※オリキャラが出ます。タイトルにあるような事が起こります。ちょっとエッチです。
「ごきげんよう」
──パシャ!
「ごきげんよう」
リリアン女学園の朝はシャッター音から始まる。
マリア様のお庭の近くのちょっと引っ込んだあたりに写真部のエースと名乗る武嶋蔦子がカメラを構えて早い時間から登校風景を撮影している。
今朝も気が済むまで撮影し、そろそろ、と教室に戻ろうとした時だった。
「あっ!」
不覚にも何かにつまづいた。
手には望遠レンズ付きのお気に入りのカメラ。自身は縁なしメガネをかけている。両方死守したいが、運悪くどちらか一方しか守れないだろう。
蔦子は迷わずカメラを選んだ。眼鏡は最近度が進んできているような気がしていたので、ついでに買い替えてもらうのも悪くない。カメラが地面とキスしないよう精一杯腕を伸ばしたが、そのために眼鏡が地面とキスするのは避けられないようだ。ガラス、顔に刺さらないといいな。
──チュ!
(え!?)
蔦子の眼鏡は地面とキスしなかった。
代わりにキスをしたのは蔦子自身だった。
(えっ!?)
キスの相手は三十センチくらいの二頭身のマスコット人形のようなものに触れていて、しかも、マスコット人形が蔦子の顔面を支えてくれている。
素早く膝をついて、体勢を立て直そうとしたら、今度は人形がなかなか離れない。一度カメラを置いて、両手でようやく引き離す事が出来た。
「はぁっ、はぁっ……吸いつかれたまま死ぬかと思った」
「馬鹿じゃなお主。接吻の間は鼻で息をすればよいのじゃ」
突然男性の声がして、蔦子は慌てて辺りを見回す。先生に見られてしまっていたか、と思ったのだが誰もいない。
「お主、どこを見ておる?」
また声がする。
「誰っ?」
「お主の目の前におるじゃろ」
蔦子は正面を見る。正面には人形がある。着物姿で、頭にはちょんまげが乗っている。
「……」
見つめていると、人形は不意に動き出し、蔦子の方に向かってきた。
「えっ!? えっ!?」
「わしじゃよっ」
人形が名乗った。
「……」
「……」
「……最近の人形は、随分と高性能になったのね」
そう呟いて、蔦子は人形から目をそらし、カメラを持つと教室に引き上げることにした。
「これっ、無視するでない!」
足早に歩く蔦子を人形がてててっと追いかけてくる。
「……」
今朝は本当についていない。
早く教室にいって祐巳さんの写真でも撮って癒されよう、そう思いながら歩いていると、人形が足にしがみついてきた。
「なっ、何する……きゃあぁーっ!!」
あろうことか、人形が足をよじ登ってスカートの中に入ってきた。
「何してる、このエロ人形!!」
蔦子は近くにあった石で人形を殴った。
「ぐふっ!」
人形は離れた。
ついてない。
ついてない。
人生始まって以来のアンラッキーデーだ。
ブルーを通り越してブラックな気分で蔦子は教室に辿り着いた。
「ごきげんよう」
──パシャ!
「ちょ、ちょっと、蔦子さん。挨拶代りに写真撮るのはやめてよ」
祐巳さんが驚いていう。
「あはは。ごめんごめん。いいのが撮れたらただであげるからさ」
笑いながら席に着く。
「ん?」
お尻に何か敷いた。
慌てて立ち上がり、席を見ると何もない。が……。
「つ、蔦子さん?」
祐巳さんが驚いている。
「その、お尻についている人形何?」
蔦子のお尻に先程の人形がしっかりとくっついていた。
「またお前かーっ!!」
カメラを机に置き、教室中に響き渡る雄叫びをあげながら蔦子は人形を引きはがし、教室の窓から勢いよく人形を投げ捨てた。
「蔦子さん?」
「……ごめん、気にしないで」
「あの……」
「気にしないでって言ってい……る」
言いながら振り向くと、蔦子の背後にいたのは祐巳さんではなく担任の先生だった。
「武嶋さん、席に着きなさい」
「……はい」
教室中から笑われてしまった。
今度は椅子に何もないことを確認して座る。
ついてないなんてレベルじゃない。
これは災難としか言いようがない。
マリア様、私の何がいけなかったのでしょう?
