【3240】 たたじゃ終われないゲームを作ろう  (bqex 2010-08-03 18:46:34)


『マリア様の野球娘。』(『マリア様がみてる』×『大正野球娘。』のクロスオーバー)
【No:3146】【No:3173】【No:3176】【No:3182】【No:3195】【No:3200】【No:3211】
(試合開始)【No:3219】【No:3224】【No:3230】【No:3235】(【No:3236】)【これ】【No:3242】【No:3254】(完結)

【ここまでのあらすじ】
 大正時代に連れて行かれ、帰れなくなった福沢祐巳の帰還条件は大正時代の東邦星華女学院桜花会と平成のリリアン女学園山百合会が野球の試合をする事であった。
 試合は現在四回裏を終え、リリアンは3点を返し、二番手ピッチャー藤堂志摩子が登場。一方の東邦星華も福沢祐巳が加わり、現在6点とリードしている。



 このままでは負ける。聖はそう思っていた。
 わずか二週間での準備期間。手強い相手。内面的な問題を抱え集中できない仲間。そして、負の連鎖が徐々に伝染している。
 一時は立ち直ったかに見えた蓉子も無難で慎重に事を進めているにすぎない。
 このままではいけない。

「やろうか」

 江利子にそう声をかけた。
 祐麒の与えてくれた秘策、いや、奇策と言っていい。
 現状では全てを壊してしまいかねない賭けになるかもしれない。
 だが、もうこれしかないことも理解している。
 何よりも、こんなことで壊れるような仲間ではないはずだ。
 江利子も頷いた。

「あなたが仕掛けて。いい? 最初のターゲットは蓉子ね。あとは適当に」

 キャッチャーは良くも悪くもキーパーソンだと祐麒が言っていた。

「じゃあ、これ」

 江利子は聖にこの奇策に必要な小道具を渡した。

「瞳子ちゃん!」

 江利子はきつく瞳子ちゃんを呼びとめた。

「は、はいっ!」

 びくっ、と体を震わせて瞳子ちゃんが直立不動の姿勢をとる。

「何があったか知らないけれど、全く試合に集中できてないわね。ショートは大事なポジションなの。あなた、わかっているの?」

 瞳子ちゃんがうつむく。

「下手なのは皆一緒だけど、うつむいて目を合わせないなんて、それが通じると思って?」

 ぐっ、と瞳子ちゃんのあごを持ち上げる。

「江利子!」

 誰かが止めに入ることは計算していたが、思ったより早く「釣れた」。

「今はそんなことを言うべきではないでしょう!? 瞳子ちゃん一人のせいではないわ。そうやって誰かの責任にするのではなく、これはチームの問題よ」

 蓉子が江利子を睨みつける。
 瞳子ちゃんにはお姉さまがいないので、気を使って出てきたのだろう。

「チームの問題? じゃあ、まずはあなたに解決してもらわなきゃね」

「何を言ってるの?」

「キャッチャーはチームのキーパーソンと言われていたのに、全然機能してないじゃないのっ! 弱気で無難な指示ばっかり。失うものなんてないのに、何故守りに入ってるわけ?」

「わっ、私は──」

「もっと激しくぶつかっていくいつもの水野蓉子はどこへ行ったのよ? 私にここまで言わせてまだいい逃れする気!?」

「お、お姉さま」

 まさかの令乱入。

「令。あなたも。受験やら由乃ちゃんの妹の問題を引きずっているみたいね。心の乱れがバッティングフォームに出てるわよ」

 乱入できるようになった勇気は認めるけど、太刀打ちできるほどではなかった。

「そ、それとこれとは関係ありません」

「関係ないといいきれるぐらいの結果を出してくれなくては困るのよ。あなた、自分がどうして一番バッターなのか忘れたとはいわせなくってよ?」

 そこまで江利子に言われて引き下がる。

「それから、乃梨子ちゃんは瞳子ちゃんの方ばかり気にして三回あたりから集中していなかったわね」

「すみません」

 乃梨子ちゃんは素直に頭を下げる。

「志摩子。マウンドに立っている間は必要以上に乃梨子ちゃんのことを気にするのはよしなさい」

「へ? あ、はい」

 無意識だったのか、志摩子は慌てて返事をする。

「江利子さま」

 来た、祥子。

「もう、およしになってください。私たちに至らないところがあったのは事実ですが、今日は野球の試合をするのが目的だったのではなく、祐巳を平成に連れ戻すための手段として野球の試合をやっているんです。それを、ここで内輪揉めだなんて」

