【3202】 水野・祐巳  (クゥ〜 2010-07-14 18:21:23)


水野祐巳その9


【No:1497】【No:1507】【No:1521】【No:1532】【No:1552】【No:1606】【No:1904】  【No:3191】





 「それじゃ、祐巳さん。先に戻るわね」
 「えぇ、ごきげんよう」
 「ごきげんよう」
 掃除が終わり、祐巳は日誌当番ということで一人。音楽室に残った。
 志摩子さんが白薔薇のつぼみと成り。
 祐巳は、薔薇の館でのお手伝いを辞めた。
 元々、部活などもしていないので放課後は暇になった。
 「何か部活でも始めようかな」
 そう思いながら祐巳はピアノを見た。
 フラフラとピアノの前に座り。
 開く。
 ポーンと鍵盤を一つ押した。
 祐巳は以前ピアノを習っていた時期がある。
 その頃は反抗期で、祐巳はお姉ちゃんとぶつかっていた。
 というよりも、お姉ちゃんにだけ反抗してたと言ってもいい。
 最も、お姉ちゃんの方は余裕で受け流していたけれど。
 反抗の理由は、嫉妬。
 何でも出来てしまう姉に妹は反発したのだ。
 両親にねだって、ピアノを習い始め。
 お姉ちゃんがやっていないと理由だけで、他の様々な習い事にも手を出して意地だけで頑張った。
 お姉ちゃんは出来ない。
 それが、その頃の祐巳の行動の原理だった。
 ただ、こちらの一方的な反発は続くものではなく。

 ある日、突然に冷めた。

 暖簾に腕押し。
 柳に風。
 それでは、こちらの反発は続かない。
 お姉ちゃんへの反発が引いていくと、習い事への情熱も冷め。
 しばらくは多少の意地もあって続けたものの辞めていき、その中で一番続いたのがピアノだった。
 祥子さまのマリア祭の演奏を思い出す。
 ゆっくりと鍵盤に触れていくと、やわらかい音色が流れ出した。
 意外に覚えているものだ。
 ゆっくりとしたテンポで、ピアノを弾いていく。
 「……」
 弾き終わると、何処からか拍手が聞こえてきた。
 「?」
 拍手の聞こえた方に顔を上げると、髪の長い生徒が立っていた。
 祐巳の同級生には見たことがないので、上級生だろか?
 今日、部活は無いと聞いていたけれど。
 「ごきげんよう、申し訳ありません。もう、掃除は終わりましたので」
 「んっ?いいのよ、今日は部活はないのだから、それよりもピアノ上手ね」
 「……」
 少し呆れる。祐巳程度の腕ならリリアンには、ゴロゴロいるはずだ。
 「ご冗談を」
 「本当よ、ねっ、今度はちゃんと弾いてみて」
 「……」
 祐巳は、上級生らしい生徒をジッと見る。
 「ねっ」
 「上手くないですよ」
 リリアンは縦社会。
 上級生の要望には無茶と思わないなら、出来るだけ従わなくてはならない。
 先ほど、流れは確認した。
 今度は真面目にピアノを弾く。
 「!」
 ピアノに合わせ上級生が歌いだす。
 思わずピアノが止まりそうになったものの、上級生が手で続けるように促し祐巳はピアノに集中する。
 上級生の歌声は、音楽室の中に広がり。祐巳とピアノの音を包み込んで混ざっていく。
 「……」
 終わったとき、祐巳は呆然としていた。
 「上手だったでしょう」
 「は、はい!凄く!」
 上級生の笑みに祐巳は立ち上がって答えていた。
 「祐巳さんのピアノも上手だったわよ」
 「あっ、ありが……あれ?私、自己紹介しました?」
 祐巳は当然の疑問をぶつける。
 少なくとも上級生と面識はない。
 「あら、祐巳さん、貴女自分が有名人だと知らないの?」
 「ゆ、有名人ですか?」
 「えぇ、紅薔薇さまの実の妹さん、そればかりか紅薔薇のつぼみの妹候補。違って?」
 「……違いま…」
 違いませんと言いそうに成って、祐巳黙る。
 「えっと……紅薔薇さまが実の姉である事は事実ですけれど、祥子さまの妹候補というのは違います」
 「そうなの?」
 「えぇ」
 「私の情報は古かったのかしら」
 上級生は、手を顎に当てて少し不満そうだ。
 「私の情報は何時も遅いのよね……前のときもそうだったわ」
 上級生は小さな溜め息をつきながら、祐巳を見る。
 「でも、祐巳さんは違うように見えるのだけれど、まぁ、いいわ」
 「あの……」
 「楽しかったわ、ごきげんよう。祐巳さん」
 「ごきげんよう……」
 上級生は微笑んだまま音楽室を出て行ってしまった。
 ……。
 「あっ」
 祐巳はここでようやく自分の失敗に気がついた。
 「……名前、聞いてない」



