【3219】 混ぜるなきけん  (bqex 2010-07-25 01:14:49)


『マリア様の野球娘。』(『マリア様がみてる』×『大正野球娘。』のクロスオーバー)
【No:3146】【No:3173】【No:3176】【No:3182】【No:3195】【No:3200】【No:3211】
(試合開始)【これ】【No:3224】【No:3230】【No:3235】(【No:3236】)【No:3240】【No:3242】【No:3254】(完結)

【ここまでのあらすじ】
 大正時代に連れて行かれ、帰れなくなった福沢祐巳の帰還条件は平成の山百合会と大正時代の桜花会が野球の試合をする事であった。
 いろいろな思惑の中、山百合会が大正時代に乗り込み、まもなく運命の試合が始まる。



 大正十四年八月十六日。

「……祐巳っ! 祐巳っ!」

 寮のとある部屋の扉の前に桜花会のうち九人が集結していた。

「あなたのお姉さまとの試合なのよっ! 試合に出るのが嫌でも、見に来たらどうなのよっ!!」

 巴がそう言いながら扉を開けた。
 中には誰もいなかった。

「いない……」

 人数は足りているので試合に支障はないが、そんな問題ではない。

「手分けして探しましょう」

「私は向こうを、小梅はあっちを」

「わかった」

「お待ちなさい!」

 背後から声がする。

「アンナ先生」

 ミス・アンナはすでに野球の制服に着替えていた。

「祐巳のことは私に任せて、皆さんはそろそろ支度をなさい。リリアン女学園の方々はすでに到着していますよ」

「でも、祐巳が──」

「どんな理由があろうとも、不戦敗という不名誉は許しません。祐巳は必ず私が連れていきます」

「……わかりました」

「ミス・アンナ。お願いします」

 九人は支度を整え、東邦星華の校庭にある試合場に向かった。
 リリアン側は荷物をベンチに置いてゆっくりと奇妙な動きをしていた。
 彼女たちの時代でいうところのウォーミングアップやストレッチなのだが、大正時代の柔軟体操とは大きく違い、動物の動きを真似ているような、活動写真のチャップリンのような、とにかく、淑女にはできないはしたない姿ばかりで、見ている方が赤面してくる。

「さすが、武蔵野の田舎者は違うわね……」

 呆れたように見守る一同。

「ねえ、あれは何だろうね?」

「あれって?」

「あの、背中の数字」

 リリアン側の制服は深緑のシャツと帽子に、白い半ズボン、それに靴下なのだが、シャツの背中に大きく数字が書かれていた。数字に法則でもあるのか、と思ったが、続き番号という事でもないらしく、「0」「4」「11」など様々な数字が見える。
 これは平成の公認野球規則では義務化されている背番号というものだが、背番号が野球に導入されたのは昭和四年(1929年)のニューヨークヤンキースまで待たねばならず、この時点、大正十四年(1925年)ではまったく意味がわからないものであった。

「打順表を交換してくるから、その時に聞けたら聞いてくるわ」

 そういって、巴と乃枝は審判のところにいった。



 リリアン側から令が由乃を連れてスタメンを書いた表を持って審判のところにいった。
 野球専用の球場ではないためのローカルルールの確認、先攻後攻の決定、スタメン表の交換などの試合前のお約束事項の打ち合わせのためである。
 東邦星華側からは二人の少女が出てきた。奇しくも一人は背が高いショートカットの少女、もう一人は三つ編みの少女だった。桜花会の名にちなんだ桜色のユニフォームが可愛い。

「ごきげんよう。本日は試合を受けていただき、また、何から何まで手配していただき感謝しております。本日は胸を借りるつもりで参りました」

 帽子を脱いで、令は挨拶した。

「いいえ、こちらこそ」

 ショートカットの少女が答える。こちらを侮る事も、必要以上の敵愾心を見せる事もなく、正々堂々と相手をしようという気が伝わってきて好感が持てた。

「本日の主審を務めます岩崎です。これよりルールの確認をします」

 淡々と確認が済む。

「先攻と後攻ですが」

「先攻で!」

 由乃と三つ編みの乃枝さんが同時に言った。

「では、ジャンケンで決めてください」

 由乃はジャンケンが強かった。希望通りリリアンが先攻を得る。

「勝ちを譲っていただき、ありがとうございます」

「でも、試合の勝ちは譲りませんわ」

 悔しいのを誤魔化すように乃枝さんが言う。
 審判と相手にスタメン表を渡す。
 東邦星華のスタメンは以下のとおりである。

1番 菊坂 胡蝶(一塁)
2番 桜見 鏡子(二塁)
3番 月映 静 (遊撃)
4番 月映 巴 (三塁)
5番 鈴川 小梅(捕手)
6番 宗谷 雪 (右翼)
7番 石垣 環 (中堅)
8番 川島乃枝 (左翼)
9番 小笠原晶子(投手)

