水野祐巳その10
【No:1497】【No:1507】【No:1521】【No:1532】【No:1552】【No:1606】【No:1904】【No:3191】【No:3202】
「うん、いってらっしゃい」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
祐巳は心配そうな顔をする姉に、あっちいけと言うように手を前に振る。
お姉ちゃんはこれから祥子さまとお泊まり会。
場所は祥子さまの別荘らしい。
期間は一週間。
祐巳も誘われたけれど、生憎夏風邪をひいた。
誘いを嘘の理由で断った罰が当たったのかも知れない。
お姉ちゃんを見送ると家には祐巳一人が残った。
弟の祐麒は、部活もしていないくせに何やら忙しいようだ。
「……寝よ」
祐巳は自分の部屋に戻り、新しい熱さまシートをおでこに貼ってベッドに潜り込んだ。
しばらくすると、規則正しい寝息を立て始めた。
どのくらい眠っていただろう。
祐巳は、寝疲れに目を覚ます。
「ん〜」
体が少し重い。
「水」
キッチンに向かい水を一口。
寝間着が汗で汚れているので着替え直し、もう一度ベッドに向かった。
次に起きたのはもう日が暮れていた。
祐麒はまだのようだ。
暗い家の中をまわり、明かりを点け。
インスタントのおかゆをレンジで準備し、口にする。
テレビを点けて見るが、いつも楽しく見ている番組も何だか面白く感じられない。
仕方ないので、脱衣場に向かい汗を拭いて、早々に部屋に戻る事にした。
祐麒や両親は、いつもより早めには戻ったみたいだが祐巳は既に眠ってしまっていた。
次の日、起きると昨日よりも体は楽になっていた。
熱を測ると、少し熱がある程度。
昨日、一日眠っていたからか、体が痛い。
祐巳が起きてキッチンに向かうと簡単な朝食の用意がされていた。
両親も祐麒もいないようだ。
食欲は少しある程度。
モソモソと一人、食事をして汚れた寝間着と下着を替え。
洗濯機を自動で乾燥まで動かす様に設定し、スイッチを押す。
動いたのを確認して、寝過ぎて眠くはないが今一つ本調子ではないので部屋に戻った。
次の日。
「んっ!」
久しぶりに調子が良い。
熱もない。
体を伸ばし、ベッドから起きあがる。
「はぁ」
体調が戻ればせっかくの夏休み。
楽しまなくては!
「祐麒のやつ早いわね」
何をしているのか、夏休みだというのに弟の祐麒は、今日も忙しそうだ。
風邪でダラダラしていたので体を動かす意味も込めて、祐巳は制服に着替え。リリアン女学園の図書館に出かける事にした。
「うわぁぁぁ……暑い」
リリアンの銀杏並木は木陰が多く、少しはマシなのかも知れないけれど。
それでも暑いのには違わない。
「あれ?」
並木道にはベンチが置かれているけれど、そこに一人の生徒が座っているのに気が付いた。
最初は遠目だったので、ただ休んでいるだけだろうと思っていたけれど。何処か不自然。
「あっ」
不自然、それは座っている彼女の制服だ。
リリアンの制服とは違っていた。
……学校見学かな?
