【3274】 夢の実現に注がれる力1000%  (ex 2010-09-02 22:22:29)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:これ】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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〜第2部スタート〜


「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
 けがれをしらない心身を包むのは深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
 もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
 私立リリアン女学園。
 明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統ある魔法・魔術学園である。

 東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。
 時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ日本中で、いや世界各地で活躍する魔法使いや魔術騎士が巣立っていく貴重な学園である。


☆★☆ 4月11日(月曜日) ☆★☆

リリアン女学園の入学式の翌日、ロサ・ギガンティア、佐藤聖は、早朝の学園を散策していた。
「ごきげんよう、聖さん」
「ごきげんよう、ロサ・ギガンティア」
 二人連れの生徒が、足早に聖を追い越してゆく。
 おそらく、新3年生、新2年生のスールだろう。
「ごきげんよう、これから朝練?」
 聖も、気軽に返す。
「ええ」
「そ、がんばってね」

(新学期の早朝とはいえ、クラブ活動してる子もいるんだねぇ)
 気まぐれな聖は、たまに早起きをした日に学園内を散策することがあった。
 普段と違うことをすれば、何か面白いことが起きるかもしれない。
 ・・・・・・など、あまり期待もしないでふらふらと歩いていた。

 なにせ、昨日はあの小笠原祥子がプティスールを連れて薔薇の館に来たのだ。
 祥子といえば、名門小笠原家の一人娘にして、紅薔薇のつぼみ。
 ふつうの子羊ちゃんでは、恐れ多くてスールになることをしり込みするだろう、というのが江利子と聖の推論だった。

(蓉子だけは、祥子を信用してたみたいだけどね。その自信、どっからきてたのかなぁ?)
(・・・・・・まさか、エスパー?予知能力者なのか?)

 蓉子との付き合いは、蓉子が中学に編入してきたときからだからもう5年になる。
 蓉子は、武門の名家、水野家の一人娘であり、中学時代からその覇気はクラスでも抜きん出ていた。
 誠実、実直、いわゆる優等生であり、多分におせっかい。

 蓉子の父親は東海地方出身の高名な剣豪であり、その名声を買われ小笠原研究所の剣士部門の総括責任者として5年前に迎え入れられた。
 水野家は一家で東京に引っ越し、一人娘である蓉子は、トップの成績でリリアン中等部に編入してきた。

(あの剣技の冴え、それって予知能力も込みってことか?いや、いくらなんでも予知能力なんて空想の世界だよな)

 なにせ、5年たった今でも、蓉子の力の底が見えないのだ。
 絶対不敗の真紅の薔薇剣士。
 リリアン入学以前から元々の才能を日々の鍛錬で磨き抜き、努力をもって手に入れた最強。

(ま、味方にしておいてこれほど頼れる存在も無いか。なにせ『無敵』だからな)

 ぼんやりと蓉子のことを考え自問自答しながら講堂の裏手にいちょうに囲まれてたった一本だけ桜が咲いている場所まで来る。

(一本だけの桜・・・か)
 手首に巻きつけたロザリオをぼんやりと見ながら、卒業されたお姉さまのことを思い出していた。
(結局、妹を紹介できませんでしたね。すみませんでした)

 ・・・と、かすかな足音がして、ふわふわの巻き毛の少女が歩いてきた。
 さ〜っと風が吹き、まるで・・・まるで後光のように朝日を受けた髪が広がる。
「あなた・・・」
 まるで、天使のようだ、と思った。
「・・・失礼いたしました」
 一瞬、静止していた少女は、一声かけたとたん、お辞儀をして走り去ってしまった。



 新学期、最初のホームルーム。
 祐巳のいる一年桃組では、自己紹介がはじまっていた。
 と、いっても大概の生徒が自分の氏名だけを紹介し、お辞儀をして終わる。

 基本的にリリアンは持ち上がりの生徒が多い。
 そのため、高校1年ともなると、たいていのクラスメイトは小学1年から中学3年までのどこかで一緒になっていることが多かった。そのため自己紹介に力が入らない。

