【3296】 なんだか感無量です  (ex 2010-09-22 22:10:04)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:これ】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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☆★☆ 5月14日(土曜日)のその後 【K病院 最上階個室 その2】 ☆★☆

〜5月17日(火) 午後5時〜

「おかあさま、このイチゴ、おいし〜です〜」
 にこやかに笑う祐巳。
 祐巳が清子が準備したフルーツを食べていると、コンコン、と病室のドアがノックされ、
「ごきげんよう。 清子様、祐巳さんの様子はどうですか?」
 柔らかな声がしてドアが開く。

「志摩子さん!」
 祐巳が嬉しそうに志摩子に声をかける。
「祐巳・・・祐巳さん!」 

 志摩子の顔がぱあぁっと輝き、すぐにしわくちゃに変わる。
「うわぁぁぁあーーーん!!」
 志摩子は、祐巳に抱きつき盛大に泣き声を上げる。
「よかった・・・・よかった・・・・うわぁぁぁーん!」

「志摩子さん、くるし〜よ〜」
 何時もと・・・何時もと変わらない、のんびりした祐巳の声。
「わたしは大丈夫だから・・・ね? 落ち着いて」

「祐巳さん・・・ずっと起きなくって・・・心配したんだから!
 もう大丈夫なの? どこか痛いとこはない? 苦しいとこはない?」

「え〜っとね、痛いところはないよ。 苦しいのは今は抱きしめられてるから、かなぁ」
「あ、ごめんなさい」 あわてて祐巳を解放する志摩子。
「あいかわらず、志摩子さん、馬鹿力だねぇ」
「祐巳さん!!」



 午後7時になると、祐巳の病室は見舞い客でいっぱいになった。

 水野蓉子、佐藤聖、支倉令、島津由乃。
 そして、小笠原祥子。

 祐巳は、清子と志摩子の3人で5人を迎える。

 祥子は祐巳が起き上がっている姿を見た瞬間、祐巳に抱きつき涙を流す。

「もう・・・あなたって子は・・・いくらわたしに心配をかければ気が済むの!
 胸が張り裂けるかと思ったわ! こんな心配・・・もうさせないで頂戴」
「ごめんなさい・・・お姉さま」

「怖かった・・・わよね」 祥子の声が暖かなものに変わる。
「おねえ・・さま?」 祐巳の声が驚きに変わった。

「…無事で…よかった…」
「おねえ・・・さま・・・」
 祐巳の顔が・・・笑顔だった祐巳の顔が・・・笑顔が壊れてゆく。

『怖かった・・・わよね』
 祐巳はその祥子の一言に、必死に取り繕っていた『何か』が解かれた気がした。

 ・・・魔物に蹂躙される騎士団員たち。
 ・・・次々に襲い掛かる高速の麻痺針。
 ・・・みんなを守りたくて使った防御呪文。
 ・・・必死に動かした体。
 ・・・叩きつけた金剛杖。
 ・・・目の前で魔物に貫かれた隊長。
 ・・・あふれ出す魔物。
 ・・・切っても切っても次々に襲い掛かる魔物の牙と爪。
 ・・・全力をこめた攻撃呪文。

 怖かった。
 今、祥子の言葉にその時の恐怖が理解出来た。

 体が、震え出す。

「・・・ううっ・・・ひっく」
 それでも、必死で涙をこらえ笑顔を浮かべようとする。
 それでも・・・こらえきれなくなって思わずこぼれた涙と声が、祥子の胸にしみ込んでいく。

「…怖かった…」
 祥子がつぶやく。

「あなたを失うことが私にとって一番怖いことなの。
 あなたも・・・もう泣いていいのよ・・・。祐巳」

「おねっ・・・・おねえさまーー!!!」
 
(堪えきれないよ・・・おばばさま・・・。今日だけ・・・今日だけ許して!)

