【324】 眠れる森の美女蔦子さんといっしょ  (琴吹 邑 2005-08-08 03:14:48)


 窓から入ってくる夕日が、写真部の部室を綺麗に染め上げていた。
 写真部の部室は、写真雑誌やアルバムが雑多に積まれている。
 そんな中、その本に埋もれるように、写真部のエース武嶋蔦子さまは眠っていた。
 現像作業を終えて、暗室から出た笙子は、その姿を見て、そっとカメラを構える。
 笙子はしばらくの間ファインダーから眠る蔦子さまを見ていたが、シャッターを切らずにカメラをおろした。

「蔦子さま」

 笙子はそう声を掛けた。
 でも、その声は眠っている蔦子さまには届かなかったようで、その声に反応はない。
 笙子は蔦子さまのすぐそばに座ると、蔦子さまが掛けている眼鏡をそっと取り、折りたたんで机の上に置いた。

 寂しそうな寝顔。

 その寝顔を見ながら、笙子は思う。


 蔦子さまと一緒にいてわかったことがある。
 蔦子さまは誰に対しても、一歩引いた立場から物事を見ている。
 それは写真部の内部でも一緒だ。私が写真部のに入ったとき、写真部内の記録者も蔦子さまが任命されていた。

 蔦子さまは誰に対しても、一歩引いた立場から物事を見ている。
 記録者としてそれは正しいこと。蔦子さまはいつでも記録者であるがために、仲間の輪からいつも少し離れたところにいる。

 記録者と言う立場は基本的には部外者だ。当事者にはなり得ない。
 常に部外者と言う立場は寂しくはないんだろうかと笙子は思う。

 もし寂しいのであれば、それを隠しているのであれば、私が一緒にいたい笙子はそう思っている。
 常に部外者であっても、二人集まれば寂しくないのではないか。笙子はそう思っているから。

だから………。

「妹にして下さい」

 そういえればいいのに。何度そう思ったことか。
 祐巳さまや、由乃さまには簡単に言える言葉が、蔦子さまには、どうしても言えない。

 それはきっと、私が蔦子さまのことが大好きだから。もし断られて、今の関係が崩れることが怖いから。
 蔦子さまは、妹は作らないと聞いているから。

 眠っている蔦子さまを見て、その寂しそうな寝顔を見て、笙子は思わず呟く。

「蔦子さま、私は蔦子さまのことが大好きです。きらきらとした写真を撮る腕前は尊敬しています。でも、写真を撮ってる蔦子さまは、時々、寂しそうなお顔をしています。だから、妹にしてくれませんか? 二人で写真を撮ったらきっと寂しくないと思いますから」

 眠っている蔦子さまからは当然返事はない。笙子も返事を期待していない。

 この言葉を、いつか蔦子さまに正面から言いたい。

 そう思いながら、笙子は眠れる森の美女を飽きることなく見つめていた。


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