【323】 旧三薔薇のへた令返上!  (柊雅史 2005-08-08 01:39:24)


「来年の山百合会が心配だわ」
ふとそんな呟きを漏らしたのは、卒業を間近に控えた蓉子だった。
「え、なんで?」
きょとん、と聞き返す江利子のお凸に、蓉子がぐりりっと指を突き立てる。
「あ・ん・た・のトコロよ、あんたの!」
「え〜、なによぉ。ど〜ゆうことよぉ?」
「令ちゃんよ、令ちゃん! あの外見に似合わぬ弱腰っぷりとか、由乃ちゃんに良いように尻に敷かれてる様とか、そりゃあ面白かったけど、いざ来年のことを考えると、心配で心配で仕方ないのよ!」
「んー、それは確かに」
蓉子の主張に聖は傍から頷いた。
「そっかな〜。令はあのままでイケルと思うけど」
「考えてみなさいよ、江利子! どうせ祥子のことだから、来年も我が侭言うわ、肝心なところで腰砕けるわ、祐巳ちゃんのことでおろおろするわで、情けないことになるのは明白だわ!」
「それもそうね」
「その時に山百合会をまとめるのは誰の役目!? 志摩子? いいえ、あの子はそういうキャラじゃないわ。令の役目なのよ! それなのに、あのヘタレっぷり! とても山百合会を任せられる雰囲気じゃないわよ!」
「確かにその通りだけど」
江利子が何か釈然としない面持ちで言う。
「それを言うなら、まず祥子をどうにかするのが筋と言うものなんじゃ?」
「祥子は良いのよ! それが可愛いんだから!」
「うーわー、すげぇ唯我独尊」
聖が思わず正直な感想を漏らすけれど、蓉子に睨まれてそっぽを向いて口笛を吹いて誤魔化した。
蓉子には逆らわない。それは聖の体得している処世術である。
「というわけで、来年の山百合会のためにも。令ちゃんをなんとかしましょう。いいえ、するのよ! しなさいよ!」
「ハイハイ……無駄だと思うけどなぁ……」
江利子が渋々頷いて、卒業前に三人の薔薇さまが取り組むべき最後の大仕事が決定した。
次期黄薔薇さまこと支倉令の、ヘタレ矯正計画。
発端からしてツッコミどころ満載な計画ではあったものの、聖も江利子も意外と蓉子に協力的だった。
なぜなら――なんか面白そうだったからだ。


「まず第一に、由乃ちゃんとの関係改善よ」
蓉子が陣頭指揮を執る。
「令ちゃんがヘタレる最大の要因は由乃ちゃんだわ。由乃ちゃんの上位に立つことで、令ちゃんの自信を回復させる。これよ!」
「「無理。絶対無理」」
聖と江利子が揃って首を振るのを、蓉子は鋭い眼光で黙らせる。
「まぁ良いけど……どうするつもり?」
「ふふふ、これよ」
江利子の問いに蓉子が取り出したのは、巷で怖いと評判のホラー映画の入場券だった。
「由乃ちゃん、怖がる。令ちゃん、頑張る。ポジション、チェンジ」
蓉子がどことなくカタコト日本語チックに説明し、入場券を江利子に渡す。
「GO! 凸ちん、GO!」
「ハイハイ。……無理だと思うけどなー」
江利子が頭を掻き掻き、薔薇の館を出て行った。


「――というわけで、結果を報告します」
翌月曜日、江利子が蓉子の前に一枚のレポートを差し出した。
「1400、二人は所定の映画館へ。巷でチビる程怖いと噂のホラー映画を鑑賞」
「ふむ……」
「案の定、泣き出す由乃ちゃん。頑張って踏みとどまる令。蓉子の目論見通りの展開だったわ」
「ふふふ……やったわね、令ちゃん。これでヘタレも返上じゃない! 祥子もこれで安心だわ!」
蓉子が添付された写真――恐怖におののく由乃ちゃんと、青い顔をしつつも由乃ちゃんを抱きとめている令の写真を見て、満足げに頷く。
「そして1540、二人は近くのファーストフード店へ。そこで映画の感想を話し合っていたわ」
江利子がそう言って取り出したのは、大きく引き伸ばされた一枚の写真。
お冠の由乃ちゃんの前で、地面に正座して項垂れている令の写真だった。
「終始、由乃ちゃんはあんな映画に誘った令を責め、令は涙ながらに許しておくれと懇願していたそうよ」
「ぅわ、なっさけない……」
思わず漏らした聖の感想に、蓉子がビリリと写真を破って立ち上がる。
「おのれ支倉令! 情けないにも程があるわ! これじゃ来年の祥子が苦労するじゃないのよっ! なんとかしなさいよ凸ッパチ!」
「誰が凸ッパチよ! そこまで言うならこれを見なさいっ!」
江利子がドーンと引き伸ばした上にパネルにした写真を取り出した。
それは祥子と祐巳ちゃんが揃って映画館の椅子でぐったりと気絶している写真だ。
「なによこの醜態っ! うちの令も由乃もとりあえず立って映画館を出たのよ! 祥子と祐巳ちゃんなんて担架で退場じゃない!」
「う、うるさいわね! いいのよ、それが可愛いんだから!」
「毎度それで許されると思わないでよね!」
ぎゃーぎゃー騒ぎ始める蓉子と江利子に、聖はそっと溜息を吐いた。
「志摩子……来年、大丈夫かなぁ……」
気絶した紅薔薇のつぼみ姉妹のパネルの背景、2つほど後ろの座席にて、平然と微笑を浮かべている志摩子の姿を眺めて、聖は思う。
まぁ、志摩子ならなんとかなるんじゃねーかな、と。


「とにかく、令ちゃんのヘタレ返上と、祥子の人並みレベルへの成長。今後はこれを目標に私たちは活動します」
江利子との妥協を終え、蓉子がそう宣言する。
「全ては来年の山百合会のために!」
「おー!」
蓉子と江利子が拳を突き上げる。聖も仕方なく、のろのろと拳を振り上げた。
山百合会の三薔薇さまは、今日も今日とて未来の山百合会のために頑張るのだった。
なぜなら、受験も終わった蓉子も江利子は。
物凄〜く、暇だから。


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