 祐巳は3年半ぶりに祥子の胸で涙を流し続けた。



 祐巳がようやく落ち着きを取り戻し、見舞いにきた人たちとようやく挨拶を交わす。

「皆さん、ご心配をかけてしまってすみませんでした」
「いいのよ、祐巳ちゃん」
「気にしないでいいわ。 それより、体は大丈夫なの?」
「えっと、ちょっと左手が動かない・・・です」

 そういえば、座っている祐巳のバランスが悪い。

「それと、右足の感覚がなくって・・・。えへへ、上手く座れないや・・・」

「祐巳・・・ちゃん・・・」
 みんなを心配させないように、と務めて明るく振舞う祐巳に、みんな声を失う。
「清子様、祐巳ちゃんは・・・?」
「筋肉の炎症と、断裂してる所があるの。 『肉離れ』のようなものだから、しばらく安静が必要なのよ。
 ただ、無理をしすぎているから、ちょっと時間が掛かるかもしれないわ」
「あの・・・特に痛みもないんです。 そんなに心配ないと思います」

「そう・・・」
「しばらく、左手と右足が動かない・・・のね?」

「じゃ、祐巳専属の看護士が必要ね。 いいわ、私がついていてあげるわ」
 祥子がなぜか嬉しそうに宣言する。

「いやいや、このお姉さんがついててあげるよん。
 手とり足とり、大事にしてあげるからね、祐巳ちゃん」
 いつもながら、聖がお世話係に立候補。

「いえ、わたしが」 と、今度は由乃が声を上げる。
「祥子様も聖様も、山百合会のお仕事が大変なのですから。ここは祐巳さんの親友の私に任せて」

「あら、祐巳さんのお世話をするのはわたしって決まっているわ」
 さも、祥子と聖と由乃の宣言を意外、という風に志摩子が言う。
「わたし、祐巳さんと一緒に住んでいるんですもの。いわば同居人。
 同居している私がお世話をするのは当然だわ」

「「あなたたち、いいかげんにしなさい」」
 蓉子と清子の声がユニゾンで響く。
 令はやれやれ、というふうに肩をすくめた。

 あわあわ・・とあせった顔をする祐巳に、穏やかな空気に包まれる病室だった。



 落ち着きを取り戻した病室で、祐巳は周りを見渡す。
 そして、そこに居ない人物について思い至り・・・顔色を変えた。

「あの・・・江利子さまは・・・」

 その場の全員が絶句する。
 祐巳になんと答えていいのか・・・

「江利子は・・・ね」
 意を決したように蓉子が言う。
「いま、少し話ができない状態なの・・・ お兄さまが・・・」
 一瞬だけ、言葉を区切り、
「お亡くなりになったわ」

 あ・・・・・・。再度、祐巳の脳裏に、パピルサグの麻痺毒をもった凶悪な尻尾に刺し貫かれた隊長の姿がよぎる・・・

「そう・・・・ですか・・・。 助からなかったんですね」
 うつむいてしまう祐巳。

「ええ、昨日、葬儀が行われたわ・・・。
 立派な方だった。 私たちの安全のために、身を犠牲にして・・・。
 でもね、祐巳ちゃん。
 あなたが責任を感じるのは間違いよ」

「わたしを・・・・わたしを庇って・・・・隊長が・・・・」
 祐巳の顔色がどんどん悪くなる。

「聞きなさい!祐巳ちゃん!」
 蓉子が祐巳を怒鳴りつける。

「あの場所でお亡くなりになったのは、江利子のお兄さまだけじゃない!
 20人以上の騎士団の方が亡くなられたの!!
 みんな、自分の愛するもののため、自分の意思で魔物に戦いを挑み、そして散って行ったわ。
 わたしたちは、感謝しなければならない。
 でも、悔やんではだめ!
 あの方たちのためにも、立派に生きて見せなさい!」

