【3268】 静かなる胎動これが祐巳の……  (ex 2010-08-28 01:59:16)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:これ】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

--------------------------------------------------------------------------------



祐巳が小学校に上がって最初のゴールデンウィーク。
清子は祐巳と祥子を伴い、祐巳の両親の見舞いに病院を訪れていた。

みきと祐一郎の様子に変化は無い。
すでに事故から半年の日々が過ぎていた。
あいかわらず、答えることのない両親のそばで、祐巳が話しかけている。

「おかぁさん、あのね、いま、おかあさまとおねえさまに魔法をおそわっているの。
 それでね、おねえさまはすごいんだよ。
 なんでも、すぐできちゃうの。
 おねえさまがゆみにもおしえてくれるから、ゆみもがんばってれんしゅうしてるの・・・」

静かに話し続ける祐巳と、そばについている祥子を残して、清子は医師の元へ向かう。
この病院には通常の医師と、魔法障害を癒す魔術医師が常勤している。

清子の問う内容は、みきと祐一郎の回復の見込みと回復方法について。
そして・・・いつまで現在の状況を保ち生命を長らえることができるか、ということであった。

医師の回答は、半年間の経過から身体の異常は見えないこと、
栄養補給を続けている限り、現況を保てること、ということであった。
つまり、通常医療の範疇では回復はできないが現状維持、ということである。
そして、魔術医師の回答は、脳に魔障の跡がみられること、そこから微量ながら魔力の流動・増減が見られること、であった。

「それは、どういうことですか?」と、清子は問う。

魔術医師はそれに、
「私たちではそこまでしかわからないのです。
 これ以上の分析や回復方法を探れるとしたら・・・松平先生しかいないでしょう」、と答える。

東京近県の霊山の中腹にある「丘の上の松平病院」の院長、松平医師は小笠原家の遠縁にあたり国内魔術医師の重鎮として様々な魔障の治癒にあたっている人物である。

(もう、松平先生しかすがる人は居ないのかもしれない)
清子は松平病院へ祐巳の両親を転院させる決意をした。
これまでも、何度か転院は考えた。
しかし、松平病院は遠く、なにかあったときにすぐに駆けつけることができないので、転院をためらっていたのだ。

清子が、祐巳と祥子を迎えに、みき達の病室に戻ると、
祥子にしがみついてすすり泣く祐巳と、祐巳を抱きしめて涙をこらえている祥子の姿があった。

「いつまで・・・・いつまでおかぁさんは寝ているの。
 たすけて・・・・たすけて、おねえさま・・・・ううっ・・・」
半年間、病院に来るたびに両親に語りかけていた祐巳。
これまでも、歯を食いしばって悲しみに耐え、語りかけることで両親との絆を保とうとしていた祐巳。

(もう・・・限界・・・おかあさま・・・)
祐巳の震える肩を抱きしめていた祥子が訴えかけるような眼で清子を見る。
祐巳に見せまいとしていた涙が祥子の瞳からこぼれおちた。



祐巳の両親は、松平医師の診察を受けることになった。
祐巳は両親から離れてしまうことに不安を訴えたが、両親の回復のためには転院をする必要があること、極力お見舞いに行けるよう取り計らうことで、落ち着かせた。

数日後、松平医師から清子に連絡が入る。
祐巳の両親の脳内に魔障があり、この魔障はなんらかの原因で魔界につながっていること。
おそらく、魔界に存在する祐巳の両親を襲った魔物に精神が侵され続けていること。
つまり、その魔物が消滅しない限り、回復の見込みがない、というものであった。

(そんな無茶な・・・)
清子は思う。
現世と魔界をつなぐゲートを作り、人間を送り込み目指す魔物を倒す、または
魔物を現世におびきよせて倒す。
そのようなことができない限り、祐巳両親を救うことはできないのだ。
しかも、目当ての魔物に出会える可能性は極めて低いと言わざるを得ない。

(それでも、祐巳ちゃんのために・・・・わたしはやるんでしょうね)
清子の絶望的な挑戦がはじまる。



小笠原魔法魔術研究所の事故から10年、いっきに魔法研究が進んでいた。
小笠原家とその協力組織の手によって、全国から優秀な人材を研究所に集中させた。
そして、その人材の子女を幼いうちからリリアンに通わせることで、リリアンのレベルも格段に上がっている。
その影には、清子の粉骨砕身の努力が欠かせないものであった。