夏休みに何日かの見学日があったはず、祐巳も去年夏休みに他校の見学に行っていた。
「あの、大丈夫?」
ベンチに座り込んだおかっぱ髪の生徒に話しかける。もしかすると、この暑さにやられて気分が悪くなったのかも知れない。
「えっ」
「……あっ」
一瞬記憶が定かでは無くなるが、直ぐに繋がった。相手は直ぐに分かったようだけれど。
「祐巳?!」
「乃梨子さん?」
それは一年前、ほんの少し話した事のある相手だった。
正直、名前を覚えているのさえ奇跡に近い相手。
「そう言えば祐巳はリリアンって言っていたよね」
少しずつ記憶が蘇ってくる。
「そう言えば、叔母さんに進められている私立があるとか言っていたね。アレってリリアンなんだ」
「祐巳こそ、別の学校を受験するとか言っていたじゃない」
「まぁ、その辺は色々あって止めたの。それよりも今日は学校見学?」
「うん、叔母さんにね。まぁ、色々世話になっている人のお願いだから来たんだけれど、一人でウロウロするのもなぁと思ってさ」
「叔母さんは?」
「急な仕事」
それは運が悪い……て、そうでもないのか。
「それじゃ、私が案内しようか?」
まっ、当然の流れ。これもマリアさまのお導きだろう。
「えっ?でも、祐巳は何か用事があって学校に来たんじゃないの」
「あ〜、私は昨日まで夏風邪ひいててさ、それでなまった体を動かすのと夏休みの勉強しに図書館に向かうつもりだけだったから、乃梨子さんの学校見学に付き合うのは問題ないよ」
体を動かすには丁度良い。
「風邪って大丈夫なの?」
「うん……もう平気。それでお嬢さん、案内人いりませんか?」
最後は少し芝居がかった口調。
「報酬は、ミルクホールのイチゴ牛乳で良いですよ」
「酷い!報酬取るの!?」
「お嬢さま、お嫌ですか?」
祐巳の少し芝居がかった様子に、乃梨子さんは少し呆れ顔で笑っている。
「……まっ、いいか。それじゃ、案内してください」
「では、こちらに」
流石にそこまでして祐巳も乃梨子さんも笑った。
……。
…………。
一時間くらいの後、乃梨子さんは冷房の効いたミルクホールでテーブルに突っ伏していた。
祐巳は約束通り、イチゴ牛乳を奢って貰っている。
「感想は?」
「異次元」
乃梨子さんの感想には凄い一言だった。
「い、異次元て……」
「異次元は異次元!まず、挨拶……普通にごきげんようが飛び交っているし、女ばっかりだし」
「女子校だもの」
「お御堂とかは……まぁ、カトリック系としてもさ。あの薔薇の館ってなに?」
「薔薇の館は、生徒会室だよ。乃梨子さんの学校にも生徒会室はない?」
「いや、あるけど……」
「それと同じだよ」
「いやいや!全然違うから、それに薔薇さまだっけ?生徒会長の呼び名」
乃梨子さんは何が違うというのか?
「うん、薔薇さま。正確には、紅薔薇さま、黄薔薇さま、白薔薇さまの御三方ね」
「だから、その呼び方そのものが異次元」
「異次元って酷いなぁ、ただの呼び方だよ」
「祐巳て変わっているよ」
「そ、そうかなぁ」
リリアンに通う生徒にとっては、薔薇の館は憧れの場所であっても変な場所ではない。
「それにしても薔薇さまなんて呼ばれる人たちって、凄いんでしょうね」
「そ、そうだね」
「なに?その困った言い方は」
顔に出たのか、乃梨子さんは祐巳の困った様子にすぐに気が付いた。
「……紅薔薇さまって、私の実の姉だったりするから」
今度は乃梨子さんの顔が固まった。
「ただいま」
「お帰り祐巳」
乃梨子さんと一緒にいたので図書館には行かずに家に戻ってきた祐巳は、家に予想外の相手を見つけた。
「お姉ちゃん、それに祥子さま?」
予定よりも数日も早い帰宅。
それ以上に、突然の祥子さまとの出会いにドキドキしている。
「……どうしたのこんなに早く?」
「早くって、風邪の妹を思って早めに帰って来たっていうのに」
お姉ちゃんは少し不機嫌そうになる。
「祐巳ちゃん、大丈夫なの?」
「えぇ、ご心配おかけしました」
祥子さまにまで心配をかけたようだ。
「そう良かった」
祥子さまはホッとした表情に、その表情を見て祐巳は更にドキドキする。
「祥子、アレ渡さなくていいの?」
「あぁ、そうでした。治ってしまったのなら関係ないかも知れないけれど。これお見舞い」
「わぁ」
それは美味しそうなケーキ類だった。
「フルーツ多めだから、ビタミン不足に良いかなと思って」
「ありがとうございます、祥子さま」
「それじゃ、皆で頂きましょう。祐巳、紅茶入れて」
「はーい……て、何で私?これって一応、私のお見舞いでしょう」
少しの疑問。
「いいじゃない」
「まぁ、良いけれど。パックしかないよ」
まぁ、本当に良いんだけれど。
「祥子さまも良いですか?オレンジ・ペコですけれど」
「えぇ」
祐巳は手早くカップ三つを用意して紅茶を入れる。
「祐巳、パックでもいいけれど、一回くらいダージリン買わない?」
「自分で買って」
祐巳はオレンジ・ペコの甘みが好きだ。
「どうぞ」
お茶を用意し、祥子さま持参のケーキを頂く。
ケーキはフルーツの甘みが美味しい。
「……」
「……?あ、あの〜」
何故か祥子さまにジッと見られていた。
「あぁ、ごめんなさい。祐巳ちゃんの食べ方が気持ちよくって」
「そうね、パクパクと音が聞こえてきそうだわ」
そ、そんな食べ方をしていただろうか?