 蓉子の心からの言葉に祐巳は顔を上げる。

「ロサ・キネンシス・・・」
 水野蓉子。 この人の存在は大きい。 大きすぎる。
 その蓉子の言葉に、祐巳の大きな瞳からとめどなく涙が溢れ出す。

「わたし・・・。生きて・・・」 それ以上、祐巳は言葉を発することが出来なかった。

 そのとき、病室のドアが静かに開く。

「お姉さま・・・・」 令が開くドアを見つめながら驚いた顔をする。

 ドアを開けて立っていたのは、憔悴しきった顔の鳥居江利子だった。



 まるで、亡霊のように静かに江利子が祐巳の病室に入る。

 ベッドの周りに集合する山百合会メンバーに
「昨日は、兄の葬儀に参列してくださいましてありがとうございました」
 と、深々と頭を下げる。

「江利子・・・」
 蓉子も、聖も、江利子の様子に戸惑う。

「祐巳ちゃんが、目を覚ました、と聞いたのよ。 それでここに来たの。
 祐巳ちゃんにはいろいろと聞きたいこととかあったんだけど・・・
 さっきの蓉子の声と、祐巳ちゃんの声を聞いたら、もういいわ」

 あの江利子が、力なく立っている。
「ロサ・フェティダ・・・。わたしっ!」
 祐巳が江利子に声をかける。
「隊長に・・・隊長に助けていただきました。 でも、わたしは、隊長を」

「それ以上言わないで!!」
 江利子が大きな声で祐巳の言葉をさえぎる。

「わかっているわ・・・わかっているのよ・・・。 でもまだ整理がつかないの。
 ありがとう、祐巳ちゃん。 あなたのことだから、力いっぱいみんなを守ろうとしたのでしょう?
 それなら・・・それならいいのよ・・・」
 
 そして、蓉子に向かって言う。
「ごめんね、蓉子・・・。 さすがの江利子さんもちょっと辛いの・・・。 しばらく時間を頂戴」

 そして最後に深々とお辞儀をし、病室を出て行った。

「お姉さま!」 令が後を追う。

 令は、歩くのも辛そうにしている江利子を抱きしめ、付き添って廊下を歩いていった。



☆★☆ 5月14日(土曜日)のその後 【祐巳とその周囲 その1】 ☆★☆

 結局、祐巳は7日間病院に入院し、5月21日の土曜日の午前中に退院した。
 病院で行える治療はすべて行った。
 あとは、安静にすごし、筋肉の復活を待つだけだし、なにより祐巳が退院したがったのだ。

 ただ、未だに左手と右足の自由が利かない。
 これだけは、病院の医師、魔術医師でも理解できない、と言う。

「治療はすべて終えました。 本来はこれで回復の傾向を見せるはずなのですが・・・
 なぜ、まったく左手と右足だけが回復しないのかわかりません。
 なにか、私たちでもわからない疾病である可能性もあります」

 そのように祐巳と清子に告げた医師は、退院を伸ばし、左手と右足が回復するまで入院しておくことを勧めた。

 しかし、その医師の言葉を聞いた清子は、なぜか少し考え込み、
「やはり、退院させます。 私に少し考えがあります」
 といって、祐巳と共に病院を後にした。



「お母様、気持ちいいですね」 
「ほんとに、いい湯ね〜。 生き返るわ」
「おねえさま、こちらの景色、すごく綺麗です。富士山も見えますよ」
「緑がいっぱいの露天風呂、サイコ〜!」
「蓉子、そっちのシャンプーとって〜」
「聖、タオルをパンパンしないで! 親父なんだから!」
「由乃、髪を洗ってあげるよ」
「ありがとう、令ちゃん」

〜5月21日(土) とある山梨県の露天風呂〜

 祐巳を退院させた清子は、いったん小笠原家に戻り、旅行の準備をして運転手の松井に車を出させた。

 医師に「考えがある」 と言ったのは、祐巳と山梨県の露天風呂に来るためである。

 祥子に連絡を取り、三人で出発するつもりであった。
 そのことを祥子に説明し、三人で出かけようとしたとき、祥子はなぜかにっこり笑った。

 そして・・・小笠原家の玄関で待ち構えていた志摩子につかまる。
 志摩子の後ろには、水野蓉子、佐藤聖、支倉令、島津由乃のいつもの一同。
 観念した清子は、マイクロバスを仕立てて全員で温泉旅行に来た・・・ということである。

