【3221】 銀の髪、緑の瞳そこに彼女もいた  (クゥ〜 2010-07-26 07:00:12)


 銀髪の祐巳のお話。

 【No:3216】―後




 いつものようにお御堂でお祈りをしているところに、祥子さまがやってきた。
 「ごきげんよう、祥子さま。お久しぶりですね」
 「ごきげんよう。祐巳、これ」
 そう言って祥子さまは祐巳に小さな袋を差し出した。
 祥子さまは修学旅行のイタリアから昨日帰られたところ。
 「山百合会の劇を手伝ってもらうお礼と考えて」
 「あ、ありがとうございます」
 「お礼を言われる程の物じゃないわよ。それよりも薔薇の館へのお土産に令と合わせてチョコレートを買ってきたから食べに来なさい。早く来ないと……」
 何故かそこで話を区切られる。
 「来ないと?」
 祐巳に質問して欲しいということかな?と思い聞いてみた。
 「お姉さまたちに全部食べられてしまうわよ」
 「……ぷっ」
 「ふふふふ」
 祥子さまの言い方が少し意地悪かったので、笑ってしまった。
 「そうですね、それでは急ぎましょう」
 祐巳は祥子さまとお御堂を出て、薔薇の館に向かった。



 お土産のチョコレートは残っていた。いや、残してあったと言うのが正しい。
 初顔合わせの黄薔薇の蕾である令さまとその妹である由乃さんと挨拶したが、やっぱり向こうは祐巳の噂などを知っているようだった。
 チョコレートを一つ取って口に放り込む。
 「チョコレートなんて久しぶりですね……甘い」
 「あら、祐巳ちゃんはお菓子とか食べないの?」
 何時の間にか『さん』から『ちゃん』に呼び方が変わっている。
 「食べませんね……好きですけれど、両親との約束で買わない事にしてあるので」
 「おぉ、意外」
 「厳しいご両親なの?」
 「そういうのでは、ないのですけど」
 ただ単に一人暮らしでお菓子を買うと食事をまともに食べなくなるのでは?という配慮からだ。
 口の中に残る甘さを、令さまが淹れてくれた紅茶で流す。
 「さて、ではそろそろ劇の話を始めましょうか」
 紅薔薇さまの前に、劇の台本が用意される。
 それぞれ台本を取っていく。
 祐巳の分も用意されていた。
 劇の内容はシンデレラ。
 主役の祥子さまにはピッタリな内容だと思う。
 「まず、配役の確認を少し……新たに姉Bを追加して祐巳ちゃんにしてもらう事に成りました」
 その言葉に祐巳は緊張する。
 少ないながらも台詞まである。
 主にシンデレラを虐める場面ばかりだけれど。
 その後、簡単な読み合わせをして今日は終わる事になった。
 途中、令さまが魔女の役から王子の役に代わったときは少し驚いた。ただ、二つの役は重ならないから、二役なのかな?と祐巳は思った。
 確かに、人手不足のようだ。


 「祐巳」
 「?」
 今日の練習が終わり、それぞれ帰宅の用意を始める。祐巳も、鞄を持って帰ろうとしたところを祥子さまに呼び止められる。
 「どうかしましたか?」
 「貴女、住んでいるのは近くだったわよね」
 「あっ、はい」
 何だろう?
 「それなら今から少しお邪魔してもよいかしら?」
 「へっ?!」
 突然の申し込みに祐巳は慌てる。
 「きょ、今日ですか?」
 「えぇ、山百合会の劇を手伝って貰うのだから一度挨拶しておかないと思ったの。遠いのなら電話でとも思ったのだけれど、近いのなら一緒に行った方が早いでしょ」
 「いいえ!ワザワザそんな事をしてもらわなくても大丈夫ですよ」
 祐巳は当然慌てていた。
 親元を離れての一人暮らしなんてバレたら何と言われるか。
 「そうはいかないわ」
 「えっ、で、ですが……」
 「祐巳ちゃんて野際商店の方に住んでいるよね?」
 祐巳と祥子さまの話しに入ってきたのは令さまだった。
 「あら、令は知っていたの」
 「いや、たまたま見ただけ。祐巳ちゃんの髪は言われるの嫌かもしれないけれどとても目立つから、それにお御堂の銀天使の話は聞いたことあったし」
 「場所は近いの?」
 「えぇ、十分くらい」
 「それは近いわね」
 何故か薔薇さま方まで話しに乗っかってきた。
 祐巳は基本嘘が付けないというよりも、とっさに誤魔化すのが苦手なのだ。
 「あ……あぁ」