 スタメンに祐巳ちゃんは入っていなかった。
 到着してからこちらは皆、祐巳ちゃんの姿を探しているのだが、祐巳ちゃんの姿は見えない。何かあったのだろうか。

「福沢さんは、どうしました?」

 令は尋ねた。

「ちょっと準備に手間取っていますが、こちら側で試合には出る予定です」

 ショートカットの巴さんが答えた。

「そうですか」

 その場ではそれ以上聞かなかった。
 ちなみに。
 リリアンのスタメンは以下のとおりである。

1番 支倉 令 (左翼) 0
2番 水野 蓉子(捕手) 8
3番 鳥居江利子(遊撃) 1
4番 佐藤 聖 (中堅)10
5番 小笠原祥子(三塁)18
6番 藤堂志摩子(一塁) 4
7番 二条乃梨子(二塁) 2
8番 島津 由乃(右翼) 3
9番 松平 瞳子(投手)11
 (後ろの数字は背番号)

 ポジションは後ほど交代する予定。打順は昨日、10球だけ打席に立ち、より多くバットに当てた順で決めた。「飛ばした順」ではなく「当てた順」なのがポイントである。同数は足が速い順で決めた。
 これで打ち合わせは終わり、と思った時に審判に聞かれた。

「あの、リリアンの皆さんの制服の背中についている番号ですが、それはどういう意味があるのですか?」

 この時、令は初めて大正時代にはまだ背番号がなかったことに気がついた。

「勝つためのおまじないです。試合には支障がありませんし、皆、別々の番号をつけていますから、個人の識別には便利でしょう?」

 由乃はそう猫を被って答えた。

「まあ、いいでしょう」

 審判は特に問題はないとそれを認めた。こうして打ち合わせは終わった。

「……大正時代に背番号がなかったんだったら、無理してつけるんじゃなかったね」

 打ち合わせを終えて戻る途中で令は言った。

「あれ、令ちゃんは知らなかった?」

「って、由乃は知ってたの?」

「うん。だって、背番号がないとサマにならないじゃない」

 呆れて二の句が継げなくなった令だった。
 二人が戻ると全員でスタメン表を覗き込み、自然に円陣が出来た。

「祐巳ちゃんはいないんだ」

「準備に手間取ってるって言ってましたが……今日子さんに知らせた方がいいでしょうか?」

「その件は先程今日子さんに知らせたわ」

 江利子さまが答える。令たちが打ち合わせをしている間に連絡を取ったらしい。

「では、ちょうど円陣になってるから、やりますか」

 聖さまがそう言う。それでは、と全員が手をつないで今一番出せるかぎりの大声で叫んだ。

「せーのっ! リリアン!! リリアン!! リリアン!! リリアン!! リリアン!! ファイトオォーッ!!」



 リリアン側から雄叫びといってもいい大声が聞こえてくる。

「田舎者はやかましくてかなわないわね」

 お嬢が首をすくめた。
 審判が本塁前に集まり、リリアン側、東邦星華側が本塁をはさんで向かい合い、整列し、丁寧に礼をした。
 東邦星華側はそのまま守備位置につく。

「頑張れ! 頑張れ! 令さま!」

 リリアンのベンチから一斉に応援の声が上がる。

「ごきげんよう。本日はよろしく」

 一番の令さんが一礼して打席に立った。
 何故か鉄兜のようなものを被っている。

「あ、いえ。こちらこそ」

 小梅も合わせて礼をする。

「プレイボール!」

 お嬢が構える。
 令さんは最近流行りの男装の麗人より男らしい容姿で、背も巴より高い。
 だが、前に会った様子と小梅の勘からいうと中身は母の八重に近い人のようである。

