゃんは楽しそうに笑っていたわね。叩いたのは覚えてないけれど」

 志摩子が言う。

「ごめんなさい。私、皆さんにご無礼の数々を……」

 恐縮して縮こまる瞳子。

「瞳子ちゃんは悪くないわよ」

 そう声をかけたのは蓉子だった。

「今回の瞳子ちゃんは『イタズラ』の被害者なの」

「イタズラ?」

 志摩子、乃梨子、瞳子は聞き返す。
 蓉子は無言でビールの空き缶を何本か見せた。

「聖ったら」

 じろり、と蓉子は聖を睨む。
 聖はぐっすりと眠っている。

「令は大丈夫だった?」

「いや、何といいますか断片的に所々の記憶しか……いたた……申し訳ありません」

 しゅんとする令。

「私もところどころしか覚えてないのよね。ああ、頭痛い……」

 ため息をつきながら江利子が言う。
 令も江利子もいわゆる二日酔いのようだ。

「私も、まったく覚えていません」

 そう言って隅っこにちょこんと座っているのは菜々だった。

「さて、と……」



 ルームナンバー4021。
 祐巳と祥子が戻ってきて支度をしていると、重い表情の瞳子が蓉子に付き添われて戻ってきた。

「どうしたの?」

 祐巳が聞くと。

「聖のロクでもないイタズラが原因で落ち込んじゃったのよ。瞳子ちゃんは悪くないから」

 そう言って微笑む蓉子とは対照的に、ズン、と重い雰囲気の瞳子。

「あ。わかった」

 クスリ、と笑うK先生は聖の『イタズラ』の内容に思い当ったようだ。

「まあ、本人は『失敗』だなんて思っていることだろうけど、これはむしろ今しかできない経験よ。大人になった時に何度も繰り返さなければいいことだし。ほら」

 ポン、とK先生は瞳子の肩を叩く。
 瞳子の目の前には心配そうな顔をした祐巳がいる。

「瞳子」

 祐巳が部屋の隅の方に瞳子を連れていく。
 何やら小声で話しているうちに、瞳子がポツリポツリと打ち明け始めたようだ。

「祐巳ちゃんもすっかり『お姉さま』になったわね」

 その光景を見て感慨に浸る蓉子。

「ええ」

 同じく目を細める祥子。

「初めて会った時はもう間違って罠にはまった子狸みたいに可愛かったのに。すっかり貫録がついたこと」

 クスリ、と笑って蓉子が言う。

「お姉さま、失礼ですわ。私の事を罠にはめた猟師のようにおっしゃるなんて」

 すねるように言う祥子。

「そんな事言ってないわよ」

「私にはそう聞こえました」

「あなたこそ私のこと古狸とでも思ってるから猟師だなんてスッと出てくるんでしょう」

「そんなこと思ってません。始めに祐巳のことを子狸だなんて言い出したのはお姉さまじゃありませんか」

「子狸、可愛いじゃない」

「可愛いのは当たり前です。私の妹なんですから」

 蓉子は笑い出した。

「何がおかしいんです?」

「もう、何がって」

 そんな風にあなたが妹の事を堂々と自慢して惚気るようになったのが、と言いたかったが、言えないくらい蓉子は笑った。
 部屋の隅の方では瞳子が随分と落ち着いた表情になっていた。



 一階のレストラン。

「おや」

 由乃は気づいた。
 紅薔薇さん家はなんだかとっても幸せそうで楽しそうなのに、白薔薇さん家はなんだかとっても落ち込んでいてその上いつものような華やかさがない。
 志摩子はいつもとあまり変わらないが、その姉と妹が特にどんよりとしている。
 ちなみに、黄薔薇一家はいつもとあんまり変わらない。