 そこに最初に流れたのは沈黙だった。
 「これは何かしら?」
 やはり沈黙を破ったのは祥子さま。
 「祐巳ちゃん、どういうことか説明してくれる?」
 結局、祐巳は祥子さまたちを追い返せず、今住んでいるアパートに連れて来てしまった。
 「すみません、今、私一人で住んでいるんです」
 アパートまではよかったが、部屋の中を見られ生活感のなさに追求が始まった。
 「うぅ」
 「唸っていないで話しなさい」
 祥子さまたちの追及に逃れられず祐巳は白状するしかなかった。
 「つまりご家族とは仲は悪くはないけれど、祐巳の髪のせいで起きる嫌な噂を避けるために一人暮らしをしているという事ね」
 「はい」
 「食事なんかはどうしているの?」
 冷蔵庫には意外に多くの食材や作り置きのおかずが入っていた。
 「母がたまに持ってきてくれます。あとお弁当はパンだったり、花寺の弟が持ってきてくれたりしています」
 祐巳の話しに祥子さまは黙りこむ。
 「でも、それではお母さまは大変ね」
 と、黄薔薇さま。
 「はい、それでも好奇の視線を向けられるよりも、母も私も楽なので」
 どうしても拭えない好奇の視線。
 祥子さまは黙ったままだ……。
 「祐巳」
 「はい」
 「貴女、ここを引き払って私の家に住みなさい」
 「はっ?!」
 祥子さまの突然の言葉に祐巳だけでなく、薔薇さまたちも驚きの声を上げた。
 「さ、祥子」
 「話を聞いて考えていたのですが、こんな一人暮らしではまともな生活は出来ていないみたいですし、祐巳のご両親も安心なされるのではないかと」
 「何を黙って考えているかと思ったら、またとんでもない事を言い出したわね」
 白薔薇さまが言うように、本当に、とんでもない事を考えていたようだ。
 「部屋は空いているし、お母さまたちも反対はしないと思うから」
 「い、いや、待ちなさい祥子。そのような話ではなくね」
 祥子さまのお姉さまである紅薔薇さまが、話を進めようとする祥子さまを止める。
 「ですが、お姉さま。こんな一人暮らしさせておくわけには行きません」
 「それは、そうだろうけれど」
 「あ、あの、祥子さま」
 ようやく祐巳も祥子さまの言葉から復帰した。
 「何かしら」
 「これは私たち家族の問題ですので、お申しは大変ありがたいですけれど。断らせていただきます」
 「祐巳」
 「そうよ祥子、ただの上級生でしかない貴女が口を出すべき話ではないわ」
 紅薔薇さまと話を合わせ、祥子さまを止める事に成功した。
 それにしてもとんでもない話に成りそうだった。
 「ふふふ」
 「どうして笑うのかしら」
 祥子さまは少し怒って居られたが、それでも祐巳は笑ってしまった。
 同情はいらないけれど、まさか自分の家に住めなどと言って来る人がいるなんて思ってもいなかったからだ。
 本当に祥子さまは、祐巳程度では測れない。


 祐巳が家のことを話してから、問題なく山百合会の劇の練習は進んでいたのだけれど。
 本番まで後一週間と迫った月曜、紅薔薇さまが配役の事で王子さまは花寺の生徒会長がすることを口にすると祥子さまが突然怒り出した。
 「そんな事は聞いてはいません!」
 「あら言っておいたでしょう、最初の配役を言うときに」
 「あっ、私は最初からそのつもりだったわよ」
 令さまは知っていたようだが、どうも祥子さまは初耳の様子。
 「それでしたらお断りします」
 「そんな事、出来るわけがないでしょう」
 「そうね、今さら配役の変更なんて出来ないわ」
 「それに妹一人持たない蕾が、意見するなんて早いのよ」
 「なっ!」
 最後のは明らかな挑発、しかし……。
 祥子さまは一度周囲を見る。
 その視線が祐巳で止まった。
 まさか……。
 「たとえそうだとしても言わせてもらいます!」
 祥子さまは祐巳から視線を反らすと、もう一度、紅薔薇さまに食って掛かる。
 一方の紅薔薇さま方も唖然としてから、苦笑するしかない様子だった。
 「何ですか、まさかこんな事で私が祐巳を妹にする事などありません」
 祥子さまはきっぱりと言いきったが、結局、王子の件は押し切られてしまった。