「頑張れ! 頑張れ! 令さま!」

 リリアンの応援の声を気にしないように、小梅は集中する。
 お嬢がいつもの縫い目に指をかけない球を投げてきた。
 いきなり令さんはバットを振るが、お嬢の球が避けるように小梅のミットに収まる。
 二球目。バットに当てると一塁前に転がして全力で令さんは駆ける。
 急いで小梅は拾って一塁に送球。

「アウト!」

 令さんが引きあげていくのを見届けると蓉子さんが打席に入った。

「フレー! フレー! 蓉子さま!」

 蓉子さんもまた、鉄兜を被っている。

「ごきげんよう。あなた、祐巳ちゃんに似てるって言われない?」

「言われません、けど」

「そう?」

 蓉子さんは朝香中の北見に似た客だと小梅は直感した。

「フレー! フレー! 蓉子さま!」

 一球見送り、二球目はファール。三球目は静の正面に転がっていく。
 巴が拾って一塁へ。蓉子さんは全力疾走するが、届かなさそうだ。

「アウト」

 引き上げる時、蓉子さんが小梅の顔を見てクスリと笑った気がした。

「ごきげんよう」

 三番手は江利子さんと言った。
 経験と勘から、江利子さんはよその店の名物でこの店にはないメニューをあげて、「この店にはないの?」と聞いてきそうな客だった。
 やっぱり鉄兜を被っている。

「打て! 打て! 江利子さま!」

 小梅はリリアンのやかましい応援の声よりも鉄兜が気になってきた。

「あの、聞いてもいいですか?」

「来るわよ」

 江利子さんのバットがボールにあたるが、後ろに飛んでファールになる。

「打て! 打て! 江利子さま!」

「どうして鉄兜を被っているんですか?」

 審判から球を受け取り、返球して、小梅は尋ねた。

「鉄兜? ああ、ヘルメットのこと?」

 お嬢の球が、小梅のミットに収まる。

「ストライク!」

 小梅が返球する間、江利子さんは黙っている。

「打て! 打て! 江利子さま!」

「この時代にはないのね。でも、ないと危ないわよ」

 江利子さんはつぶやくと同時に球をバットに当て、外野に飛ばした。
 乃枝が捕球し、打ち取ったが、江利子さんは一塁まで全力疾走していた。
 一回の表、終了。

「あの人たち、なんてやかましいんでしょう!」

 お嬢が苛立ったようにいう。

「落ち着いて。そういう作戦かもしれないわ」

 乃枝が声をかける。

「ま、小細工しなくては勝てない程度のチームなのかもしれないわ」

 巴が言う。

「そう、かな?」

 小梅はちらりとリリアンのベンチを見た。



 リリアンの全員がベンチを飛び出し、走って守備位置につく。
 常に全力疾走、常に声を出す。
 それは祐麒さんにいわれた事だった。

 練習を始めてすぐの頃、祐麒さんが聞いてきた。

「……あの、どこの軍も警察も手が出せないところへ皆さんは乗り込むとおっしゃいましたよね」

「ええ」

 祥子お姉さまが答える。

「相手はどんな感じなのかもわかりませんか?」

「そうね……細かいことは調べられなかったのだけど、これから行く場所はエレベータもエスカレータもないところで、家電なんかもないわね……例えるなら、日本の大正時代みたいなところといえばわかるかしら?」

