【3304】 ワクワク流れ行くゴンドラ月刊ウンディーネ  (クゥ〜 2010-09-27 23:45:17)


久々のARIAです。




まつのめさま。

【No:1912】【No:1959】【No:1959】【No:1980】【No:2013】【No:2033】【No:2036】【No:2046】【No:2079】


ケテルさま。

乃梨子視点。
【No:3091】【No:3101】【No:3111】【No:3126】

由乃視点。
【No:3156】【No:3192】【No:3256】


クゥ〜。
【No:1328】【No:1342】【No:1346】【No:1424】【No:1473】【No:1670】【No:2044】【No:2044】【No:2190】【No:2374】−【今回】










 福沢祐巳こと、半人前=シングルのウンディーネ=水先案内人は今、ゴンドラの練習中だった。
 「ふっー」
 白い息が、二つの月明かりの中に消えていく。
 たった、一人の練習。
 「ふっー」
 もう一度、白い息を吐く。
 「帰ろうかな」
 祐巳はゆっくりとゴンドラをARIAカンパニーに向ける。
 月明かり。
 静かなAQUAの海。
 街の明かり。
 かすかに流れてくる人の音。
 ゆっくりとオールを漕ぎ、祐巳は暖かい巣へと戻る。
 冷たい風が、頬を撫でていった。


 「ただいま戻りました」
 「お疲れさま」
 出迎えてくれたのは、三つの暖かい眼差し。
 ARIAカンパニーの大先輩のアリシアさん。祐巳の直接の先輩で指導者の灯里さん。そして、ARIAカンパニー社長の火星猫のアリア社長。
 「お疲れさま、祐巳ちゃん」
 「ぷいにゅう」
 暖かい言葉に誘われて、部屋に入る。
 暖炉で薪がパチパチと炎に包まれていた。
 「今日は暖かいと思ったんですけれど、流石に夜は冷えますね」
 「そうね、雪になるほどではないと思うけれどね」
 食卓には温かい食事が用意されている。
 「さっ、冷えた祐巳ちゃんの体を温めないとね」
 その優しい言葉と漂ってくる香りに、祐巳のお腹が鳴った。
 「あは!」
 「ふふふふ」
 「……食べましょうか」
 祐巳は、照れたまま席に着く。
 温かい食事は、体を温め。心を軽くしてくれる。
 「祐巳ちゃん、明日は予約がないから練習に付き合えるけれどどうする?」
 「えっ、本当ですか?」
 「そうね、それはいいわ。私も付き合うことにしましょう」
 なんと灯里さんだけでなくアリシアさんまで頷いた。
 「良いんですか?」
 「うん、最近、祐巳ちゃんの練習見てあげられなかったからね」
 「ありがとうございます!」
 祐巳は立ち上がって、頭を下げる。
 「あらあら」
 「祐巳ちゃんてば」
 灯里さん、アリシアさんに笑われる。
 正直、一人での練習は上達しているかが判定が難しい。
 アリシアさんや灯里さんたちは、会社の枠を超えて共に練習する仲間がいたらしいけれど、今の祐巳にはいない。
 「友人かぁ」
 「どうしたの祐巳ちゃん?」
 「あっ!いえ、何でもないです。あっははは」
 祐巳は、自分の呟きを隠すように温かいスープを飲み込んだ。