 「まったく、お姉さま方も酷いわよね」
 「はぁ」
 「祐巳もそう思うでしょう?」
 「えっ……」
 祐巳は祥子さまに同意を迫られるが、祐巳としてはそれ以上にどうして祥子さまがここにいるのかが気に成っていた。
 ここは祐巳の部屋。
 祐巳の家だ。
 言われるままインスタントだがコーヒーを出し、祥子さまの愚痴に付き合っていた。
 「それで花寺の会長さんとの劇はどうなさるのですか?」
 「勿論、受けるわよ」
 「受けるのですか?」
 「そうよ、ここで逃げるわけにはいかないでしょう」
 祥子さまは男嫌い。
 理由は知らないけれど、そうとうダメらしい。
 「私には良い機会なのよ、こうでもしないと多分、向き合わなかったでしょうしね」
 その祥子さまの言葉に、祐巳は胸が苦しくなる。
 「向き合うですか?」
 だから、言葉にしてしまった。
 聞いてしまった。
 「祐巳?」
 「す、すみません」
 ジッと祐巳を見る祥子さま。
 「貴女も立ち向かうものがあるのね」
 一瞬、祥子さまに何もかも知られているような気に、背筋が寒くなる。
 だが、祥子さまはそれ以上何も言わずにコーヒーを飲み干した。



 祐巳は、何時ものようにお御堂にいた。
 劇の練習もいよいよ大詰め。
 最近は、なかなかお御堂に来る時間も作れない状態。
 それでもお祈りを欠かさない。
 それは決して信仰心などではない事を、祐巳は知っていた。
 祥子さまの言葉が離れない。
 そして、祥子さまは言葉通りに逃げなかった。
 花寺の生徒会長と会い。
 劇の練習をし、立ち向かい。祐巳たちに男嫌いに成った原因まで教えてくれた。
 流石に薔薇さま方も、花寺の会長さんが祥子さまの男嫌いの元凶だったとは分からなかったみたいだけれど。結果的に、祥子さまは最後の勝負に出る事をご自分で決めた。
 祐巳は、そんな祥子さまを見て強い人だと感じた。
 今、祐巳の手には三枚の学園祭のチケットがある。
 体育祭も持ってはいたが送らなかった。
 山百合会の劇に出るという事は、とにかく目立つ事になる。
 だからこそ、いい機会なのかも知れない。
 「祐巳」
 「!」
 自分を呼ぶ声に慌てて後ろを向くと夕焼けの光を背負った祥子さまが立っていた。
 「祥子さま?」
 「祐巳、それは」
 当然、手に持ったままのチケットに祥子さまは気がつく。
 「学園祭のチケットです。体育祭のチケットも取ったのですが送らなかったので、今度は送ろうかと思いまして」
 祥子さまは、静かに聞いてくれている。
 「祥子さま……私は、別に信仰心でお御堂にいるわけではないんです。ただ、ここならジロジロ見られる事もないので……家を出たのも同じですね。家の中で、自分だけ姿が違うのはそれだけで苦痛なんです。ご近所からもどうしても見られますし、だから、私は家を出て、学校ではお御堂に逃げ込んでいたんです」
 これは告白。
 「皆と違う私の姿を見て欲しくなかったから」
 これは懺悔。
 「だから、体育祭のチケットを送らなかったの?」
 「そうですよ。酷いでしょう」
 「……そう」
 祥子さまは俯いた祐巳を抱きしめていた。
 体が一瞬震えるが、そのまま祥子さまの温もりに体を預ける。
 「貴女も立ち向かうのね」
 「祥子さまが勇気をくれましたから」
 「そうなの?」
 「はい」
 「それならお相子ね」
 「お相子?」
 「そう、私も貴女から勇気を貰っていたのよ。祐巳の前で無様な姿は見せたくないって」
 祥子さまの腕の力が少しだけ強くなる。
 「そういえば、祐巳のご両親に挨拶していなかったわね」
 「あはは、そう……ですね」
 そう言えば、そこから始まったのだ。
 もしも、一人暮らしがバレていなければこんなことに成ったかは分からない。
 「明日、挨拶してください」
 「そうね、そうしましょう」
 祥子さまの声は優しかった。