「勝って祐巳ちゃんを連れ戻すんでしょう? あなたは皆の態度に苛立ってないの?」

「それは、まあ……」

 ぐっと祥子は下唇をかむ。

「みんな、このままでいいと思っているのかしら? このまま9回まで行けば私たちは実力を出せないままやられっぱなしで平成にしっぽを巻いて帰らなくてはならないのよ? それでいいと思っていて?」

「よくないと思います!」

 由乃ちゃんが絶妙のタイミングであいの手を入れる。

「わかったわ。今から直すように──」

 蓉子が何とかこの場の空気をまとめようとしたが最後まで言わせなかった。

「あなた、何度も立て直そうとして、直せてないじゃない。蓉子が一番空回って弱気になって苛立って瞳子ちゃんにまで逃げられた事、忘れたなんて言わせないから」

 背後から聖がそう言って、蓉子の首に腕を回した。

「と、いうわけで。皆さんにはこれから罰を受けてもらいまーす。では、蓉子から」

「なんの真似よ!?」

 逃れようとする蓉子を祥子が取り押さえた。

「祥子! あなたまで何を──」

「姉の過ちを身を持ってお諌めするのも妹の役目。お姉さま、お覚悟!」

「どこの時代劇よっ!? 聖、やめ──」

 聖は素早く蓉子の顔をいじった。
 二人は吹き出しそうになるのを堪えて、蓉子を解放した。

「……何?」

「ぷっ、蓉子。それいい!」

 江利子が大口を開けて笑っている。

「何? 何がどうなってるの?」

 辺りに聞く蓉子のその様子がまたおかしくて、全員が噴き出す。
 その隙に手っ取り早く聖は瞳子ちゃんを捕まえた。

「あなたもよ」

「や、やめてくだ──あっ!!」

 顔をいじる。身をよじって抵抗するからおかしなことになる。

「ちょ、ちょっと、聖。何? ええっ? そんなことになってるの、私の顔?」

 解放された瞳子ちゃんを見て蓉子が噴き出す。
 聖が手にしていたのはフェイスペイント用のペンだった。
 二人とも落書きで面白い顔になっている。

「令も」

「ええっ!?」

 グイッ、と江利子と祥子が捕まえると聖は素早く作業を済ませる。
 こうなると、すでに書きこまれたものは、仲間に引き込もうとし、書かれていないものは逃れようとする。

「と、瞳子!?」

「一人だけ逃げようとしてもそうはいかないわよ。乃梨子さん」

「ひっ」

「ご協力感謝」

 瞳子ちゃんに捕らえられて暴れる乃梨子ちゃんの顔に書き込む。

「おのれ、三人がかりとは卑怯な!」

「連帯責任よ! 由乃ちゃん!」

「志摩子さん、一人だけすましてる場合じゃないわよ」

「由乃さん!? どこ触ってるの?」

「祥子。姉を裏切った報いを受けなさい!」

「お姉さま! プロテクターに髪が引っ掛かって……痛っ、あっ!」

「こうなったら、江利子一人例外だなんて許さないんだから!」

 いつの間にか先頭に立って蓉子が指示する。

「って、なんでオデコにばっかり書くのよっ!!」

「最後は聖よっ!!」

「OK!」

「了解!」

 聖は全員につかまって、ペンを江利子に取り上げられて報復される。

「ちょ、ちょっと! 本当に落ちなくなるって!!」

 全員でお互いの顔を指して笑い合う。

『ベンチのムードが、気まずくなったらやってみてください。くだらないことですが、意外と効果があります』

 腹を抱えて笑いあっていると、様子を見に来た審判がぎょっとした顔で戻っていった。
 いけないいけない。

「あ〜、私の顔どうなってるわけ?」

「乃梨子、可愛いわよ」

 鏡はないが、一応水場の位置は試合前に聞いてあるので、顔を洗うことは可能だ。

「あなたたちはいいわよ。まだ顔を洗いに行く暇があるんだから」

 そう言って、その回の先頭バッター由乃ちゃんはそのままバッターボックスに向かった。




「ん?」

 小梅は首をかしげた。

(なんで、この人ネコみたいなひげを顔に描いてるんだろう……)

「あの、聞いてもいいですか?」

「駄目」

 由乃さんはそっけなく答えた。

(気になる……)

「イケイケ由乃! GOGO由乃!」

 ──カーン!

