『小笠原祥子 大騒動 ゆみゆみ』というタイトルが消し飛んでやさぐれ気味のまつのめです。約百万分の１の確率（計算間違ってるかも）にかける気力はとてもじゃないけどありません。

では本文をどうぞ。



「お姉さま、起きてください」
「ん……」
「お姉さま」
「あら？」
「おはようございます。お姉さま」
「……どうして祐巳が居るのかしら」
　朝起きると部屋に祐巳が居た。
「お姉さま、早く起きて学校へ行く準備をなされませんと」
「そ、そうね」
　祥子は祐巳に急かされるように支度をし、部屋を出た。

「おはようございますお姉さま」
「あら、素早いのね……」
　食卓につくと祐巳が食事の用意をしていた。
「へんな事おっしゃるお姉さま」
　ちょこんと首を傾げる仕草が可愛らしいわ。
「早く召し上がってください」
「そうね」

　朝食を終えて学校へ向かう。
　送迎の車のところには祐巳がいてドアを開けてくれる。
「あら、ありがとう」
「お姉さま、忘れ物はありませんか？」
「大丈夫よ。それより松井は何処？」
　彼が車のところに居ないなんていったいどうしたのだろう。
「松井？　お姉さま、変なことをおっしゃりますね」
「って祐巳！？」
　あろうことか祐巳は車の運転席に乗り込んでいるではないか。
「お姉さまは朝がお弱いのですから学校につくまでに目をお覚ましになってください」
　熟練ドライバーのように自然な動作で車を発進させる祐巳。
　そう、判ったわ。
　これは夢。言われた通り目を覚まさないと。

「お姉さま、学校に着きましたよ」
「あら」
　まだ夢の中だった。
「行ってらっしゃいませ」
「行ってくるわ」
　夢と判ればもうそうそう驚かないわ。
　次はどんな祐巳が現れるのか。
「あ、お姉さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう祐巳、タイが……曲がっていないわね」
　とってもきれいな結び目だわ。まるで江利子さまのような……。
　そういえばこの祐巳、ヘアバンドしておでこを全開にしてるじゃないの。
「「ごきげんよう、お姉さま」」
　江利子さまのような祐巳を見送ったあと、後ろから祐巳の声が聞こえた。
「あら、祐巳、ごきげんよう」
　流石、祐巳。三つ編みもベリーショートもとても似合ってるわ。
　しかも祐巳だと判るように必ずツインテールがついてくるのが、憎らしいくらい親切ね。
「お姉さま、教室へ行かれないのですか？」
「もう少し待ってみるわ」
　他にどんな祐巳が居るのか興味が湧いてきた。


「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう、お姉さま」
　志摩子っぽい祐巳と乃梨子ちゃんっぽい祐巳来た。
　学年は去年とごっちゃのようね。
　向こうの方に三奈子さんっぽい祐巳がいるわ。
　そこの茂みには眼鏡をかけてカメラを構えた祐巳も。
「ごきげんよう、お姉さま」
「あら、ごきげんよう」
　お姉さまっぽい祐巳だわ。なんかお姉さまが小さくなったみたいで可愛い。
「早く教室に行かないと遅刻しますよ」
「大丈夫よ。時間はちゃんとわかってるから」

　オリジナルの祐巳は居ないのかしら？
　さっきから見てると何かの混じった祐巳ばかり。
　こうなってくると否が応でも純粋な祐巳を見つけたくなるわ。

　そして祥子は本物の祐巳を探す旅に出た。

　行く先々で何かっぽい祐巳に祐巳の居所を聞いた。
　泉の女神は金の祐巳と銀の祐巳しか返してくれなかったし、赤い頭巾をかぶっておばあさんのところへ行っても待っていたのは狼っぽい祐巳だったし、かぼちゃの馬車にのって舞踏会に行ってもそこにいたのは王子様っぽい祐巳だったし、蛙の王子様の魔法が解けて出てきたのは蛙っぽい祐巳だった……。ちょっとイヤになってきたわ。
　いや、どの祐巳も祥子を見て『お姉さま』と笑ってくれるのだけれど、祥子の心はそんな幾千の祐巳に会っても満たされることは無かった。
　本当の祐巳に会いたい。
　祥子の妹の、祥子が選んだ本当の祐巳以外、祥子の心の渇きを潤してくれるものはいないのだ。

　祥子は疲れ果ててとある公園のベンチで休んでいた。
　そんな時祥子に声をかけるものが居た。
「お姉さま、お疲れになっているようですけどいかがされました？」
　またか。
　でも、希望を捨てるつもりは無い。いま目の前に居る祐巳がもしかしたら本物の祐巳なのかもしれないのだから。
　祥子はその祐巳を見上げた。　
「やはり顔色がすぐれませんよ。今日は早くお帰りになったほうがよろしいのでは？」
「……言いたいことはそれだけ？」
「はい？」
　『その祐巳』は無理やり結んだツインテールを揺らして首をかしげた。
「お……」
「お？　温泉まんじゅう？」
　頬に人差し指を当てて考える仕草は祐巳なら似合っていたことだろう。
　その日本人離れした容姿にツインテールはミスマッチ。
「おのれが黒幕かーーーーーー！！」


「ふっふっふっ、良くぞ見破った小笠原祥子よ！」
　祥子の前にはツインテールに『しただけ』の佐藤聖が立ちはだかっていた。
　コスチュームはリリアン制服に黒マント。どうでもいいけど。
「祐巳は？　祐巳を何処へやったの！」
「祐巳ちゃんならいっぱい居るじゃない。せっかく祥子のためにこの世界を祐巳で満たしたのになにが気に入らないのかしら？」
「本物の祐巳が居ないじゃないの！」
「ああ、それなら薔薇の館に居るわよ」
「なんですって」
「そうね、本物の祐巳ちゃんに会いたかったら薔薇の館においで」
「いわれなくっても……消えた！？」
　『おいで』という台詞と共に佐藤聖はすうっと空気に溶けるようにかき消えてしまった。

「おのれ魔王佐藤聖！」
　祥子は勇者の剣エクスカリバーを握り締め魔物の巣窟、薔薇の館に祐巳を救出に向かう決意を固めたのだった……。

　これが、祥子が蔵のなかから担ぎ出した古めかしい洋剣を振りかざし、薔薇の館にたまたま遊びに来ていた佐藤聖と壮絶な追いかけっこを繰り広げている理由である。

どっとはらい