「何かあったの?」

 菜々に聞く。

「昨夜、聖さまがこっそりとみんなにお酒を振る舞ったのが蓉子さまにバレて、今朝こってりと叱られたんです」

 笑いを堪えているが、堪え切れないというように菜々は言う。

「でも、あの聖さまが蓉子さまに叱られたくらいでああも落ち込んだりはしないでしょう?」

 と由乃は聞いた。

「普段は知りませんけれど、二日酔いで頭痛がひどいところを叩き起こされて、ガツン、と。うちの父もたまにやられてますが、あれは効くそうですよ」

「どこのうちのお父さんも似たようなことやるのね」

 ふうむ、と由乃はなんとなく納得する。

「じゃあ、乃梨子ちゃんは?」

「ああ、乃梨子さまは昨夜の酒盛りの時に酔っ払いに叩かれたのが原因で服の下はあざだらけになってしまいまして。まあ、そういうことです」

 大ネタは取っておく菜々だった。

「それは可哀想に」

 朝食はバイキング形式で、空いている席の関係で学年別に固まっていた。
 菜々はまだ同学年の子がいないので、いらっしゃい、とお姉さまである由乃と同じテーブルにつく。

「ふうん、祐巳さんっていつもパン派なんだ」

「あれ、みんなパン派じゃないの?」

 由乃、志摩子、菜々、全員ご飯を選んでいた。

「今日はご飯の気分だったから」

「うちは基本的に和食だから」

「うちは有馬の父の方針で」

「ふうん。うちは毎朝パン」

 祐巳は答える。

「まあ、パンにジャムはつけられても、ご飯にジャムはつけられないからね」

 ジャムを大量に持ってきた祐巳に由乃が言う。

「いいじゃない。『ご自由に』って書いてあったし、食べる分しか持ってこなかったよ」

「朝からですか」

 菜々が驚いたように言う。

「朝だって、食べるよ。みんなだって……」

 見回すが、祐巳のようにパンの数を上回るジャムを確保している者はいない。

「そんなに持ってきてるのは祐巳さんくらいよ」

「そうかなあ」

 たっぷりとジャムにパンをつけるようにして祐巳はパンを食べた。
 朝から胸やけしないのかなあ、と菜々は凝視する。

 ちょっと離れたテーブルで、K先生、H先生と一緒に乃梨子と瞳子がいた。

「あのさ」

 乃梨子が瞳子に話しかける。

「ん?」

「私って、怖いかな?」

「何、それ?」

 思いがけぬ質問に瞳子が聞き返す。
 ちらり、と乃梨子は席の離れた蓉子を確認して小声で言う。

「ほら、たまに『乃梨子ちゃん、蓉子さまみたいだね』って言われることがあってさ。その時は『素敵なお姉さまみたい』って誉められてるのかなって思ってたんだけど、今朝のみてさ、私ってあんなに恐ろしいのかなあって思って」

 向かいでK先生とH先生が同時に噴き出した。

「怖くないよ乃梨子」

「乃梨子は可愛いよ」

 笑いながら両先生がフォローする。

「お姉さま方もそこを言ってるわけじゃないでしょう?」

「そうだといいんだけど」

 あざよりもそちらの方が乃梨子の落ち込んでいる原因だった。
 ぼそりとH先生が、どれだけ怒ったのよ、蓉子は。と呟いていた。

 更にちょっと離れたテーブルには蓉子、聖、江利子、祥子、令がいる。

「祥子、今朝は元気がいいね」

 二日酔い気味でぐったりしている令がサラダを食べている祥子に言う。

「昨夜は早く寝て、早起きしたからかしらね。それより、お姉さま方はどうなさったんですか?」

「まあ、昨夜いろいろと……」

 二日酔いでぐったりしている江利子。

「ちょっとね……」

 もっとひどい二日酔いのところへ蓉子の攻撃を食らった聖。

「まあ、早寝して正解よ」

 気にしていませんよというように取り繕う蓉子。

「聖さま、コーヒーだけではもたないでしょう? ゆで卵でもお持ちしましょうか?」

 祥子は申し出る。

「た、卵はやめて。食べる時は自分でとりにいくから」

 涙目で首を横に振る聖。
 一体何があったのだろう。気になる祥子だったが、お姉さまである蓉子の様子から察して『知らぬが仏』なのだろうと、追及するのをやめた。



 朝食を終えて、最後にもう一度温泉につかる者、お土産を買う者、それぞれに時間を過ごす。

「祐巳、このピンクとラベンダーはどうかしら?」

 携帯ストラップを手に祥子が言う。

「お姉さまからいただけるものなら、どんなものでも嬉しいです」

 笑顔で返す祐巳。
 すでに二人でお菓子を買って、もうひとつ、と祥子がいって手に取ったのがその携帯ストラップだった。
 祥子がレジに並ぶと、満面の笑みで菜々がお土産のビニール袋を持っていた。

