【3230】 最高の仲間たち  (bqex 2010-07-29 23:14:39)


『マリア様の野球娘。』(『マリア様がみてる』×『大正野球娘。』のクロスオーバー)
【No:3146】【No:3173】【No:3176】【No:3182】【No:3195】【No:3200】【No:3211】
(試合開始)【No:3219】【No:3224】【これ】【No:3235】(【No:3236】)【No:3240】【No:3242】【No:3254】(完結)

【ここまでのあらすじ】
 大正時代に連れて行かれ、帰れなくなった福沢祐巳の帰還条件は大正時代の東邦星華女学院桜花会と平成のリリアン女学園山百合会が野球の試合をする事であった。
 試合は現在二回の裏が終了し、リリアン先発の松平瞳子の乱調もあって東邦星華が4点リード。その頃、強引に辻褄を合せようとするありさの理不尽な要求を祐巳は拒否したが、今日子にまで不審を募らせてしまう。



 見覚えのあるツインテールのその人は今日子の探している人物だった。

「祐巳さん」

 振り向く祐巳さんは訝しいという顔をしていた。

「……どなたですか?」

「令さんのクラスメイトの三田今日子。山百合会の皆さんに協力してこの時代に来たの。よかった。見つかって」

「え?」

「祐巳さん、お願い。試合に出て。この試合に出てくれないと本当に祐巳さんが帰れなくなっちゃう」

 祐巳さんの表情に不快感が広がる。

「……あなたも、ですか?」

「何が?」

「あなたも、瞳子ちゃんを妹にしろというんですか?」

「え? ……まさか、あの人があなたにそんなことをっ!?」

 今日子は動揺した。
 祐巳さんの未来を知り得て、それを教えられる人物。それはありさ以外あり得ない。

「私はここから抜け出すためだけに、姉妹の契りを交わす気はありません」

「そ、そんなことしなくても帰れるわよ。祐巳さんが山百合会との試合に出てくれれば、それで」

「どうしてお姉さまと戦わなくてはならないんですか?」

 祐巳さんの目には涙が浮かんでいた。
 騙されるように大正時代に連れてこられ、帰れると思ったのに置いてきぼりにされ、大好きなお姉さまと戦えと言われ、慕っている後輩を利用しろとたきつけられたのだ。穏やかで知られる祐巳さんも我慢の限界というところなのだろう。
 祐巳さんが歴史を変えたからだと教えることは簡単だが、それを口にすると祐巳さんを追いこんでしまう。
 今日子は躊躇った。しかし、それは祐巳さんの不信感を煽ってしまったようだった。

「私は今日は試合に出られる状態ではありません。このままそっとしておいてください」

 言葉は丁寧だったが、とても冷たいものだった。

「あの──」

「祐巳」

 その時、一人の人物が現れた。
 事前に調べた資料によると、彼女は──

「アンナ先生」

 東邦星華の教師アンナ・カートランドだった。

「話があります。来なさい」

「ごめんなさい、先生。私は──」

「私は『来なさい』と言ったのです」

 にっこりと笑っているし、口調も穏やかだったが、態度は毅然としたものだった。祐巳さんは軽く頭を下げるとミス・アンナについていった。



 祐巳はアンナ先生の後をついていき、キャッチャーや審判の後ろの方の木の陰に移動した。
 バッターボックスに瞳子ちゃんが向かうところだった。

「魅せろ! 魅せろ! 瞳子!」

 二塁には乃梨子ちゃんがいて、大きくリードをとっている。
 お嬢の投球と同時にバントの構えをとるが、打ちあげてファールになる。

「魅せろ! 魅せろ! 瞳子!」

 次は始めからバントの構えで瞳子ちゃんが待っている。

「彼女たちは最近野球を始めたようですね」

 アンナ先生が静かに祐巳に話しかける。

「はい。私が向こうにいた頃は野球をやっているなんて、聞いたことがありません」

 バットに当たらない。ストライク。

「一生懸命にやっていますが、技術的には桜花会よりずっと下手ですね」

「ええ……」

 スリーバント失敗。瞳子ちゃんはベンチに引っ込む。次は令さまが出てくる。

「私たちに勝つつもりで乗り込んで来るのであれば、もう少し練習してくるべきでした」

 その通りなので祐巳は黙って聞いている。
 叩きつけるような打球が静さんに向かって飛んでいく。
 静さんは素早く捕ると一塁に矢のように送球して令さまをアウトにした。

