【320】 第二山百合会恐怖の胎動  (まつのめ 2005-08-07 13:55:07)


出たら書くという約束だったので。 No291 No299 から。



「だれが恐怖かーーー!」
 となにやら印刷物を握りしめて叫んでいるのは部長を5つ兼任しているという『文化部のヌシ』こと葉統絵美子。
 言うにことかいて『恐怖の胎動』とはなんだ。今度は人を魔物扱いか。と『短いポニテ』として初登場の時とほぼ同じリアクションを取っている絵美子の髪型は今日はいつのも短いポニーテールを髪留めでくるっと動かないように纏めていて、文化部らしからぬスポーティー?
「ちょっとまって、これかわら版じゃないわよ」
 紙面を追う『くせっ毛』こと那須野彩。彼女のくせっ毛はツインテールにすればかの福沢祐巳のような髪型になるであろう。本人は似合わないと言っていたが。
「リリアンPressだって。なになに発行者は『Sacred Gate』?」
 ノートPCを片手に、彩と一緒に同じ紙面を読んでいた少女、斎藤柚葉が妙に冷静に言った。
 彼女は今日はレンズの細いふちなし眼鏡をかけていた。
 細かい字を読むときは眼鏡をかける柚葉。ストレートの黒髪とあいまっていかにもインテリっぽく見える。


 時はちょうどこの三人が薔薇の館に嘆願書なるものを持っていった数日後。
 朝学校に着てみると、リリアンPressなんていう明らかに非公式な新聞らしきものがリリアン高等部に出回っていたのだ。
 それには上に挙げたいかにもなタイトルがでかでかと目立つ書体で書かれ、記事内容は現山百合会に対してその三人がいかに脅威になるかを盛り込んだ、彩、絵美子、柚葉の三人の紹介であった。特にその三人が何かを始めたとは書いていないが、読んだ人のおそらく10人中9人はその三人が現山百合会に反旗を翻したような印象をもったであろう。

 絵美子は文科系のくせに行動派である。
 放課後、中庭で妹といちゃついてた彩と、パソ同に居た斎藤姉妹を捕まえてここ旧理科準備室、通称物置部屋に引きずってきたのは彼女だ。
「いちゃついてないわよ。待ち合わせしてたのに」
「ト書きに突っ込まないように。でもということは由ちゃん待ちぼうけ?」
「あ、由はきょうお家の都合で早く帰るって」
 彩の隣に居た少女、彩の妹の美春ちゃんが答えた。由(ゆい)ちゃんは美春ちゃんの妹、彩の孫にあたる。
 ちなみにここでいいう妹とはもちろんプチ・スールのことだ。


「悪質な悪戯だわ」
「実名で来るとはね。かわら版の方は名前は伏せてあったのに」
 柚葉はいつものようにノートPCを開いてなにやら打ち込みながら話している。
「あゆみちゃん、どう思う?」
 絵美子と対照的に彩はのほほんとした表情で、妹の美春の正面に座っている生徒の方を向いて言った。
「どうしてそこであゆみに振るのよ?」
「だってなにか有意義な意見聞けそうじゃない?」
 あゆみは絵美子の妹だ。彼女は問題の記事を読んでいる最中だった。
 ちなみにリリアンPressは全部で4部確保している。
「そうですね、多分公式では先のかわら版が限界だからあえて非公式で続編を出したようにも思えます」
「なるほど。じゃあ記事を書いたのは同じ人?」
「はい。多分三奈子さんだと。記事煽りかたが同じですし」
 彼女は絵美子のように部活を複数掛け持っているくせに学年で主席争いをしているという非常識に優秀な人間だ。絵美子もそんなに成績の悪い方ではないが根本的に頭のつくりが違うあゆみを妹に出来たことはいまでも不思議に思っている。
「でも情報源は別じゃないかしら?」
 そんなあゆみの意見に口をはさんだのは柚葉の妹、紅葉(くれは)。実の姉妹でスールなんだけど4月生まれの彼女達、実は双子だそうだ。なんでも親の陰謀で学年違いで出生日を届けられてしまったとか。
「あら紅葉さん、どうしてそう思うの?」
「三奈子さんにしては情報が正確すぎます。多分情報提供者がいてその方の指示で記事を書いたってところだと思います」
 紅葉はパソ同副会長にして会長の姉が駆使するDBソフトの開発者である。
 三年生の三人が第二山百合会なんて煽られてるけど実は本当に恐ろしいのはこの子達たちじゃないかと思うのは絵美子だけではないはずだ。
 ちなみに彼女、ちゃん付けで呼ぶと機嫌が悪くなるので三年生は姉を呼ぶときと同じ呼称を使う。彩は『さん』づけ。絵美子は呼びすてだ。

「で、どうしたいの?」
 彩が珍しくまじめな顔で絵美子に向かって言った。
「どうしたいって?」
「こうして私達を集めたってことは何か対策でもたてたいからなんでしょ?」
「えーっと……」
 じつはあまり考えてなかった。ただ腹が立ったから当事者を集めて愚痴りたかっただけなのだ。
「まあ、期待してなかったけど」
 彩が額に手をあててため息をついた。
「絵美子さんがしたい方向はなんとなくわかるけど、無理かも」
 柚葉がなにやら不吉なことを言った。
「なによ? 無理そうってなにが?」
 最近、絵美子や彩のコネ以外の人からも現山百合会についての意見を聞くことが多くなってきている。
 なんとなくわかるなんとかしたい方向とはそれのことだ。
「もう次の要望の声があがってきてるのよね」
「次?」
「私もいろいろ聞いてるのよね。彩さんのコネから私に直接来たりとか、某クラスの委員長がクラスの意見を言いに来たりとか」
「柚葉さんもなんだ」
「そりゃ三人とも同じでしょ?」
「だからたぶん聞いてることだと思うけど……」
 絵美子はそんな馬鹿げた意見が通るものかと思っていた。
 彩も柚葉も最初はそうだったと思う。
 でも柚葉のデータベースは確実に増えつつある一つの意見を捕らえていた。

「最近一番聞くのは、現生徒会にたいする不信任よ」




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