 ただし、中等部からの編入や、高等部からの編入の生徒も僅かながら居る。
 このような生徒は、たいていが小笠原研究所がらみ、ということが多く、成績優秀者ばかり。

 そもそも、リリアンの編入試験は都下で一番難関であるとされていた。
 もともとが都下ナンバー1の魔法・魔術学院であるため、幼稚舎や小等部から入学する生粋のリリアンっ娘も、それぞれが優秀な魔法使いや魔術騎士の子女が多かった。

 クラスの中で、高校編入組である祐巳の注目度は高かった。
 今年の総代。
 それだけでも注目されるのに、昨日紅薔薇のつぼみと手をつないでいた、という噂が既に一部で囁かれていたからだ。

「初めまして、 福沢祐巳です。リリアンは、小等部6年まで在籍していました。しばらく離れていたため、驚くことがたくさんありますが、頑張って慣れていこうと思っています。これから、よろしくお願いします」

 勢い良く、90度に頭を下げてから顔をあげると、クラス中から温かい眼差しで迎えられた。
 それに頬を緩ませた祐巳に、担任の渥美先生から声がかかる。
 外部入学なので気を使ってくれたのだろう。

「福沢さん、頑張ってお励みなさいね」

 クラス内でパチパチ、と拍手が起こる。基本的に優しい子羊ばかりなのだ。
 祐巳は、再度90度にお辞儀をし、照れたように笑った。



 お昼休み、昼食のためミルクホールに向かおうとした祐巳にクラスメイト数人から声がかかる。
「祐巳さん、わたしたちもミルクホールに行きますの。ご一緒しませんか?」
「わたくしたち、祐巳さんとお近づきになりたいの」

「うん!ありがとう。知り合いがいないんで寂しかったところなの。よろしくお願いします」
 と、答えて立ち上がろうとする祐巳の視線に、一人きりでお弁当を広げようとしている生徒が目にはいった。
 ふわふわとした髪で、横顔だけでも美少女であることが伺える。

「ねえ、彼女は?」
「ああ、志摩子さん?」
「志摩子さん?」
「ええ。藤堂志摩子さん。彼女がどうしたの。って、聞くまでもないかしら」

 祐巳の表情を見て、クラスメイトたちは苦笑を浮かべた。
「彼女、浮いているのよ」
「ちょっと、近づきがたい雰囲気があるのよね」
 その答えを聞いた瞬間、祐巳は志摩子のもとへ近づいていた。

「えへへ、良いかな?」
 えっ?という表情で祐巳を見上げる志摩子。

「一緒にお昼ご飯食べよう。一人は寂しいから」
「え・・・でも」
「ね、一緒に食べよう?一人で食べても美味しいかもしれないけど、みんなと食べたほうがもっと美味しいよ!」

 そう信じて疑わない、といった祐巳の表情。
 祐巳は知っていた。
 清子や祥子と別れたあと、修行の合間にたった一人で食べていたときの味気ない食事を。

 独りで食べる食事に、味なんてない。
 誰かと食べた料理は、とても美味しいものだ。

「・・・私が一緒で迷惑じゃない?」
「迷惑なわけないよ!だから、一緒に食べよう?」

 恐る恐る問いかけてきた志摩子に、祐巳は輝くほどに眩しい笑顔で頷いた。
 そんな祐巳に目を細め、志摩子も嬉しそうな笑顔を返した。

「ありがとう、祐巳さん」
「いいの。こっちだよ」
 祐巳は、2人のやり取りを見守ってくれていたクラスメイトたちの中に、志摩子を引っ張っていく。

「さぁ、ミルクホールへ出発〜!って、みなさんご案内をお願いします。」
 号令をかけた後、「あっ」、という表情を浮かべ、ぺこりと頭を下げる祐巳。
 先頭を切るのか後ろからついていくのか、わけのわからない号令をかける祐巳に、志摩子を始めクラスメイトたちは顔を見合わせて笑いあうのだった。



 リリアンの時間割は、午前中に一般教養である数学、国語、英語、社会系、理科系を終わらせ、午後には専門の教室や道場での実技指導が行われることになっている。

 実技指導は、剣術部門、弓道部門、格闘技部門、魔術部門の4つに分けられ、選択科目となっている。

 魔術部門だけは、個人面談と担任教師の推薦状により特に選ばれた生徒だけが受けられる攻撃魔法部門が存在し、実質5つに振り分けられる。
 なお、1年生の1学期には攻撃魔法部門はなく、2学期になってから選抜された生徒だけが在籍し、エリート教室として羨望を集めている。