 当てられた。巴が捕って一塁に。

(え!?)

 滑りこんだ。頭から。由乃さんは全然間に合わないのに滑り込んだ。

「いいよ! いいよ! 由乃ちゃん!」

 向こうのベンチが拍手で迎える。

(アウトになって、いいよって?)

 瞳子さんの頬には渦巻きが。

(何なんだろう……)

 ──カーン!

 二塁の祐巳が飛びつき捕った。

「お願い!」

 そのまま静、鏡子に渡って一塁アウト。これまた完全にアウトなのに、瞳子さんは足から滑りこんだ。

「よーし。瞳子ちゃん、いい。いい」

 パチンと手を打ちあわせる。
 さっきはこんなこと、やってなかったのに。

「頑張れ! 頑張れ! 令さま!」

 令さんにはトランプの模様が描かれてた。

「それ、何なんですか?」

 小梅が聞くが、集中しているようで答えてはくれない。
 お嬢が振りかぶって投げる。

 ──カーン!

 まただ。また当てられた。
 令さんが一塁を回って二塁へ走ろうとするが、祐巳のところにボールが来る。

「おっと」

 令さんは頭から滑りこんで一塁に戻った。
 マズイ。
 さっきはこんなに動きがよくなかった。
 一体、リリアンはどんな魔法を使ったのだろう。小梅は立ち上がった。

「落ち付いて!」

「わかってます!」

 逆効果になってしまったのだろうか。
 蓉子さんの顔は何も描いてはいなかったが、こすったように赤くなってる。

「プレイ!」

 次々とお嬢のストライクがファールにされる。
 もう十一球目になのに、ストライクだけは外さない。

(どうして!?)

「ボール!」

 3ボール。追い込まれた。小梅は立って返球する。

「えっ!?」

 その隙に、令さんがぱっと駆けだした。

「お嬢、二塁に!」

 振り向いてお嬢が投げるが間に合わない。

「セーフ!」

 リリアンのベンチが全員はしゃいでいる。

「やられた……」

 その上、蓉子さんに四球を選ばれ、2アウト一、二塁で三番を迎えた。
 リリアンの応援に手拍子が加わる。
 お嬢がやかましい、という顔をしている。

「た、タイム!」

 慌ててマウンドに駆け寄る。

「何しに来たのかしら?」

 精一杯強がってお嬢は小梅に言う。

「伸びてしまった千疋屋のパーラーに行く約束。まだ、決めてなかったじゃない。思い出して」

「そういえば、そうね。ベンチで決めましょう」

 元気そうな顔をしたので、小梅は戻った。

 ──パンパンパン! パンパンパン! パンパンパンパンパンパンパン!!

 三三七拍子で指揮をとっているのは祥子さんだった。
 なかなか様になっていて、小梅は敵ながら見とれてしまった。

(だ、駄目だ。見とれちゃ駄目だ……)

 ──カーン!

 真っすぐ飛んだ。静が捕った。
 守り切った。
 令さんがホームを踏んだ。

「今のは点になりませんよ!」

「わかってるけど一応ね」

 そう言うと風のように去っていく。




 プロテクターをつけている横で江利子と聖が言う。

「今日の蓉子はノリが悪すぎるから、ノリがよくなるまでノリノリのロックの人っぽくやること」

「却下」

「却下認めません。自分じゃいくらやっても立て直せないときは、人のアドバイスを素直に聞くべきよ」

「その通りではあるけれど、ロックは不可能なんじゃない? どうせ蓉子は演歌しか聞いたことないんだからさ」

 江利子に聖が突っ込みを入れる。

「失礼ね! 私だって、ロックぐらい聞くわよ! そもそも、演歌好きの十代女子の方が希少価値が高いでしょう?」

「それは演歌好きの十代女子に対して失礼だ」

「蓉子はロックとか知ってるのね?」

「知ってるわよ」

「じゃあ、出来るわよね? 出来なかったら、あなたのイメージは永遠に演歌よ、演歌。水野蓉子イコール凍えそうなカモメ見つめ焙ったイカを肴に暴れ太鼓叩くイメージ確定よ!」