 学園祭当日。
 祥子さまは花寺の生徒会長と。
 祐巳は家族と。
 向き合うために、劇に出る。
 その前に、二人でカレーを食べたり。
 蔦子さんが撮った写真を見に行ったりして楽しんだ。
 「まったく、時間がないのに遅れてくるなんて」
 黄薔薇さまに文句を言われながら、準備を整える。
 「へぇ」
 声が上がる。
 祐巳のツインテールを外すとどうしても銀色の髪はより目立ってしまう。
 「これなら祐巳ちゃんでも主役はOKだったかな」
 「そうね」
 「本当に勿体無いわ」
 後ろで薔薇さま方がそんな話をしていたが、祐巳は鏡の中の髪を下ろした自身の姿を見ていた。
 ずっと好きになれなかった姿。
 褒め言葉も噂話も好きに成れなかった髪と瞳。
 向き合う事もしなかった。ただ、逃げていた。
 「祐巳」
 「祥子さま」
 準備が終わり、祥子さまが声をかけてくる。
 お互いの手を取った。

 「行きましょう」

 二人の声が重なった。




 山百合会の劇は無事に成功に終わった。
 その後、祐巳は祥子さまと体育館の側で両親と向き合っていた。
 母や弟とはたまに会うが、父とは本当に久しぶりだった。
 まだ、第一歩を踏み出しただけだけれど、逃げていた祐巳にとっては大きな一歩だった。
 挨拶を交わし、今はまだ難しいが高等部卒業には答えを出す事だけはハッキリと家族に伝えることが出来た。
 そして、時々は、家に顔を出す事も伝えた。
 両親は、それだけでもとても喜んでくれた。
 祥子さまは、少しの間席を外し家族四人にしてくれた。
 「それで貴女はどうしてまた一人でいるのかしら?」
 両親を見送った祐巳は、一人で元の場所に立っていた。
 「祥子さまをお待ちしていました」
 「でしょうね、はいコレ」
 祥子さまは離れている間に買ってきたらしいイチゴ牛乳を差し出し、祐巳は受けといった。
 お疲れの乾杯の後。
 祥子さまは着いてきてと祐巳を誘い。歩きながら今日の事を話し合う。
 「そう言えば、祐巳のご両親は福沢さんと言うのね」
 「はい」
 そう両親は福沢だが、祐巳は母の旧姓である祝部を名乗っている。
 「理由、聞いてもいいかしら?」
 そう言われても大した理由などない。
 「家やお御堂と同じです、ただ逃げ出しただけですから……もっとも、祖父は喜んでくれましたけれど」
 「ふふふふ」
 祥子さまは何故か笑われたけれど、それはきっと祐巳が笑っていたから。
 「……貴女にはまだまだ立ち向かわないといけない事が多いのね」
 逃げていた分、それらは溜まっているから仕方がない。
 シスターに成りたいのも多分、その延長だ。
 「そう……ですね」
 何時の間にか祐巳は祥子さまに連れられて、マリア像の前に来ていた。
 「ねぇ、祐巳」
 「はい」
 「貴女、私の妹に成りなさい」
 「えっ?」
 祥子さまは以前祐巳は妹にはしないことを宣言していた。
 「貴女には私が必要なはず、これは自惚れなどではないと思っているわ。そして、私には貴女が必要なの」
 祥子さまはゆっくりとロザリオを差し出す。
 祐巳は少し躊躇う。祐巳の問題はまだ解決には程遠い。
 それを祥子さまは一緒に背負うと言ってくれているのだけれど、本当にそれで良いのか躊躇ってしまう原因。
 しかも、祥子さまに祐巳が必要という意味が分からない。
 「祐巳」
 優しく名前を呼ばれる。
 その声に……祐巳は一度目を瞑り。
 「お受けします」
 祐巳はゆっくりと頭を下げた。


 マリアさまが見守る前。
 銀色の月の光が、祐巳の銀色の髪と胸に飾られた銀色のロザリオを輝かせていた。





 「そうだわ、祐巳。姉として最初の命令……」
 「何でしょうか?」
 突然、命令とは穏やかではない。

 「貴女、あのアパートを引き払って、私の家に住みなさい」

 どうやら祥子さまは、初めて祐巳の部屋に来たときから諦めていなかったようだ。
 「大丈夫、家の両親にはもう話は通してあるわ」
 「えっ、えぇぇぇ」
 「……い・い・わ・ね」
 祥子さまは駄目押しと言い切ったのだった。








片手つないで紅薔薇風味?
 中身が祐麒ってわけじゃないよ〜(笑)
 銀髪の元はアオイシロからだったりします。
                                                 クゥ〜。


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