祐巳は顔を真っ赤にして、小さく切ったケーキを一口入れるが余り味はしなかった。
「ふぅ」
口の中の甘さを紅茶で流し、ごちそうさまを言った。
「それにしても……祐巳ちゃんの風邪が長引いてなくって良かったわ」
「ふふふ」
「あの、お姉さま?」
どうしてか祥子さまの言葉に笑ったのは、お姉ちゃんだった。
「お姉ちゃん?」
「ごめんなさい、少し別荘での事を思い出したから」
と言いつつ、笑う姉。
「お姉さま!」
祥子さまを見ると顔が真っ赤だ。
「分かっているわよ……と、言う事でこの話はここまでね」
「えぇぇぇ、そんなのないよ!」
祐巳は文句の声を上げるが、お姉ちゃんはまだ苦笑しながらも話す気は無さそうだ。
その後、何度か祐巳がその話を振っても、お姉ちゃんは話してはくれなかった。
「それじゃ、月曜日に」
「はい、お姉さま」
来週からは山百合会の仕事が始まるらしい。
せっかくの夏休みだというのに、まぁ、関係ない祐巳としてはご苦労様ですとしか言えない。
「それで祐巳、貴女も来週から山百合会のお手伝いだから」
「はい?……なななな、なんで!?」
突然、お姉ちゃんに山百合会のお手伝いを言い渡される。
「何でって、どうせ暇でしょう?家にいてゴロゴロしているだけでしょう。部活もしていないんだし、手伝いなさい」
確かにそうだけれど。
「そ、そうだとしても!」
「手伝いなさい。これ上級生命令ね」
「なっ!?」
リリアン高等部は上下関係に厳しい。
勿論、理不尽な要求なら断る事も出来る。
だが、相手は実の姉。容赦はない。
「……朝は十時起き?それからテレビ見て、昼寝?間食してまたテレビ見ながらゴロゴロ?夕食後はテレビ見て寝るのかしら?……それで夏が終わる頃には痩せるどころか太ると?」
ニッと笑う実姉。
「……手伝わせていただきます」
……しくしく。
お姉ちゃんは勝ったとポーズをとり、祥子さまは笑っていた。
「何だか、祐巳ちゃんを妹にすると口うるさい姑が付いてきそうね」
「本当」
月曜日、実姉である紅薔薇さまと薔薇の館に顔を出したのだけれど、祐巳が来た理由を聞いて白薔薇さまも黄薔薇さまも呆れていた。
「ちょっと貴女たち、口五月蠅いって誰のことかしら?」
「紅薔薇さまに決まっているでしょう」
「……私はただ祐巳が家で暇を持てあましてゴロゴロしていると夏太りしそうだからと、姉心で連れ出しただけよ」
「姉心ね」
「どっちの姉なのかしらね」
薔薇さま方は楽しく雑談をしながら仕事を進めている。
祐巳は我関せずと……口を出すと墓穴を掘りそう……志摩子さんの横で書類の整理をしていた。
「でも、正直なところで祐巳ちゃんがまた来てくれて助かったわよね」
「そうね、これからが一年で一番忙しい時期だし。祐巳ちゃんなら仕事も一通り分かるだろうからこちらの手も患わされることもないしね」
確かに、高等部の行事の多くは二学期に集中しているので山百合会の仕事は増える時期ではあるだろうと、中等部の頃、生徒会に所属していた祐巳としては良く分かる話ではある。
「まずはお隣の花寺の学園祭よね」
「花寺?」
「そう、高等部ではお互いの生徒会が学園祭のお手伝いをする事になっているのよ」
「へぇ〜」
「そう言えば紅薔薇さまと祐巳ちゃんの下に弟さんがいたよね、花寺に通っている」
「えぇ、祐麒ね」
祐巳の一つ下だが、同じ学年の弟。
最近は何やら忙しくしていたりする。
「祐麒と言えば、夏休み前から、何だか忙しくしているわよね」
「そうだね、何をしているかは知らないけれど」
……?