 アリシアさんの帰宅を見送った後。
 祐巳は、灯里さんと温かいベッドでお話をしていた。
 「今日は、月が明るいですね」
 AQUAの二つの月は何時も綺麗だけれど、今日はいつに増しても明るい気がする。
 「そうだね、祐巳ちゃん知ってる?」
 「何をです?」
 「こんな月夜は、銀河鉄道が走るんだよ」
 「銀河鉄道?」
 「そう、もしも夜中に目が覚めて、汽笛の音が鳴ったら行ってみると良いよ」
 「行ってみる?!」
 ……銀河鉄道って何?
 なんだか祐巳がいた時代に、そんな名のアニメがあったように思うし、何か有名な文学作品にもあった気がするけれど。
 「灯里さん、もしかして乗ったんですか?」
 「う〜ん、乗ってはいないかな?」
 「……へっ?」
 「行ったんだけれど乗れなくって、起きたらベッドだった」
 何だか灯里さんは自信がない様子。
 「乗って大丈夫なのでしょうか?」
 「多分ね」
 灯里さんは自信満々。
 どこからその自信が来るのかは分からないけれど。
 戻ってこられるなら、乗ってみるのも面白いかな。
 少し怖いけれどね。
 そんな事を思いながら、布団を被りなおす。
 「……」
 灯里さんの言葉が気になったのか、眠れない。
 「灯里さん」
 小さな声で隣で眠る灯里さんを呼ぶ。
 返事はない。
 「!?」
 その瞬間、聞こえた。
 ARIAカンパニーでは聞こえないはずの汽車の警笛。
 ガバッと起き上がる。
 「灯里さん!灯里さん!」
 隣で眠る灯里さんを揺動かす。
 「う〜ん、祐巳ちゃん?」
 「警笛聞こえました!」
 その瞬間、もう一度警笛が聞こえ、灯里さんも起き上がる。
 「祐巳ちゃん!?」
 「はい!」
 急いで私服に着替える。
 祐巳の私服は、灯里さんの物が多いけれど、この前、お買い物に行って好みの服を買い揃えた。
 「急いで急いで!」
 二人で玄関に向かうと、姿の見えなかったアリア社長がちょこんと座っていた。
 「アリア社長ありがとうございます」
 灯里さんは分かっていたのか、アリア社長から切符をもらいうが一枚しかない。その一枚を祐巳に渡してきた。
 「さっ、急ごう!」
 「で、でも!?」
 そう言って、灯里さんが祐巳を連れて来たのは線路だった。
 場所的には……。
 「あの、灯里さん?ここ線路……それにこの先ってサンタ・ルチア駅が終点であるだけですよね?」
 「うん、でも、大丈夫だよ。ほら、線路にいると邪魔だからね」
 灯里さんと、線路の横に立つと後ろから列車の音が聞こえてきた。
 「うそ?」
 ゆっくりと走る列車の窓に映る乗客は、皆さん猫だった。
 「!?」
 その中に、祐巳は見知った人影を見た。
 「い、今の!?」
 「祐巳ちゃん?!」
 慌てて走る、窓辺を見ながら……でも見間違いか、そこにその人影はない。
 「でも……あれは確かに」
 名前を口にすることさえ怖い。
 口にすれば、本当にいるかも知れない不安が心を縛る。
 見間違いだよね。
 窓を見て行っても、乗っているのは猫さんたちばかり。
 見間違いだと少し気が楽になる。
 「祐巳ちゃん」
 「灯里さん、私、乗ります」
 居るのならば、乗って探すのが一番早い気がした。
 並んでいるのは猫さんばかり。
 「おっ!?」
 しかし、乗るための列に並ぼうとしてその足が止まる。
 誰かに引っ張られた気がした。
 振り向いても誰もいない、そのまま下に視線を向けると小さな女の子がいた。
 茶色い髪に黒色のメッシュを入れている女の子。
 猫さんではない。
 「切符ちょうだい」
 「えっ?」
 突然そんな事を言われる。
 切符は一枚。
 灯里さんやアリア社長の分はない。それに確認したい事もある。
 「……」
 ジッと祐巳を見る女の子。
 なんだろう?
 もの凄い不安。
 「……乗るの?」
 「うん」
 「そうか……はい、どうぞ」
 なぜかここで切符を渡さないとと、祐巳は切符を少女に渡す。
 「祐巳ちゃん、理由も聞かなくっていいの?」
 「いえ……あっ〜、いえ、その、まぁ、いいかなって」
 「祐巳ちゃん?」
 「えへへ、すみません。アリア社長せっかくくれたのに」
 「ぷいにゅう」
 アリア社長はかまわないと言うように手を上げる。
 「……あと、一枚」
 「えっ?」
 結局、祐巳も列車には乗れなかったが、女の子はあと一枚の切符を要求してくる。
 「えっと……ごめんね。それしかないの」
 何か理由があるとは思うけれど。
 「うん」
 女の子はあっさりと肯いて、納得してくれたようだ。
 「じゃぁ」
 女の子は、ちょこんと頭を下げて列車に乗り込んだ。
 少女と猫たちを乗せた列車は音を立てて速度を上げていく。
 通り過ぎる窓に、由乃さんたちの姿はない。やっぱり、見間違いだろう。
 「お姉ちゃん!」
 窓を開け女の子が叫ぶ。
 「がんばって!」
 何を頑張るのかが分からないけれど、その声に応えておく。
 「わかった!」
 聞こえるかは怪しいがそう叫んだ。
 少女の横に、見知った二つの影をもう一度見た気もするが、これも見間違いなのかは分からなかった。
 「ふっみゅ!」
 目を覚ます。
 ベッドの上。
 「夢かな……」
 朝の冷たい空気が、布団で温まった頬に当たる。
 「おはよう、祐巳ちゃん」
 「おはようございます、灯里さん。昨夜は……」
 夢だったのか聞いてみる。
 「お互い乗れなかったね」
 その言葉に、祐巳は笑顔になり。
 「そうですね」
 と、笑った。


