【3295】 君が信じてくれた伝説  (ex 2010-09-21 21:31:25)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:これ】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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〜第3部スタート〜


「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
 けがれをしらない心身を包むのは深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
 もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
 私立リリアン女学園。
 明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統ある魔法・魔術学園である。

 東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。
 時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ日本中で、いや世界各地で活躍する魔法使いや魔術騎士が巣立っていく貴重な学園である。

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☆★☆ 5月14日(土曜日)のその後  【世界の動き】  ☆★☆

 日本政府は、5月14日(土)のI公園での魔物・モンスターと魔法・魔術騎士団の激闘の模様について国連を始め関係各機関に情報を提供。
 国連では緊急国際テレビ会議を5月16日(月)に開催することを決定。
 なお、このテレビ会議の内容はメディアへの報道をすべてシャットアウトして行われた。

 緊急国際テレビ会議の内容は以下のとおりである。

 まず、異空間対策本部と、魔法・魔術騎士団による現状の報告がなされ、各国に協力要請がなされた。

 世界各国では、ここ最近の異空間ゲートの発生、魔物・モンスターの出現が日本に集中し、しかも現在はI公園内でしか発生が確認されていないことを重要視した。

「魔界と現世がI公園を接点として繋がる」 というのが、各国の統一見解となった。



 異空間ゲートについては、直前の世界の”揺らぎ”を特殊な装置で観測し、予測することは可能である。
 しかし、発生そのものを防ぐ手段はない。

 いつ発生するか予断を許さない魔界との接点での戦闘。
 しかも、ますます激烈化する恐れのある地域での戦闘。

 人類同士では有効なマシンガンやミサイルも、魔物には効果がなく、軍事力は当てに出来ない。
 実際に、5月15日(日)に、I公園に進駐した在日米軍の戦車5輌、自走砲10輌、SH-60 シーホーク3機が、魔物との戦闘を行った映像が公開された。
 この映像には、異空間ゲートから出現したオルトロス3体、キマイラ2体、パピルサグ2体と戦闘になったもようが克明に記録されていた。

 この映像を確認した各国首脳は目を疑った。
 最新の軍備を持ち、各国を制圧してきたアメリカ軍。

 この装備が、魔物に対してまったく意味を成さない。
 銃弾は魔物の厚い鎧のような鱗を貫通できない。
 ミサイルの炎熱による爆炎も、魔物の毛皮を燃やすことはできない。
 そして、戦車や自走砲は、魔物のスピードにまったくついていけず、巨大な爪、牙により、分厚い装甲が引きちぎられ乗員はなすすべなく魔物の餌食となる。
 上空から戦闘の支援のために旋回していたヘリコプターには、パピルサグの高速の麻痺針が直撃。
 操作不能に陥ったヘリコプターはI公園近隣に墜落し、爆発炎上。

 最新の軍備が、魔物相手にはまったく意味を成さないことは明白だった。

 そして、さらに各国の首脳を驚かせる映像。
 
 在日米軍が魔物に蹂躙され、戦車や自走砲が黒煙をあげるなかでの異様な戦闘。

 それは、魔法・魔術騎士団とリリアンの薔薇の共同戦線によるものだった。

 戦場を駆ける美しい少女たち。

 蓉子の剣が煌くたびに魔物が弾け飛び血しぶきを上げる。
 聖が魔物の周囲を駆ける、と同時にその場に倒れ伏す魔物の姿。
 令の長刀が、モンスターを一刀両断する。
 祥子の魔法が魔物を焼く尽くす。

 瞬く間に、異空間ゲートからあふれ出した魔物の群れを叩きのめす『リリアンの戦女神』たちの姿がそこにあった。

 そして騎士団の手によって異空間ゲートが操作装置によって閉じられ、
 落ち着きを取り戻した公園内で戦死者を運び出し、戦傷者の手当てに尽くすシスター達。



 緊急会議の場で、魔法・魔術騎士団長が発言する。

「ご覧のとおり、C級以上の魔物に対しては、いかなる最新の武器や装備も役に立ちません。
 彼らに対抗できるのは、魔法・魔術を身につけ、覇気による戦闘が可能な者たちだけなのです。
 世界各国に散らばる騎士団支部の精鋭をすべて日本に集結させていただきますようお願いします」

