【3302】 リリアン怪談せっかくだし頑張って仕返しします  (クゥ〜 2010-09-27 23:38:13)


幽霊話しの続きです。

【No:3265】−【今回】




 「福沢祐巳」


 「えい!」
 名前を名乗り実体化した祐巳のおでこに、志摩子がお札を貼った。
 可愛らしい顔で……。
 「ふっきゃぁぁぁぁ!」
 祐巳は叫び、逃げ回る。
 「し、志摩子。貴女、何をしたの?!」
 「いえ、お父さまに幽霊の事を相談したらお札を渡されたので……貼ってみました」
 「……貼ってみたって」
 祐巳を見れば実体化が解けていく。
 「あぁぁぁ!やばいって!え〜と、桂(けい)さんお願い!」
 慌てる白薔薇さまのお願いに再び桂さんが祐巳に血を与えた。
 「はぁはぁ……うわぁぁ、成仏する所だった」
 祐巳は膝を付いて息を切らしていた。
 「まぁ、それならそれで良かったのかもね」
 「いえ!それは何だか困るので止めてくれると嬉しいです」
 「そうなの?」
 「えぇ、何だか嫌な予感がしますから」
 「ふむ、これは少し調べた方が良さそうですね」
 祐巳の言葉に、集まった皆が悩む。
 「まぁ、ひとまずはお茶にして、祐巳ちゃんの話しを聞きましょうか」
 停滞しそうになった所に、現紅薔薇さまの提案……て!?
 「あの、たぶんに私の方が年上かと?」
 彼女が一年の時に、祐巳は彼女のお姉さまが彼女を妹にしたときから知っているし、何よりも何代も薔薇さま達を見てきたのだ。
 「そう?何だか年上って感じしないわね」
 「そうですね……」
 「私たちと同年代という感じですか」
 三年生と二年には年下に見られ、一年の二人組には頷かれる。
 「まぁ、その辺は成長していないのでしょう」
 そう言ったのは、今まで発言を押さえていたユメイさんだった。
 「成長していない?」
 「えぇ、霊体が意識的な成長をするのはとても難しいの。よく怨念を持って取り憑くというのは、その思いから成長出来ないからなの。だから、彼女も肉体から離れたまたは失った瞬間から意識的な成長は止まっていると思えるわ」
 「それでは祐巳ちゃんは?」
 「貴女達全員が、彼女を一年と思った感じたのは偶然ではなく、何か意識的な事が働いていて、正しいと思うわ。彼女は一年生なのでしょうね」
 「それなら祐巳ちゃんは一年生に決定」
 「そうね、何だか祐巳さまって言うのは抵抗感じるし」
 「……酷い」
 一年生の頃から見ていた相手に年下扱いされるのは少し悲しい。
 「そんな事で落ち込まないのよ、祐巳」
 「今度は呼び捨てですか……もう好きにして良いです。はぁ」
 ひとまず祐巳を真ん中に皆が席に座る。
 「……」
 「どうしたの、祐巳」
 「いえ……椅子に座るなんて凄いって感じちゃって」
 祐巳は、目の前に置かれたお茶に手を伸ばす。
 「温かい」
 手にしたティーカップを包むように手にして、その温もりを感じていた。
 「それに……触って持てるなんて、夢みたい」
 「幽霊が夢見たいとか言ってもね」
 「そうね、でも、嬉しそうね」
 「はい!凄く嬉しいです!」
 祐巳はドキドキしていた、ゆっくりとティーカップのお茶に口を近づける。
 「ふぁ!味がします!」
 祐巳は、ゴクゴクとお茶を一気に飲み干す。
 味わうなんて、もう記憶にも残っていなかった事だ。
 「もう、貴女って子は」
 紅薔薇の蕾が、祐巳の口を拭く。
 「ふっひゃ!なななな!何を?!」
 「そんなに驚かないの、口周りが濡れていたから拭いただけよ。それよりもお茶がそんなに美味しかった?」
 「あっ……」
 優しい言葉に祐巳は頷く。
 「ずっと、見ていたんです。皆さんがお茶を飲んだりパーティを開いてケーキを食べている所。この学園……と言っても、高等部の敷地内だけですけれど。生徒起たちが、色々な場所で楽しそうにしているの。そっと側に混ざり、そんな雰囲気だけ味わってみたりしたけれど……誰も私には見向きもしてくれなくって……お茶の味さえいままで忘れていました」
 「そうですね……幽霊なんてしていると、存在する事しかないから」
 何故かユメイさんが頷き。
 『そう?私は楽しいけれど』
 ノゾミさんが否定する。
 『桂の血の方が美味しいし……祐巳の血も美味しそうね』
 「ノゾミちゃん、それ怖いから」
 何やら桂は困り顔で笑っていた。
 「さて、祐巳ちゃん」
 小さな咳払いをして、紅薔薇さまが祐巳を見る。
 「はい」
 「祐巳ちゃんの知っている事話して貰える?」
 「……」
 祐巳は考える。
 たぶん知っている事とは祐巳自身の事であって、紅薔薇さまのお姉さまとの馴れ初めとかではないはず。
 「え〜と……」
 祐巳は思い出そうとして固まる。
 「……もしかして、お約束?」
 するどい意見を言ったのは誰なのかは分からないが……。
 「あははは……名前意外思い出せません」
 呆れた空気が支配する。
 「し、仕方ないわね。それならこちらで調べるしかないのかしら?」
 「そうですね、それではそちらは彼女の過去を調べて貰えませんか?こちらは学園内の異常を調べる事にしましょう」
 祐巳に記憶がないために話しが止まってしまったが、山百合会と霊能者たちの間で話しは進む。
 紅薔薇さまと葛の指揮の下、祐巳の過去を調べるチームと校庭内の怪しい場所の探索とに別れた。
 山百合会側は主に祐巳の過去調べ。
 霊能者側だけで校内を彷徨くのは問題があると、紅薔薇の蕾と何故か祐巳が加わり、異変調べに向かう。
 向かったのは狂い咲きの桜。