 「おぉぉぉぉぉ!」
 「わぁぁぁぁ!」
 「そこ!五月蝿い!叫ぶの禁止!」
 「はひっ!」
 「あはは、怒られちゃいましたね」
 「祐巳、あんたも!」
 「えぇ〜」
 昨夜の寒さがウソのように暖かい日差しの中、祐巳はゴンドラの練習に出ていた。昨夜、言われたように灯里さんとアリシアさんが練習を見てくれる事に成ったが、そこにオレンジ・プラネットのアテナさんとアリスさん。
 姫屋の晃さんに藍華さんまで加わっていた。
 冬は観光客が少ないといっても、こんな風に集まる事なんて滅多に出来ない。
 この中で、唯一の練習生は祐巳だけ。
 「さてビシビシいこうか!」
 晃さんは張り切っている。
 少し怖い。
 「すわぁ!それでは始めるぞ。今日の標的は、祐巳だ!」
 「やっぱり私ですか!」
 まぁ、予想通り。それに、これだけ超豪華な教師陣に教えられるのだ。
 これで成長なしだと流石に悲しい。
 「それでは福沢祐巳!いきます!」
 オールに力を込める。
 並ぶ三艘のゴンドラ。
 そこにあるのは優しい笑顔。
 灯里さんも。
 アリシアさんも。
 晃さんも。
 藍華さんも。
 アテナさんも。
 アリスさんも。
 きっと優しい思いで集まってくれたのだと良くわかる。
 空も晴れている。
 日も暖かい。
 「ポカポカですね」
 「そうだな」
 晃さんは訓練といいながら、ゆっくり流れるゴンドラを優しく見つめ。
 灯里さんも小さな欠伸。
 プリマ=一人前になるための練習というよりも、皆でゴンドラに乗っての散歩。
 そんな感じ。
 ゆっくりとオールを動かし、速度を落とす。
 灯里さんもアリスさんも同じ。
 やさしく流れる時間。
 波の音と海を進むゴンドラが波を切る音。
 皆もがキラキラ光り。
 空を見上げれば、気候制御ユニットが日に照らされ。
 風追配達人=シルフの人たちも生き生きと動き回っている。