小笠原魔法魔術研究所に設置された異空間をつなぐゲートの操作装置もその力を十分に発揮していた。

もともと、現世と魔界をつなぐ異空間は、自然発生的に現世が”揺れる”ことで、発現することがある。
その発生の仕組みは謎のままであるが、異空間が現れると、魔界から現世に魔物が現れる。

自然発生的な異空間は、通常はわずかな裂け目であり、現れる魔物のレベルも低い。
所詮、ザコ、と呼ばれる魔物であるが、魔力や武道に通じた人間でなければ撃退することは難しい。

D級程度の魔物であれば、銃や刀でも撃退することが出来る。
スライムや、餓鬼、ゾンビ、ワードッグなどがこのクラスに分けられる。

しかし、C級の魔物になればただの銃や刀での撃退はまず不可能。
そのクラスの魔物には魔法使いや魔術騎士でないと歯が立たない。
オーガ、コカトリス、バジリスクなど大型のものも多い。

そして、たまに、歴史に名を残すような魔物が現れることもある。
ティフォンやフレスベルクなど、異能を身につけた魔物たち。
このような高位の魔物は、めったなことでは現世に現れることはない。

自然発生の異空間ゲートでは、その出入り口が小さいため、C級以下の魔物だけしか出入りが出来ないのではないかと推測されている。

小笠原魔法魔術研究所に設置された人工的に異空間をつなぐゲートは、自然発生的に出現したゲートの大きさを自由に調整し、遮断する操作ができるものであった。
人間側が十分に準備を行い、いびつな形に裂けた異空間ゲートの形状を整え、魔界から出現した魔物を捕獲。
魔物の生態、能力、長所、弱点などを徹底的に研究し、その対策を立てる。
魔物を系統付ける「悪魔・魔物辞典」が編纂され、「デビルアナライズシステム」の構築も完成。

小笠原研究所やリリアン関係の魔法使い、魔術騎士であれば、一人で十分にC級クラスの魔物にも対応できるまでに研究が進んでいた。



祥子は、祐巳を伴い、薔薇の館のギシギシときしむ階段を上がっていた。

「祐巳、薔薇様方にあっても、がっかりしないでね?」
「へっ?」
祐巳が不思議そうな顔をする。
「薔薇様って言ったら、全校生徒の憧れで、立派な方ばかり、と思っていたのですが・・・」
「確かにね・・・」
祥子が苦笑する。
「立派で尊敬できる方たちなのだけど・・・・なんていうか・・・、まぁ説明するより会ったほうが早いわ」

階段を上がりきり、ビスケットのようなドアを開け、祥子が会議室の中に入った。
「ごきげんよう、お姉さま方」

「「ごきげんよう」」
「ごきげんよう、祥子」
祥子に挨拶を返す女生徒が3人。

「ん?おや〜?」

祥子の後ろから、ゆっくりと現れた少女を見て、三人から声が漏れる。

「これはこれは」
「さすが祥子、早いわね」、にっこりと中央のボブカットの女生徒が微笑んだ。

「ごきげんよう、薔薇様方」、勢い良く頭を下げる新入生に3人の目が釘付けになる。

「ん〜〜〜かわいい!」
「祥子にしては上出来!お持ち帰りしてよい?」
ヘアバンドの生徒と、彫刻のような顔をした生徒から声がかかる。

「なに馬鹿なこと言ってるんですか!」
いきなり祥子が雷を落とす。

「お〜こわ。祥子のヒステリー。後ろの子、怯えてない?」

「ちょっと、だまりなさい」
ボブカットの生徒が軽口を叩く2人をたしなめる。

「さぁ、お姉さま方にご挨拶なさい」
祥子に促されて祐巳は祥子の隣に並んだ。
「はい、一年桃組35番、福沢祐巳です。よろしくお願いいたします。」
「この度、私、小笠原祥子と福沢祐巳はロザリオの授受を行い、正式に姉妹になりました。
新米姉妹ですので皆さまの指導をよろしくお願いいたします」