「無茶苦茶言わないでよ」

「ロックと演歌のどっちがいいの?」

「酷い二択ね。決まってるでしょう? そんなの」

 売り言葉に買い言葉。

「Are you ready?」

「Yeah!」

 蓉子はホームから叫んだ。
 ここはライブ会場か。でも、ちょっと気持ち良かった。

(まさかね)

 あんな子供じみた悪戯を仕掛けてくるとは思えなかった。
 あんなに罵られて落書きまでされたのに、最後には笑っていた。
 言われたことは蓉子が気にしていた事で、事実、必要以上に守りに入っていて、及び腰になっていた。
 しかし、ふっきれた。
 あの二人が一緒でよかった。面と向かって言わないけど。
 バッターは晶子さま。
 インコース高め。胸をつくようなボールを要求する。

「ボール!」

 よし、腰が引けた。
 あとは左右に揺さぶってやる。

 ──キン!

 バットに当てさてた。祥子が捕って一塁アウト!

「OK!」

 どこのアメリカ人だ。アメリカ人だってこの時代の人はこんなこと言わないだろう。
 次のバッターはセンターフライ、その次は三振。初めて三者凡退に打ち取った。



 六回表、桜花会は守備につかなくてはならなかったが、乃枝が全員を集めた。

「リリアンの動きがよくなってきたわ。この回で変に得点を与えて逆転されたらまずいわね」

「何があったのかしら」

「そういえば、五回の攻撃前に顔に何か書いていたわ。あれ、そういうおまじないなのかしら?」

「そんなおまじない、聞いたことないけど」

 小梅の言葉を祐巳が否定した。

「大丈夫。ここは私が出て、リリアンの勢いを止める」

 朝香中の時と同じく巴が出るのは試合前から決まっていたが、お嬢は不満そうだった。

「お願いね。任せたわよ」

「もちろん。一点だってやらないわ」

 巴が投手、お嬢が右翼、雪を三塁に回して守備につく。
 六回は点はやらなかったが当てられた。
 四番はわかる。だが、投手の志摩子にも当てられるとは思わなかった巴はいささか驚いた。
 その後の打者を切って取り、七回に入り、静が打ちあげてアウトになる。

(ここはホームランを打ち、リリアンにとどめをさす)

 巴は静が打ちあげてしまい戻ってくるのを見届けるとゆっくりと打席に入った。

「プレイ!」

 巴の方に向かってくるような直球。ただそれだけだ。

 ──カキーン!

 ホームラン。
 ゆっくりと内野を一周する。
 7−3。
 巴が本塁を踏んだ瞬間に、蓉子が前に出て叫んだ。

「こんなのまぐれ、気にしない! きっちり押さえて、取り返していくわよっ!!」

 カチン。

「お待ちなさい、今まぐれと言ったわね」

 巴は蓉子を睨みつけた。

「不必要な侮辱は許せないわ。あなたたちが勝つためには後五点が必要なのがわかっているのっ?」

 蓉子はふん、と鼻で笑ってこう言った。

「もう勝った気でいるの? 寝言は寝てから言いなさい。試合は終わってないのよ。絶対に私たちは勝って祐巳ちゃんを連れ帰る!」

「こっちが勝ったら、膝をついてわびてもらうわよっ!」

「いいわよ。こっちが勝つのだから」

 小梅と静に引っ張られ、巴はベンチに戻されたが、到底許せるものではない。
 小梅と雪が打ち取られるのを見届けると、巴はマウンドに駆けあがった。

(絶対に三者三振に仕留める!)