 剣術部門は、両手剣、片手剣、大刀、2刀、短剣、なぎなた、棍棒、木刀、などを使用する。使用する武具の種類は多いが合同訓練であり、『武道場』での授業となる。

 弓道部門は、アーチェリー、弓、弩を基本とする。基本的に『弓道場』で活動が行われる。

 格闘技部門は、柔術、空手、小林拳、サンボ、など世界各地の体術がある。素手の格闘だけでなく、ナイフ、ヌンチャクなどの武器もあり、一部剣術部門と授業内容は重複する。基本的に『闘武場』での授業である。

 魔術部門はもっとも生徒が多く、専用道場が必要ないため、各クラスに魔法障壁を設けて授業が行われる。

 攻撃魔法部門は、校舎の地下に設けられており、徹底的なセキュリティ管理がされている。



 午後の時間割開始前、祐巳は志摩子と共に、剣術部門の武道場に向かっていた。

「祐巳さんは、剣術の心得があるの?」
「小学生の頃に半年ほど有馬道場に通っていたんだよ」
「あら、半年だけ?」
「うん。志摩子さんは?」
「わたしは、実家で父や兄に剣の修行を施していただいたの・・・
 うちの実家は、お寺なの。おかしいでしょ?リリアンにお寺の娘で、しかも剣術をしてるなんて」
「う〜ん、それを言ったら、わたしなんて巫女だしね〜。いいんじゃないの?」
「祐巳さんって巫女だったの?!」
「うん、山梨で3年ほど巫女の修行をしてたの」
「それで、外部入学なのね」
「えへへ、まぁ、そういうこと。あ、あれが武道場だね」

 武道場を見上げる祐巳と志摩子。
「すごい立派な武道場だね!」
「結界と魔法障壁が2重に張り巡らされているそうよ。覇気での攻撃を得意とする生徒も多いから、普通の建物ではすぐ壊れてしまうわ」
「なるほどね〜」

 リリアン高等部には従前からの武道場のほか、この新武道場の2つの武道場がある。
 新武道場は、祐巳が小学6年生のときに完成したもので、もちろん小笠原家の財力の支援の賜物である。
 余談であるが、リリアン中等部にも、高等部よりは規模が小さいものの、剣道場、弓道場、道場(格闘用)の各道場がそろっている。

 祐巳と志摩子が武道場の扉から中に入ると、正面右の天井近くの壁に水野蓉子の写真が飾られていた。
「あ、ロサ・キネンシス」
「ええ、各道場の壁には、現在その道場の最強の使い手が飾られているわ。
 剣術のトップは水野蓉子様、弓道場は鳥居江利子様、闘技場は佐藤聖様、攻撃魔法は小笠原祥子様がそれぞれ飾られているそうよ」
「祥子様、すごいんだねぇ。一人だけ2年生だ」
「そうね」

 祐巳と志摩子が雑談をしていると、予鈴が鳴り響いた。
「さ、整列しましょう」
 武道場に、各クラスから剣術を専攻した38名の新入生が並んだ。



 リリアン高等部の戦闘訓練は、1対1の訓練だけではなく、1対多、多対多、など、より実戦に即して行われる。
 実際の戦闘では、剣士、アーチャー、武闘家、魔術師などがチームを組み、複数の魔物との戦闘がおこなわれるのが通常だからである。
 一年生の間は、同種の専攻科目内での多対多の訓練が中心となり、異種科目の生徒との共同訓練は2年生時から行われることになっている。

 1年生1学期時の剣術部門は4人でチームを組み、多対多の訓練が中心となる。
 今回、1年剣術部門の教官である山村先生は、前に並んだ38名の生徒を4人ずつのチームを指名することになる。

 山村教官は最初に、4名×9チームの36名をAチームからIチームまで指名した。
 そして、残った2名の名前を読み上げる。
 「藤堂志摩子!」
 「はい!」
 「Jチーム。福沢祐巳!」
 「はい!」
 「Jチーム。以上2名は、2名1チームとする!」