 「どうしたの祐巳、早く来なさい」
 「あっ、あぁ」
 「どうかしましたか?」
 『何も感じないじゃない』
 それでも祐巳は動けない。
 「これはトラウマかしら?」
 「トラウマ?」
 「幽霊にトラウマ?」
 「幽霊だからこそですね。きっと」
 「彼女が幽霊になった場所とかね……さて、それなら」
 葛とサクヤ、ユメイの三人が狂い咲きの桜を調べに行き、祐巳、祥子、桂+ノゾミに烏月が残った。
 「あの紅薔薇の蕾、私の事は大丈夫ですので……」
 「貴女、そんな青い顔をして説得力ないわよ」
 「そうだよ、顔真っ青」
 「まぁ、幽霊ですし」
 「血いる?」
 「い、いえ!十分ですから」
 お腹はポッカポッカと温かい。
 たぶん血を舐めたからだ。
 「あっ」
 「どうしたの?」
 「いえ、風が……気持ちよくって」
 「そう」
 紅薔薇の蕾は何故か優しく微笑んでいる。
 ……。
 「どうかしたのかしら?」
 「い、いいえ!」
 ついボーと見てしまっていた。
 何でだろう、とても懐かしい。
 「あっ」
 そこにちょうど桜を見に行った三人が戻ってきた。
 「早かったですね」
 「早いも何も、何もなかったからね」
 「そうですね、本当にただの桜でした」
 「ただの桜?でも、祐巳は行くのをこんなに嫌がっているわ、それに昔からあの桜は春以外にも何度も季節を問わずに咲いているの、それこそ無差別に」
 祥子の話に葛たちは何かを考えるように押し黙る。
 「では、何かキーがあるのでしょう」
 「キー?」
 「はい、無差別と言っても何か法則のようなものが存在すると考えるのが一番ですね」
 「法則……」
 今度は祥子が考える番だった。
 「コレといって思いつかないわね……私たちも図書館に行って、桜の方も記録などを調べてみましょうか」
 結局、祐巳たちも桜の事を調べに図書館に向かい。
 部外者の葛たちは薔薇の館で待機して貰う事になった。
 「あれ、祥子に祐巳ちゃん」
 図書館に着くと、祐巳の事を調べていた黄薔薇の蕾たちに出会う。
 「桜の方はいいの?」
 「その桜の事で少し情報が欲しくって来たのよ」
 「そう……それは丁度良かったわ」
 そう言った令は笑っていた。
 「なに?」
 そして、手に持っていた束のプリントを祥子に手渡す。
 「意外に祐巳ちゃんのこと分かったのよ。あと桜の記事や話しも見つけたから一緒にプリントしたの、まぁ、調べたのは主に薔薇さまたちだけれどね」
 見れば居残りの紅薔薇さま意外の二人の薔薇さまがパソコンと睨めっこをして、その側で由乃と志摩子が古いリリアン瓦版を調べている。
 「ただ、この中から有益な情報を探す検証が必要なの。私たちもそんなに時間をかけずに戻るから、こちらも更に検証しないと」
 「分かったわ、祐巳戻るわよ」
 「は、はい」
 忙しい事に、来た道を急いで戻る。
 祥子は薔薇の館に戻ると、さっそく葛たちと情報の検証に入った。
 だが、雑多な情報を纏めるのには時間がかかり。令たちも言ったよりも時間がかかったのか戻ったのは遅かった。
 「今日はここまでにしておきましょう」
 残念ながら時間切れ。
 薔薇さまたちは葛たちと今後の話しに入る。
 しばらく話していたが、その視線が祐巳の方を見た。
 「?」
 「彼女はこちらでお預かりするという事で」
 「そうですね」
 肉体を持った祐巳をこのまま残してはおけないと、話し合いの結果。祐巳を預かるのは慣れた葛たちに成ったようだ。
 「お待ちください!それならば依頼主である私の方で祐巳をお預かりします」
 薔薇さまたちの決定に異を唱えたのは祥子だった。
 「祥子、貴女ねぇ」
 「ダメよ。これは専門家に任せましょう」
 「もっとも、彼女がこの場を離れる事が出来ればですが」
 そう言って葛や他の霊能者たちが笑う。
 葛の言葉は正しかった。
 いくら肉体を持っていても祐巳は、リリアンの敷地からは離れられなかったのだ。
 「困ったわね」
 「あっ、大丈夫ですよ。私、一人でいるの慣れていますし」
 「祐巳、そうもいかないでしょう。食事はどうするの」
 「食事ですか?」
 そう言われてもピンと来ない。
 幽霊でいる間、喉の渇きもなかったのだ。
 今だって、お腹が空いたとは思わないし喉の渇きもない。
 「まぁ、肉体は有っても所詮は仮初めだろうからね。それほど心配する事ではないねぇ」
 「そう……ですね。確かにその体は仮初め。サクヤさんの言うとおりでしょう」
 仮初めとか言われちゃうと少し悲しい。
 「まぁ、そう言う事ですし……」
 「そう……ね」
 出られない以上は仕方がないと、祐巳は薔薇の館で静かにして隠れていることを言い渡され。
 「祥子もそれで良いわね」
 「ここから離れられないのであれば仕方がありません」
 最後まで渋っていた祥子も同意する。
 「それじゃぁ、祐巳ちゃん」
 「祐巳、また明日ね……身だしなみ幽霊でも気を付けないと」
 そう言いながら、祥子は祐巳のタイに触れ直す。
 「は、はぁ」
 祐巳の方は戸惑っているのに、祥子は何事もないかのように振る舞っていた。
 皆を見送って、急いで人に見つからないように薔薇の館に向かう。
 戻りながら祐巳は祥子の触れたタイを触る。
 「なんなのあの人?」
 なんの前触れもなくタイを直した。
 何処か懐かしい面影のある相手。
 ……懐かしい?
 ……面影?
 祐巳は薔薇の館の二階のサロンで、幽霊の時に陣取っている角に座り。タイを触りながら、自分の感じたことに驚き悩んでいた。
 「……」