「I公園を人類と魔物の生存戦争の最前線、として各国が協力し異空間ゲートを防がなくてはなりません。
 ここが突破されれば、現世は魔界に落ちます。
 日本だけの問題ではありません。
 世界中に魔物があふれかえるでしょう」

 緊急会議の結果、騎士団の日本への集中、各国の日本への援助が決定した。



☆★☆ 5月14日(土曜日)のその後 【水野蓉子、鳥居江利子、佐藤聖、支倉令、小笠原祥子】 ☆★☆

 リリアンの薔薇十字所有者5名は、魔法・魔術騎士団に協力して、異空間ゲートの封鎖と、公園内のパトロールを行うことになった。

 ただし、学生の身の上であるので、月曜から金曜までの午前中は通常の授業を受ける。
 月曜から金曜の出動は、午後2時から6時まで。
 土曜、日曜は隔週で休む。

 それが、シスター上村と、騎士団のかわした約束だった。



 5月15日(日)に初めて騎士団との共同戦線を張ったとき、同時に在日米軍の進駐してきた勢力と遭遇。

「蓉子、アメリカさんたち、あんな装備で勝てると思ってるのかねぇ」
「まぁ、D級の魔物かモンスターなら十分勝てるでしょうね」
「C級の魔物は?」
「無理ね。あんな戦車じゃスピードについていけないことくらいわかりそうなものだけど。
 なんとか、被害が出ないように守らなければならないわねぇ」
「やれやれ・・・」
 聖がうんざりしたように肩をすくめる。

「ここんとこ、D級のスライムとか全然出てきてないじゃん。
 C級のオルトロスにキマイラ。 あと厄介なパピルサグがほとんど」
「だからね。 騎士団もうんざりしてるの。
 『やっかいなお守りをすることになった・・・』って」
「犠牲者が出なければいいけどね」
 めずらしく難しそうな顔で聖がつぶやいた。

「ところで江利子の家の葬儀は?」
「明日が葬儀よ。今晩が通夜なの。 江利子、見てられないわ」
「つらいよね・・・。 江利子は大丈夫かなぁ」
「江利子のことは、わたしよりあなたのほうがわかるでしょ。
 江利子は強いわ。 今は悲しくて動けないでしょうけど。
 江利子が立ち直ったとき、多分これまでの江利子じゃなくなっている」

「・・・・・・蓉子。 ずっと聞けなかったんだけど・・・・・・それは予知なの?」
「さぁ? どうかしら」
 蓉子は悪戯っぽく笑った。

 その傍らで祥子と令が会話している。

「ねぇ祥子、祐巳ちゃんの様子はどうなの?」
「今は、落ち着いて眠っているわ。 傍についていてあげたいんだけど、お母様も居るし。
 それより、この防衛線が突破されないようにするのが、祐巳を守るためなのよ」
「祥子・・・あなた、強くなったね。 わかるよ」
「あら、お礼を言ったほうがいいかしら?」
 祥子は、嬉しそうに令を見ながら微笑を浮かべた。