「でも、彼女たちはここに来ました。どうしてだと思いますか?」

「え?」

 アンナ先生は山百合会とは面識がないのに、まるで何もかもお見通しのようにそう聞いた。

「彼女たちは祐巳に見せるために全力で戦っているのです」

「私に、見せるため?」

 意外な答えに祐巳は驚く。

「ええ。あなたがいない間にどれだけのことをしてきたのか。それを見せる自信があるから戦っているのです。彼女たちの戦いは、あなたがいない間の彼女たちの全てです」

 山百合会のメンバーがダッシュで守備位置に向かう。

「祐巳。あなたはここにきてから何をしてきましたか?」

「私は……」

 大正時代に来てからの祐巳は野球漬けの毎日だった。
 始めはすぐに疲れてしまったトレーニング、うまくいかなかった連携。わずかの間だが、必死に練習して大分ついていけるようになった。

「私は、野球をしていました」

「野球は一人ではできません。仲間が必要です。祐巳。あなたがこちらに来てから作った仲間やあなたがこちらに来て築いたものは、見せる事が出来ないようなものなのですか?」

「そんなことはありません。でも、私は、山百合会の一員なんです」

「今は桜花会の一員でもあります」

 アンナ先生はすかさず言う。

「あの、私──」

「祐巳」

 説明しようとする祐巳を制するようにアンナ先生が呼びかけた。

「誤解しているようですが、私たちはあなたが帰りたいというのであれば喜んで見送りますよ」

「えっ?」

 試合を申し込まれた時、勝てなければ山百合会に祐巳は返さないと言っていたのに、一体何があったというのだろう。

「私たちは仲間です。仲間が嫌がることはしません。昨日、話し合ってみんなで決めました。笑顔で送り出せるように祐巳との最後の試合に勝とう、と」

「私との最後の試合……」

「あなたは今は桜花会の仲間です。でも、その仲間を捨ててまで山百合会に戻りたいというのであれば、それまでだったのでしょう。止めはしません」

 グラウンドでは乃枝さんが瞳子ちゃんと対決している。
 ベンチでは小梅さんが特製ドリンクをみんなに配っている。
 次の打順のお嬢が軽く素振りをしている。
 こちらに来てからのいつもの仲間の姿がそこにある。
 乃梨子ちゃんの前に打球が転がっていき、乃枝さんが全力で走る。

「アウト!」

 お嬢がゆっくりと打席に入る。
 瞳子ちゃんが肩で大きく息をする。
 ワンツーからの四球目、お嬢が鋭く振り抜いた打球が三塁線に飛んでいき、祥子さまが飛びついた。
 すぐに起き上って送球するが、わずかにお嬢の方が速かった。
 悔しそうな顔に江利子さまから、ドンマイ、と声がかかる。
 どっちも必死に戦っている。
 山百合会も桜花会も祐巳にとっては大切な仲間のいる場所で、どちらにも手を貸したい。だが、祐巳の体は一つしかない。どちらかを選ばなくてはならない。

『私たち山百合会と野球で対戦しなさい』

 祥子さまが手紙にそう書いたのは祐巳が山百合会と桜花会の間で迷った時のことを見越しての事だったのかもしれない。

「アンナ先生。ご心配とご迷惑をおかけしました」

「試合に出るのですか?」

「はい」

「それならば。まずは野球の制服に着替えなさい」

「はい」

 返事をすると、祐巳は寮に向かって駆けだした。



 二回の裏は乃梨子ちゃんのファインプレーで幕を閉じた。
 あれがライトに抜けていたらたぶん追加点を許していただろう。この流れで気持ちよく攻撃してそろそろ得点といきたい。三回の表はブゥトン応援団(with瞳子ちゃん)の攻撃である。口だけではなく活路を開こう。