 祥子は、自宅の森を屋敷に向かって歩いていた。
 手には鞄以外に薔薇さまたちが調べた資料も持っている。
 自室でゆっくりと調べようと思ったのだ。
 「ただいま帰りました」
 「お帰りなさい、遅かったのね」
 「はい、山百合会の用事で」
 玄関で向かえたのは母の清子だった。
 「本当に凄い資料ね」
 清子は祥子の荷物を見て笑っている。
 「でもあまり根を詰めないようにね。あと、食事も済ませて用意出来ているから」
 「はい」
 清子と別れ祥子は一度部屋に戻って着替え、食堂に向かう。
 温かい夕食を取りながら思うのは、今、一人で薔薇の館に残っている祐巳の事。
 ……祐巳は、喉も渇かないと言っていたけれど。
 一人で薔薇の館で寒くはないだろうか?
 ……いらないとは言っていたけれど、お茶は美味しそうに飲んでいたわよね。
 だったら食事も出来るはず。
 「そうだわ」
 祥子は良い事を思いついたと、食事もそこそこに調理場に向かった。


 祐巳は真っ暗な薔薇の館のサロンでジッと窓の外を見ていた。
 何だか寒い。
 残暑は薄らいで、夜は徐々に気温が下がってくる。
 ……寒さも感じられるんだ。
 「でも……コレは仮初め……」
 桂の贄の血の力があってこそ。
 血の力が切れたら、元の幽霊に戻るしかない。
 ……怖い。
 何かを感じられる喜びを知ってしまった以上。もう何も感じない幽霊に戻りたくはない。
 ……寒い。
 それは肌に感じる寒さではなかった。


