「Happy birthday」第4話
彩京朋美に次はこっち、と言われて外に連れ出された日野秋晴。
「でかい庭だな。きれいだし」
「私のお気に入りの場所だから。秋晴にも見せてあげようと思って」
日傘を差して、すました顔の朋美。
庭木の一本一本や、花壇に植えられた花の一つ一つに、とてもよく手入れが行き渡っているのが素人目にもわかる。入場料取って商売できそうなくらいだ。
「もちろん見るだけじゃなくて、仕事はちゃんとしてもらうけど」
「わかってるって」
むしろ気が楽だった。草むしりとかなら教わるまでもなくできるから。
……と思いながら取りかかったのだが、程なくダメ出しが出た。
「ちょっと秋晴! 花、倒れちゃってるじゃない」
「え? うそっ?」
「踏まないように気をつけてって、散々言ったじゃないの!」
「ま、待て待て。踏んだ覚えはない」
さすがにそれは十分注意しながらやってたつもりだ。
一本一本よく目立つ花ばかりだし、朋美の大切な花壇とくればなおさら慎重にならざるを得ない。
……ちなみに、靴までメイド用のローファーが貸与されている。足のサイズも小さいのとか地味にコンプレックスだったのに……。
「本当なの……? 踏んだんじゃないとすれば……あっ、裾が当たったとか」
「裾?」
「スカートの裾よ。しゃがむとき、ちゃんと裾折った?」
いや、折った? って聞かれても。何のこっちゃちんぷんかんぷん。
「もう……! スカート穿いててしゃがむときは、膝の後ろで裾を挟むようにするの。中を覗かれないように、エチケットの面からも。わかった?」
「いや、言葉で説明されても……」
「それじゃ教えるから。こっち来なさい」
俺の手首をつかんで、花壇から引っ張り出す。
まずい。強引さと握力の強さからいって、かなり頭に血が上ってるかもしれん。
「私の言うとおりにするのよ」
「イエス、マム」
「何よマムって……。まあいいわ。ゆっくりしゃがんでみて」
「お、おう。こうか……?」
「そのときにこうして手で押さえて……」
「ホアアーッ!」
ぞわっという感触が襲った。鳥肌立ったね。
「さりげにケツをなでるな!」
「うるわいわね、真面目に話してるでしょ。まったく腹の立つ……。なんで男のくせにこんな小尻なの」
「ちょっと待てやー! 怒ってるポイントが全然違うじゃねえか!」
ていうかケツが小さいと怒られるとか意味不明すぎるんですが!
「坊主憎けりゃ袈裟まで、よ。ああもう、許せない許せない……」
「何回もサワサワするな! ……揉むなーっ! おまっ、これ洒落になってねえって……!」
「そんなこと言って……本当は段々よくなってきてるんでしょ?」
「何がだー!」
結局、朋美の気が済むまで好き放題にケツ触られまくってしまった。これ絶対別料金だろ……。
「ううっ……。朋美に手篭めにされた……俺は汚れてしまったぁー」
「ちょっと、誤解を招くようなこと言わないで」
「あれだけやっといて、なんでそんな涼しい顔してられんだよ! むしろ心なしかスッキリした顔してないか?!」
「というか、あれだけやったから清々したのよ」
性犯罪の再犯率が高いのは罪の意識が希薄だからだって聞いたことあるけど、こいつにもピッタリ当てはまる分析だな……。
「まさかとは思うが……、他のメイドさんにもセクハラしてるんじゃないだろうな」
「ないない。……こんなことするの、秋晴だけよ」
うん。今の状況で言われてもちっとも嬉しくない台詞だけどな。
朋美はそのまま何食わぬ顔で、「スカート穿いてるときの座り方」のレクチャーを続ける。
「スカート押さえながら……こうか?」
「そう。そうすれば、しゃがんでも裾が広がったり、地面に着いたりしないから」
「確かにな……。でもなんか窮屈なんだけど」
「我慢我慢。あとそんなに股開いちゃ駄目。全くはしたない……女の子でしょ?」
「俺がいつ女になったよ!!」
く、屈辱だ……。
なんでこんな女の子の身だしなみみたいなの教わらなくちゃならないんだ……。ある意味、ケツ触られた以上に悔しい。
倒れた花はというと、どれも茎は折れていなかったので、そっと向きを直してやった。まあ無事でよかった。
しかし、だったら俺があそこまでされる必要があったのか……?