楽しそうに話している中に浮かない顔をして黙っている祥子さまに気が付く。
「祥子さま?」
「えっ、なに、何かしら祐巳ちゃん」
「いえ、何だか浮かない顔をしていらしたので」
祐巳の指摘に驚いたのか、祥子さまは驚いた表情になる。
「驚いたわ、良く分かったわね」
「はい、何となく」
「そう……お姉さま」
「なに?」
「花寺の学園祭への同行は遠慮したいのですがよろしいでしょうか?」
「何か用事があるの?」
「えっ、えぇ」
祥子さまはすみませんと呟く。
「それなら仕方ないわね」
「あの、花寺の学園祭には蕾の方も行かれるのですか?」
「基本は薔薇さま三人ね。まぁ、お手伝いで蕾やその妹も同行するのが普通なのだけれど、重要性はないから用事があるのなら断るのも構わないわ」
「うちの妹も行かないから、それはそれで構わないよ」
令さまはココにはいない妹の由乃さんのことを話す。
「でも、令は行くのよね。志摩子も」
他の蕾二人は同行するようだ。
「私だけ一人?何だか寂しいわ」
「あ、あの、お姉さま」
用事があるとは言っても、祥子さまはお姉ちゃん一人で行かせる事には抵抗があるようだ。
「用事なら、仕方がないわ……でも……あぁ、ちょうど良いのがいたわ」
お姉ちゃんの視線が祐巳を捕らえる。
「祐巳、貴女暇でしょう付き合いなさい」
「なんで!?」
「貴女だって祐麒がどんな学園祭に参加しているか気になっているでしょう?一緒に行けば、きっと混むことなく悠々と見られるわよ」
いや、祐巳はお姉ちゃんほど祐麒の学園祭に興味はない。
もっと端的に言えば、どうでもいい。
「じゃ、それは決定ね」
「なんで!?私、ただのお手伝いだよ。基本的に山百合会に何の関係もない人間!」
何故かそこで沈黙が流れた。
「あ、あの!」
「祐巳ちゃんは貴重な人材なのだけれどなぁ」
「少し、勿体ないわよね」
「でもまぁ、祥子が正式に妹を作るまでの繋ぎだから」
「えっ?」
お姉ちゃん……紅薔薇さまの言葉に驚いたのは祥子さまだった。
「当然でしょう、祐巳はあくまでもお手伝い。ただでさえ白薔薇が一人少ない状態なのに、紅薔薇まで少ないままではこの後の学園祭や体育祭の準備が大変だから手伝わせているだけ。貴女が正式な妹を持てば、祐巳はお役ご免」
「お役ご免て……紅薔薇さまは実の妹を使い捨てにする気なんだ」
「酷いお姉さんね」
「……貴女達ねぇ」
苦笑いの紅薔薇さま。
「まったく、人聞きの悪い事を言わないでちょうだい」
困っているその姿が、笑いを誘った。
新学期が始まり。
祐巳は祥子さまの代わりとして紅薔薇さまお手伝いとして、花寺の学園祭へとやって来た。
参加者は、三人の薔薇さま。
三人の蕾。
そして、祐巳だった。
蕾が三人。そう祥子さまが来られているのだ。
「あの祥子さま、ご予定は大丈夫だったのでしょうか?」
「えぇ、それは大丈夫。それでは、行きましょうかお姉さま」
本来、来られなかったはずの祥子さまを先頭に花寺へと向かう。
「ほら、祐巳ちゃん急いで」
「は、はい」
先頭の祥子さまに呼ばれ、祐巳は祥子さまと先頭に立つ。
その後方、薔薇さま方は顔を付き合わせていた。
「紅薔薇さま、何かした?男嫌いの祥子が来ているなんて」
「そうそう、どうして用事があると言って、花寺の学園祭から逃げた祥子が来ているの?」
「……二人とも気が付いていたの?」
紅薔薇さまは、二人の薔薇さまを見る。
「一年半も付き合っていれば、何となく分かる事よ。それよりも、何をしたの?」
「何って、祐巳の事で、祥子が自分に妹が出来るまでお手伝いを頼むのかと聞いてきたから、それ以外にも祐巳がお姉さまを持った場合は直ぐに辞めて貰うし、そうでなくても一番忙しい学園祭が期限と言っただけ」
「うわ」
「流石は紅薔薇さま、黒いわ」
「ありがとう、ちなみに祐巳にもそろそろお姉さまを持ちなさいとも言ってあるのよ」
お姉ちゃん……紅薔薇さまはニコッと笑った。
「ほ、本気で黒い」
「真っ黒ね……でも、そうよね。祐巳ちゃんにもお姉さまを持って欲しいわよね」
「でも、正直なところ祐巳ちゃんにお姉さまは難しいんじゃないかな?」