 とたんに、武道場に静かな緊張が走る。
 さすがに武道場の中ではひそひそ声すら発せられないものの、不審気な雰囲気が覆う。
 (なぜ、この2人だけ人数が少ないの?)
 38名の視線が山村教官に向かう。
 チームの指名を終えた山村教官が、にこっと笑って一同を見渡した。
 「中等部主席だった藤堂志摩子、それに1年総代の福沢祐巳、この2人のチーム、・・・いやペアか、これを残り9チームで潰してみせなさい。それができたらチームの再編成を行う!」

 思わず、山村教官を睨み、次いで横の祐巳を見る志摩子。
 その視線を感じたのか、志摩子を微笑んで見返す祐巳。
「パートナー、よろしくね。がんばろ〜」
 まるで何も心配していないかのような祐巳に、
「はい、お願いします」 としか志摩子は言えなかった。



 まさに、圧倒。

 AチームvsBチーム、CチームvsDチーム、と5つの模擬戦闘が武道場で始まった。
 1年生とはいえ、そこはリリアンの生徒。
 どの生徒も、一癖も二癖もある使い手である。
 激烈なチーム戦が繰り広げられる中、IチームvsJチームの戦闘だけがあっけなく終わっていた。

 開始の合図とともに、正面の相手に突っ込んだ志摩子は気合と共に、模擬剣を斜めに切り上げる。
 正面の生徒はそれで手にしていた木刀を跳ね飛ばされ、続いて振り下ろされた模擬剣にショルダーパットを叩かれ蹲る。
 しかし志摩子はそれに気を緩めることもなく、振り向きながら模擬剣をまっすぐに突き出した。
 すぐ側で構えていた相手が、胸元に切っ先をもぐりこまされて悲鳴をあげる。
 ・・・その間わずかに2秒。

「なんだ、割とやるね〜。志摩子さん」
 のんきな声が聞こえる。志摩子は対戦相手の闘気がなくなったのを確認して、声の主に目を向けた。
 そして彼女は息を飲んだ。
 祐巳の横に2人の生徒が転がっている、というか祐巳に膝枕をされている。
「いや、倒れて頭を打ったらかわいそうだからね」
 打撃音も聞こえなかったのに、先ほどの一瞬で2人の生徒を気絶させていた祐巳。

「祐巳さん、何をしたの?」
「ん?うん、ちょっと覇気を送り込んだだけ。それより志摩子さん、これくらいの人数なら・・・」
 と、周囲で戦い続ける32人の生徒を見る。
「あなた一人で十分じゃない?」
「まさか」

 しかし目の前の、呼吸一つ乱していない少女なら、一人でそれくらい軽くこなしそうだ、と、なぜか確信を持つ志摩子だった。



 祐巳は、午後の剣術模擬訓練を終えたあと、帰りのホームルームと掃除を終え、薔薇の館に向かっていた。

 すると、目の前に虚ろ気な表情でゆっくり歩く聖を見かけた。

「ごきげんよう、ロサ・ギガンティア」
「ん?祐巳ちゃんか、ごきげんよう」
「あれ〜?何か考え事ですか?」

 とたんに、雰囲気を変える聖。
 ニカッ、と笑って、ばっ、と祐巳の横から祐巳の肩と、頭を抱きしめる。
 身長差があるので、小動物を襲う狼のようだ。

「ん〜〜、おねえさん、ちょっとセンチになってるの、慰めてほしいなぁ」
 ウリウリ、と、祐巳の頭に頬を擦りつける。

「ロサ・ギガンティア!!」 後ろから冷気の刃のような声がかかる。

「うちの妹であそばないでくださいますか!」 祥子である。

 腕の力が抜けた瞬間、パッと祐巳が聖の腕を抜け、祥子の背後に隠れる。

「祐巳も油断しないの! 聖様には気をつけなさい!」

 理不尽だ・・・。祐巳は世の無情を嘆いた。

「祐巳ちゃんが、かわいいからだよ〜ん。ほら二人とも、早く薔薇の館に行かないと面白いもの、見損ねるかもよ」
 聖は呆然と見つめる二人をあとにして、さっさと薔薇の館に駆けていった。
 ・・・この人の思考回路はどうなっているんだろう。ロサ・ギガンティア、気を抜けない人である。