祐巳さんの通学路に張り込みしてポリスに職質されたこと?
武道館の更衣室に隠しカメラつけたこと?
プールの授業の直後、ほぼ全裸の志摩子さんにカメラ向けたこと?
全然心当たりがありません。
「武嶋さん」
「はい」
授業中、先生に名前を呼ばれて返事をする。
「部活でいろいろと必要なものもあるのかもしれませんが、授業中に堂々とそれを出しておくのはどうでしょう。ロッカーにしまいなさい」
「は?」
何を注意されているのかわからず、きょとんとしていたが、祐巳さんがそっと指で蔦子の鞄の下を指した。
そこにいたのはあの人形で、チョコレートパンをかじっている。
「──(お前かっ! またお前かあっ!)」
授業中なので、絶叫はせずに、急いで教室後ろのロッカーに押し込める。
(授業が終わったら、焼却炉で燃やしてやるっ!)
ロッカーから聞こえてくる嫌な予感しかしないごそごそ音に耐え、先生が出ていくと同時にダッシュでロッカーの戸を開けた。
「……ああっ!!」
中ではあの人形が蔦子の体操着にくるまって幸せそうに眠っていたのだが、眠りにつくまでの間に動き回ったらしく、直前まで食べていたチョコレートパンのクリームが人形の顔と体操着にべったりとついている。
「わちゃ〜、今日の四時間目、体育だよ? 大丈夫?」
覗き込んで祐巳さんが言う。
「大丈夫じゃない……でも、とりあえず、今は」
蔦子は体操着を入れていた巾着袋の紐を使って人形を縛りあげ、ロッカーの中に再び入れた。
「昼休みに焼却炉に持ってくわ」
祐巳さんは蔦子に同情を含んだ視線を送ってきた。そんな目をしなくていいから、この災難を代わってほしい。蔦子は心の底からそう思った。
縛り上げたのが効果があったのか、三時間目まで平和に過ぎていく。
しかし、根本的な問題が解決していない以上、それは訪れた。
四時間目。
蔦子は先生に事情を話して(もちろん、人形が原因とは言わなかったが)予備の体操着を借りて授業を受けることにした。
更衣室に入り、眼鏡を一度外してから制服を脱ぐ。
借りてきた体操着はちょっときついようだ。サイズは同じはずなのに。
──ふに!
「ひゃあっ!?」
むむむむむ胸に今変な感触がっ!?