 三艘のゴンドラが並んで進む。

 ゆっくりと。
 舟の上では、いつの間にか昼食はないにするかと言う他愛無い話で盛り上がっていた。
 皆、好みを主張するので纏まりはない。
 だが、徐々に気分だろうけれど誰かの意見に賛成し、最後には一つに纏まる。
 今日は、アテナさんお勧めのサンドイッチのお店に決まった。
 アテナさんが乗るアリスさんのゴンドラを先頭に、サンドイッチ屋さんに向かう。
 サンドイッチ屋さんは移動式の小さな屋台だった。
 パック詰めのサンドイッチなんてない。
 その場で、食べたい具財を選び。マスタードやマヨネーズの量を言って作ってもらい。茶色の紙袋に入れてもらうだけ。
 祐巳はトマト大目にしてマスタード少なめにした。
 お茶も買って、再び海に出る。
 舟の通りが少ない場所で、波に揺られながら昼食会が始まった。
 買ったものは皆自分の好みにしてあると言っても、そこはそれ、他人のが気になるわけで……。
 「祐巳、半分こしない?」
 と成り。
 「でっかく賛成です」
 「アリスさんまで」
 と成っていく。
 「あらあら」
 「アリシア、あらあらじゃない。それ、半分くれ」
 とも成る。
 まぁ、皆でワイワイガヤガヤとサンドイッチを交換しながら食事を楽しむのだ。
 結局、祐巳は自分の分と藍華さん、アリスさん、アテナさんと交換して食べた。
 「ふぅ……この、まったり感いいですよね」
 お茶を飲みながら、食後の一息。
 「うん、そうだね〜」
 灯里さんも同じ気持ち。
 「そこ!恥かしいセリフ禁止!」
 「はひぃ」
 「えぇ〜」
 何故か、藍華さんに怒られる。何で?
 「そう言えば、祐巳ちゃん」
 「はい」
 「最近、トラゲットで頑張っているんだって」
 「あっ、はい。頑張っているかは疑問ですが……」
 トラゲットとは、主に半人前=シングルと呼ばれる片手袋のウンディーネが、経験を積むために行う渡し舟の事だ。
 一人で練習の多くなった祐巳としては、他のウンディーネと練習するいい機会に成っている。
 「謙遜するな」
 晃さんはニッカと笑った。
 「はぁ……でも、それは姫屋のあゆみさんのおかげですし」
 トラゲットに初参加のとき、灯里さんが一緒に来て素敵な人だからと紹介してくれた。
 ゴンドラの漕ぎ手として十分に一人前=プリマに成れる人なのに、トラゲットが好きだという理由で、トラゲット専門のウンディーネをしている。
 少し晃さんに似た感じもある。
 「その、あゆみから聞いたんだ」
 「はぁ」
 あゆみさん、晃さんに何を言ったんだろう?
 「あっ、私も聞いた」
 「でっかく祐巳は頑張っているって聞いてます」
 「あらあら、うふふふ。私も聞いたわ」
 てっ、何を皆さんに言ったんだろう?
 ……明日のトラゲットの時に聞いてみよう。
 「すわ!」
 「ひゃ!」
 晃さんが叫ぶ。
 「だからと言って、午後からの練習は甘くしないぞ」
 「おぉぉ!」
 「はい!はどうした!」
 「はい!」
 「あらあら、晃ちゃんてば。うふふ」
 「アリシア!うふふ禁止!」
 「あらあら」
 「あらあら禁止!」
 アリシアさんと晃さんが仲良く騒いでいる。
 クイクイと袖が引っ張られた。
 見ればアテナさん。
 「……」
 「えっ?カンツォーネ=舟謳、教えてくれるんですか?」
 コクッと頷くアテナさん。 
 これは午前中と違って、大変な午後になりそう。
 でも……。
 「お願いします!」
 「祐巳、でっかい楽しそうです」
 アリスさん優しく笑う。
 見れば、同じような微笑が祐巳を包んでいた。