 まさか本当に大正時代にいくとは思わないだろう、と思ったのか祥子お姉さまはそう言った。

「それはもの凄い僻地ですね。でも、野球はあるんですね」

「ええ。伝わって間もなくといったところかしらね」

「そこに九人だけで乗り込むんですか?」

「ええ。完全にアウェー……野球は違ういい方をするのだったわね」

「ビジターといいますが、雰囲気はよくわかりました。しかも相手は相当手強そうですね」

「わかるのかしら?」

「ええ。生まれた時からそういう不便な生活をしている相手であれば、当然基礎体力は向こうが上回っているでしょう。その上完全アウェーであれば、向こうはかなり有利です」

「それでも、祐巳のためにやるわ」

 そう祥子お姉さまが答えると、祐麒さんは言った。

「では、二週間で確実に出来そうなことはしっかりやりましょう。早く走ったり、早い球を投げたりすることが出来なくても、雰囲気を作って相手を飲んでやるんです」

「雰囲気を作る?」

「ええ。必ず声を掛け合うこと、移動は全力疾走で行うこと、それから……」

 祐麒さんの指示はいくつかあった。
 攻撃の間、ベンチにいるものが、全員でバッターを応援するのも、その一つで、更にいくつかの秘策を授けてくれた。

 マウンドに立った一人目のピッチャー、瞳子もその秘策の一つであった。
 一人目のバッター、胡蝶さんがバッターボックスに立つ。
 瞳子は構えると、大きく振りかぶり、くるりと背中を向けた。
 トルネード投法。
 平成に入りその使い手がプロ野球に入る以前はほとんど見られなかったフォームらしい。全身をばねのように使う投げ方で、リリースポイントがわかりづらい。知らなければ絶対に面食らうはずだということで、習得を指示された。
 一気にボールを放つ。
 狙ったのはアウトコース低めのストライクだった。

「きゃっ!」

 残念なことに、ボールはインコースに向かっていき、胡蝶さんの足をかすめた。

「デッドボール!」

 瞳子は帽子をとって、頭を下げると言った。

「失礼。でも、わざとではありません」

 ストライクが入る精度はピッチャーの練習を指示された中では最も低かった。それでも、瞳子は必死に練習した。
 二番手の鏡子さんを迎える。
 セットポジションから控えめで素早いトルネードから一球。

「ストライク」

 蓉子さまから返球時にジェスチャーで低めに、と指示が入るが、指示通りのところに思うように入らないのだ。
 二球目はボール、三球目を当てられる。
 瞳子は全力で一塁のバックアップに向かう。

「OK!」

 江利子さまが捕球する。

「1アウト。この調子で、落ち着いていきましょう」

 同じく1塁のバックアップに向かっていた蓉子さまから声をかけられる。

「はい!」

 三番は静さん。
 特に指示がない時はアウトコース低めを狙うことになっている。
 変化球など覚える余裕はなかった。
 一球目はストライク。二球続けて同じ場所を狙うが、低すぎて、ワンバウンド。

「ボール」

「落ち着いて!」

 返球時にそう声をかけられる。
 落ち着いてはいる。
 一つ大きく息をして、セットポジションから三球目。

「ボール」

 高さはよかったが、アウトに外れ過ぎた。
 キャッチした蓉子さまが素早くたちあがって、一塁を見るが、ランナーは素早く戻る。
 四球目。

「ボール」

「落ち着いて、瞳子!」

 セカンドの乃梨子が声をかけてくる。
 落ち付いてないのはボールだけで、焦ってなどいない。
 五球目は微妙なところだった。

「ボール」

 フォアボール。ランナー、一、二塁で、四番巴さんを迎えた。
 きりっとした表情、じっと瞳子を見つめてくる。
 睨み合いだけならば絶対に負けない自信はあるが、この勝負は睨み合いではない。
 セットポジションから一球目。
 久々にストライクゾーンに入った。

 ──カキーン!!

 高く上がったボールはレフト方向へ飛んで行った。令さまが見送る。
 東邦星華、1回裏、3ランで先制。
 ランナー二人は嬉しそうだが、打った本人はふてぶてしいほど平然としてダイヤモンドを一周する。万が一、ベースを踏み忘れることもあるので、ベースを踏むかどうかを見るようにと祐麒さんから言われていたので、そこはしっかりと見るが、巴さんは冷静に一つ一つ踏んでいき、ホームベースを踏むと喜ぶ東邦星華ナインをあしらいながらベンチに引き揚げていった。
 蓉子さまが審判からボールを受け取って、マウンドにいらした。

「大正時代なのに金属バットがあるなんて。反則よね」

 そうおっしゃるが、こちらもよく飛ぶと評判のバットで木ではない。

「瞳子ちゃん。もう少しあなたの一人舞台が続きそうね」

 五番手はキャッチャーの小梅さん。祐巳さまとオムライスを食べに行った店の娘さんで、あの時は会うことはなかった。

「大丈夫です。五回まで私は大投手を演じてみせます」

「そう。頼んだわよ」

 瞳子にボールを握らせると、蓉子さまは戻った。

「プレイ!」

 大きく振りかぶって、背中を見せて、一気に投げる。

「ストライク」

 大丈夫。ちゃんと入った。この調子で入ってくれればいいのだが。
 二球目。

 ──カキーン!