 練習中の事だった。
 江利子さまが令に合格祈願のお守りを渡してきたのだ。
 何も知らなかった由乃は不思議がったが、令が系列以外の大学に進学を希望し、受験に回ったことを告げると思った通りわめき散らした。

『どうして私だけが令ちゃんの一大事を知らなかったのよっ!!』

 それはお互いさまだった。
 令は、由乃が江利子さまに紹介したという妹候補に引きあわせてもらえなかったのだ。
 由乃とは何度か話し合い、菜々ちゃんには改めて正月に家に来てもらうということで決着した。
 そのゴタゴタを引きずってはいないと思っていたのだが、先程江利子さまに見透かされた。
 自分は何のためにここにいるのか?
 祐巳ちゃんを連れ戻したい。そのために必死になっている親友を助けたい。
 瞳子ちゃんが対決しているのを見ながら令は集中していった。
 巴さんは何かスポーツをやっているようで、平成でも素晴らしいアスリートになれそうだ。
 バットを持ってバッターボックスに向かう所作は剣術か何かをやっている事を思わせる。
 とても強そうな相手だ。まともにやっては勝てないかもしれない。
 しかし、今日は幸か不幸か野球で対決する。
 瞳子ちゃんが三振に倒れるころには、令の心の中は澄んだ水のように落ち付いていった。
 由乃の事も菜々ちゃんの事も関係なく、ただ、巴さんとの勝負のことだけを考えていた。
 竹刀を取るようにバットを持ち、打席に向かう。

 巴は燃えてきた。
 あの四番打者もなかなかできるが、この支倉令の方がずっとできそうだ。
 令は剣術か何かをやっている。しかも、その辺で威張っている軟弱男子よりは強そうだ。彼女の所作がそれを物語っている。
 今までも薙刀や剣術をやっている女子に出会ったことはあるが、巴の相手にしては不足過ぎた。
 男子に試合を挑んでみたかったが、男子が本気で巴の相手をしてくれるかどうかはわからない。
 だから、一度相手になりそうな女子にあってみたかったのだが、まさかこのようなところで出会えるとは思わなかった。
 出来れば道場で仕合たかったが、幸か不幸か野球で対決することになった。
 このような強者に出会えた喜びが巴の心を熱くする。
 その熱は邪念を溶かし、巴の意識をただ対決へと集中させていく。
 バットを持って、一瞬巴の方に向けた好敵手に熱い思いをほとばしらせた。

 不思議と令は落ち着いていた。
 バッターボックスに入る前から随分と落ち着いていたのだが、構えて対峙する頃には澄み切った水の表面に立っていた小さな波すら消え、明鏡止水の心境だった。
 ボールが独特の回転を見せ令の前を通過していく。
 主審がストライクを告げる。
 軽くバットを持ち直し、巴さんを見る。
 剣道であれば面金越しになるその表情がはっきりと見える。
 きりりとした表情で令を見つめている。
 いい顔だ。自分の球とバックの仲間に自信と誇りがなければああはならない。
 球は力強くて速かった。
 それでも、打つのだ。

 巴は令の表情を見つめた。
 凛として、全く臆することなくまっすぐに見つめている。
 相手にとって不足はない。
 大きく振りかぶり、投げる。
 鋭くバットが振られ、その振られた時の空気が伝わってくるような渾身の一振りだが、球は小梅のミットに収まった。
 そんなものではないはずだ。
 あなたの本気を見せてほしい。
 その上で、巴は三振に取る自信があった。
 振りかぶって、三球目。
 巴の手を球が離れた。
 じわり、と令に向かってねじ込むような渾身の投球に対し、令はそのバットを振ってきた。
 バットが当たり、しなり、球を弾き返す。
 力強いその振りは球を舞い上がらせる。

 令はバットに球が当たると力強くそれを振り抜き、今度は全力で二塁を狙って走り出した。
 手ごたえはあった。大きな一歩一歩で一塁に近づき、それを踏みながら回り込んで、ライトの方を確認する。

「ホームランだ」

 祐巳ちゃんの声がした。
 外壁の向こうで令が打った球が大きくバウンドしていた。
 巴さんはまったく振り向いていなかったが、その背中は堂々としていた。
 二塁を踏み、三塁を踏んでホームに向かうと仲間たちが満面の笑みで待っている。
 ホームベースを踏むと同時に由乃が令に飛びついてきて、他の全員が令を囲んで祝福する。
 その時、令は巴さんをみた。
 巴さんは何事もなかったかのように、小梅さんと話をしていた。
 それが巴さんのプライドなのだと令にはわかる。
 全員で一通り喜んだ後、引き揚げた。
 蓉子さま、江利子さまは健闘むなしく打ち取られ、七回の表を終えた。

 リリアン4−7東邦星華(七回表終了時)

【No:3242】へ続く


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