慌ててメガネをかけて辺りを確認する。
「え、ええっ!?」
きついはずだ。
体操着の中にあの人形が潜り込み、蔦子の胸を揉んでいた。
「このエロ人形、いい加減にしろおぉーっ!!」
人形を胸から引きはがし、力いっぱい壁に叩きつけた後、蔦子は人形を持ったまま走り出した。
「どこへ行くの、蔦子さん!?」
「焼却炉!!」
今すぐ燃やさなくては危険だ、コイツ。
遅刻を覚悟で焼却炉の方に向かう。
「お主。どこへ行くのじゃ?」
人形が聞いてきた。
「エロ人形を焼却処分にしに行くのよっ!」
「ほう、それは可哀想な人形じゃ。ちゃんと供養してやればよいものを。どれ、わしが説得してやろう」
「お前のことを言っているっ!!」
蔦子は人形に怒鳴り散らした。
傍から見たら、腹話術のようにしか見えない滑稽な光景なのだが、今の蔦子にはそこまで頭が回らない。
校舎の裏手に来た時に、授業が始まっている時間だというのに生徒がいた。
「あなた、それは!」
その生徒、寛美さんは蔦子と同じように人形を抱えていた。
サイズは同じくらいだが、デザインは西洋の男の子のようだった。
「そう。これがあなたの言っていた運命ってやつね」
寛美さんは覚悟を決めたように言う。
「へ?」
蔦子は寛美さんにそんなことを言った覚えがないので聞き返した。だが、すぐにそれが誤解だとわかった。
「そう。寛美。あれがキミの目的を達成する前に現れた敵だよ」
向こうの人形も喋ったのだ。
「な……」
「僕たち『偉人』と『契約者』は『天下統一』まで戦い続けなくてはならない運命。ちょうどいい練習台じゃないか。やろう、寛美」
向こうの人形がうっすらと笑う。
何だか知らないが、どんどんまずい方向に話がいってないか。
人形を捨てて、立ち去るべきだろう、そう判断した蔦子が人形から手を放そうとした時だった。
向こうの人形が光り始めた。
「ミシェル! いくわよ」
向こうの人形から光の塊が発射された。
おいっ、ウソだろっ!!
身体が動かないけど、もの凄く嫌な予感しかしない。
「何やっとるんじゃあ」
そう言って、エロ人形が蔦子をものすごい勢いで引っ張った。
おかげでギリギリで回避できた。
光の塊が当たったところが爆発して破壊される。
当たってたら、確実に死んだわ。シャレにならん。
「そうでなくては練習台にはならないね」
ふふん、と向こうの人形が笑う。嫌なやつ。
「さて、あと何発避けられるかな?」
コイツ、異常だ。
ヤバい。
ヤバい。
殺されるうっ!!
次々と放たれる光。
短かったな、我が人生。
「こら、ぼさーっとつっ立っとらんで、こっちじゃ」
エロ人形に導かれるまま、焼却炉の方に逃げ込み、側にあった腐葉土を作るための穴に飛び込んで、葉っぱで身を隠す。
「な、何なのっ!?」
「声が大きい」
しっ、とエロ人形が蔦子の口を塞ぐ。
「ここから反撃を開始する。ギリギリまで引き付けて、お主は呪文を唱えるのじゃ」
ひそひそと耳元でエロ人形がささやく。
「呪文?」
「『かごめかごめ』と唱えるのじゃ」
「『かごめか──』」
「馬鹿っ! 今唱えてどうする?」
「おやあ? こんなところに隠れているみたいだ」
あの嫌味な声は、追手だ。ヤバい。
もう、他の選択肢がないことから蔦子は叫んだ。
「『かごめかごめ』!!」
エロ人形が光った。
……って、向こうの人形よりもの凄く光ってませんか?
──ちゃぽん!
「……水?」
辺りが湿気を帯びてきた、と思った瞬間、あっという間に水浸しになっていた。
「な、な、何っ!?」
「うわーっ!!」
「きゃあーっ!!」
上から悲鳴が聞こえる。
そっと葉っぱの間から覗いてみると、大波にのまれて寛美さんとさっきの人形が溺れている。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 人形はともかく、寛美さんが死んじゃう! 死んじゃうって!!」
「そろそろ頃合いじゃの」
エロ人形はパチン、と手を叩いた。
急に水が消え、寛美さんと人形が倒れている。
その人形にエロ人形がたたた、と走り寄る。