「秋晴ー、次はこれー」
朋美がゴムホースを引きずってきた。水やりか。
「オッケー、いつでもいいぞ」
「それじゃ水出すわね」
朋美の言葉から少し遅れて、ホースの先端を持つ手に力がかかり……勢いよく水が出た。
「お? おおっ……!」
ホースの先端にはシャワーみたいなノズルがついていて、回すと水の出方がシャワー状になったり一直線になったり霧状になったりする。
ちょうど屋外の作業で暑さも感じていたから、涼を求めてっていうか。ノズルをいろいろ回して水撒きを楽しんだ。
「見ろ見ろ! 虹ができてる」
「本当……きれい」
「よーし、もっとでかいの作ってやる」
そう言って、ノズルを頭上高く天に向けた。……調子に乗りすぎた。
真上に噴き出された水は、当然ながら重力に引かれてそのまま下に降ってきて……。
「……おぶわっ!」
「ちょっと、大丈夫?」
「うはは……参った参った。けどまあ、冷たくて気持ちいいな」
「ふざけてないで。風邪引いたらどうするの? 待ってて、タオル取ってくるから」
「おい、朋美……」
俺が止める暇もなく、家の中に駆け込んでいった。
天気いいからそのうち乾くだろうし、急いで拭かなきゃいけないほどずぶ濡れでもないのだが。
「お待たせ。すぐ拭くから動かないで」
「え? いや自分でやるって……」
「つべこべ言わない」
有無を言わさず俺の頭にタオルを被せ、両手で鷲づかみするように髪を拭き始めた。
「……って、おい」
またしても顔が近い。
今回はタオルで目線が遮られているものの、朋美のぷるんとしたの唇のどアップとか、間近で見続けているのは精神衛生上よろしくない。
「だからもうちょっと距離をだな……」
「水遊びなんて、まったく子どもなんだから」
グチグチと口先で言いながら、しかし朋美は、何となく楽しそうに見えた。
……あくまで俺にはそう見えたってだけだけど。
「はい、こんなところかしら。次は服を……」
というか。
さすがに今までのパターンを考えれば、こいつの魂胆くらいお見通しなわけで。
「……。何よ、ポーズなんか取って」
「だって俺の胸を拭いてくれるんだろ? さあ遠慮はいらない、思う存分まさぐってくれ!」
「……えいっ」
人差し指で俺の胸を小突いた。それが乳首にクリーンヒット!
「はうぁ!」
「そんな堂々とされたら触りたくない。恥じらいが大事なのに……」
さすが朋美さん! わかってる! でもそれを俺に求めるのは間違ってる!
「それよりなぜ一発で位置がわかった……。さてはお主、相当のテクニシャンだな?」
「誰が……。服が濡れてたからちょっと浮き上がって見えただけ」
「そ、そう」
「胸も、これじゃ駄目ね。ちゃんとおっぱいの形してないと」
今度はおっぱいとかのたまいやがった! この口はもう!
「だから俺に期待する方がおかしいだろ。そんなら自分のでも触って――」
「試しにタオル詰めてみる……?」
「はい?」
言うが早いか、タオルを両端からクルクル丸めて団子を二つ作ると、俺の胸倉をつかんだ。
「こら! 引っ張るな!」
「ここ開けなさい。むしろ一旦脱いでもいいから」
「俺には野外露出の趣味なんかねえよ!」
どう考えても襲われてるだろこれ……。もちろん、俺が朋美に。
半ば無理やり前のボタンを開けさせられたところに、朋美が手を突っ込んでタオルをねじ込んだ。
「なんか……ぐちゃぐちゃしてる」
「予想された結果だろ……」
バストアップ作戦、見事に失敗。
しかし、自分で自分の胸を見下ろせば、まあ一応は膨らんでいるわけで、それっぽく見えないこともない。
……はっ! やばいやばい、自分の胸なのに(?)見とれるとこだった。
「やっぱり無理にでもブラつけさせればよかった。その中に詰め物すればいい形になったのに」
「おまえを満足させるためだけに人の道を踏み外せと?!」
「大丈夫よ、……すでに手遅れだから」
「ですよねー!!」
ああ、なんでこんなことになっちゃってるんだろうな……。
その後の仕事も、まあ仕事自体は普通の家事とかちゃんとしたものだったが。だったのだが。
「後ろで何やってんだ? 危ないから離れてろって」
「うん。ちょっと服のこの紐を……」
「ってなんで解いてんだ?! 人が荷物運んでて両手塞がってるってのに脱がすとか卑怯だぞ!」
「よいではないかよいではないか〜」
「あーれー、って違う! 全然よくない!」
だの、
「あのさ……。洗濯物くらい自分で畳まないか?」
「秋晴だって普段してないくせに」
「そりゃそうだけど、だってこれ目のやり場に困るっていうか……」
「気にすることないのに。でも……だったら、これでいい?」
「な、何も見えない……ってこれはこれで駄目だろ。しかもこれ目隠しのタオルか何かだと思ったらまたブラかよ!」
だの、
「床の掃除は普通に掃除機か。……ん? なんか吸い込み悪いぞ?」
「あら、何か詰まったのかしら。ちょっと貸してみて」
「ああ……。朋美、わかるか?」
「……うーん、どこもおかしなところはなさそうだけど。もう一回……スイッチ、オン」
「っておい! 俺のスカート吸ってるって! ……めくるなーっ! ベタすぎて逆にノーマークだわこんなの!」
だのと……。何かにつけて俺に性的嫌がらせを仕掛けてくる朋美との戦いがメインだったことは言うまでもない。