 朝の涼しげな空気も早々に薄れ、今の登校時には暑さを感じるようになった。
 「お姉さま」
 不意に呼ばれた声に、横に立っていたお姉ちゃんが振り返り。祐巳も続く。
 「ごきげんよう、祥子」
 「ごきげんよう、祥子さま」
 振り返れば、祥子さまがいらした。
 「ごきげんよう、お姉さま、祐巳ちゃん」
 朝の挨拶。
 その後に訪れる沈黙。
 祐巳が山百合会のお手伝いを辞めて、初めての挨拶。
 気まずい。
 「あら、祐巳ちゃん」
 沈黙を破ったのは、祥子さまだった。
 「はい?」
 「どうしたの」
 「……いいかしら」
 祥子さまは鞄を脇に挟むと、祐巳のタイに手を伸ばしてきた。
 「少し乱れているわ」
 そう言って、祥子さまは祐巳のタイを直した。
 「祥子……貴女ねぇ」
 「す、すみません。お姉さま、ですが……」
 「あぁ、いいわよ。そんなに困り顔をしなくても、問題ないから」
 お姉ちゃんは、そう言って祥子さまに優しい笑顔を向けた。
 祐巳に向ける笑顔とは少し違いを感じるその姿は、姉妹の姉としての顔。
 「祥子さま、紅薔薇さま、お先に失礼します」
 祐巳は二人に頭を下げると、ゆっくりと離れた。