 「ごきげんよう」
 「おっ、来たか。祐巳ちゃん」
 トラゲットに参加する半人前=シングルの集合場所で、見慣れた姿を見つけ声をかけると振り向きもせず言い当てた。
 「よく、お分かりですね」
 「ごきげんようなんて挨拶をするのは、祐巳くらいだからな」
 そうなのだろうか?
 「あ〜、祐巳さんだ」
 「本当だ」
 姫屋のあゆみさんの影から二人の見知った顔が出て来る。
 一人はあゆみさんと同じ姫屋のココネさん。
 もう一人は、シムーンのアーエルさん。
 「今日はよろしくね」
 「よろしく」
 「よろしくお願いします」
 「それじゃ、今日の場所に移動しようか」
 自然とリーダーに成ってしまう、あゆみさんを先頭に今日の渡し場に急ぐ。
 「今日は寒いね」
 「そうだね」
 「客少ないかな?」
 「逆に多いかも」
 今日は昨日の暖かさがウソのように寒い。
 冬の運河を横断する渡し舟の利用にも繋がってくる。
 少しして、持ち場に着いた。
 渡し舟用のゴンドラが一艘係留されていた。
 「それじゃ、はじめるか」
 「おー!」
 気合を入れて寒さを吹き飛ばす。
 「あの、いいかい」
 さっそくのお客さん。
 ローテーションは歩きながら話してある。最初は、あゆみさんとアーエルさん。
 アーエルさんの漕ぎ方は力強く、早く漕ごうとする。
 お客さんは立っているので、それでもバランスが崩れないのはあゆみさんのフォローのおかげ。
 向こう岸からは、あゆみさんが見事な漕ぎ方で帰ってくる。
 「お疲れ」
 お客さんが並んでいるのですぐに交代。
 次は祐巳とココネさん。
 ココネさんの漕ぎ方はゆっくり落ち着いている。ただ……遅い。
 それでは祐巳自身はというと、実は自分では良くわからない。
 トラゲットの仕事を無事にこなしているのだから、まぁ、問題はないくらいの漕ぎ方だとは思うけれど……。
 「それだったら、一人前=プリマの試験受けてみたら?」
 夕暮れ、仕事終わりの時間。あゆみさんにそんな事を尋ねたら、提案程度の言い方でそうアドバイスをくれた。
 「ココネは、まだ受けていない様子だが、アーエルは、半人前=シングルに成った次の週には一人前=プリマの試験を受けたらしいぞ。そうだろ、アーエル」
 「そうだよ!私は一日でも早く一人前=プリマに成りたいんだ」
 だからと言って、それは無謀だろうと思う。
 「でも、なんか。アーエルさんらしいかな」
 「な、なんだよ。うちも祐巳のところと同じで少数だから、少しでも一人前=プリマがいる方がいいんだ」
 アーエルさんのシムーンは見習い=ペアを入れても十人程度。
 「だが、街の名所を半分も知らないでは、流石に無理だろう」
 「あっう!」
 ……ダメだと思う。
 「もう、アーエルさんたら」
 ココネさんも笑う。
 祐巳も笑った。