「そうでもないわよ」
そう言ったのは黄薔薇さまだった。
「ねっ、志摩子」
「志摩子、何か知っているの?」
「写真部に蔦子さんているじゃない」
白薔薇さまは妹の志摩子さんを見るが答えたのは再び黄薔薇さまだった。
「あぁ……何時もカメラを持って校内を徘徊している」
「そう、その蔦子ちゃんが面白い物を撮っていたの。本人曰く、写真部のエースだそうだから、面目躍如と言って良い写真をね」
「相変わらず、そう言った事を何処から仕入れてくるのか。それでどんな写真?」
「写真はそうね今度本人に持ってこさせるとして、簡単に言えば一枚は祐巳ちゃんと祥子の写真かな余計なのが付いているけれど。もう一枚は……祐巳ちゃんとある生徒の写真。それで蔦子ちゃんは写真を公開する前に本人に了承を取るのをモットーにしているらしいのだけれど。それを祐巳ちゃんに夏休み前に相手の方に……祥子かもう一人の生徒に学園祭に使う事を許可して貰う事を頼むように、蔦子ちゃんは祐巳ちゃんにお願いしたみたいなの」
「それで」
「それで一度は祐巳ちゃんはOKしたらしいけれど、どうしてか突然しばらく保留にして欲しいと言い出したみたい」
「保留?」
「蔦子ちゃん的には、許可を貰うのは二枚の内どちらかで良いみたいだけれど」
「そんな話し、初めて聞いたわ」
「祐巳ちゃんもなかなかに難しい」
祥子さまに引っ張られていく祐巳をジッと見つめる三人の薔薇さま。
「その写真、是非見たいものね」
花寺の校門前。
向かえに出て来ていた花寺のメンツを見て、祥子さまは固まっていた。
その横では、祐巳と紅薔薇さまも固まっていた。
向かえに出てきた花寺側は五人。
その先頭に立つのは二人。
一人はまさに王子さまが似合いそうな、モデル系の背の高い生徒。
その横に立つのは、タヌキ顔の自分は場違いですのオーラを醸し出している生徒。
つまりは花寺の生徒会長さまと祐巳と紅薔薇さまの血の繋がった弟さんだ。
笑ってはいるものの姉二人から見れば、祐麒は、どう見ても姉二人に文句を百言っても収まらない顔をしている。
生徒会側の簡単な挨拶を受け花寺へと挑む。
「……」
「……」
花寺の生徒会室に流れる微妙な空気。
何故か祥子さまは祐巳の手を繋いだまま移動を続け。どうしてか花寺の生徒会長さんはソワソワして祥子さまの方を窺っているように見えた。
その二人の様子に薔薇さま方は勿論、花寺の生徒会の人たちも気が付いているようで狭間に置かれた祐巳の居心地はこの上なく悪かった。
「それでは皆さんこちらに」
そのまま祐麒に案内され、花寺のイベントに向かった。
審査委員は薔薇さま方のみなので、蕾は後ろで控え。更なるオマケである祐巳は舞台裏に居るつもりだったが、何故か祥子さまは祐巳の手を離さず。
祐巳は、祥子さまの横に立っている状態。
微妙な審査員席の空気など気にすることなく、花寺の女装コンテストは進行していく。
進行しているのは花寺の生徒会の人で、祐麒は祐巳達の横で飲み物の手配や生徒会長さんのサポートをしている。
正直、祐巳もそうだが紅薔薇さまであるお姉ちゃんの祐麒の姉二人は、弟の女装姿などと言う罰ゲームを受けなくてすんだ事に安堵していた。
白薔薇さまがここに来るまでの道すがら、冗談で祐麒は出場しないのかと聞いたのだが、姉二人はその瞬間背筋が寒くなって立ち止まった程だ。
とにかく、祐巳は祐麒の事はもう知らないと決めつけ。それ以上に、隣に起つ祥子さまの方に考えを集中させる。
祥子さまは未だに祐巳の手を握っている。
……祥子さまの手。
祥子さまの手が震えている。
男嫌い。
その言葉が、祐巳の頭の中を駆けめぐる。
「祥子さま」
掴まれた手を強く握り替えした。
「ゆ、祐巳ちゃん?」
「大丈夫です、私が側にいますから」
祐巳自身でも過剰な言い方だとは思うけれど、それ以上に祥子さまの支えに成れたらと思った。
「ありがとう」
祐巳の言葉が支えになったのかは分からないけれど、祥子さまはニコッと微笑む。
その笑顔を、まともに受けた祐巳の方が今度は落ち着かなくなった。
そんな祐巳を見ながら、祥子さまの表情が何か変わったように祐巳には見えた。
……?