 「祐巳さん!」
 放課後、清掃も終わり早々に声をかけてきたのは蔦子さんだった。
 「ごきげんよう、どうかしたの?」
 「うん、少しお話したい事があってね」
 用があるという蔦子さんと教室に向かう。
 「さて、回りくどい話は後して、まずはこれを見て」
 そう言って蔦子さんは祐巳の机の上に二枚の写真を並べた。
 「……」
 一枚は今朝の写真。
 祥子さまが祐巳のタイを直している所を、お姉ちゃんが後ろで微笑んでみている場面。
 もう一つは、ピアノを弾く祐巳とあの髪の長い上級生。
 「これ、何時の間に撮ったの?」
 「ふっふ〜ん、写真部のホープ、蔦子さんを見くびるな」
 蔦子さんは自慢げ。
 「それで、どちらが好み?」
 「どちらがって……祥子さまは違うし、こっちの方は相手の名前さえ知らないよ」
 「はっ?」
 祐巳の言葉に、蔦子さんは動きを止めた。
 「祐巳さん……本気?」
 「うん」
 「うんって……合唱部の歌姫、薔薇さま並に有名な人よ」
 「へぇ〜」
 確かに凄く上手かった。
 「へぇ〜じゃないわよ!私なんてね、歌声が聞こえた瞬間走り出して窓辺に二人の姿が見えたときには、歓喜してカメラを構えたわよ!」
 蔦子さんは生き生きと話に夢中に成っている。
 「そして、今朝!何か起こらないかとマリアさまの庭を張っていたら」
 「張らないでよ、そんな所で」
 祐巳の苦情は聞こえていないようで……。
 「コレが撮れたのよ!」
 蔦子さんは熱い口調で写真を叩く。
 「それでお願いがあるのだけど……この写真、学園祭で展示させて」
 「展示させてって……二枚とも?」
 「う〜ん、出来れば……」
 「無理でしょう」
 祥子さまの妹ではないし。
 もう一人の上級生は名前さえ知らないのだから。
 「そうかなぁ……こっちは躾、こっちは共演。良いと思うけれどなぁ」
 「躾って……」
 蔦子さんが、祥子さまの写真に対してそう言ったので少し可笑しくなった。
 流石にそこまではなかったと思うから。
 「それに共演てほどのものじゃないわよ。確かに、あの方……」
 蔦子さんからも名前を聞いていないことを思い出すが、祐巳は聞かなくてもいいやと思った。
 「あの上級生の方は凄く素晴らしい歌だったけれど、私のピアノなんて普通以下よ」
 本当にあのレベルなら、リリアンにはより素晴らしい演奏者は大勢いることだろう。
 「そう?私にはピアノも十分に美しく聞こえたけれど」
 「それこそ、あの人の歌声の力ね。まぁ、どっちも展示は難しいと思うわよ」
 まだ、納得していない蔦子さんに祐巳は笑う。
 「どっちもって……祐巳さん、この写真欲しくない?」
 「……」
 祐巳は写真を見る。
 「両方って言わない、祐巳さんが欲しい方だけでも良いから許可を取って欲しいんだけれど」
 「えっ?許可って……これ、くれないの?」
 「う〜ん、それは取引ってことで……」
 「取引ねぇ……」
 正直、薔薇の館には行きたくない。
 だからと言って、名前も知らない上級生に頼むのも違う気がする。
 「本当に、片方でいいんだ。そうしたら二枚ともあげるから」
 「ふむ〜」
 正直に言えば、写真は欲しい。
 祥子さまに振られはしたけれど、それでも思い出の品一つくらいはあってもいいと思うから。
 だからって、もう一人の方に頼むのは筋違いだろうし。妹がいたら、それこそ勘違いされかねない。
 ……やっぱり祥子さまに頼むのが一番かぁ。
 「でも……」
 やっぱり行きにくい。
 「……やっぱり、無理。諦めるわ」
 祐巳は渋々ながら写真を蔦子さんに返した。
 「えぇぇぇ、それはないよ。祐巳さん」
 「仕方ないじゃない、それなら蔦子さんが行けばいいんじゃない?」
 「無理、いくら蔦子さんでも、山百合会幹部のお姉さま方には近寄りがたい」
 蔦子さんの言葉に、祐巳は苦笑いを浮かべる。
 「化け物じゃないんだから」
 「それが言えるのは祐巳さんの立場だからよ、普通は無理なの」
 そうかなぁと思うけれど、蔦子さんでさえそうならばきっと間違いはないのだろう。
 「そう言うのなら、祐巳さん頼むよ。ねぇ、本当にお願い!」
 「……」
 蔦子さんは諦めていないようだ。
 「わかった、そこまで言うのなら……」
 「本当!?ありがとう!」
 蔦子さんは涙を流さんばかりに喜んでいる。
 「つ、蔦子さん」
 祐巳は少し引いた。
 「それでどちらに行くの?」
 「どちら?あぁ……」
 祐巳はすっかり共演の方の写真を忘れていた。
 重ねた二枚の写真の上にあるのは祥子さまの躾。
 「祐巳さん……」
 蔦子さんは、苦笑していた。
 その後、二人で薔薇の館に向かう。
 ……。
 ……。
 「蔦子さん、運がないね」