 「ただいま帰りました」
 外の肌を突き刺すような冷たい風から逃げるように、暖かいARIAカンパニーの中へと進む。
 「お帰り〜」
 「でっかい遅いです!」
 「そうだ!遅いぞ!」
 部屋の中には、何故かアリスさんと藍華さんがいた。
 いや、唐突に居るのはいつもの事だけれど。待ち合わせの約束はしていない。
 「ふふふ、祐巳ちゃん、そんなところに立っていないで、外は寒かったでしょう?はい。ココア」
 「あっ、すみません」
 アリシアさんが生クリームたっぷりのココアをテーブルに置く。
 「いただきます……ふぁ、甘くって温かい」
 体の芯から温まってくる感じ。
 「そう言えば、お二人はどうしたんです?」
 さっきからニヤニヤを隠そうともしない三人……灯里さんも含む。
 「ふふふ、これだ!」
 そう言って、藍華さんが取り出したのは、月刊ウンディーネの今月号。
 表紙には、藍華さん。
 「藍華さんが表紙ですか?」
 「ぎゃーす!」
 「何をでっかく自爆しているのですか?」
 「藍華ちゃ〜ん」
 アリスさんと灯里さんから非難がとぶ。
 「違う違う!これ!これよ!」
 藍華さんは大慌てで、ページを開く。
 未だに紙の雑誌は普通に存在している。電子書籍もあるけれど、雑誌類は未だに健在なのだ。
 そして、開いたページには……。
 「ぶっ!」
 思わずココアを噴いた。
 「もう、祐巳〜汚い」
 「いえ、いえいえ!てっ……」
 そこには祐巳がいた。
 正確には、祐巳の記事が載っていた。
 黒いゴンドラを漕ぐ姿。
 ARIAカンパニーの受付風景。
 食事を作っているところ。
 アリシアさん、灯里さんと一緒の写真。
 「この前の取材ですね」
 「そうそう、アレ」
 「はぁ」
 ため息。
 取材を受けたときは物凄く緊張していたけれど、こうして雑誌に載ると今度は物凄く恥ずかしい。
 記事の内容は、半人前=シングル、見習い=ペアなどの未来の一人前=プリマを目指すウンディーネを紹介するコーナー。
 「これで祐巳も有名人です」
 「いえいえ、表紙を飾るようなプリマさまたちに比べると全然」
 恥ずかしいので藍華さんに話を振る。
 「でっかい邪魔ですね、この表紙」
 「ぎゃーす!私が悪いのか!?」
 今回の表紙アンド特集は、姫屋の若き支店長・藍華Sグランチェスタこと。ローゼン・クイーン=薔薇の女王(通り名)だった。
 忙しい中、来てもらって嬉しいけれど、恥ずかしいので話を振らせてもらう。
 「まったく、何で私の話になるのよ、祐巳の話題で盛り上がるのが目的なのに」
 「でっかい脱線です!」
 「あらあら」
 どうにか話は反れた。
 まぁ、藍華さんが特集されていなくっても、ここにいる誰かが載っている可能性は常にある。
 アリスさんや藍華さんは見習い時代から、よく雑誌に載っていたらしいし。
 「本当にすごい人たち」
 「なにが?」
 「ひゃぁぁ!」
 呟きを聞かれるのは恥ずかしい。
 「どうしたの灯里、祐巳」
 「い、いえ」
 「うん、藍華ちゃん。今ね、祐巳ちゃんがすごい人たちだって褒めてた」
 わわわわ!
 呟きを言われるのは、さらに恥ずかしい!
 「恥ずかしいセリフ禁止!」
 恥ずかしいのは言われた方も同じらしい。
 「あはは」
 「祐巳、何を笑っているかしらないけれど、これで注目を集めるのは確かなんだから、今まで以上に頑張らないと」
 「そう、そうですよね」
 少し悩む。
 雑誌に掲載された理由は、祐巳の実力と言うよりも、スノーホワイト=白い妖精の通り名を持つ三大妖精の一人であるアリシアさんとアクアマリン=遥かなる蒼の通り名を持つ灯里さんを要するARIAカンパニーの新人としてだと思っている。
 「……」
 決意はした。
 それなら……。
 「祐巳ちゃんどうかした?」
 「いえ、あっ……あの!灯里さん、アリシアさん。私に一人前=プリマの昇格試験受けさせてもらえないでしょうか!」
 突然の告白。
 迷惑かなとも思うけれど、アーエルさんとの話が効いていたのかもしれない。
 「あらあら」
 それでもアリシアさんは優しい笑顔。
 「それもいいかも、でも、祐巳ちゃんはどうして急にそんなことを言い出したの?」
 「それは……」
 この人たちに隠し事はしたくないので、トラゲットで話したままのことを話す。
 「あらあら」
 「なるほどね」
 「でっかく気持ちはわかります」
 「祐巳ちゃんの気持ちはよくわかるわ、私たちもね以前同じような気持ちになったことがあるの」
 灯里さんの告白。
 「そうそう、焦っていたよね。でも、そんな時かなグランマに言われたの」
 グランマはグランドマザーのこと。全てのウンディーネから尊敬を受け、かつて大妖精とまで呼ばれた伝説のウンディーネ。
 ARIAカンパニーの創設者でもあり、アリシアさんの師匠でもある。当然、祐巳の大先輩にもなる人。
 「グランマにですか?」
 「そう、楽しみなさいってね」
 その言葉は、祐巳もグランマから貰っている。
 「それだけですか?」
 「そうそれだけだよ、今、祐巳ちゃんは一人で練習するように成っているからそんな焦りが出ているように見えるの」
 あう!なんか、当たっている様な。
 「灯里先輩の意見にでっかい賛成です。祐巳は、でっかく寂しいからそんな事を言うのです」
 「……」
 寂しい。
 「祐巳はもっと今を楽しんだ方がいいと思います」
 もっと楽しむ。
 「そうね、それがきっと一人前=プリマに成ったときにとても役に立つと思うわよ」
 これは遠回りに試験に受からないと言われているのだろうか?
 「あらあら、祐巳ちゃんたら遠回りに断られているとか思わないの」
 よ、読まれている……顔に出ていたのかなぁ?
 聖さまから百面相のあだ名をいただいたくらいだ。どうも、顔に出やすいみたい。
 「安心させるために言うけれど、実力的にはそんなに問題はないわ。でも、私たちは祐巳ちゃんに素敵なウンディーネに成って欲しいから、今は受けさせない」
 「そうですね、運命の悪戯でこんなに遠くに来てしまった祐巳ちゃんには素敵なこといっぱい体験して、もっとAQUAを好きに成って欲しいから」
 少し不満というか残念な気持ちが残る。
 「……はい、わかりました」
 それでもアリシアさん、灯里さんに言われたら仕方がない。
 祐巳は二人に返せないほどの恩を感じているし。
 信頼も。
 尊敬もしている。
 それは、お姉さま……祥子さまとは違うものだけれど、近くもある。
 