 (それにしても、いま、回避できなかった・・・これもトリック?)
 祐巳は『トリック・スター』と言われる聖の動きに大いに興味を持った。
 でも、
「ごきげんよう、お姉さま」 とりあえず、本日最初のご挨拶。

「ごきげんよう、祐巳」 
 いきなり、祐巳の両肩を両腕でつかみ、ぐっと引き寄せる祥子。つまり、強制抱擁。

(え・・・・えええええぇぇぇ)

「お、お姉さま?」
「ふんっ、聖様の匂い、完全に消さないと気が治まらないわ」
 いやはや、清子さまだけではなく、祥子さまもパワーアップしていらっしゃるようです。



「お姉さま、今のロサ・ギガンティアの動き・・・」
 祐巳が祥子を振り仰いで見る。
「あぁ、あの方はね。『疾風』よ」
「『疾風』ですか?」
「ええ、今のリリアンでロサ・キネンシスに直接戦闘で勝てる可能性があるとしたら、あの方だけね」

 もちろん、お姉さま(ロサ・キネンシス=水野蓉子)が負けるなんて考えられないけどね、と祥子が誇らしげに笑う。

「ロサ・キネンシスのこと、信頼してるんですね。」
「もちろんよ。祐巳の次に信頼しているわ」
「あら、私は2番目?」

 急に横からかけられた声に驚きの表情を浮かべる祐巳。

「あ・・・、お姉さま!」 珍しくあたふたとする祥子。
「まぁ、いいわ。可愛い妹が出来たら、姉なんて・・・」
「そんなことはありません!わたしはお姉さまも大事です!」

 ぷっ、と噴出し、破顔一笑。
「冗談よ、ごきげんよう、祥子、祐巳ちゃん」
「ごきげんよう、ロサ・キネンシス」
「ごきげんよう、お姉さま、あの、これは・・・」

「うふふ、いいのよ、さぁ薔薇の館に行きましょう。きっと待ちくたびれてるはずよ」
 そう言って先頭に立ち、紅薔薇ファミリーの行進がはじまる。
 (まいったなぁ。聖さま、蓉子さま、二人とも気配を感じさせないなんて・・・山百合会、ほんとにすごい!)

 祐巳は、右手を祥子の左手に絡め、嬉しそうに歩き始めた。



 薔薇の館に紅薔薇姉妹が到着すると、すでに残りのメンバー全員が集まっていた。

 「「「ごきげんよう」」」

「ロサ・キネンシスが一番遅いだなんて珍しいじゃない?なにかあったの?」
 ロサ・フェティダ=鳥居江利子が不思議そうな顔で尋ねる。

「ええ、前日武蔵野郊外で発生した異空間のひずみのことでちょっと職員室に呼ばれてね。
 魔術騎士の方々がゲート操作装置で異空間自体は消滅させたんだけど、リリアンの生徒の通学路でもあるし、生徒に危害があったら大変なので対策を講じてくださるそうよ」

「ふ〜ん、こりゃ、生徒にも武器の携帯が許可されるかもしれないね」
「さすがに、銃火器は無理だと思うけど、木刀とか短剣程度なら護身用に許可されるかもしれない、とおっしゃっていたわ」
「面白くなってきたじゃない」

 三薔薇様は、異空間のこと程度では驚きもしない。
 さすがの、豪胆さである。

「ちょっと、不謹慎よ。異空間をふさぐときに、魔物が数体現われて戦闘になったの。
 直接戦闘要員だった方が3名怪我をされたわ。まぁヒールベリーを2,3個食べたら完治したそうだけど」