 「私?!」
 薔薇の館には珍しく鍵がかかっていた。
 授業中などは鍵がかかってはいるものの、放課後に開いていないのは珍しい。
 本当に運がない。
 「祐巳さん」
 「?……志摩子さん、ごきげんよう」
 「ごきげんよう」
 声をかけられて振り向けば、そこには白薔薇のつぼみに成った志摩子さんがいた。
 「今日は山百合会の活動はお休み?」
 「えぇ、紅薔薇さまから聞いていない?」
 「う〜ん、もう私は関係ないから」
 「……祐巳さん」
 志摩子さんは少し悲しそうな顔になる。
 「そうだわ、祐巳さんはどうして薔薇の館に?」
 「私というよりも蔦子さんの用事かな」
 「蔦子さん?」
 志摩子さんは、祐巳の横に立つ蔦子さんを見る。
 「あ〜、この写真の展示許可を貰いに来たの」
 蔦子さんは志摩子さんにジッと見られ、照れたのか写真を志摩子さんに見せてしまう。
 「あら、これは……ふふふ、素敵ね」
 「そうでしょう!」
 蔦子さんは写真が褒められ嬉しそうだ。
 一方の祐巳は、志摩子さんの笑顔に驚いていた。
 ……こんな優しい笑顔見せるんだ。
 少し前、祐巳が薔薇の館をお手伝いしていた頃には見た事のない笑顔。
 白薔薇さまの影響?
 「……こちらは?」
 「そっちも素敵でしょう」
 「えぇ、そうね」
 志摩子さんは二枚目の写真を見つめる。
 「はい、返すわね」
 志摩子さんは写真を蔦子さんに返し、祐巳を見る。
 「祐巳さん」
 「んっ、どうしたの?」
 「少し話したい事があるけれど、いいかしら」
 「……」
 志摩子さんの表情は少し硬い感じ。
 二枚目の写真を見てから、その表情のまま。
 「いいよ、蔦子さん。写真の許可は明日でいいよね」
 「えぇ、勿論」
 蔦子さんも何かを感じたらしく引いてくれた。
 志摩子さんが鍵を開け、久々に薔薇の館に足を踏み入れる。
 なんだか敷居が高い。
 中等部の頃は、お姉ちゃんが紅薔薇のつぼみと言うことと。当時の薔薇さま方が、高等部で言われていたほど怖い方たちではなく。
 気さくな人たちだったから、そんなのは感じなかったし。
 高等部に上がって、お姉ちゃんに言われ志摩子さんと一緒にお手伝いをしていた頃もやはり感じてはいなかった。
 お姉ちゃんがたまに愚痴っている、一般性とがもう少し気楽に来られる薔薇の館の意味が少し分かった気がする。
 「あぁ、あった」
 「志摩子さん、忘れ物していたの?」
 「えぇ、そうなのだけれど。そのおかげで祐巳さんとお話できる時間が取れたのだから、忘れ物に感謝しないとね」
 志摩子さんはお茶を用意するわと荷物を置く。
 志摩子さんもすっかりここの住人だ。
 「ありがとう」
 「いいえ」
 志摩子さんの淹れたお茶に口をつけた。
 「それで、志摩子さんのお話は?」
 「祐巳さん、分かっているのでしょう。祥子さまのこと」
 「紅薔薇のつぼみ?」
 「……」
 「ごめん、祥子さまね」
 「えぇ」
 祐巳の言葉に志摩子さんは優しく微笑む。
 「なんだか、志摩子さん変わったね」
 「えっ?」
 不意を着いた言葉に、志摩子さんは驚いた様子。
 「笑うように成った、それも凄く優しい笑顔で……白薔薇さまのおかげ?」
 変えたというのならあの人しかいないけれど、正直、今までの聖さまにそんな事が出来るとは祐巳には不思議にしか思えない。
 でも……変えちゃった。
 「話、それたね。それで祥子さまの事よね」
 「……えぇ、祥子さまの事。祥子さまが私に姉妹の申し込みをしたのは知っているのよね」
 「勿論」
 それが祐巳が、ここに来なくなった理由。
 それは志摩子さんの責任じゃなく。祐巳と祥子さまが向き合った結果。
 「それで断って、白薔薇さまのロザリオを受け取ったことも」
 「うん」
 リリアン瓦版でも紹介されている話、まぁ、祥子さまの部分はカットされているけれど。
 「どう思った?」
 「どうって……それは志摩子さんが祥子さまと向き合って、白薔薇さまとも向き合って決めた結果でしょう。なにか、他にあったの?」
 志摩子さんは、祐巳の言葉に少し驚いているようだ。
 「いいえ……ないわ。ただ、祥子さまは私が妹にならないことを分かってらっしゃったのではないかと思ったの」
 「?……妹に成らない事が分かっていた?」
 「えぇ、だから、祥子さまの目的は、白薔薇さまへのあてつけで白薔薇さまを動かすために、私に妹に成らないかと言ったように思えるの」
 少し考える。
 志摩子さんと白薔薇さまに何かあるのは祐巳も知っていた。
 だからと言って……。
 「それでも志摩子さんが受け取らないって保障はなかったよね。それだったら、祥子さまはやっぱり本気で志摩子さんを妹にと思ったはずじゃない?」