「応援副団長の乃梨子ちゃんの攻撃からです! 皆さま、乃梨子ちゃんの分の応援もよろしくお願いします!」

「OK!」

 ベンチにいるお姉さま方に呼び掛けるとみんなノってくれた。
 乃梨子ちゃんはベンチに置いてあるシャツの裾をギュッとつかんでからバッターボックスに向かった。

「ホームラン! ホームラン! 乃梨子!」

 志摩子さんも妹の応援となれば特別らしく、前に出てきて大きな声を出している。
 一生懸命に応援して雰囲気を作れという祐麒くんの指示に従い、バットやら守備やらでの貢献度が期待薄のブゥトン二人に演劇部で声を出すスペシャリストの瞳子ちゃんを加えて即席の応援団を結成して積極的に声を出す。ホームランなんて掛け声は本当にホームランを打てそうな人にはプレッシャーだけど、我々三人にはそんな心配はない。自分で口に出すと悲しいから絶対に言わないけど。

 ──カッ!

 この回の先頭という事もあって思い切り振ったバットがボールにあたった。うまい具合にレフト前に飛び、ヒットになる。

「やったね! やったね! 乃梨子!」

 喜ぶ時は派手に全員で喜んだ方がいい。
 照れたように顔を紅潮させて乃梨子ちゃんが軽く手を上げて声援にこたえる。
 由乃はベンチに置いてあるシャツの裾をぎゅっと握った後、バットで大きく素振りをして打席に入った。

「イケイケ由乃! GOGO由乃!」

 打つ気満々といったポーズで打球を待つ。

 ──コツン

 送りバント。一塁は当然アウトだったが、乃梨子ちゃんは二塁に間に合う。初めてスコアリングポジションにランナーが到達して次は瞳子ちゃんである。

「魅せろ! 魅せろ! 瞳子!」

 瞳子ちゃんの実力ならバントが精一杯だが、向こうだって警戒している。
 でも、乃梨子ちゃんが三塁まで行けば、令ちゃんがなんとかしてくれるかもしれない。
 投球と同時にバントの構えをとる。

 ──コ〜ン!

 打ちあげてしまった。
 幸か不幸かキャッチャーが間に合わず、ファール。これが響いたのか、瞳子ちゃんはスリーバント失敗で引き揚げてきた。
 ツーアウト二塁。令ちゃんには頑張ってもらわないと。

「頑張れ! 頑張れ! 令さま!」

 理想は右中間に抜ける打球。
 だが、現実はそうはいかない。
 ショートがとって、スリーアウトチェンジ。
 残塁した乃梨子ちゃんが引きあげてくる。由乃は蓉子さまがプロテクターをつけるのを祥子さまと一緒に手伝う。

「ありがとう」

 そして、全員でダッシュで守備位置についた。
 マウンドには瞳子ちゃんが登った。



 先程牽制死した環さんという子は取り返そうとしているのかボール球も振ってくれた。次が瞳子ちゃんの50球目。この回の途中でも70球以上は投げさせないつもりである。

「ストライク!」

 振ってくれて助かる。ついでにもう一球振ってくれて、初めて三振を取った。
 次の乃枝さんは一回目の対決途中でスリーアウトになってしまい、事実上、これが初対決である。この子と祥子のお祖母さまで攻撃を終わらせたいが、今日の瞳子ちゃんの調子ではそんな計算は無理だった。
 蓉子はアウトコース低めに一応構えるが、三球目、ボールが高めに浮きあがる。精神的に自信をなくしてしまったのか、コントロールが特に悪い。

 ──カキーン!