 三塁方向にファールが飛ぶ。
 祥子お姉さまが全力で走ってそれを捕った。

「2アウト!」

「いける! いける!」

「あと一人!」

 全員から応援の声が上がった。



 瞳子が祐巳さまが帰ってこられなくなった事に責任を感じていた事を乃梨子は知っていた。
 いつもであれば山百合会のメンバーかどうかなんか気にしないで仲間に入り込んでくるのに、今回は躊躇った。
 誰も瞳子のせいで祐巳さまが帰れなくなったなんて言っていないのに、瞳子はそれを自分がうっかり大正時代にいったせいだと感じている。
 そして、そのせいでいつもの調子が出ていないようだった。

「あと一人!」

 瞳子を後押しするように、乃梨子は友の背中に向かって叫んだが、効き目がないようだ。
 六番、雪さんがフォアボールで出塁し、七番、環さんを迎えた。

 ──カキーン!

 乃梨子のところにゴロが転がってくる。それを拾っていると声がした。

「二塁へ!」

 指示に従い乃梨子が二塁に投げると、ベースカバーに入っていた江利子さまがマズイという顔をして捕球する。
 二塁セーフ。一塁も間に合わない。
 どうして? 指示通り投げたのに。と思った時に二塁ランナーの雪さんが笑った気がした。

「やられた……」

 間違った指示を出した犯人がわかって乃梨子は頭を抱えた。

「タイム」

 蓉子さまがマウンドに向かい、内野を集めた。

「どうしたの」

「すみません。間違った指示を聞いてしまいました」

 乃梨子は雪さんの作戦に引っかかったことを告白した。
 打球を処理している時にランナーの誤った指示が聞こえ、それに従ってフィールダースチョイス、ランナー、一、二塁のピンチを招いてしまった。

「もう、済んでしまったものは仕方がないわ。次からはちゃんと名前を呼んで指示しましょう。いちいち『さま』なんてつけているのが面倒だったら呼び捨てにしてもかまわないから」

 江利子さまがそう提案する。

「はい」

「乃梨子」

 志摩子さんが、頑張れ、とも、次がある、ともとれるように乃梨子を抱きしめてくれた。



 リリアンの作戦時間が何やら終わり、試合が再開し、乃枝が打席に立つ。
 守備位置についた一塁手の藤堂は環の顔を見つめるとにっこりと微笑んだ。

「な、なんだ。人の顔を見て笑うだなんて」

「ごめんなさい。私の妹にあまりにもそっくりだったものだから」

「妹?」

「ええ。そこにいる乃梨子」

 藤堂の指す方には二塁手の二条がいた。
 確かに、自分でも似ていると思うが……環の視線に気づいたらしく二条にプイと横を向かれる。

「なんだか、二人並ぶとそっくりで、可愛いわね」

 藤堂が近づいてくる。

「な、な、な、何を──」

 環は後ずさるが、藤堂が素早くグラブをはめた手で環に触れた。

「アウト!」

 藤堂の後ろで塁審の声がする。

「へ?」

「3アウト、チェンジ!」

 二条が嬉しそうに藤堂に声をかけていた。
 二塁にいた雪に腕を掴まれ、キツネにつままれたような気分のまま、ベンチに連れて行かれると、乃枝が怒っていた。

「何やっていたのよ。雪がいるのに盗塁を狙うわ、牽制球で刺されるわ」

「牽制球? いつのことだ?」

「二塁の方をうかがっていたでしょう? あの時よ」

 確かに二塁の方を見たようにも見えるかもしれないが、それは二条を見たのであって、盗塁などする気はなかった。

「向こうの投手は荒れ気味だから、もう一点狙えたのに」

 つまり、環が二条の方を見た隙に牽制球が来て、アウトになったという事だった。

「あああっ!!」

 ようやく気付いた環は頭を抱えた。

「ほら、モタモタしないで守備につきましょう」

 促され、環はがっくりと落ち込んで外野に向かった。


 リリアン0−3東邦星華(一回裏終了時)

【No:3224】へ続く

【2010.7.25訂正とお詫び】
 一回の裏東邦星華女学院の攻撃で4アウトチェンジというネタではないミス記述がありました。
 混乱させてごめんなさい。
 現在は訂正しましたので、安心してお楽しみください。


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