「お、今年の総代の子だね?」
「あら、その子なら外部入学だ、って聞いたわよ。どこで知り合ったの?」
口々に疑問の声が上がる。

祥子は、祐巳に微笑みかけながら、
「この子は、わたくしの妹。自慢の妹です」
そう、堂々と告げる祥子の口調は、本当に嬉しそうだった。



「私は、3年、水野蓉子、ロサ・キネンシスを勤めているわ。祥子の姉よ」
「私は、鳥居江利子。ロサ・フェティダです、よろしくね祐巳ちゃん」
「私は、佐藤聖。砂糖の精で〜す」
「いいかげんにしなさい!」蓉子と江利子からダブル突っ込みがはいる。
「あはは、ロサ・ギガンティアだよ、よろしくね」



薔薇の館では、それぞれの自己紹介も終わり、お茶会が始まっていた。

「ところで、3時30分ね」時計を見ながら、江利子がつぶやく。
「そういえば、令はどうしたんですの?」
「令はね〜」にやり、と笑いながら祥子に顔を向ける江利子。

「3時前には家に帰ったわ。なんでも用事があるとか。うふふ」
「由乃ちゃんが今朝から熱を出して、入学式を欠席したのよ。心臓手術後の経過も良くて入学式を楽しみにしていたようなのだけど」
「きっと、興奮して熱を出したんでしょうね」

先ほどから名前が出ている由乃は、ロサ・フェティダ・アン・ブゥトンの支倉令の従妹で、中学時代から三薔薇様とは面識があるらしい。

「たぶん今頃はもう・・・」と、江利子が嬉しそうに笑う。
「どっちが早かったのかしらね?」

チラ、っと蓉子が江利子を見る。
(これは、絶対、「令はすぐにでも妹を作るでしょうけど、祥子はどうかしらね?絶対令のほうが先に妹が出来るわよ、アッハハー」なんて言って祥子を挑発したのね)

「わたくしのほうが、先に妹を薔薇の館に連れてきたではありませんか!」
「あら、『先に妹が出来るのは』、って言ったわよ?もう忘れたのかしら〜?」

「ま、同時ってことになるんじゃないの?明日にならないと令から結果は聞けないしね」

「それにしても、祥子、どこで祐巳ちゃんと知り合ったの?外部入学の子にあなたの知り合いが居たとは聞いてないのだけれど」
「それは・・・」少し、祥子が言いよどむ。

祐巳が祥子の手を握った。それに元気付けられ祥子が告げる。

「祐巳は、幼い頃から一緒に育ちました。この3年間、事情があって離れて暮らしていましたが、やっと私の元に返ってきてくれたのです」

「その『事情』、って話せないことなの?」

「今はまだ・・・」少し不安そうな顔をする祥子。

「もう、大丈夫ですよ」祐巳が祥子に向かい、安心させるように微笑みかける。

「私は平気です。なにがあっても今の気持ちは変わりません」
祐巳の強い言葉に祥子は頷く。

「でも」と、祥子。
「少し重い話になりますので、このことは次回にいたしませんか?まだ入学式を終えたばかりですし」
その言葉に蓉子がうなずく。
「ん、そうね。興味はあるけど、そのうち話してくれるのならいいわ。たしかにまだ会ったばかりですものね」



「リリアンの高等部では、生徒会を『山百合会』として3人の薔薇様が生徒会長をしているの。その妹がブゥトンとしてアシスタントをしているわ」

「山百合会、は『マリア様のこころ』からつけられたの。祐巳も知っているでしょう?」
「はい、マリア様の心を、青空、樫の木、うぐいす、山百合、サファイアに喩えているんですよね?
でも、どうして『山百合』なんですか?」
祐巳が不思議そうに尋ねる。

「だって、ねぇ?」
「青空会、だと老人クラブみたいだし。
 樫の木会だと、木の人形が動きだしそうじゃない?
 うぐいす会だと、カラオケクラブみたいだし、
 サファイア会、でもいいけどお金持ちクラブみたいで嫌だわ」

「それで『山百合会』ですかぁ」
納得した顔で祐巳が頷く・・・っと、とたんに
「プッ!」と噴き出す江利子と聖。

「冗談よ」
「いい!祐巳ちゃんいい!あはは」
「こりゃ、天然でいい子が入ったわ。楽しくなりそうね」

もう・・・と、からかわれたことが恥ずかしかったのか祐巳が真っ赤になった。
でも、その場の明るい雰囲気に、どうせなら、ともう一つ疑問を口にする。

「えっと、それで、どうして皆様は「薔薇様」なんですか?
 赤、白、黄色、ってチューリップみたいなんですが」

「ふむ、チューリップか・・・、なんでだろう?紅チューリップ様」
「知らないわよ、白チューリップ様」
「・・・・・・・・ぷっ・・くくっ・・・・・・・」
「だ・・・だめ。もうおなか痛い」
目尻に涙までためて笑い出した江利子。