 「祐巳」
 朝早く、祥子は薔薇の館に来ていた。
 「祐巳?」
 二階のサロンを覗いた祥子は、祐巳を捜して見渡して表情が固まる。
 祐巳は約束を守ってこの部屋にいたが、部屋の片隅で膝を抱え小さくうずくまっていた。
 「……ゆ、祐巳?」
 祥子が祐巳に触れる。まだ、体はあるようだ。
 ……祐巳は何時もこうして人に気が付かれることなく、居たのかしら。
 それはとても寂しい。
 「祐巳」
 「……」
 ゆっくりと祐巳が顔を上げる。
 少しボーとしているのか、瞳の焦点が合っていない。
 「…………さま?」
 「えっ?」
 少し聞きづらいほどの小さな言葉だったが、聞こえたのは祥子が知っている名前だったから。
 「祐巳」
 「ん?紅薔薇の蕾?」
 「祐巳、貴女。いま清子と名前を言わなかった?」
 もしかすると祐巳は記憶を思い出したのかも知れない。
 「さやこさまですか?……何だか懐かしい名前ですね」
 ……お母さまと同じ名前。
 祥子の鼓動は早まっている。
 「それで……清子さんってどんな人?」
 「そうですね……長い黒髪が綺麗な……なんだか姿は貴女に似ているかな?」
 祥子は、昨夜調べていた祐巳の資料を思い出していた。
 祐巳の事に関する記事の多くは幽霊の目撃談だったが、古い物は三十年ほど前。ただ、それ以前になると祐巳の目撃談は存在しない。
 三十年ほど前と言ったら、祥子の母が学園に居た頃だ。
 時期は合う。
 「ねっ、祐巳。その人の名字は分かる?」
 「名字?いいえ、記憶にはないですね」
 祐巳は特に考える様子も見せずに、あっさりと言い放つ。
 「祐巳、貴女の事なのよ。もう少し思い出す事はないの?」
 焦っているのは祥子の方だった。
 「そう…ですね。本?温室……何でしょう?」
 「何でしょうと言われても……」
 出てきたのは、つかみ所のない単語。
 肩透かしな結果に、焦っていた祥子の肩の力が抜けた。
 「ふぅ、まぁ、いいわ」
 思いがけない事があったが、元々の目的を思い出す。
 「祐巳、はいコレ」
 「?」
 差し出されたのは、可愛らしい包みに入ったお弁当。
 「お腹は空かなくても食べられるでしょう?」
 祐巳は手にしたお弁当をジッと見つめる。
 まだ、ご飯の場所であろう一部は温かい。
 「お茶を、用意しましょうね」
 そう言って、祥子はお茶を祐巳の為に用意した。
 温かいお茶を貰いお弁当を開くと、唐揚げや煮物などのオカズが詰め込まれていた。
 「あの、これ……頂いても本当に良いの?」
 「勿論、まぁ、私が作ったわけではないけれどね……食事出来るのよね?」
 「たぶん」
 祐巳は覚束ない箸使いで、ご飯を一口運ぶ。
 「ふ、ふぁ!お、美味しい!」
 少しポロポロと落としながらも嬉しそうに口に入れていく。
 「ゆ……」
 祥子は注意しようと思ったが、祐巳が嬉しそうに食べている姿と箸なんて何十年も使っていないだろうからと何も言わない事にした。
 「ほら、口にも付いていてよ」
 その代わりに口の汚れを拭き取る。
 「……あ、ありがとう」
 祐巳は顔を真っ赤にしてお礼を言って、俯きそのままオカズを口に運んだ。


 「甘いわね」
 「本当」
 「甘いを通り越して、なに?桃の蜂蜜砂糖漬け?」
 薔薇の館のサロンで祥子の持ってきたお弁当を食べている祐巳を覗き見ていた一同は、中に広がっている甘い空気に苦笑していたが……。
 「それにしても」
 「皆さま、同じ事を考えているようですね」
 それぞれの手にはお弁当が握られていた。
 「まぁ、お昼は皆で食べましょう」
 その言葉に、皆、もう一度苦笑していた。


 夜、祐巳は今日も薔薇の館にいた。
 ただ、昨夜と違うのは明かりがついている事。
 紅薔薇さまが祐巳のために夜間仕様の許可を学園から貰ってくれた結果だ。
 テーブルには空になったお弁当の箱。
 お昼の残りだが、山百合会の皆が持ち合わせたお弁当+パンの中から令が夕食用に詰め替えてくれた。
 「美味しかった」
 それに……。
 「暖かい」
 志摩子が持ってきてくれた毛布に体を包む。
 満腹感も暖かさも思い出す。
 「う〜ん、気持ちいい」
 ノンビリ、ゴロゴロ。
 祐巳は幽霊とは思えない姿で、脳天気に寝そべっていた。


 「う〜ん、幸せ」


 本当に脳天気に……。


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