 ロザリオを差し出すということは、そんなに軽い話ではなく。
 誰かへのあてつけなんて理由は、祐巳には認められない。
 「祐巳さん、怖い顔をしているわ」
 「へっ?そ、そう?!」
 「祐巳さんの言いたい事も分かるの、それでもね。祥子さまの思いはそうだったと私は感じているし、多分、白薔薇さまもそれが分かっていて私を妹に迎えたと思うわ」
 「白薔薇さまも分かっていた?」
 「えぇ、祥子さまがそこまで決意して行った好意を無下に出来なかった。無意味にするわけにはいかなかった」
 祐巳は手の平で湯飲みを転がしながら聞いている
 「元々、祥子さまは祐巳さんを妹に迎えるつもりたったはずなのではと思っているの、それなのに白薔薇さまと私が宙ぶらりんの状態が気になって……いえ、薔薇の館で、問題になったと言うべきかしら。それを解消するために、あんな行動に出られた。それが祐巳さんを妹にすることに対するハードルに成る事が分かっていて……だから、白薔薇さまはその挑発に乗ったと思うの……この話、私の考えすぎかも知れないのだけれど、間違いとは思わないのよ」
 志摩子さんは言いたい事を言ったのか、お茶を飲み干す。
 「ハードルって?」
 一つ気に成ったから聞いてみる。
 「二つ有ると思うの。まずは祐巳さんの気持ち、私に差し出したその後に差し出されても受け取らないでしょう?それは先ほど、私が白薔薇さまのロザリオを受け取った理由を、お互いが向き合って判断したと言っていたことから推測できるわ。祐巳さんは祥子さま向き合った結果、祥子さまが祐巳さんよりも私を選んだと判断しているのでしょう」
 大当たり。
 「凄いね、その通り。志摩子さん、凄い」
 祐巳は感嘆するが、志摩子さんは首を振った。
 「違うわ、これは祥子さまのおかげ。白薔薇さま……お姉さまの妹に成って安定したから、落ち着いて考えられるように成ったのが理由なの」
 「安定……」
 「そう、私は自分でも不安定だと分かる常態だったのよ。それを、お姉さまが救ってくれた。ただ、その為に祥子さまが犠牲に成られたというのは、やはり私もお姉さまも目覚めが悪くって嫌なの」
 気持ちが落ち着いたからって出来る事ではないと思うけれど。
 「それで、その話をして私の祥子さまへの誤解を解きたかったと?」
 志摩子さんが、祐巳と話をしたかった本当の理由。
 「そうね……この事も身勝手な私の言い分なのかも知れないのだけれど。少しでも祥子さまに恩返しが出来たらいいなって、それに祐巳さんが祥子さまのことを理解してくれても、まだ問題は残っているのだし」
 「まだあるの問題?」
 それは何だろう?
 「こちらは更に難しい話、相手が複数だから」
 「複数?」
 祐巳には、志摩子さんの言うもう一つの問題が理解できない。
 「同じように薔薇の館に出入りしていた祐巳さんが妹に成った場合、私に振られたから、残っていた祐巳さんを妹にした。そう言われかねないでしょう?」
 まぁ、確かに端から見ればそうなるだろう。
 「だから、祥子さまには祐巳さんだから妹にしたと学園中の生徒が思う理由がない限りは、どんなにロザリオを差し出したくても差し出せない」
 「……」
 「祐巳さんが例え気にしないと言っても、自身の妹がそんな事を言われては悲しいでしょうし、言わせてしまっている自分に憤慨もするでしょうから」
 祐巳は目を閉じた。
 志摩子さんの憶測?
 それとも祥子さまの心情を言い当てている?
 どちらにしても……。

 「その話が、本当だとして……祥子さまから聞きたかったかな?」

 「ゆ、祐巳さん?」
 「ごめんね、志摩子さん。やっぱりそう簡単に受け入れられる話ではないよ」
 祥子さまは、何も言わなかった。
 ただ、この話を祥子さまから聞いていたとして、もう一度向き合えたのか?
 「祐巳さん……これは私が勝手にしたこといで……」
 「分かってる。だから、祥子さまから話があるまで私は何もしない」
 する理由もない。
 ただ、少し、不安な心が残っている。
 「それにしても、志摩子さん意外に世話焼きさんだね」
 不安な心を消すように、隠すように。
 志摩子さんを見た。
 「わ、私はその……祥子さまに恩返しがしたいのと……その…」
 「その?」
 「祐巳さんとせっかくお近づきに成れたのに、また元に戻るのは嫌だと思ったから」

 志摩子さんは少し照れながら最上級の笑顔を祐巳に向けた。

 祐巳は、その笑顔は反則だと思った。










 すみません、まだ続きます。
                      クゥ〜。


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