「まぁ、そんな冗談はさておき、私たちが薔薇様、って呼ばれるのはね、薔薇を背負っているからだよ」
「えっ?薔薇を背負う?」
聖が、何を言い出すのか理解できない祐巳。

「そう、こんなふうにね」
パチン、と聖が指をはじく。
とたんに、蓉子、江利子、聖の3人の後ろにそれぞれの色の薔薇が咲き乱れた。

「わぅ!」思わず感嘆の声を上げる祐巳。
なんなんだこれは。
まるで少女漫画だ。
(それにしても・・・今、魔力もなにも感じなかった。幻覚?まだ私の知らない力があるの?)
祐巳は驚愕する。

「どう?驚いたでしょう?」 ニカッ、と笑う聖。
おもわず、ブン、ブンと頭を振る祐巳。
「すごい!それにとても綺麗!!」
再度、パチン、と聖が指をはじくと薔薇は一瞬にしてかき消えた。

「今のは、魔力でもなんでもないのよ」
「そ、今のは単なるトリック。聖は稀代のペテン師でトリック・スターなのよ」
「いつタネを仕込んでいるのかわからないとこが不思議なんだけどね」

「なんか、ひどい言われようね。子羊ちゃん達には好評なのに」
と、ぼやく聖を無視して蓉子が祐巳に答える。

「私たちが『薔薇様』と呼ばれるのはね、これを持っているからよ」
チャリッと、胸元からメタリック・レッドに輝くロザリオを取り出す蓉子。
クロス部分には紅薔薇の紋章が浮かび上がっている。

「これは『薔薇十字』。妖精王に認められたものだけが持つことを認められたもの。
 ふつうの姉妹の契りに使われるロザリオとは違って、妹だからと言って譲り渡すことができないもの。
 いまここには、4本の薔薇十字があるわ」

「え?それじゃぁ?」
祥子を振り仰ぐ祐巳。
「えぇ、わたしも持っているわ」
祥子は、手首にブレスレットのように巻いていた薔薇十字を祐巳に見せる。

「ロサ・キネンシスの薔薇十字とは少しデザインが違うでしょう?」
「じゃぁ、お姉さまも薔薇様って呼ばれているんですか?」
「いいえ、薔薇様と呼ばれるには、薔薇十字を持ったうえで生徒投票で当選しなければならないの。
わたしはまだ選挙に出ていないから、ブゥトンのままよ」

「でも、すごいことだよ。ブゥトンで薔薇十字を手にすることができるものなんてめったにないのに。
それが、今年は二人もいるんだからね。」
「じゃぁ、もう一人の方も」
「そう、令はこれと同じ色」、と江利子が金色に輝く薔薇十字を見せる。
「令は、黄薔薇の薔薇十字を持っているわ」

「山百合会には、今、紅2本、黄2本、白1本の計5本の所有者がいるの。
祐巳ちゃんも、薔薇十字を持てるといいね」

「そんなぁ、わたしなんて」
「大丈夫、祐巳なら必ず薔薇十字を授かることができるわ」
「そうそう、祐巳ちゃんみたいにかわいい子なら妖精王もころっとまいっちゃうね。あ、お妃は怖いけどね」
にっこりと励ます祥子と、本気かどうかわからない声援を送る聖。

「薔薇十字は全世界で10本あるといわれているわ」
「10本もあるんですか?」
「えぇ、もともとこの学園の設立時には、3本の薔薇十字があったそうよ。
それが、7年前から徐々に増えて、今では10本すべてがリリアンに揃っているの。小笠原清子さま、祥子のおかあさまの力で全世界から集められたそうよ。」

「そしてもうひとつ・・・」
急に、凛とした声であたりを静める蓉子。

「よく見ておきなさい、祐巳ちゃん。これが本当の薔薇十字の姿」

蓉子の手にした薔薇十字が一瞬、きらりと輝き・・・
そこに顕現するは、全てが白銀に輝く優美なラインに真紅の薔薇が映える可憐なひと振りの剣。

「これが紅薔薇最高位の剣、『インヴィンシブル』。『無敵なるもの』よ」
真剣な瞳で祐巳を見つめる蓉子は、凄惨なまでに美しかった。


一つ戻る   一つ進む