「何かいいものゲットしたの?」

 祐巳が声をかける。

「はい」

 隣で由乃が呆れたような顔をしている。

「菜々ったら、見せてあげたら?」

 ごそごそと出てきたのはカップめんの焼きそばだった。

「……何、これ?」

「これは北海道限定の焼きそばで、スープがついているんです」

「はあ」

「修学旅行で買いそびれて、姉の分も入れて四つも買ってしまいました」

 嬉しくてたまらないというように菜々は自慢する。

「北海道限定だからって、四つも買う?」

「一人一個買わないと、食べられちゃうんですよ。去年来た時は姉に食べられて一口も当たらなかったんですから」

「菜々ちゃんも大変なのね」

「まだ売っていますよ。皆さんは買わないんですか?」

「私は遠慮しておく」

 祥子が戻ってくる。

「あら、どうしたの?」

 祥子に聞かれて菜々がカップめんの焼きそばを祥子に見せる。

「ああ、カップめんね」

「お姉さま、ご存知なんですか?」

 驚いて祐巳が聞き返す。

「去年だったかしら、母がコンビニにハマってしまってその時に」

 ふうん、とその時はそれぐらいで終わってしまった。



 昨日の雪が嘘のように日が射して、春の陽気に包まれる。

 ──それでは、ここからバスに乗って移動して、昨日とは別の空港から帰ります。

 スタッフの説明を受けてげんなりしている江利子、令。既に死にかけている聖。

「酔い止めの薬はありませんか?」

 令が聞くと液体の酔い止め薬を渡された。
 江利子と令は二人でその場で飲む。
 祥子はすでに薬を飲んでいて、そろそろ効いてきたらしくちょっと眠そうである。

「ご、ごめん。私も欲しい」

 よろよろと出てきた聖が申し出る。

「聖。酔ってる時に飲んでも効き目ないと思うわよ」

 ぴしゃりという蓉子に聖はうなだれる。

「どうなさったんですか?」

 祐巳が声をかける。

「うう、祐巳ちゃん。蓉子がね、蓉子がね。私が頭痛で苦しんでるのに苛めるんだよ」

 祐巳に抱きつきながら聖が訴える。

「苛めてないでしょう」

 蓉子がすかさず突っ込む。

「え、えーと」

「祐巳ちゃあ──うっ!」

 急に口元を押さえる聖。

「せ、聖さまっ!?」

 急変を察し、ずずず、と下がる一同。取り残される祐巳。
 そんな中、前に出たのは蓉子だった。

「はいはい。こんなところで醜態さらさないのっ」

 遠くに連れて行かれた聖が戻ってきたのは十分後だった。

「じゃあ、いきましょうか」

 この時の蓉子のさわやかな笑顔が一番怖かったと乃梨子は後に語る。



 空港。
 移動のバスの中でほとんど寝ていた一行も元気を取り戻して最後に空港ターミナルのショップを覗いていた。

「あ、さっきのカップめん」

 祐巳が見つけて手に取ったのは菜々が宿で買っていた焼きそばだった。

「何、それ?」

 皆が寄ってくる。

「さっき菜々ちゃんが買っていたんですが、これって北海道限定だそうですよ」

 祐巳が説明する。

「へー」

「じゃあ、ついでにこれも買いましょう」

 と手にとってレジに向かったのは限定に弱い女、江利子だった。
 他にもお土産を持っているのは、宿で買わなかったかららしい。

「そうだ、私も買っておこうかな」

 と令が同じくカップめんを持ってレジに並ぶ。

「ふーん、どうしようかな?」

 由乃が迷い始めた。

「私も買ってみようかしら」

「私も」

 蓉子と乃梨子が面白がって手に取る。
 残っているのはあと一個。

「あ」

 瞳子と由乃が同時に手を伸ばして引っ込める。

「どうぞ、由乃さま」

「いいわよ。私は。瞳子ちゃん、欲しいんでしょう?」

「なんとなく、見てみたかっただけで、ベ、別に欲しいわけでは──」

「あら、私だって後輩を押しのけてまでこんなもの欲しいわけではないし、いつだって北海道にさえ来れば手に入るし」

「そうですよ、北海道にだったらいつだってこれますし」

 意地を張り合う二人。
 離れたところで見ていた祥子が祐巳に聞いた。

「どうしてカップめんごときで意地を張り合うのかしらね?」

「さ、さあ?」

 この状況で先に四つゲットした菜々は間違いなく勝ち組である。



 全員で飛行機に乗り込んで、北海道に別れを告げ、無事に東京に帰ってきた。

「あーあ、もう終わっちゃいましたね」

 祐巳が言う。

「また今度、一緒に行きましょう。皆さんで一緒に」

 祥子が全員を見回す。

「そうですね。ぜひ」

 志摩子が微笑む。

「私も行きたいです」

 菜々が楽しそうに言う。

「今度は別のところにしましょうよ」

 と乃梨子が提案する。

「そうね。今度は南の方とか」

 由乃が言う。

「でも、暑い時期の南はちょっと」

 肩をすくめて令が返す。

「北はもう飽きたわ」

 けだるそうに江利子が言う。

「また、ルーレットで決めますか?」

 瞳子が聞く。

「それはその時にしましょう。それと、できれば堂々とお酒が飲める歳になってからの方がいいかもね」

 ちらり、と蓉子が聖を見る。

「それはもういいから」

 ため息をついて聖が言うと、全員が笑う。

「K先生、ありがとうございました」

 全員が声をそろえて言う。

「私も、誘ってくださってありがとう」

 H先生も礼を言う。

「いいえ、こちらこそ、本当に楽しかったわ。ありがとう」

 K先生が笑顔で言う。
 楽しい旅行が終わり、皆、元の生活に戻っていく。
 そして、最後に定番の挨拶をして、それぞれの家に帰った。

「ごきげんよう」



 打ち上げ旅行 おしまい


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