「じゃ、怪我のうちにも入らないじゃない」 と、聖。

「で、そんなことよりねぇ」 と、嬉しそうな江利子。

 『そんなこと』なのか。まったく、危機感がないというか、なんと言うか。

「あなたたちを待っていたのよ。さぁ、ご挨拶なさい」

「はい」 と、長身短髪の女生徒と、三つ編みの可憐な少女が江利子の横に並ぶ。

「昨日、私、支倉令と島津由乃はロザリオの授受を行い、正式に姉妹になりました。皆さまの指導をよろしくお願いいたします」
 二人は、並んで深々とお辞儀をする。

「「「おめでとう!!!」」」 残りの全員から拍手が起きる。

 (この2人が昨日はなしていた、ロサ・フェティダ・アン・ブゥトンと、そのプティスールの方ね)
 祐巳もにこやかに拍手をしながらお辞儀をする二人を見つめていた。

「では、初顔合わせの人もいることだし、自己紹介をしましょうか」
 ロサ・キネンシスの一言で、自己紹介を兼ねたお茶会が始まる。

 祐巳は祥子と並んでお茶の準備にとりかかった。



 支倉令は、リリアンから徒歩10分ほどの近郊に、支倉道場を営む支倉家の一人娘。
 すでに道場主である父親から支倉一刀流免許皆伝を言い渡された、剣の達人、とのこと。
 支倉一刀流は、舞うような歩法で有名な古流実戦剣術である。

「まだ、剣道は2段なんだけどね」
 と、本人は謙遜するが、高校2年生では昇段規定の年齢制限で2段が最高位なのである。

「令の得意な武器は日本刀なのよ〜」 と、なぜか令の事になると自分の事以上に饒舌になる江利子。
 令のことが可愛くて可愛くて仕方がない、といった雰囲気である。

「令の刀、見たら驚くわよ。刃渡り3尺を超える超長刀。あんなの扱えるのは令くらいよね」
 妹自慢をはじめたら、際限がなさそうである。

 そして、島津由乃。
 支倉令の従妹。 家は支倉家と同じ庭を共有するまるで2世帯住宅のよう。
 この2人は生粋のリリアンっ娘であり、本当の姉妹のように育ったそうである。

 (可憐なお姫様と、それを守るナイトみたいだなぁ)
 と、二人を眺めている祐巳であるが、由乃の放つ怒りの「覇気」に気付く。
 (うわぁ、この人、覇気駄々漏れだよ〜。危ないなぁ)

 どうやら島津由乃は、江利子に自慢されるたびに恥ずかしそうに笑う令に怒っているようだ。

「由乃ちゃん、入学式は残念だったわね」
 と、蓉子から声がかかると、
「はい、心配かけてすみませんでした」 と、素直に頭を下げる。
 
 (うわぁ〜猫かぶりも一流だぁ)
 そんなことを祐巳が思っていると、

「ぷっ」と、後ろから噴出す声。
「祐巳ちゃん、意外性があってなかなかよろしい。百面相してたよ」
 祐巳の横から、聖が小さな声でささやく。
 思わず、真っ赤になってしまう祐巳であった。

 島津由乃は、中学3年生まで心臓に欠陥があり、しょっちゅう発作を起こしていたそうだ。
 しかし、中学の卒業式の日に、「高校に入学したら妹になってほしい」、と令に言われ、ロサ・フェティダ・アン・ブゥトンの妹になるのなら心臓の欠陥を克服しなければ、と令にだまって心臓手術を受けたらしい。
 令としては、体の弱い由乃を自分が守る、そのために妹に、と意図しての告白だったが。

 由乃は、ただ、守られるだけの存在にはなりたくなかった。
 令とともに、令の横に立って、自分の足で歩いて行きたかったのだ。
 そのために、それまで怖がっていた手術を決意し、丈夫な体を手に入れようとした。
 さすがに、手術から3週間しか経過していないため、まだ万全の体調ではなく、興奮しすぎた入学式前夜に熱を出した、ということらしい。

「心臓の欠陥もなくなって丈夫な体を手に入れました。
 傷口も、もう平気です。痛みもありません。これから修業に励み、姉を支えることのできるよう努力します」

 由乃は最後に決意表明をして自己紹介を終えた。

 (強い人だな、うん、友だちになりたいな!)

 祐巳は自己紹介を終えた由乃に近づき、両手を包みこんで、
「由乃さん、これからもよろしくね!」
 と、元気に声をかけた。


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