 5月15日(日)、午後4時に 『公園内で異空間ゲートが同時に2箇所発生する見込み』、と警報が鳴る。

 リリアンの薔薇十字所有者は騎士団と共にA地点でのゲート発生に備える。
 在日米軍と騎士団の連合軍は、C地点での戦闘準備を行った。

 戦闘は2箇所とも激烈なものとなる。

 蓉子、聖、令、祥子は、あふれだす魔物に正面から立ち向かう。
 薔薇十字所有者は各々の薔薇十字を顕現し、魔物の群れを粉砕。

 騎士団をあっけにとらせるその動き。
 ものの数分の間に、二十数体もの魔物が地面に倒れていた。

 しかし、C地点で激しい爆音。 在日米軍の戦車が破壊された音が聞こえる。

 騎士団員が叫ぶ。
「ここのゲートは至急ふさぎます! あちらの援護に!」



 C地点に急行した薔薇十字所有者たちの戦闘力は圧倒的だった。
 この時の戦闘の映像が、国連での緊急テレビ会議で使用されたものである。

 I公園での異空間ゲートの発生数は多少の波を見せながらも収まる気配がない。

 5月15日以降、毎日、最低でも1個、多いときで4個の異空間ゲートが発生している。
 6月、7月、8月になっても、状況は変わらなかった。

 ただ、6月になって、江利子が戦線に参加。
 蓉子を喜ばせたが、江利子はあいかわらず読めない顔をして答える。
「出てきた魔物を退治するだけでしょ。 まぁこの江利子さんに任せておきなさい」

 聖は、少しだけ変わった江利子の様子に違和感を覚える。 が、
(蓉子が何も言わないんなら、それでいいかな)
 心の中にわずかな心配の種をもったが、煩わしいことは蓉子任せにした。

 魔物との戦闘は続く。
 この先、何時になれば収束するかわからない戦いに、蓉子たちは身をおいていた。



☆★☆ 5月14日(土曜日)のその後 【島津由乃】 ☆★☆

 4月から格闘術を身につけるため由乃は訓練に励んでいた。
 学校のある日は、毎日一番最初に闘武場に行き、柔軟・筋トレを行う。
 家に帰っても自主練。
 また、早朝は支倉道場で令に体術の基礎を教わっていた。

 5月、6月、7月、8月・・・
 たまの休みを除き、毎日のように令はI公園に警備に行く。
 それを見送りながら由乃はあせっていた。

 しかし、いくらあせっても所詮、格闘術は初心者の由乃。
 ここでついていっても、令の足手まといにしかならないのはわかっていた。

(絶対に令ちゃんに認められるようになってやる!)

 由乃の気持ちは折れない。
 次第に、体に筋肉もつき、覇気のコントロールも上手くできるようになってきた、と自分でも感じている。
 支倉流の舞うような歩法は、完璧に身につけた。

(もう少し・・・、もう少しだからね。令ちゃん。きっと背を預けることの出来る戦士になるからね!)

 今日も由乃の鍛錬は続く。そしてその鍛錬は日を追うごとに激しいものになっていった。



☆★☆ 5月14日(土曜日)のその後 【援軍】 ☆★☆

 5月16日(月)に行われた国連の緊急会議で決定されたとおり、世界各地に散らばっていた魔法・魔術騎士団の精鋭が日本に集結。
 また、イギリスや、ブルガリア、フランス、ドイツなどから各国の魔法使いたちがこの戦線に参加するために集まってきた。
 それぞれの国で独自に進化した魔法を教えあい、互いに戦力の向上を図る。

 また、オランダ、アメリカ合衆国、メキシコ、タイなどから拳闘士や格闘家が多数来日。
 まるで格闘技世界選手権が行われそうな豪華なメンバーが終結しつつあった。

 魔道具の部門では、世界各国の研究所から小笠原研究所に研究員を派遣。
 各国がそれぞれの新製品の技術交流をする。
 特に、医療部門の肉体強化系のドリンクなど、これまでに日本に知られていない製品も多く、騎士団の戦闘力の向上が図られた。

 在日米軍など通常装備の軍隊は、I公園の周囲に緊急の防衛壁の建設に取り掛かる。
 日本の土木建設会社に、軍隊式の防衛壁の建設技術を教える。
 I公園の周囲は、一般の世界と隔絶された風景に変わって行った。

 I公園周囲の病院は、通常の医師に加え、日本各地から魔術医師が終結。
 新病院も建設され、魔術医療の最高顧問として松平医師を招聘。
 毎日のように運び込まれる魔術騎士たちの治療に当たった。