 金属バットの速い球足だったが、乃梨子ちゃんの正面。2アウト。
 だが、先程はここから乱れたのでまったく安心できない。
 祥子のお祖母さま、晶子さまが打席に入る。
 ボール。ストライク。ボール。
 受ける度に球に力が入らなくなっている。まずいなあ、と思った蓉子の心のうちが伝わったかのような投球がど真ん中に入ってしまった。

(あっ)

 ──カキーン!

 三塁線に飛んでいき、祥子が飛びつく。すぐに起き上って送球するが、わずかに晶子さまの方が速かった。

「ドンマイ!」

 江利子が祥子に声をかける。
 リリアン独自の三薔薇というシステムを生かし、外野は聖が、内野は江利子がみてくれることになっている。そして、蓉子はピッチャーをみるのだが……。
 瞳子ちゃんが大きく肩で息をする。
 次は胡蝶さん。
 二回のサードゴロは祥子の正面だったが、結構足が速かった。気をつけないと。
 初級から積極的に振ってくる。このまま空振りを続けてくれればありがたいが、そうはいかない。

 ──カキーン!

 レフトに飛ぶ。
 令が拾って送球するが、間に合わない。
 これで60球。だが、あと1アウトでもある。
 鏡子さんは胡蝶さんよりは足は速くない。
 出来れば二番手のピッチャーは次の回からにしたい。

「ストライク!」

 瞳子ちゃんの限界が近づいている。

「しっかり! あと一人なのよっ!」

 返球したボールを受けて、瞳子ちゃんはうなずく。

「ストライク!」

 後一つ。頑張れ。

 ──キン!

 当たり損ねてマウンドに転がる。打ち取った。と思った時だった。

「あっ」

 瞳子ちゃんの足がもつれた。必死にボールをつかむが、一塁には間に合わず、満塁になる。

「タイム」

 蓉子はマウンドに向かった。

「え」

 驚いたことに、瞳子ちゃんはいやいや、というようにボールを持ったまま、後ずさると、蓉子から逃げ出した。

「と、瞳子ちゃん!?」

「瞳子!」

 びっくりする江利子と何が起きたのか理解できていない祥子の間をすり抜け、外野にまで行ってしまうが、そこで令につかまった。
 しっかりと令に押さえられて、瞳子ちゃんがマウンドに戻ってくる。

「せめてこの回までっ! お願いです! 絶対に点は与えません! 信じてください!」

 精神的に相当追い込まれたのか、涙を浮かべて瞳子ちゃんが叫ぶ。

「瞳子ちゃん、選手の交代は審判に告げてしまえば成立するものでしょう? 逃げたってどうにもならないのよ」

 諭すように江利子が言う。

「そうだよ。それに、まだ蓉子さまは何も言ってないのに」

 乃梨子ちゃんも言う。
 蓉子は瞳子ちゃんの前に出た。

「何やってるのっ!」

 一喝され、はっとした表情になる瞳子ちゃん。
 全員が静かになる。

「あなたは今、山百合会のマウンドを任されているのよ。逃げるなんて、みっともない! 悔しかったら、次のバッターをアウトにしてみなさいっ!」

 くるりと背を向けて蓉子は戻った。
 守備位置について、全員がそれぞれの場所に戻り、瞳子ちゃんがマウンドに立ったのを確認して蓉子はしゃがんだ。
 次の静さんはここまで二打席続けてフォアボール。
 その次は一打席目ホームランの巴さんだが、彼女は明らかに格が違う打者で、勝負にならない。
 ここでアウトを取らなければかなり厳しくなる。
 瞳子ちゃんは下唇をかんで、セットポジションではなく大きく振りかぶったトルネードから一球を投げてきた。いいところに入ってくる。

 ──カキーン!

 打ちあげた球を江利子が捕った。
 3アウトチェンジ。

「ナイスピッチ!」

 引き上げる時、蓉子は声をかけたが、瞳子ちゃんは小さく頷いただけだった。
 東邦星華、初の無得点イニングになった。

 リリアン0−4東邦星華(三回裏終了時)

【No:3235】へ続く


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