それが何か祐巳には分からなかったが……それはイベントが終わった直後に起こった。
「優さん」
祥子さまが突然、花寺の生徒会長さんを名前で呼び止めた。
「お久しぶりです」
「さっちゃん」
しかも、突然の事に花寺の会長さんも驚いたのか、何とちゃん付けで呼び返した。
コレには花寺側も驚きに包まれる。
「祥子、説明出来るわね」
「はい、優さんは私の従兄で幼なじみに成ります」
その言葉に、お姉ちゃんの米神がヒクついたのが分かった。
「なぜ、今頃そんな話しをするのかしら?」
「せっかくだから、教えてあげなよ。さっちゃん」
何やら急に馴れ馴れしくなる花寺の生徒会長。
「それは……優さんが私の許嫁でもあるからです」
沈黙が流れる。
ただ、その中で祥子さまと手を繋いでいる祐巳は、祥子さまの握り返す力が強まった事にまだ何かあると感じていた。
「ですが、私は高等部に上がってからある事情で優さんから逃げていました。そして、ズッと言いたかったけれど言えなかった事を伝えたいと思ったのです」
「それは?」
祥子さまの次の言葉をまるで理解しているかのような花寺の生徒会長さん。
ある事情は二人だけ分かっているようだけれど、説明は無さそう。
「婚約を破棄したいの」
その言葉に、流石にざわめきが起こったが以外に花寺の生徒会長さんは平然としている様子。
よく見れば祐麒も何だか落ち着いている。
「お爺さまたちに説明がいるだろうけれど、うん、分かった」
正直、こんな場所でこんなに大勢の前で話す事ではないと思うのだけれど。
何故か二人はそのままごく自然に笑った。
祐巳の手を握っていた祥子さまの手が少しだけ緩んだ。
「申し訳ありません、私事で時間を取らせてしまって、後は楽しんでください」
あんな事の後なのに、花寺の生徒会長さんは先頭に立って微笑んでいる。何だか、先ほどまでの緊張感もない。
その横に、祐麒が着いたのは何だか変には思ったが、祐巳は力の抜けた。それでも繋いだままの手を見つめ、安堵してたのでそれ以上は気にする事もなかった。
何だか一大イベントの後なので、その後の祐麒のクラスの出し物なんかは何だか物足りなかった。
帰り。
予定にはなかったけれど、何故か全員揃って薔薇の館に戻ってきていた。
お茶と花寺からお土産で貰ったお菓子を用意して、皆で一息ついた。
祥子さまの事があって、日常というモノに戻りたかったのだろう。
お茶を飲み、他愛もない話しに興じた。
祥子さまの話は出ない。
祥子さまは優しい笑顔で紅茶に口をつけていた。
山百合会の仲間達が用意した優しい時間はゆっくりと過ぎていく。
祥子さまを思う優しい時間が流れていた。
ぽやぽやと十回目……長い。ごめんなさい。まとまらないで……。
お釈迦さまのスクールは買って呼んだけれど、花寺は軽く。ただ、読んだ人には、ここはアレか?と思われるようにしてみました。
クゥ〜