 ……お姉さま。

 『貴女は時々、大胆な行動に出るから心配だわ』

 『焦らなくっていいのよ、祐巳のペースで進んでいけば』

 『もう少し落ち着きなさい』

 なぜか最後はお叱りの言葉だったが、祥子さまの言葉を思い出す。
 おかげで、焦りが徐々に収まってきた。
 「す〜は〜、す〜は〜」
 深呼吸。
 気持ちが落ち着く。
 アリシアさんは大丈夫と言ってくれたけれど、まだまだなのは祐巳自身で痛感している事もある。
 「ですね、もう少し楽しみたいと思います」
 祐巳は笑った。
 「あらあら、祐巳ちゃんたら」
 「落ち込み回復早いです」
 「まぁ、それが祐巳ちゃんのいいところだから」
 「そうそう、もっといろいろしなさい。いろいろな所に行って、さらに楽しむ!」
 「そのうちに私たちみたいな仲間が出来るかも知れないし」
 ニコニコ顔の灯里さん。
 「そうですね、そんな出会いもあるでしょうか」
 「大丈夫、きっとあるよ」
 灯里さんは祐巳の手を挟み込む。
 「灯里さん……」
 やさしく暖かい手に油断したのだろう。

 その瞬間、お腹のカエルさんが鳴いた。

 「あはは」
 「あらあら」
 ……何もこんな時に鳴らなくっても。
 仕方ないわねという感じで、夕食の準備をはじめる。
 「お二人とも食べていくでしょう?」
 その言葉に、当然頷く二人。
 「手伝います!」
 ARIAカンパニーのような小規模な会社では、食事作りもこなさなければいけない。そこで、下っ端見習いの祐巳がノンビリ、食事が出来るのを待つことは出来ない。
 アリシアさんや灯里さんがそんことで怒ることはないけれど。
 まぁ、祐巳の気持ち的にノンビリ出来ないというだけの話。
 「あっ」
 キッチンに立つと、窓の外に雪が見えた。
 「積もるでしょうか?」
 「そうだねぇ」
 ネオ・ヴェネツィアの冬はどんな冬になるのだろう。
 「そうだ!今度、皆で温泉に行かない?」
 灯里さんの突然の思いつき。
 ……これは、もしかして。
 「温泉かぁ」
 ゴンドラを漕いで温泉に行くのは大変だけれど。
 「いいわね!」
 「でっかい賛成です!」
 「うふふふ、いいわね。晃ちゃんたちも誘って」
 「私も行きたいです!」
 当然、祐巳も賛同する。
 灯里さんはきっと……。
 「それじゃ、皆、休みを合わせないとね」
 「そうですね……でも、温泉ですか。ポカポカと温かいでしょうね」
 「うん、ポカポカと温かいと思うよ〜」
 「そこ!恥ずかしいセリフ禁止!」
 「えぇぇ」
 すでに、温泉の話で盛り上がり始めていた。



 今日は少し騒がしい夕食になりそうだ。









本当に久しぶりのARIAです……マシュマロや綿菓子のような甘くフワフワなARIAに成ったらいいなぁと思いつつ。

                                   クゥ〜。


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