「う、うう……まさか、こんな序盤でこのミシェル・ノストラダムスが破れるとは……」
「フン。相手が悪かっただけじゃよ」
そう言うとエロ人形は倒れている人形に手を入れて、光る小さな玉を取り出した」
「あっ! ああーっ!!」
それを見て寛美さんが泣き崩れている。
「な、何なのっ!?」
「わしらの勝利じゃ。わしらは『偉人』と呼ばれるもので、『契約者』に協力してもらって戦う。そして、この球を奪い合うのじゃ。球を奪われた『偉人』は脱落し、最後に全ての『偉人』の球を集めた『偉人』が『天下統一』を果たすのじゃよ」
エロ人形がちょっと偉そうに説明してくれた。
「待ってよ! それって、私がまるでその『契約者』みたいじゃない」
「お主は『契約者』になってしまったのじゃ。もう後戻りはできぬ。わしがいないと満足に戦えぬし、『契約者』は『偉人』の弱点、狙われることも増えるじゃろうな」
きっぱりとエロ人形が言う。
「そんな! なんでそんなことに?」
「今朝、わしと接吻したじゃろう。あれが、契約の儀式じゃ」
「あっ!!」
たしかに、した。
うわーっ、それじゃあ、このエロ人形が……いや、待て。
「そ、それは間違ってぶつかった事故みたいなもんでしょう? 取り消して!」
「一度契約したら、契約した『偉人』が脱落するか『天下統一』するまでは駄目じゃ」
「げっ!」
もう、最悪だ。
この地球中の不幸を一身に背負ってしまったかもしれない。
「け、契約は仕方がないから認める。でも、あなたみたいなエロ人形がファーストキスの相手だなんて、絶対に認めないっ!!」
「認めないといわれても、『契約者』になったということは接吻をしたという事実が前提なのじゃ。現実逃避などせずに諦めい」
「違ーう!!」
嫌だ。それだけは絶対に認めたくない!
こんなエロ人形にファーストキス奪われただなんて、転びそうになったからだからだとしても、屈辱以外の何物でもない。
「あ、そうそう。そういえば、お主の名前を聞いておらんかったわい。お主、名をなんと申す?」
「……そっちから名乗るのが礼儀でしょう?」
ムッとして蔦子が言う。
「羽柴秀吉、じゃ。で、お主の名は」
「蔦子。武嶋蔦子」
「なるほど。蔦子じゃな」
うんうん、と満足そうに秀吉がうなずく。
「それより蔦子、お主はそろそろ戻らなくてよいのか?」
「ああああぁーっ!! 授業がっ!!」
終了十分前に現れた蔦子は先生にこっぴどく叱られて、一人で体育館掃除を命じられて、現在頑張っている。
おまけに、秀吉の食べたチョコレートパンは蔦子の昼食。お腹も減ってきてフラフラしてきた。
「蔦子さーん」
体育館の入り口から祐巳さんが声をかけてきた。
「祐巳さん」
小走りで祐巳さんが中に入ってくる。
「一人じゃ大変でしょう? 手伝うよ」
にこにこと笑いながら祐巳さんはモップを持った。
「いいのに」
「ううん。友達だもん。気にしないでいいよ」
二人で並んで掃除をする。
「ねえ、何かあったの? 私でよかったら、相談に乗るよ」
「あー、いやー、それは……なんでもない」
エロ人形にファーストキス奪われた挙句不条理な目にあわされ続けてますだなんて、絶対に知られたくない。
「そう……ぎゃううっ!!」
「祐巳さん!?」
不意に祐巳さんの悲鳴が聞こえて蔦子が見ると、秀吉が祐巳さんの胸に張り付いて、胸を揉んでいた。祐巳さんの顔が真っ赤になっていく。
「ふむ。蔦子の友達ということで期待しておったのじゃが……まあ、これからの成長に期待しよ──」
「何しとんじゃあぁーっ!! この、エロ人形があぁーっ!!」
蔦子は秀吉をぶっ飛ばした。
その様子を体育館の入り口から一人の少女がみていた。
「『偉人』って、あんなのもいるわけ?」
少女が傍らの人形に話しかける。
「ご安心ください、典。私たちの力があれば『天下統一』は容易です」
二頭身の中国風の人形が彼女に話しかける。
「まあ、任せるわ。孔明」
「御意」
蔦子のとんでもない学園生活は当分続きそうな気配である。
「だから、お尻を触るんじゃなあーいっ!!」