 清子は、蓉子を見る。
 蓉子も清子を見つめ返す。

 先に音を上げたのは、清子だった。
「さすが蓉子さんね。 あなたにはお見通しかしら?」
「あら、恐れ入ります。 ただ、わたくしたちも心配する気持ちに変わりはありませんので」

(この子に、祥子がかなうはずがないわね)

「恐れ入ります」 蓉子はもう一度言って、にっこりと笑った。



 この温泉は、富士山を一望できる祝部神社にほどちかい秘湯。

 美肌、筋肉疲労などに効能があります。 なんてことではなく。

 この温泉は薬湯であり、祝部神社によって守られてきた温泉である。

 清子は、山梨のおばばさまに祐巳の状態を診断してもらい、回復の方法を聞くために来たのだ。

 ・・・山百合会の合宿のようになってしまったのは計算外だが、祐巳が優しい仲間に支えられていることが清子には嬉しかった。
 それに、連日I公園での戦闘をこなしている薔薇十字所有者も今週は隔週の休みの日である。
 骨休めにはいいことかもしれない、と清子は思った。


 
 温泉から上がり、祝部神社の敷地内に立つ祝部家の大広間。
 山百合会+αのメンバーは夕食の膳を前に山梨のおばばさまと対面していた。

「みなさん、ようおいで下さいました。 狭いところですが、ごゆるりとくつろいでくだされ」
「「「「「ありがとうございます。 いただきます!」」」」」

 山梨のおばばは、祐巳を支えてくれるみんなに感謝し、
 みんなは祐巳がどのようにみんなを支えてくれているか語り合う。
 穏やかな時間が流れ、おいしい食事もみんなを満足させた。



 食事が終わって、清子が問う。
「おばばさま、祐巳の左手と右足が動かないのです。
 お医者様の診断によれば完治しているはず、とのことなのですが・・・」
「うむ。わかっておる。 そうじゃのぅ。二月か三月もこの薬湯に浸かれば自然に治るじゃろう。安心しなされ」
「「「えっ!ほんとうですか?」」」
 思わず全員が問い、不審そうな視線が山梨のおばばに集まる。
 医者でさえ、原因不明、といった祐巳の症状を、簡単に請け負ったことに信じられない気持ちを全員が持った。

 その視線を一切無視して、
「そうじゃのう、ここから動くことはできんから、しばらく地元の高校に編入すればよかろう。
 ちょうど、仮転校ができるようになっておるのじゃろ?」
「はい、それはそうですが・・・」
「ただ、車椅子での登校になるからのう・・・。
 誰か、一人祐巳についてくださると助かるのじゃが・・・」
 と、一同を見渡す。

 さすがに、この場では 「わたしが!」 と立候補できる雰囲気ではなかった。

 そして、おばばの視点は一点で止まる。
「ふむ・・・。そなた、手伝ってくださるかえ?」
 おばばは、目を細め、嬉しそうな顔をして、志摩子を見つめる。
「はい!」
 何の躊躇もなく、さもそれが当然、とばかりに志摩子は答える。
「志摩子さん、あなた!」
 驚く一同。
「あなた、御両親に相談もなくそんなこと決めてもいいの?」
「あ・・・」 と志摩子は自分が『はい』と即答したことに自分でも驚いていた。
「なぜでしょう? わたし、そうしなければならない、と決まっている気がしました」

「心配はいらんよ」 おばばが優しく頷く。
「そなた、今、祐巳の家に同居していると言うたであろう?
 その時も御両親は何も言わず許してくれたはずじゃ」

「はい。 少し驚いたようでしたが・・・何も言わず許してくださいました。
 でも、どうしてそれを御存じなのですか?」
 志摩子が不思議そうに尋ねる。

「それはな・・・、そなたの家が『藤堂』で、祐巳が『祝部』の娘だからじゃ」



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