【3232】 勘弁して下さい  (福沢家の人々 2010-07-30 22:37:27)


「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 さわやかな挨拶が、澄みきった青空にこだまする。

 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。

 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。

 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。

 もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。




 そしてここ




 リリアン女学園高等部、中庭に立つ薔薇の館の2階




「ごきげん・・・・」




 ビスケットの扉のノブに手をかけ、扉を半分んだけ開けて固まる少女が一人

 紅薔薇さまこと、福沢祐巳




 祐巳は、1人の少女を見詰て固まっていた・・・・

 よく知る少女、親友の1人であり山百合会の仲間

 白薔薇さまこと、藤堂志摩子である。





 右手首に、鈴が付いた数珠のようなものを持ち

 黒地に菊の花をあしらった振袖をお着た。




 さかのぼること一昨昨日の放課後薔薇の館

「乃〜梨子ちゃん」

「ひゃ!」

「祐巳さま、いきなり抱き付かないで下さい。」

「え〜だって、乃梨子ちゃんて、だき心地がいいんだもの〜」

「えへへ!」


 バキバキ

「あら、鉛筆が・・・うふふふ。」




 一昨日の放課後薔薇の館

「乃〜梨〜子ちゃん」

「ひゃ!」

「祐巳さま、いきなり後ろから抱き付かないで下さい。」

「え〜だって、乃梨子ちゃんて、だき心地がいいんだもの〜」

「えへへ!」


 パキン

「あら、ボールペンが・・・うふふふ。」




 昨日の放課後薔薇の館

「乃〜梨〜子〜ちゃん」

「ひゃ!」

「また!祐巳さま、後ろから抱き付かないで下さい。」

「ど、どこ触ってるんですか!」

「え〜だって、乃梨子ちゃんて、だき心地がいいんだもの〜」

「えへへ!」


 みしみし

「あら、シャープペンが・・・うふふふ。」




 本日お昼休みお弁当を広げて・・・

「乃〜梨〜子〜ちゃん〜」

「ひゃう!」

「も〜。祐巳さま、後ろから抱き付かないで下さい。」

「ちょちょと!胸、触らないで下さい、も〜!」

「えへへへ〜だって、乃梨子ちゃんて、だき心地がいいんだもの〜」


 バキミシミシ・パキン

「あら、変ね〜お箸が・・・うふふふ。」




 祐巳は、固まっていたビスケットの扉のノブに手をかけ、扉を半分んだけ開けた所で

 執務室の中には、志摩子さんがいた・・・



 右手首に、鈴が付いた数珠のようなもの

 黒地に菊の花をあしらった振袖の少女

 ゆっくりと振り向く










「闇に惑いし哀れな影よ。人を傷つけ貶めて。罪に溺れし業(ごう)の魂(たま)。」










「いっぺん、死んでみる?」










ギ〜コ・ギ〜〜コ・ギ〜〜〜コ

「あ!あれ?ここは?」









「乃〜梨子、乃・梨・子〜」
(か〜ごめ、か・ご・め)










 少女が漕ぐ・・・祐巳を乗せた舟が・・・川を下る










「この怨み、地獄へ流します」










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