☆★☆ 5月14日(土曜日)のその後 【リリアン女学園】 ☆★☆

 5月末の段階で、I公園とその周囲は防衛壁で隔絶された。

 防衛壁の外、I公園の周辺地域が危険地域であることに変わりはないが、それでも、見た目に見える防衛壁は周辺住民に安心感を与える。
 それに、「I公園の防衛網が突破されたら、どこにいても危険性は同じ」 という認識が広がっている。

 このため、リリアンを離れていた生徒やその家族たちも自宅に帰ってくるものが多い。
 リリアンに復学した生徒も多く、4月初旬の状況に近くなってきている。

 JRを始め、電車の路線も復活。
 バスは全面通行止めの地域も狭まり、I公園に隣接する地域だけルート変更を行っただけで回復した。

 シスター上村は、「学生の本分はあくまでも勉学」 の姿勢を貫いているので、授業や実技の風景も以前と変わりなく行われてきていた。

 ただし、薔薇十字所有者は、生徒が実技訓練を受けている時間に、I公園へパトロールに出かける。
 このため、山百合会の事務仕事はボランティアに応募してきた生徒たちに委ねられた。

 どうしても薔薇様の決裁が必要な書類については、隔週の土曜、日曜に薔薇の館に薔薇様が顔を出すことになっている。

 リリアンの中庭の一角には、世界各国から集められた義捐金により巨大な地下シェルターが建設されていた。

 I公園を中心とした旧レッドゾーンにある、公園、学校など、災害時の緊急避難箇所として指定されていた箇所に、何箇所も巨大地下シェルターが建設される事業が進んでおり、リリアンにもその施設の一つが建設されることになったのだ。

 突貫工事で地下の工事が行われているため、学園内の騒音は大きく、授業にも支障をきたしかねないが、校舎全部を魔導障壁で覆っているため、騒音は最小限に抑えられている。

 武道場、弓道場、闘武場、地下特別攻撃魔法教室では、毎日午後の実技訓練が以前と変わらず行われている。
 しかし、生徒たちの防衛の意思はますます強くなっており、訓練はかつてないほど真剣に行われていた。



☆★☆ 5月14日(土曜日)のその後 【小笠原研究所】 ☆★☆

 各国からの新技術や新魔術などの提供をもとに、様々な魔道具や、魔術治療薬などが開発された。

 また、祥子の持つ妖精の純粋な魔法を利用する開発も進んでいる。

 医療系では、傷薬、麻痺治療薬、毒治療薬などの、疾病対策薬が多数開発された。
 ポーション(傷薬)、ソーマの雫(強力傷薬)、ディスポイズン(対毒)、ディススパライズ(対麻痺)、などである。
 
 また、体力強化系の薬品も開発された。
 マッスルドリンク(防御力増強)、パワードリンク(攻撃力増強)、マジックドリンク(魔力増強)、などである。
 ただし、体力強化系の薬品は、数時間その効果が持続するものの、効能が切れたあとその使用者の体力回復に2日以上を要する、諸刃のアイテムでもある。

 魔法攻撃アイテムでは、
 既に完成していたマハラギジェム(炎熱)、ブフーラジェム(氷結)に加え、マハジオジェム(電撃)、マハザンジェム(衝撃)など、強力な攻撃アイテムの開発が進んだ。
 また、弓矢に関してもこれまでの炎の矢の数倍の攻撃力を持つ、『灼熱の矢』、同じく氷の矢の攻撃力アップバージョンで『極寒の矢』が開発され、アーチャーに配布されていった。

 そして、最強の防御アイテムが完成した。

 小笠原祥子と主任研究員たちによる不眠不休の努力により、
『テトラカーン』とほぼ同威力を持つ『物反鏡』が完成したのだ。
 この『物反鏡』は、祥子のテトラカーンのように、その場で円形になり物理障壁となるものではなく、定位置に固定することで、その場だけを守るものである。
 この『物反鏡』を多数製作し、I公園の周囲に建設した防衛壁に隙間なく貼り付けることで、I公園の外に魔物の攻撃による影響が出なくなった。

 また、ポリカーボネイト製の軽量透明盾に炎熱防御塗料を塗り、さらに『物反鏡』を内側に加工して張り付けることで、携帯可能な盾とした。
 この盾の完成により、魔物と近接戦闘を行う剣士たちの安全が極めて高くなった。



☆★☆ 5月14日(土曜日)のその後 【K病院 最上階個室 その1】 ☆★☆

 5月14日の戦闘で気を失い、病院に運び込まれた祐巳は、K総合病院の最上階の個室で眠り続けていた。

 魔術医師による診断では、「一両日中に完治する」ということであったが、結局3日間眠り続け起きたのは5月17日(火)の午後になってからのことだった。

 祐巳が目覚めたとき、そばで車椅子に座り祐巳をみつめる清子と目が合った。

「祐巳ちゃん・・・よかった・・・」
 清子が目に涙をため、祐巳の手を握り締める。

「おかあさま・・・?」
 祐巳は、自分自身がどこに居るのか、なぜ清子がここに居るのかさっぱりわからなかった。
 それに、お腹もすいている。
 のども渇いた。
 体の関節もあちこち痛い。
 起き上がろうとしたが、上手く力が入らない。
 結局、ベッドの中でモゾモゾとしただけだった。

「おかあさま・・・あの、お水・・・」
「あら、ごめんなさい」 あわてて清子はナースコールを押した。



 看護士の手を借りてベッドを起こし、祐巳に水を飲ませる清子。

「え〜っと、なんだかおかあさま、体が上手く動きません。すみません」
 祐巳は自分の体が上手く動かせないのが不思議そうだった。
 ただ、ここが病院だということは、看護士がいることでわかったようだ。

「あれ〜? へんだなぁ。 左手が全然動かない・・・。右足も・・・あれれ?」

「祐巳ちゃんは、無理をしすぎたの。 あのね、お医者さんの話では、筋肉が炎症してて、筋肉の一部が断裂してるの。
 左手と右足が動かないのは、そのせいね。 でも、ゆっくり休んでいれば治るから、今は安静にしてね」

「筋肉の断裂・・・ですか?」
「よく、肉離れ、って聞くでしょう? あれと同じよ」
「でも、左手が使えないと、困るなぁ。 ご迷惑をおかけします」
「何を言っているの、祐巳ちゃん。 あなたは今・・・・」
「はい? どうしました? おかあさま」
「いえ、なんでもないわ。 フルーツくらいなら食べれるかしら? ちょっと待っててね」

 (今、あなたは英雄になっている、なんて言っても祐巳ちゃんを苦しめるだけ・・・ね)

「あ・・・フォーチュン・・・」
 やっと、自分が左手に握り締めている魔杖に気付く祐巳。
 左手の感覚がなくなっており、杖を握り締めていることに気付かなかったのだ。

「祐巳ちゃんは、眠っている間も、その杖を放さなかったの。 どう?放せるかしら?」
「すみません、ちょっと手伝ってください。 うまく腕が動かないので」
「あら、ちょっと待ってね」

 フルーツとナイフを置いて、清子が祐巳の左手に手を沿えて持ち上げる。
 祐巳が動く右手を使い、自分の指を一つひとつはずしていくと、杖がぽとり、と落ちた。
「あ〜まずいなぁ・・・」
 祐巳が、ちょっと顔をしかめる。
 杖の柄の部分にはめ込まれたサーモンピンクの宝石の輝きが薄れている。
 祐巳が魔力を使い果たし、その後体力が回復せず魔力の供給を受けなかったためにエネルギーが枯渇しかけている。

「おかあさま、力を貸してください。 この子に魔力を流し込んでもらえますか?」
「わかったわ。 こうかしら?」

 清子が魔杖に魔力を注ぎ込む。
 じんわりとあたりを暖かな光で満たしながら宝石は輝きを取り戻した。

「よかったぁ」
 祐巳はほんとうに幸せそうな顔で清子を見る。
「ありがとうございます。おかあさま。 この子、魔力がないと死んじゃうんです」

(もう・・・あなたは・・・。こんな時でも、そんな笑顔が出来るのね)
 清子は胸が締め付けられる思いだった。


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